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086:鬼のすみか 一

 予感がする。


 あたしたちの旅はここで終わりだ。

 ここであの人を迎えて旅はおしまい。

 すべてが終わったその後に、あたしたちはそれぞれの場所に帰るのだろう。


 それがどこかは──わからないけれど。







 コズサ姫がぴたりと足を止め、あたしもその一歩後ろで立ち止まった。


『着いたぞ』


 きっと何かの魔法に違いない。

 ほんの数分歩いただけで長距離を移動することくらい、魔法なら当然あるだろう。富士山あたりのリゾート地から京都らへんまで……日本で言えば東海道をぶっちぎるような移動だってできてしまう。

 だってここは異世界なんだから。

 何が起きたって不思議じゃない。


『着いたぞ姫よ、ここが都だ』

「……あの日わらわが迷い込んだのとは、また別のところじゃな」


 そこはどこか見知らぬ町の、見知らぬ通りだった。

 人っ子ひとり見当たらない。

 真夜中だから無理もない。

 それに誰かいたとしてもすぐにはわからないだろう──視界はせいぜい数メートル、あたりは霧が立ち込め星も見えない。

 胸元の鬼の眼がなければ完全な暗闇だ。

 ぼんやりとささやかなこの明かりがなければ、霧が出ていることさえ、きっとわからなかった。


「なんと面妖な……このあたりは、いつもこうなのか」

『いいや今だけだ。まったく、怪異と呼ぶにふさわしいな』


 極端に見通しが悪い中、あたしは目を凝らした。

 背の低い土塀が通りの片側にずーっと続いている。この向こうにはきっと広大な庭園があって、奥の方には立派な御屋敷があるんだろう。そんな雰囲気だ──真っ白々で確認はできないけれど。

 お化け屋敷を前にしたように足がすくむ。

 おなかの底から緊張感がせり上がり、口から内臓が出てきそう。

 ああー大丈夫なのかなあたし……この心配も何度目かしらと指折り数えかけたそのとき、鴉が大きく翼を広げた。

 最後の挨拶をするように。


『なんにせよ、おまえたちの探し人はここにいるのだ。いいか、あとは己らで見つけろよ』


 すなわちそれは──あの人が追っていた仇もここにいるということで。


「……おぬしは来ぬのか、鴉よ」

『姫を送ったらすぐに戻れとハーロウに言われている』

「薄情じゃのう」

『よく言うぜ、二度も我がまま通したやつが。……上手くやれよ。竜巻山の麓で祈っててやるからな』


 コズサ姫はひとつ、頷いた。それから「ご苦労であった」と言い渡す。

 鴉はガアと一声鳴いた後、バサバサ羽ばたいて飛び立った。その姿は闇と霧に紛れてすぐ見えなくなり──

 あとに残されたあたしたちは、どちらからともなく手をつないだ。


 はぐれたらおしまいだ。


 互いの手が、互いの命綱。たとえ細くとも、弱くとも。

 決して離してはいけない。

 たとえ何があっても。


「……行こう」

「……はい」


 闇の中、霧の中、土塀にそって少しずつ進む。

 やがて塀が途切れて大きな門が現れた。

 見知らぬ都の、見知らぬ街角の、見知らぬ立派な門──その門が「ぎい」と音を立て、あたしとコズサ姫は顔を見合わせた。


「入れ、って言ってるみたい……」

「ならば入るしかあるまい。行くぞ、サトコどの」


 はい、と答えたものの蚊の鳴くような声になってしまった。

 ううー……やだなあ、怖い。

 でもここで怖気づいて入らなかったとしても、何だかんだで入ることになる気がする。なんたって怪異現象なんだから。

 互いに頷き、招くように開いたその隙間をくぐり──


「星が」


 ──呟いたのは、あたしなのか姫様なのか。


 驚いたことに、門の内側は霧が晴れていた。

 頭上には煌めく星明り。それが広い前庭をうっすら照らしている。

 石灯籠のようなモニュメント、足裏に感じる細かな砂利、シルエットしか見えない大小の木々は──かつてはきちんと剪定されていたんだろう。方々に伸びた枝がざわざわと揺れている。

 その敷地の奥の方、炭色に塗りつぶされてよくわからないあたりに、あたしは目を凝らした。

 あれは……お屋敷かしら。

 龍の洲(ここ)の建築なんてサッパリわからないけれど、格式ある古びた建物と見てとれた。疲れ切って寝そべるように、平屋建ての大きな影が伸びている。

 あの人はここいる、と鴉は言った。

 それはきっと、あたしたちを招き入れたこの門の内側なのだろう。

 あの屋敷の中だろうか。外だろうか。もう目的を果たしたのだろうか、それとも──


 がしゃん


 門が閉まる音に、あたしは後ろを振り返った。


「ひ、姫様。あたしたちもしかして、閉じ込め」


 そして途中まで言いかけた言葉をそのままに、炭色の闇の向こうを凝視する。


 少し離れたところに誰かがいる。


 小さな背。艶めく黒髪。

 あたしはその人影と、自分の隣の女の子を見比べた。

 あれは。

 あの姿は。

 待って、待ってよ……あのとき、あの姿で消えたのは。


「──レオニさん?」


 ハッとコズサ姫が目を瞠り、なまぬるい風が頬を撫でた。あたしの指先は小刻みに震え、心臓は早鐘を打ち始める。

 そうだ。間違いない。

 あれはレオニさんだ。

 コズサ姫と寸分たがわぬ姿をしてるのは、コジマくんの魔法がまだ効いているんだろう。どうやってここに辿り着いたのかしら。鬼を追って“龍の通路(みち)”に? それともなにか別の手段で──だめだ、頭が回らない。

 息が苦しい。

 胸がいっぱいで。


「レオニさん……」


 鴉の言ってたことは嘘じゃなかった。

 ここにあたしたちの探し人がいるって本当だった。レオニさんがいるのなら、アルゴさんだって近くにいるだろう。

 胸が鳴る。

 痛いくらい。

 レオニさんに無事会えた。あたしたちの旅は終わるのだ。あとは『狩りの城』に戻って、コジマくんの無事を確かめればそれで──


「無事であったか、若いの」


 ──あたしを押しとどめたのは小さな手。

 つないだままのその手にぐいと引っ張られ、駆け出しそうになっていたあたしは、つんのめりながら隣を見た。

 コズサ姫が一歩前に出る。

 早まるなとでも言うように、握った手に力を込めながら。


「あのような別れ方をしたゆえ、如何したかと思うておった。怪我はないか? こちらを向いて顔を見せよ」


 すると“レオニさん”がゆっくり振り向いた。炭色の闇の中、白い頬がうっすら浮かぶ。艶やかに紅い唇も。

 あたしの隣で、コズサ姫が「ふ」と笑う。


「なるほど、わらわと同じ顔じゃった。咄嗟のこととはいえコジマもややこしい魔法を使うたものよ」


 あたしは中腰で二人の顔を見比べた。

 なに……なんなの?

 コズサ姫の声は心なしか固い。御供の一人を見つけてホッとした、という感じではまったく無い。おかしな緊張感の中、レオニさんが唇をわずかに開く。そしてコズサ姫と同じ声で、


「……サトコさん?」


 あたしの名を呼んだ。


「は……はいっ」

「来てくれたんですね。会いたかった」


 あたしもです。あたしも会いたかった。


 ゴクリと音を立て、あたしは言葉を飲み込んだ。

 すんでのところでまたもコズサ姫に止められたのだ。戸惑いながらそちらを見ると、姫様はあたしに一瞬目線を合わせた。


 そして声に出さぬままこう云った──しばし待て、サトコどの。


 それからまた前を向き、レオニさんに声をかける。


「どのようにして此方へ参った。丸腰で鬼の暗闇に飲み込まれ、その後どう致した。恐ろしい目に遭いはせなんだか」

「……おに……」

「然様、鬼じゃ。おぬしの腕前ならわらわもよう存じておる。剣さえあれば、アレに一太刀も二太刀もくれておったであろうにの」


 レオニさんはもういちど「おに」と唇だけで繰り返した。


「見れば、ここは魔法をよく致すものの屋敷のようじゃ。この家に連なるものがあの鬼であろうが──若いの、その方はどう思う」

「……サトコさんは」


 また呼ばれた。

 全身に視線を感じる。その目が熱っぽく潤んでいるように見えて、あたしは思わず目を逸らした。

 コズサ姫の手が目に入る──力の入らないあたしの指先を、ぎゅっと握っている。


「サトコさんは無事でしたか。お怪我はありませんか。鬼の暗闇から逃げられたんですね──よかった」

「……レオニさん、あたし」

「本当によかった」


 そう言ってレオニさんは微笑んだ。普通なら微笑み返す場面なのだろう──だけどあたしの口元は引きつって動かない。

 ここにきてあたしの頭は、冷静さを取り戻し始めていた。

 姫様があたしを止めるには理由(わけ)がある。

 目に映る姿は変わっても、その中身はレオニさんのはず。そしてレオニさんはエードの近衛士だ。熱い眼差しでこちらを見つめ、唇に乗せる言葉はあたしのことばかり──落ち着け、サトコ。

 こんなのおかしいに決まってる。


「あなたの無事だけが気がかりでした。狩りの城に戻れたか、闇の獣に捕まってないか、そればかりが気がかりで」


 だって普通なら。

 コズサ姫がいるとき、普通なら。

 レオニさんはあたしを見つめたりなんかしないだろう。

 あたしばかりを気に掛けるようなこと、言わないだろう。

 本来ならば片膝ついて頭を垂れ、こう言うはずなのだ。姫様、御無事で何より──あの人がいつも、そうするように。


「早くあなたのところに行かなければ、あなたの傍に居なくてはと、そればかりが心を占めて」


 だから、これは異常事態なのだ。

 このレオニさんは普通じゃない。

 主たるコズサ姫に目もくれず、熱く潤んだ瞳であたしを見つめ、一歩また一歩と近づいてくるのはマトモなレオニさんのすることじゃない。あれは……


「でも、会えてよかった──さあ行きましょう。サトコさん」


 ……あれは“楔”だ!!


 どんっ


 手を振りほどき、コズサ姫があたしの体を突き飛ばした。たたらを踏んで尻もちついたあたしを鋭く睨み、短く言い放つ。


「逃げよ」

「へっ」

「早うッ」


 何が起きたか理解できずもたつくあたしの耳を、低い声がざわりと撫でる。


「サトコさんを──隠しましたね。何故ですか」


 ぶわ、と全身が総毛立った。

 ……そうか、目隠し魔法だ……!

 姫様は楔の一件を知らないはずだけど、アレの狙いがあたしだってすぐに気づいたんだ。だからあたしに目隠し魔法をかけて、「見えないようにしたから今のうちに逃げろ」って言ってるんだ。

 ふん、と鼻を鳴らしコズサ姫はレオニさん()を睨みつける。

 逃げなくちゃ。

 立ち上がらなくちゃ。膝が、膝が震える……!


「なにが何故ですか、じゃ。隠さねばそのまま攫うて食らうつもりであろ?」

「食うなどと。サトコさんは何処です?」

「鬼に心を獲られおったな。妖しき魔法もあったものよ」

「サトコさんを」

「わらわと同じ顔でまだ申すか、エードの近衛士がなんという体たらく!」

「何処にやったかと聞いている!!」


 怒声が響くより一瞬早く、あたしは弾かれたように駆け出した。




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