5話
この世界には五つの種族が存在する。
一つは、人間。
この世界で最も個体数が多い種族で、身体能力も平均的。
一つは、エルフ。
長寿、鋭い五感、マナ適正大と、ほぼ人間の上位互換と言えるだろう。
また、種族としてのプライドが高く、他種族を見下している傾向がある。
外見的な特徴は、耳が尖っている、色白であると言ったところだろう。
一つは、ドワーフ。
小柄ながらも屈強な体を持ち、手先が器用ではあるが、マナ適正が低く生活魔法を使うのがやっとであろう。
また、アルコール耐性が強く、大酒飲みも多い。
一つは、獣人。
俊敏でしなやかな体躯を持ち、視力、聴力に優れる者が多いが、彼らもまたマナ適正は低い。
また、迫害の対象とされる事が多く彼らの生活水準は高いとは言えない。
繁殖力が高く出生率も多いが、死亡率も高い種族である。
一つは、鬼人。
彼らが登場したのは約千年前の魔王封印直後であり、その生態の多くは謎に包まれている。
肌は浅黒く大柄で屈強な体を持ち、マナ適正もそれなりに高いが、他種族との決定的な違いは雌固体が存在しないことであろう。
彼らが子孫を残す為には他種族の雌が必要になる。
しかし、紳士的な性格を持つ者が多く、多種族とはよく馴染めている。
以上が、この世界に存在する種族だ。
人間とドワーフはそれぞれの国家を組織しており、獣人、鬼人はその仲に混ざり生活している。
エルフは前にも言ったように、他種族とは隔離された環境で小規模なコミュニティを組織している。
そんな五つの種族が共存している国家が一つある。
此処、多種族国家ダントーレだ。
メイズの背中を追いかけること十数日で到着した国だが、多種族国家と名乗るだけあって人間、ドワーフ、獣人、鬼人、と様々な種族が入り交ざっている。流石に同族のエルフは少ないが。
「おい、弟子二号。いい場所だろう?此処。俺の生まれた場所なんだぜ。」
肌の浅黒い、銀髪の少年が得意げに言ってみせる。
グレゴだ。本名はグレゴリウス、メイズの弟子にして、鬼人だ。歳は十らしい。
私は此処に辿り着くまでの十数日間で彼とかなり打ち明けたであろう。前世から友人という存在がいなかった私にはなかなか新鮮だ。
ちなみに、弟子二号というのは無論私のことである。彼も先輩面がしたいのだろう。
「あぁ、すごく賑やかだし、私はいい国だと思うぞ。」
そう言うと、グレゴは「そうだろう、そうだろう。」と満足げに頷いた。
誰でも祖国を褒められるのは嬉しいものだ。
そのままメイズたちの後を付いて行き、商業区に差し掛かったあたりでふとメイズの足が止まる。
「なぁグレゴよ、儂は今から旅の物資を補充しにいかなければいかん。シセロを連れていつもの宿を取りに行ってきてはくれんか?」
そう言ってメイズは数枚の銀貨をグレゴに差し出した。
するとグレゴは元気良く「わかりました、師匠!」と銀貨を受け取った。
「おい、弟子二号!こっちだ!遅いと置いてくぞ!」
仕事を与えられた事がよっぽど嬉しかったのだろう。急ぎ足で進むグレゴを私は追いかけるのであった。
グレゴの背中を追いかける事数分、私たちは人気の無い路地裏に入っていた。グレゴ曰く、近道らしい。
しかし、路地裏という場所は決して治安が良いとは言えない。怪しげな露天に武装したゴロツキ、宿無しの者など、悪い意味で多種多様な住人がいた。
そんな路地裏を進む中、すぐ近くで悲鳴が上がった。
見るとなにやら、一人の獣人の少年を数人の男が囲んで暴力を振るっているではないか。悲鳴は恐らく獣人の少年のものだろう。
とはいえ私には関係無い。見て見ぬふりをして通り過ぎようと思ったのだが・・・
「おいお前ら!寄って集って子供いじめて何が楽しいんだよ!」
そうはいかなかった。
どうやらこのグレゴという少年、正義感が強いらしい。
そうすると男たちは顔を見合わせ「なんだこのクソガキ?」と言いグレゴを嘲笑した。
「あのなぁ、お坊ちゃん、このガキはな、汚らわしい獣人の分際で人様の財布に手ぇつけやがったんだ。罪人には罰を、ってやつだ、わかるか?」
少年の身なりのみすぼらしさからして、恐らくスリを働いたのだろう。
スリを働いたからには報復を受けて当然だ、と思う。
それでも寄って集って弱者に一方的に暴力を振るう男達を許せないのか、しかし言い返す言葉が思いつかないグレゴはあろうことか男に殴りかかってしまった。
なんてことだ。いくらなんでも血の気が多すぎるだろう。
殴られた男は数歩下がり、
「ってぇ・・・!おい、このガキ共も一緒にやっちまうぞ!エルフのガキは傷付けるなよ、奴隷商に売っ払うからな!」
あぁ、どうやら私も取り返しのつかないところまで巻き込まれてしまったようだ。グレゴめ、覚えていろよと恨みながらも打開策を練る。
そんな中、男の一人がグレゴに殴りかかる。
その拳の軌道の先にはグレゴに顔があったのだが・・・
「遅い!」
そう言いグレゴは男の拳を腰を傾けることによってかわし、男の勢いを利用し手首と襟元も掴み、足を払って投げ飛ばした。
その洗練された動きに私は息を呑んだ。グレゴの実力を見るのはこれが初めてだが、流石メイズの弟子と言ったところだろう。
とはいえ、私はメイズの実力がどれ程のものかというのをあまりよく知らないのだ。
此処に来るまでの十数日間、メイズは私に一般常識や世界の情勢などを教えていただけで、特に襲撃されるなどのトラブルもなかった。
そのため私の中のメイズの評価は物好きで学のある武に優れた老旅人、といったものだった。
しかしグレゴの実力を見るに、その評価も改める必要があるだろう。
そんな事を考えているうちに、グレゴは男を一人、また一人と殴って投げ飛ばし、やがて男達は逃げ去った。
私は無意識のうちにパチ、パチ、パチと拍手をしていた。
するとグレゴは少し照れくさそうにしながらも、隅でうずくまっている獣人の少年に声をかける。
「おい、大丈夫か?」
獣人の少年は答えない。どうやら気を失ってしまったようだ。
気を失っているとわかったグレゴは少年を担ぎ上げこう言った。
「とりあえず宿に連れて行こう。」
この時、私は何故獣人の少年を置いていけと言わなかったのだろうか。
おそらくこれが私の幼少期最大の失敗であろう。
しかしこの頃の私は、まさかあんなことになろうとは思いもしなかったのである。