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こびと  作者: 結城康世
12/16

十一

「陛下、お召しにより、参上いたしました。」

 こびとは王の寝室で(ぬか)づいた。

 王の寝室は、王妃の寝室よりもさらに豪奢(ごうしゃ)で、深紅に金の縁取りがしてある絨毯がひかれ、卓には純金の燭台が置かれ、銀の食器にはいくらかの夜食と異国の珍しい酒が置かれている。

「よう参った。大儀。苦しゅうない、(おもて)を上げよ。」

 彼が顔を上げると、そこには王の隣に坐った王妃の姿があった。

「殿下……。」

 思わず口を突いて言葉が出る。

今宵(こよい)、そなたの演技は見事であった。余も満足しておる。」

「も、勿体のう存じます。」

 再びこびとは(ひざまず)く。

(まさか……あのお方が……。)

「されど、今宵はどうも妃の心が晴れぬ様子、一つ我らのために、黙劇(パントマイム)か、物語りか、何か見せてはくれまいか。」

 王は、王妃の心を曇らせているのが、まさかこびととは気づいていない。王妃の手を取り、口づけする。王妃は、戸惑いながらも、王の瞳を見つめている。

 こびとは、突然全身が焼けつくように感じた。自分の愛する(ひと)が、他の男に手を取られ、その男に熱い視線を向けている。こびとは、伏せた自分の顔がどんどん醜く歪んでゆくのを感じていた。王妃の好む香水の香りがする……。

「いかがしたのじゃ。」

 王が問いかける。

「いえ……。御意とあらば、喜んで……。」

 こびとはそう答えると、何とか表情を取りつくろって立ち上がり、心を鬼にして己の感情を殺して黙劇(パントマイム)を演じ始めた……。


「晩餐の折に続き、実に見事であった。」

 黙劇(パントマイム)が終わると、王はこびとを(ねぎら)った。こびとは再び二人の前に跪く。

「勿体なきお言葉、恐悦(きょうえつ)に存じます。」

「これをそなたに取らせよう。」

 王は自らの身につけていた黄金の腕輪を外し、こびとに渡した。紺碧のサファイアが象嵌(ぞうがん)された、それは美しいものであった。

「有り難き、幸せに存じまする。」

 こびとは深々と(こうべ)を垂れた。

「今宵は下がってよい。」


 こびとは、城の堀を臨む胸壁の上を歩いていた。全身が焼けるように熱い。手の中には王の腕輪が握られている。そこにはめ込まれたサファイアの碧い色は、いやでも王妃の瞳の色を思い出させた。

 彼は不意に立ち止まり、思い切り力を込めて腕輪を堀に叩きこんだ。小さな水音を立てると、腕輪は堀の底に沈んでいった。

 空を見上げると、天球いっぱいに星々が輝いている。

「星々よ。」

 彼は天を睨んだ。

「星々よ。お前たちは俺を裏切った。俺は、お前たちを赦さない。」

 堅く握りしめられた彼の手首には、あの赤い紐が結び付けられていた。


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