あとがき
オーストリアの作曲家フランツ・シューベルトはその生涯に六〇〇曲に及ぶ歌曲(ドイツ・リート)を作曲したことで知られています。いずれも名曲ぞろいですが、その中でも特に私の心を惹きつけてやまないバラード(物語詩)の一つに、マッテウス・フォン・コリンの詩に作曲された〈こびと〉があります。小舟の上のこびとと王妃、二人は愛し合っていました。ですが、何らかの理由でこびとは王妃を殺さざるを得ない状況に追い込まれてしまったのです。彼は王妃の命を奪います。
シューベルトは、この二八行の詩にぞっと戦慄するような、それでいて悲しみに満ちたドラマティックな音楽を付けました。わずか五分程の音楽の中に、彼の天才性を以って二人の悲劇が見事に込められています。
シューベルトは有名な〈魔王〉をはじめ、多くのバラードを作曲しています。いずれの作品も優れた詩と音楽とによって不滅の傑作と呼べるものばかりですが、その中でも特に〈こびと〉は異彩を放っているように思います。
なぜかと言いますと、この詩のみ、まるで物語のクライマックスだけを切り取って来たかのように、前後関係が詩の中で全く触れられていないからです。そしてシューベルトの音楽がまた、クライマックスのみをクローズアップするかのような、尋常ならざる恐怖と緊張感とを感じさせるものです。ですが、〈こびと〉の放つこの魅力は、はたしてそれだけなのでしょうか。
クライマックスだけを抜書きしたような、という意味では〈魔王〉もまたそうでしょう。この詩は実際にはゲーテの『漁師の娘』という戯曲の中でドルトヒェンという娘が口ずさむ民謡として登場します。
〈魔王〉はご存じの通り、深夜、風の中を馬で走る父親と息子、そして息子を誘惑する魔王の物語です。なぜ父親と息子とが馬で、しかも真夜中に風を突いて走らなければならないのか、詩の中では一切触れられていません。実際、この詩についてもシューベルト以外にも多くの作曲家が曲をつけていますし、なぜこんな状況になってしまったのか、様々な解釈があるようです(中には、この魔王は実は父親のことで、狂気に陥った父親が我が子を絞め殺す物語だ、という誠にぞっとするような解釈もあります)。
ですが、〈こびと〉には〈魔王〉には全くない、異なった要素があります。男女関係です。このこびとと王妃とは間違いなく男女の関係です。二人は愛し合っていたことは、詩からも充分に伺えます(この小説の中でも描いたように、間違いなくこの二人の関係はプラトニックなものにとどまっていなかった、と私は確信しています)。そして、こびとは王妃を殺す瞬間まで、そしておそらくはそのあとも、王妃を愛していたことが詩からも読みとれます。この〈こびと〉にしかない大きな魅力は、実はこの「男女の愛」なのではないかと思います。愛しているにもかかわらず、もしくは愛しているが故に、相手の命を奪わなければならない、という「愛ゆえの悲劇」が描かれていることこそが、この〈こびと〉をこれほど魅力的な作品にしているのではないかと思うのです。
ヨーロッパの物語の中で「こびと」という存在は、『白雪姫と七人のこびと』のように人の良き友人、隣人として描かれることもありますが、反面しばしば醜く、狡猾で蔑まれるべき存在として描かれることもよくあります(一九世紀末から二〇世紀にかけて活躍したオーストリアの作曲家アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキーの歌劇《こびと》などに描かれるこびとはその典型でしょう。オスカー・ワイルドの『スペイン王女の誕生日』を原作とするこの作品に描かれるこびとは、まさにそのような醜悪なこびとそのものです)。私は、このコリンの「こびと」にそのような差別の対象とされてきたこびとの姿を見ました。
彼は被差別民であり、当時の社会のアウトサイダーであったのです。この「こびと」の悲劇の裏には、被差別民としてのこびとの顔が隠れている、というように解釈したのです。
二人がこうなってしまうまでにはいったい何があったのでしょうか。それはコリンの詩からはうかがい知ることができません。この「こびと」の前史については、おそらくこれまで多くの人が創作を試みたと思います。それらのすべてを知ることは私には到底できませんが、私なりの「被差別民」という解釈を加えて、私なりの前史を書いてみようと思い立ったのがこの作品です。
人は、その生まれ持った出自、経済力、身体的特徴などによって差別されることがあってはなりません。また、そのような人々を奇異の眼を持って見ることも差別の一形態かもしれません。私たち人類は、そのような差別によって今まで幾度悲劇を繰り返してきたのでしょうか。どのような身体的特徴、また身体的精神的障害も、個人の「個性」として受け入れられる社会が一日も早く訪れることを願ってやみません。同時に、人類の歴史は差別の歴史であり、今まで我々がどれほど差別を重ねてきたのか、これを記憶することも人類の責務ではないでしょうか。
二〇一六年九月 結城康世




