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こびと  作者: 結城康世
13/16

十二

 仕方のないことだった。もともと王妃は王妃であり、王の妻であり、彼の妻でも恋人でもなかった。そんなことは先刻分かっていた。王が戻れは王妃との関係が簡単に続けられるわけがない。そんなことも先刻分かっていた。王妃にしてみれば、いくらこびとに気持ちがあっても、己の立場上、王を拒むことはできない。そんなことも先刻分かっていた。

 王妃はもともと、王の心を求めていた。祖国を離れ、見ず知らずの土地に嫁いできたのだ。自分の夫たる王に頼ろうとするのが道理だ。だが、王は彼女の気持ちに答えなかった。だから、その時自身の心を汲んでくれた、心を寄せてくれたこびとに心を許した。だから、戦から戻り、王が王妃を愛するようになった今、王妃の心は王によって救われた。彼の役目は終わったのだ。それにそもそも、人の心は移ろいゆくもの……。王妃の幸福を願うならば、自身は今また、一人の宮廷道化師に戻ればよいだけのことだ。

 こんなことは王の帰還以来幾度も幾度も、何千回も何万回も自分の心に言い聞かせた。幾度も幾度も、自分を納得させようとした。

 だが、彼は自分の顔が醜く歪んでゆくのを止めることができなかった。今この時も、王妃は王の腕の中にある。かつて、自分の胸の中でしていたように、王妃は王の胸の中で恍惚の表情を浮かべているに違いない。もう、これ以上、堪えられない。


 月のないその夜、王妃は王のお召しもなく、自身の寝室にいた。灯りもつけず、独り椅子に坐って壁のタペストリーを見つめていた。

 不意に、観音開きの扉が音もなく開いた。王妃は息をのむ。

「殿下。」

 そこには、こびとの姿があった。

「どうして……。」

 王妃は狼狽(ろうばい)した。外には寝ずの番をする衛兵がいるはずだ。なのに……。

「わが師より秘かに伝え聴きました、眠りの(まじな)いを用いました。」

 こびとが王妃の前に跪く。

「そなた……。」

 言葉もなく、彼を見つめる。

「私に同道していただきとう存じます。」

 顔を上げると、彼は有無を言わさず告げた。

「分かりました……。」

 しばしの沈黙ののち、王妃は答えた。彼は王妃の手を取ると、無言で廊下を渡り、通用門から城外へと出た。誰もいない深夜の街を突きぬけ、港へと向かう。

 港には大小様々な船が泊っている。異国から来た意匠も珍しい船、大洋を行く大型船、近隣を行き来する中型船。その中から、彼は小さな手漕ぎの舟を見つけ、無言のまま王妃を乗せると自分も乗り込み、櫓を握って湾の中へと漕ぎ出した……。


 王妃の行方が知れない、と城が騒ぎになり、王にその報告が入ったのは、それからさらに半刻(はんとき)ほど後だった。

「探せ。城中のものを起こせ。まさか城外にはおるまいと思うが、余は兵を率いて町中を見て回る。」

 王はそう言うと自ら馬に(またが)り、、城門を開けさせ、手勢を率いて城外へと出て行った。


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