8話
流行の幼女TSモノだと思った?残念!幼女は最初だけでした!
ガキン、と刃同士の打ち合う音が鳴り響く。
その音の発生源は向かい合う、艶のある黒髪を後ろで一つに纏めた少女と、仮面の男。
彼らはマナによって作り出した剣を用いていた。
打ち合いによって剣が跳ね上げられれば惜しみも無く剣を手放し、そのまま格闘に派生する。そしていつの間にか再び剣を作り出し、また打ち合いが始まる。
それを繰り返し互角とも見えていた勝負であったが、徐々に仮面の男が劣勢となってゆき、遂には男の首元に剣が突きたてられる。
「・・・まいった。降参じゃ。」
--------------------------------------------------------------
私は極度の緊張から解き放たれ、地に大の字になって転がっていた。
するとぱちぱちぱちと拍手が聞こえ、
「おいシセロ、やったじゃねぇか!」
浅黒い肌の筋肉質な男がそう言う。
身長は百九十センチほどだろうか。私より頭一つ半ほど背丈が高く、見上げるほどの大男だ。
「すごいよシセロ姉!師匠に勝っちゃうなんて!」
そう言ったのは獣人の少年。栗色の癖っ毛に中性的な顔立ち。身長は百七十センチ程で、やはり私より高い。
「あぁ。グレゴ、サミュエル、ありがとう。」
十年。
あれから十年が経った。
私はこの十年、ひたすら自分を鍛え続けた。
適正のある魔法も鍛えたが、一番費やした時間が長かったのはこの師匠の戦い方だろう。
魔法と剣技と格闘。この三つの要素を組み合わせ師匠が考案した戦い方に特に名前は無い。
しかし近接戦闘において極めて合理的な動きが可能であり、ほぼ死角が無い。
剣を弾き上げられればそのまま剣から手を離すことによって体勢を崩されることはないし、そのまま格闘に移ることができる。剣が必要になれば再び作り出せば良い。
これは、近接戦闘術の最終形の一つと言っても過言ではないだろう。
それを用いて私はたった今、師匠に勝ったのだ。師匠を越えたのだ。
弟子として、これ以上のことは無い。私は達成感に満ちていた。
「まさか儂の千年がたったの十年でひっくり返されるとはのう・・・」
師匠の表情は仮面のせいで見えなかったが、声の調子はどこか誇らしげだった。
「さて、今日は祝うぞ!宴じゃ!準備にかかるぞ!」
そう師匠は声を張り上げた。
--------------------------------------------------------------
宴と言っても、やはり料理を作るのは私だ。
自分の祝いに自分で祝いの料理を作る、というのも変わった話だなと思いながら私は包丁を踊らせる。
その時だった。
「う、がぁ、あああぁあああああぁああああああぁぁぁああああああ!!!」
恐らくサミュエルの声であろう。しかし、サミュエルがこんな声を出しているのを私は見たことが無い。
何事かと私が廊下に出ると血走った目のサミュエルが廊下を横切り、外へ飛び出していった。
尋常じゃない。あれは本当にサミュエルなのだろうか。
するとなにやら血の臭いが漂ってくる。出所は、おそらくたった今サミュエルが飛び出してきたであろう開け放たれた師匠の部屋。
私はサミュエルに何があったのか、そしてこの血の臭いは何かを確かめるべく師匠の部屋へ足を踏み入れた。
そしてその光景に私は固まってしまった。
胴にぽっかりと穴が開いた師匠が壁に凭れ掛かっていたのだ。
「し、師匠!大丈夫ですか!?一体何があったんですか!?」
「おい!なんだ今のは!一体何があった・・・!?」
同じくサミュエルの叫び声を聞いたらしいグレゴも部屋に入ってきたが、私と同じ様に固まってしまった。
「ケホッ・・・シセロに、グレゴか・・・」
「師匠!何があったんですか!?あぁ、ダメだ、無理に喋らないで下さい!シセロ!回復魔法を!」
「駄目だ、傷口が炭化していて蘇生できない!」
師匠の傷はどういうわけか炭化していた。こうなってしまっては手の施しようが無い。
「シセロ・・・グレゴ・・・奴は・・・サミュエルは・・・魔王を復活させようとしている・・・」
魔王。それは今から千年前に封印された、この世界のすべての魔物、魔族を統べる私たち人類の共通の敵だ。
魔王について師匠は私たちに何度も、念入りに話を聞かせていた。
師匠の年齢は千を超える。恐らく魔王が現存していた時代に生きていたのであろう。
師匠が私たちに魔王について熱心に言い聞かせる事は、前世で言う戦争経験者が子供たちに戦争の話を言い聞かせるのとおなじようなものであろう、と思っていた。
それよりも私が気になったのは、何故サミュエルが魔王を復活させようとしているのか、だ。
「少し、昔話をしよう・・・儂のこの顔の傷はな、勇者に付けられたものなのじゃよ・・・」
「?な、何故、勇者が師匠を傷付けるのですか・・・?」
勇者。それは、魔王を倒すべく異世界から召還されし戦士のこと。
その矛先はもちろん魔王に向かうものであって、間違っても民衆に向かうものではない。
「儂はな、千年前・・・勇者と共に、魔王討伐の旅をしていたのじゃよ・・・」
そこで師匠はゴホゴホと咳き込む。
「儂の夢はな、世界に名を知らしめ、歴史にその名を刻む事じゃった・・・だからこそ魔王討伐に参加していたのじゃが・・・当時の勇者がとても傲慢な性格でな、どうも勇者である自分よりも強い儂が気に食わなかったらしい・・・その夢が叶うことは無かった・・・」
再び師匠が咳きこむ。しかしその咳は弱々しい。
残された時間はあと僅かなのだろう。
「いいか、シセロ、グレゴリウス。お主らにはこの場において皆伝を宣言する・・・一人で生きていくことも出来るだろう・・・好きなように生きよ・・・」
そう言い残し、師匠は事切れた。
「そんな・・・師匠・・・!師匠!!!」
グレゴが涙を浮かべながら叫ぶ。
あぁ、まただ。
また何も恩を返せないまま大切な人を失ってしまった。
折角生まれ変わって二度目の生を受けたと言うのにこれか。
ふと、床に転がっていた師匠の仮面が目に留まる。
師匠が人前に出る時には必ず被っていた物だ。
そしてはっ、と私は閃いた。
まだ、まだ遅くないのかもしれない。
転がっていた仮面を手に取る。
「グレゴ、師匠の仮面は私が貰っていくぞ。」
「は、はぁ?お前、何言ってんだ・・・?」
師匠の夢。それは世界にメイズという名を知らしめ、歴史にその名を刻むこと。
ならば、その夢を私が叶えてやろうじゃないか。
「今度こそ、今度こそは、成し遂げてみせる・・・」
仮面を被るということにはいくつか意味がある。
私は、メイズという男になりきるために、仮面を被った。
「今日から私が・・・メイズだ。」
それから数日後、この世界全体に魔王復活との情報が渡った。