第2話 中世ヨーロッパ
目を覚ますと、そこは中世ヨーロッパだった。
「ん……」
寝ている体を起こす。
体が重たい。見てみると、甲冑を着ていた。先程まで着ていたヒートテックとジーンズはどこにも無い。
腰には剣が仕舞われている。傘も無くしたようだ。
そうか。
成功したんだ。
「……そっか。なんだ、嘘じゃなかったんだな」
ぼくはトリップすることに成功した。
その事実をすみやかに受け入れて、ぼくは立ち上がり、周りの景色を確認する。
とても綺麗だった。
空は青く。
草原はどこまでも続く。
風も気持ちよく。
まるで楽園のよう。
「こんな世界に来られるだなんて……、やれやれ、死んで正解だったな」
ぼくは伸びをしてから、周囲を探索することにした。
*
「あっ! エデン様!」
ぼくは街にやってきた。そこでてきとうに歩いていると、一人の少女がぼくにそう言ってきた。
『エデン様』? エデンというのがぼくの名前なのだろうか。
ふむ。
とりあえず話をしてみよう。
ぼくは立ち止まって、少女へ向く。
「え、エデン様! もう……いままでどこへ行ってたんですか!?」
「ああ、うん。ちょっとね」
「もー! ちょっとじゃないですよぉ! みんな待ってるんですよ!?」
「みんな?」
みんなとは誰のことだろう。
「みんなって?」
「騎士団ですよ! なにボケちゃってるんですか! ほら、はやくいきましょう!」
「え? う、うわ」
少女に手を掴まれた。
ぼくはしどろもどろになる。
「え? ちょ、ま、ま、まって」
「……? どうしたんですか?」
「え、えっと」
や、やばい。
女の子に手を繋がれたなんて初めてだ。しかもこんな強引に掴まれるだなんて……なんだか興奮するじゃないか。
でもそれ以上に恥ずかしいな。
「て、手は繋がなくていいよ。子供じゃないんだし、迷子にはならない」
「えっ……?」
ぼくがそう言うと、少女は少しばかり悲しそうな顔をした。
どうしてだろう?
見ていると、少女は後ろをむいて、なにやらぼそぼそと独り言を言い始めた。
「べ、べつに手を繋ぐくらいいいじゃないですか……。それくらいしてくれたって、いいのに……」
「…………」
丸聞こえだった。
ぼくは考える――ええと、これはつまり、エデンは鈍感キャラってことなのだろうか?
そしてこの少女は、エデンことぼくに密かに恋焦がれている……というところ?
うーん。
甘ったるい話だ。
どうしようか。ぼくはこの少女にどんな反応を返してあげるべきだろう。
…………。
じゃあ、まあ、一回やってみたかったからやってみることにしよう。
独り言を言う少女に向かってぼくは言う。
「え? なんて言ってるの? よく聞こえないんだけど」
「べ、べつに何も行ってませんよーだ!」
「…………っ!」
うおおお。
すげえ。
超予想通りの反応。
これが難聴キャラとツンデレキャラのやりとりってやつか。
感動だな。
「そう? じゃあはやく行こうよ。みんなを待たせてるんでしょ? えっと、なんて人たちだっけ?」
「騎士団です! ……はぁ。じゃあはやくいきましょう、エデン様」
「うん。わかった」
ぼくは歩みを始める。
と、その一歩目ではたと気づいたので、訊いてみた。
「あ、そうだ。ねえ、そういえば君、なんて名前だっけ?」
「えぇ!?」
少女は驚いて目を丸くした。
まあそりゃあそんな反応をするだろう。名前を忘れられるなんて失礼極まりないことだ。
少女は呆れ気味に溜息を吐く。
「はぁー。もう、エデン様……あなたという人は……。いったいどこまで寝ぼけてらっしゃるんですか?」
「ぼくって寝ぼけキャラなの?」
「知らなかったんですか!? 城中で噂になってるのに! ……はぁ。適当すぎますよ」
「ごめん」
「いや謝らなくてもいいですけど……」
少女はばつが悪そうに頭をかいた。
可愛いな、とぼくは思った。
少女は胸に手を当てる。
「わたしの名前はイヴです! イヴ! 思い出しましたか?」
「ああ。そうだ。イヴちゃんだ。思い出した」
「イヴ『ちゃん』!?」
「?」
あれ?
ちゃん付けはしないほうがよかったのだろうか。
まずったなぁ。
「ちゃ、ちゃんとか……なに言ってるんですかあなたは……」
「ごめん」
「……ま、まあそのまま呼びたいっていうならべつにいいんですけど……」
「えぇ?」
つまりそう呼んでほしいってこと?
うーん。
まあいいか。
「うん。じゃあイヴちゃん」
「は、はい」
「騎士団のみんなのところへ案内して」
「はいはい。わかりましたよ――ほんとう、わたしがいなくちゃダメなんですから……」
最後の方の台詞は小声で言っていたが、ぼくはハッキリと聞こえていた。
でも聞こえないふりをしておこう。
騎士団というものがどんな人たちなのかも気になる。
――しかし、展開的にぼくはこのイヴちゃんと結ばれる運命なのかな。
そういうことになるんだろうなぁと直感的に思う。
イヴちゃん……ちょっと性格がキツそうだから、はやめに慣れておかなくちゃな。ぼくはそう思った。