蛇ってのは案外楽なもんだ。
俺は蛇。そして、元日本人男子高校生だ。死因は交通事故。スピード違反、信号無視をした車に思っくそはねられて死んだ。あの痛みはやばかった。あれが、死の痛みというヤツなんですね。
真っ白な光から真っ黒な闇へと視界が変わり、俺オワター\(^o^)/とか思っていたら、気がつけばアナコンダ並みにデカイ蛇になっていた。転生者ならぬ転生蛇である。あ、今、ちょっと俺上手かったかも。
それはさておき、蛇になった俺が目にした最初の光景は見たこともない植物が生い茂り、日差しがほとんど通されないにもかかわらず、気温と湿度が高いところ。
イッツ、ジャングル☆
「熱帯雨林か、ここ?」と周りを見渡し、様子を窺う。なんか、色んな生き物の鳴き声があちらこちらから聞こえてきて、本気でやばいなと思った。
とりあえず、腹が減ったので食い物を探す。だが、俺は蛇だ。人間とは違い、何を食べればいいのか分からない。なおかつ、人間としての俺を捨て、蛇として生きなければならないこの状況。
神様、なぜ俺を人間に転生させてはくれなかったのですか。
と、ショボくれた俺の目の前にいきなりネズミっぽい何か、ネズミもどきが現れた。いや、リスもどきか? とりあえず、そんな感じの小動物だ。「これ、食えるんじゃね?」とか思い、飛びつく。驚くリスネズミ(命名俺)に全身で絡みつき、絞め殺し、頭から丸呑みした。
この時、俺は本格的に身も心も蛇となり始めたのかもしれない。
それからしばらく時間が経った。どれくらい経ったのかは分からないが、結構経ったと思う。身体がでかくなった気がする。最初も結構なデカさだったけど、今となっては二十メートルはあるんじゃないだろうか。
毎日毎日獲物を探しては食らいつく。そんな日常。次第に人間だった頃の記憶は忘れていった。だが、依然として自我は保たれたままだった。
そんなある日、のそのそとジャングル内を移動していたら、湖を見つけた。水は澄んでおり、湖にだけ日光が差していたのか、とても綺麗だった。
キョロキョロと湖の周辺を確認し、他の生き物、主にやばそうな猛獣がいないかどうか警戒しながら近づく。特に、ワニとかトラがいたらやだなぁ。そいつらは、でかいアナコンダだろうが勝つことがあると聞いたことがあったのをなんとなく覚えていたから。
湖を覗き込むと、俺の現在の姿が見えた。蛇にしては青い。目も深い蒼。何より、額にあたる部分に大きめの透き通った水色の水晶が埋め込まれていた。こんなもん、頭についてたのか。ま、どうでもいいか。別に支障はなさそうだし。そういうわけで湖の水を飲む。久々の水は美味い。ノリに乗って湖に全身で浸かり、泳ぎ回る。溺れるほどの深さではないようだ。やばい、どうしよう。めちゃくちゃ楽しいぞ、これ。何ここ、天国か。結構な広さの湖で、実はなんかワニやらピラニアやら潜んでんじゃないかと水中を泳いで探るが、何もいなかった。せいぜい無害そうな魚くらい。湖を隅から隅まで堪能する。水大好き。もうここからは離れないぞ、と誓っていた時だった。
「キェエエエエ!!」と鳴き声が聞こえた。断じてトチ狂った奴の叫び声を文字化したわけではない。
鳴き声のした方に目を向けるとこちらに物凄い勢いで鷹っぽいそして、やはりでかい何かが飛んできた。あのデカ物、低空飛行をするつもりか。大ピンチ! これはやばい! こっち来んなって!! また死ぬの経験するとか絶対やだからな!!
キッと鷹もどきを睨みつけると、寸前まで来ていた鷹もどきは突如、断末魔をあげ、ポトリと湖に落ちた。……何やらよくわからないが、絶体絶命の危機の回避に成功。鷹もどきは死んだ。何と言うか、物凄くラッキーだ。目の前の餌にありつくとしよう。鷹もどきにかぶりつき、ゴックンと飲み込む。他にやばそうなのは来ないか辺りを見渡すが特に何も来なかった。やっぱりいいな、ここ。これからはここを俺の住処にしよう。
そうしてジャングルのデカい湖に住み着き、再び時は流れた。気がつけば、俺はこのジャングルの主みたいな存在になっていた。ここの湖にはよく小動物がやってくる。俺が食べないと分かっているのだろう。実際食べても、何匹食おうがこんなに小さいと腹も膨れないしな。逆に大きな動物は来ない。食べられると分かっているからだ。俺は小動物は食べないが、デカい動物は何でも食う。
だが、ここ最近は食べていない。食べなくても腹はすかない。時々、道場破りと言わんばかりに猛獣が現れるがそれを食べる。というか、そういうのだけを食べている。
基本的に寝てるだけの毎日。突然猛獣が現れても一睨みするだけで大概は死ぬので問題ない。前世が忙しい毎日だったのか、退屈だとは思わない。というか、思っても、逆に幸せを感じる。今の俺、ニートじゃね?
そんな日々をおくる中、異変は突如訪れた。何故か俺の顔にじゃれつく、真っ白でもふもふな三匹の仔ウサギもどき達に気にせずボケーっとしていたら、遠くの方から妙な威圧感を感じた。顔を上げ、そちらの方向を見る。未だかつてない強大な気配。今までにない焦りを感じた。仔ウサギもどき達もそれを感じたらしく、その気配の方角を見つめ、俺の背後に隠れた。まんまるになり、ぷるぷる震えて怯えている。いや、逃げろよ。守ってやらないからな、俺。
その方角に顔を向けていると、目の前に黒い竜巻が現れ、消えると同時に全身真っ黒な奴が現れた。長髪で背の高い軍服を着た目が潰れそうな美形だ。腕を組んで仁王立ちしている。
「……ほう? これが以前から感じていた巨大な魔力の正体か」
なんという、バリトンボイス。渋みがあっていいね。憧れるわ。
「俺を恐れんとは……」
いや、怖くて動けないだけっす。本能的に。
「それにしても、なかなか美しい魔だ。これほど巨大で美しい魔蛇を見たのは初めてだな。是非、欲しい」
剥製にでもされちゃうの、俺?
「おい、お前。俺の使い魔になれ」
使い魔って何。なんかやだから、首を振る。
「ふむ……、言葉は理解出来ているようだな」
これで話せりゃ、完璧だがな。
「こちらにおいででしたか」
シュンッと風を切るような音がしたかと思えば、いつの間にか真っ黒くろすけのそばに白い軍服の長い金髪の女性が跪いていた。もちろん、美人。並ぶと、絵になるな。
「見つけたぞ、クロード。俺はこいつを使い魔にする」
金髪美人はクロードというのか。
「使い魔との契約は使い魔となる魔獣の了承なくしては成り立ちませんが」
「構わん。力づくで従わせる」
強制かよ。俺の意見無視ですか……。ふと、クロードが俺を見る。
「本当に美しい魔蛇ですね。これまで数多くの魔蛇を見て来ましたが、これほどの大きさと美しさを誇る魔蛇は見たことがありません」
感嘆している。褒めても何も出ませんが。
「この魔蛇こそ、魔王陛下の使い魔に相応しい……」
……もしかして、その魔王陛下とはそこにいる真っ黒くろすけさんのことでしょうか。真っ黒くろすけさん、厨二キャラですか。そして、クロードは何故か硬直している。
「クロード?」
魔王がクロードや呼びかけるが、クロードは反応しない。というか、クロードは顔を真っ赤にし、めちゃくちゃ震えている。視線の先には俺……を通り越して俺の背後から様子を窺う仔ウサギもどき達。ぷるぷると怯えながら、魔王達を見ている。正直、悶絶しそうなレベルでかわいい。地面叩きたくなるくらいだ。叩く手がないが。
クロードは一瞬で仔ウサギもどき達のそばに移動すると、彼らに向かって両手を広げた。
「おいで!!」
口元がによによしている。顔は興奮で赤くなり、鼻息が荒い。美人なのに残念な光景だ。仔ウサギもどき達は恐怖のあまり動けないようだ。クロードは動けない彼らを腕に抱え、存分にそのもふもふを味わっていた。恐怖で毛が逆立っている気がしなくもない。
「魔王陛下、私はこのレープレ達を使い魔にします!」
「お前は馬鹿か。魔力がほぼ無いに等しいレープレなど使い物にならんだろうが」
レープレというのか仔ウサギもどき達よ。初めて知った。クロードは手放す気はないようだ。仔ウサギもどき達…もといレープレ達を見ると、彼らは救いを求める目で俺を見ていた。いや、どうしろと?
そんな俺達の様子から、魔王は何か思いついたようだ。
「魔蛇、もしお前が俺と契約するのなら、そのレープレ達の命を助けてやってもいい」
まさかのレープレを人質……いや、ウサ質(?)にしだした。けれど、俺は別にこいつらを助けようとは思わない。だが……
うるうるうる。
仔ウサギもどき達は俺を見上げている。かわいいが、決して絆されたりはしないぞ。
……とは言ったものの、何故だろう。目をそらせない。
うるうるうる。
じー。
うるうるうる。
じー。
……分かったよ。
無垢な瞳と身を震わせる小さな体。俺はその愛らしさとそこから湧く罪悪感に負けた。溜め息を吐く。仕方なく、俺は魔王と契約を交わすことにした。
「……冗談のつもりだったんだがな」
呆れ口調だ。そうだよな。俺も自分に呆れてるよ。
「まぁ、無駄に力を使わずに済んだのだ。よしとしようか」
魔王は俺に向かって手をかざす。俺の周りに円状の何かが広がり、輝きだす。ってか、すごい眩しい。俺の頭、なんかすごい光ってない?
「名を与えてやろう。お前の名はーー……」
その後、俺は魔王に名を与えられ、契約した。
現在の俺の住処はあのジャングルの湖ではなく、魔王の城の中にある広い泉だ。充分に泳げる広さにちょうどいい深さ。あの湖もいいが、ここも結構いいな。
レープレ達は俺についてきた。クロードはレープレ達と契約しなかったらしい。いや、出来なかったか。立場もあり、そもそも怯えられているので断念したとか。どんまい。
俺は今、泉に自分のでかい体躯を寝かせ、顔は陸に置いている状態だ。レープレ達は毎日俺の顔にじゃれついていた。もふもふでころころとしていて可愛らしいレープレ達。前から思っていたけど、なんで俺はこいつらに懐かれているんだろう。
時折現れるクロードは懐かれる俺に恨みがましい視線を向けるが、知ったこっちゃない。怯えられるのはお前のその残念な表情のせいだ。俺に罪はない。
魔王も現れるのはごくたまにだ。好戦的で気が合わないかと思えばそうでもなく、よくここで俺と昼寝をしている。契約を交わしたおかげか、完全に飯は必要なくなり、魔王から与えられる魔力で充分になっていた。
そんな魔王はここ最近、よく俺の元に訪れる。愚痴りにきているのだ。正妃やら側妃やらを娶れと臣下から何度も進言されているらしい。独身だったのか、あんた。魔王も大変だな。
訪れるのはこの二人。他は訪れない。別にいい。楽だから。
「オーディーン」
呼ばれたのは俺の名だ。奴は俺の前に胡坐をかいた。
「下々の奴らがうるさい。俺は妃などいらん」
俺と契約する前からあったという、進言。年貢の納め時だろ、諦めろよ。
魔王は手のひらサイズのレープレと戯れている。他のレープレはちょこんと俺の顔の上に乗ったり、魔王の胡座の上で毛づくろいをしたりと呑気だ。最初は怖がっていたが、随分と慣れたようだ。魔王、実は癒しを求めに来てんだろ。アニマルセラピーか。
「魔王陛下……」
後ろでクロードが歯ぎしりしてんぞ。その表情はもはや悪鬼だ。
魔王と契約してから、俺はこんな日常を過ごしている。だらけてんのは変わらない? ほっとけ。俺は忙しいのは嫌いだ。
というか、今思ったんだけどさ。ここ、異世界だったんだな。
気づくの遅っ!
[登場人物紹介]
・オーディーン
元男子高校生。現在蛇。
全長三十メートルはあるであろう青い巨体に蒼い眼、額に透き通った水色の水晶を持つ。
面倒臭がり。マイペース。のんびり屋。
前世の記憶はほとんど消えている。
蛇としての本能が勝り、本能の赴くままに過ごしている。
実はチート。実は最強。
水蛇という結構珍しい魔蛇。
水蛇は水棲で基本的に水を操るが、主人公の場合は水を操ることなく視線で他の魔獣殺せるくらい強い。
レープレ達はもう諦めた。
最後にやっと異世界転生したと気付いた。
※視線で他の魔獣を殺せる魔獣なんて滅多にいない。
誕生?時は魔物を食べていたが、魔力がある一定値を超えると魔獣は物理的な餌を必要としなくなる。
・レープレ達(名前は特にないです)
真っ白でもふもふ。手のひらサイズのころころとした魔獣。
鳴き声は「モキュッ」だったり。
気性は穏やか。おっちょこちょいで人見知りしやすいが、慣れるとすごい懐く。恩のある存在には特に懐きやすい。
餌は人参っぽい何か。
かつて、主人公に助けられたことがある。本人にとっては些細なことだが、レープレ達にとっては絶体絶命の危機だったため、恩義を感じている。
小さな魔獣は食べないことを知っているため、平気でじゃれついている。
魔王にはあのジャングルよりも安全な場所に連れて行ってもらい、クロードから守ってもらえるので懐いている。
クロードはいきなり抱き締めてきたりと、なんか怖いから近づけない。
※魔王(名前は一応レオン)
歴代最強らしい。
長い黒髪、黒目、黒い軍服の全身黒々な人外美形。肌は白い。
バリトンボイス。すんげーモテる。
主人公の存在は主人公が生まれた時から感じていたが、魔獣にしては魔力が少し大きいなくらいにしか思っていなく、無視。
しかし、次第に大きくなっていく魔力に無視出来なくなり、最終的に今まで感じたどんな魔獣の魔力よりも強大であったため、興味を持った。
どんな魔獣かと思えば、見たこともないほど美しく壮大で、一目惚れした。
どう手に入れようか思案していたところ、クロードとレープレ達のおかげ?で大した苦労もせずちゃっかり手に入れた。
最近、臣下が妃娶れとうるさい。別に妃とかいらない。適当な養子をもらってそいつに継がそうとか思ってる。
アニマルセラピー万歳。引退後は主人公やレープレ達と過ごすつもり。
・クロード(本名クローディア)
肩までの金髪。白い軍服の男装の麗人。
魔王直属の部下兼幼馴染。
自他共に厳しい女性。だけど、実はものすごい可愛い物が大好き。
レープレ達はストライク。
自分にあまり懐かないのにと魔王には懐いており、主人公達はいつも睨まれている。
基本餌をやっているのは彼女。そのおかげかそれなりに距離を縮めてきている。
いつか、レープレ達を肩に載せるのが夢。
悪の化身ともいえる魔王とその相棒の蛇。
そこに眼鏡をかけた魔法使いの少年が戦いを挑みに来たら完璧だな。