十一
「陛下、お召しにより、参上いたしました。」
こびとは王の寝室で額づいた。
王の寝室は、王妃の寝室よりもさらに豪奢で、深紅に金の縁取りがしてある絨毯がひかれ、卓には純金の燭台が置かれ、銀の食器にはいくらかの夜食と異国の珍しい酒が置かれている。
「よう参った。大儀。苦しゅうない、面を上げよ。」
彼が顔を上げると、そこには王の隣に坐った王妃の姿があった。
「殿下……。」
思わず口を突いて言葉が出る。
「今宵、そなたの演技は見事であった。余も満足しておる。」
「も、勿体のう存じます。」
再びこびとは跪く。
(まさか……あのお方が……。)
「されど、今宵はどうも妃の心が晴れぬ様子、一つ我らのために、黙劇か、物語りか、何か見せてはくれまいか。」
王は、王妃の心を曇らせているのが、まさかこびととは気づいていない。王妃の手を取り、口づけする。王妃は、戸惑いながらも、王の瞳を見つめている。
こびとは、突然全身が焼けつくように感じた。自分の愛する女が、他の男に手を取られ、その男に熱い視線を向けている。こびとは、伏せた自分の顔がどんどん醜く歪んでゆくのを感じていた。王妃の好む香水の香りがする……。
「いかがしたのじゃ。」
王が問いかける。
「いえ……。御意とあらば、喜んで……。」
こびとはそう答えると、何とか表情を取りつくろって立ち上がり、心を鬼にして己の感情を殺して黙劇を演じ始めた……。
「晩餐の折に続き、実に見事であった。」
黙劇が終わると、王はこびとを労った。こびとは再び二人の前に跪く。
「勿体なきお言葉、恐悦に存じます。」
「これをそなたに取らせよう。」
王は自らの身につけていた黄金の腕輪を外し、こびとに渡した。紺碧のサファイアが象嵌された、それは美しいものであった。
「有り難き、幸せに存じまする。」
こびとは深々と頭を垂れた。
「今宵は下がってよい。」
こびとは、城の堀を臨む胸壁の上を歩いていた。全身が焼けるように熱い。手の中には王の腕輪が握られている。そこにはめ込まれたサファイアの碧い色は、いやでも王妃の瞳の色を思い出させた。
彼は不意に立ち止まり、思い切り力を込めて腕輪を堀に叩きこんだ。小さな水音を立てると、腕輪は堀の底に沈んでいった。
空を見上げると、天球いっぱいに星々が輝いている。
「星々よ。」
彼は天を睨んだ。
「星々よ。お前たちは俺を裏切った。俺は、お前たちを赦さない。」
堅く握りしめられた彼の手首には、あの赤い紐が結び付けられていた。