十
晩餐会の余興に出演する者たちには、王宮の中に楽屋を与えられる。宮廷道化師の中でも特に王の寵愛篤く、貴族たちからも高く評価されているこびとは、個室を楽屋として与えられている数少ない芸人である。
大広間ではすでに晩餐が始まっており、王侯貴族の談笑、楽士たちの奏でる音楽が、こびとの部屋にも聴こえていた。
楽士たちの演奏に混ざって、王の笑い声が聞こえてくる。
(陛下の声が聞こえる……。)
灯りもない控えの間の椅子に坐り、彼は大広間と控えの間とを隔てる深紅の垂れ幕を睨んでいた。
(この向こう側に、陛下とともにあのお方もおられる……。)
間もなく出番だ。彼は国王と王妃との前に出なければならない。そして、二人を前にして黙劇を演じ、踊り、気の効いた寓話を語ったり冗談を言ったりしなければならない。
いったいどうやったら、そんなことをやれる気分になるのだろうか。自分を棄てた王妃と国王の前で、彼は笑い、おどけて見せなければならないのだ。きつく噛んだ唇からは血が流れ出していたが、彼は気づく様子もない。だが、不思議と涙だけは流れてこなかった。そのうちに、どんな想いを秘めていようと、王妃への愛で心が燃え尽きようと、王への憎しみが手足の指先にまで募ろうと、全て仮面の影に隠し、おどけて人々を笑わせなければならない……。それが彼の、道化師の宿命だった……。
晩餐会は、王妃と王の婚礼の日のそれに負けず劣らず素晴らしいものだった。大広間には、この日のために新調された王家の紋章を金の糸で刺繍した大きな垂れ幕がかかっていた。垂れ幕には沢山の真珠も刺繍されて、蝋燭の明かりに照り映えていた。
正面に国王と王妃、長い食卓には貴族たちに並んで戦で大きな功のあった将軍たちの姿もあった。
こびとは、これまたこの日のために新調された、金の刺繍が施された見事な道化師の衣装を身にまとい、一同の前に進み出た。王妃の姿が目に入る。王妃はめでたい宴席ゆえ微笑みながらも、彼とは眼を合わそうとしない。
彼は、戦勝の祝賀会にふさわしく、即興の黙劇に続き、古代の哲学者が語った戦争についての寓話を脚色して語り、一同の笑いと歓心を誘った。最後に国王と居並ぶ将軍らに祝辞を述べ、その場を辞する。
宴席が終わると、一同は隣の広間へと移り、そこで舞踏会が始まった。
彼は大広間を辞し、一同が舞踏会の行われる広間へと移動するのと逆行するように、自身の控えの間へと戻っていった。
深紅の垂れ幕を持ちあげ、控えの間へ入った瞬間、彼の両の眼から、熱い涙が堰を切ったように流れ出した。
「ううううう……。」
彼は椅子に突っ伏して声を殺して泣いた。
その日、王はまったく上機嫌だった。戦には大勝利を収め、今日の晩餐会も実に見事なもので、料理も申し分なく、楽士や道化師たちの出し物も素晴らしいものばかりであった。ただ少し、王妃が浮かぬ顔をしていたのが気がかりであったので、その夜は王妃を召し出した上、自身も甚く気に入っているこびとの道化師を寝室に呼び、何か黙劇でもやらせようと思いついた。




