9話
「魔王」という存在は多くの謎を秘めている。
いつ誕生したのか、何を目的としているのかといった行動原理や存在理由は不明であり、わかっている事は膨大な力を持つこと、魔物や魔族を率いて我々人類に仇なすということ、そして体がマナのみで構成されている霊体ということ。
前の二つだけでも十分厄介だが、一番厄介なのは最後のだろう。
霊体には実体が無いため、通常の物理的な攻撃では一切傷付けることができないのだ。
ならば、マナを用いればどうだろうか。
体が純粋なマナでのみ構成されている霊体は外部のマナの影響も受けやすく、攻撃的なマナの影響を受けることによって体内のマナに乱れが生じ、体を維持できなくなる。
つまり、霊体はマナを用いれば倒すことは可能なのである。しかし、魔王は、というと・・・
人類には一人一人にそれぞれ異なる固有のマナの波長という物がある。
これはDNAのような物と考えても問題ないだろう。自分とまったく同じマナ波長を持つ者は存在しないし、子は両親のマナ波長の特性の影響を少なからず受ける。
このマナ波長についてだが、魔王はどういうわけかこの世界の人類すべてのマナの波長に完全な耐性を持っている。
つまるところ、この世界の人類は魔王を打倒するどころか、傷付けることすら出来ないのだ。どうあがいても防戦一方、奮戦してもジリ貧だ。
では、なぜこの世界の住民には傷付けることすらできない魔王を封印することができたのか?
答えは簡単。この世界の住民とは異なるマナ波長を持つ者を呼び出したのだ。
流石の魔王も異世界人のマナの波長には耐性が無いらしく、異世界人のみが唯一魔王を打倒することができる。
異世界より召還されし魔王を打倒する力を持つ者、これこそが勇者である。
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喧騒に包まれた賑やかな大通りに所狭しと立ち並ぶ屋台。
ここの住民達の表情はどれも晴れやかで、まるで魔王など心配する必要も無い、と思っている様にも見えた。
「・・・祭り、か。賑やかなことだ」
「魔王が復活して小国がいくつか滅ぼされてるっていうのに、気楽なモンだなぁ・・・」
「そう不機嫌になるなよ、グレゴ。今日は勇者任命式なんだ。救世主誕生となれば、こうも浮かれるさ。」
二人の男たちがそう会話する。二人は武装こそしていないが動きに隙がなく、目のある者が見れば相当な腕利きと判断するだろう。
一人はグレゴと呼ばれた大男だ。浅黒い肌や体格から察するに、おそらく鬼人だろう。
しかしもう一人は仮面を被り、フードを深く被っているため外見的な特徴が一切わからない。
まぁ、私だが。
私たちはあの後、師匠を弔い今後の方針について話し合った。
そして私は師匠の悲願を達成することを、グレゴは師匠の仇を取ることを誓った。
結果私は勇者と接触するために、グレゴは情報収集のために此処、帝国へとやって来た。
そして今日は勇者任命式。異世界より召還されし者が正式に勇者に任命される式典だ。
同時に、勇者の姿が始めて一般民衆の前に晒される場でもある。もちろん私は一般民衆に分類される。
「なぁ、シセロ」
「メイズだ」
「あ、あぁ・・・そうだったな・・・」
私は宣言通りメイズと名乗っている。幸い私の素性を知っているのはグレゴとサミュエルのみ。この二人が余計な事をしなければ私の名前はメイズで固まる。
「それで、何だ?」
「ん?あぁ、お前がどうやって勇者と接触するのか気になってな。」
話を遮られたのが原因なのか、グレゴは思い出したかのようにそう言った。
「これだ」
私は今日朝一番で入手したポスターをグレゴに見せる。
「帝国主催闘技大会・・・?いつの間にこんな物を」
「あぁ。どうやら優勝者一名が勇者の従者になれるらしい」
「でもよ、俺らがここに滞在し始めて一週間は経つけどこんなの初耳だぜ?」
「当たり前だ、今日の任命式で告知される手筈になっているからな。少し小銭を握らせて得た先行情報だ。」
「・・・ちなみに何時その情報を手に入れた・・・?」
「今朝だ。」
そう言って見せるとなにやらグレゴが呆れた様な顔をしているではないか。
「参考までに聞くが、コレ以外にアテはあったのか?」
「いや、無い。」
「・・・つまり、お前はこの一週間何も考えずに無計画に遊び呆けていたと」
「無計画に遊び呆けていたとは何だ!勇者出発の前にどこかで従者募集の機会があるとは思っていたし、それに少し観光していただけだろう!」
「それを無計画って言うんだよ!従者を身内だけで固めていたらどうするつもりだったんだ!」
そんな中、ファンファーレが鳴り響く。
「静かにしろグレゴ。始まるぞ。」
「あのなぁ・・・」
グレゴはまだ何か言いたさそうだったが、諦めたのか黙る。まったく、無計画とは何だ。いざとなったら直接勇者の下に行こうと思っていたのに。
やがて城のバルコニーから煌びやかな衣装に包まれた中年の男性が現れる。
現在この国を治めている王だ。名前は何と言ったかな、彼はにこれといった功績があるわけでも無く、不祥事も起こさないために良くも悪くも没個性と言われていた。
やがて、国王や勇者召還に携わった聖教会の教皇等の大物達による長々しい演説がはじまる。形式上仕方ないとはいえ、民衆にも倦厭の色が出てくる。
「それではこれより勇者任命を行う!マモル・イチノセ!」
「はい!」
声を張り上げ現れた勇者に民衆の目は釘付けになる。黒髪黒目に掘りの浅い顔立ち。身長は百七十五センチ程だろうか。
勇者は王の前に歩み寄り、おもむろにに跪く。やがて王と勇者が二言、三言と唱えると勇者に聖剣が授けられた。
これにて、正式に勇者が任命された。やがて勇者は民衆に向き直り、懐から何やら紙を取り出した。
「た、ただいま勇者に任命されたマモル・イチノセです!この度は、魔王復活に伴い・・・」
始まる勇者の演説。
緊張しているのか、時々言葉を詰まらせながらも一心不乱に手元の原稿を読み上げている。
内容としてもこれといった物は無く覇気に欠け、正直国王や教皇の演説と同じく印象に残る物ではなかった。まぁ、単純に慣れていないだけだろう。
「勇者のくせにしょっぼい演説しやがるなぁ・・・」
「・・・緊張しているんだろう。意気込みだけは十分と見た。」
民衆も勇者の演説に期待していたのか、どこか残念な様子が伺えた。
「それでは最後に、帝国主催闘技大会の告知を行う!」
来た。恐らく今の私にとって最も重要な情報だろう。
私は勇者の事など投げ捨て聞き入った。
「従者は四名此方で用意した!しかし!みなの中には勇者と共に戦場を駆けたいという勇敢な者もいるだろう!そこで!我々は民衆から従者を一人選出するために闘技大会を実施する!」
身内四名。つまり勇者と闘技大会の優勝者を含めて合計六人になるのか。
あとの内容はすべて手元にあるポスターの内容と同じだった。すぐに同じ物が町中に張り出されるだろう。収穫は勇者の顔を拝めた事と勇者パーティーの人数確認程度だが、これ以上ここにいても意味は無いと判断した私は踵を返し、闘技大会へと向けて準備を始めるのであった。