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081:竜巻山の魔法使い 三

「偽っ……なに?」


 呟いたあたしの声は、自分でもハッキリわかるほど不審の色で溢れていた。

 偽ってる?

 魔法が綻ぶ?

 違和感が頭の中で渦を巻き始める。

 魔法って、姫様の姿を変えた魔法のことよね。それをかけたのはハーロウさんよね。だったらそれを解けるのもハーロウさんに他ならない。

 でも今の言い方だと『魔法が解けないのはおまえのせい』って姫様を怒ってるみたいじゃない──なんで?


「ねえマーロウさん。このハーロウさんって人、結局なんなんですか?」


 どうにも黙っていられずに、あたしはとなりの大魔法使いに話しかけた。

 小さな龍の視線を感じる。静かにしていたあたしが急に喋り出したので、どうしたのかと思ったんだろう。


「姫様を子どもにしたのは悪い魔法で、それをかけたのは悪い魔法使いだって……“境界”を見に行くまでは、そう思ってたんです。あたし」


 返事はすぐには返って来ない。

 あたしは溜め込んだままの疑問をあれこれ、思い出した順に言葉にしていった。


「でももしかしたら、悪い魔法使いじゃないのかも、って……だってあの魔法に悪意はないんでしょ? だったらそれをかけてった魔法使いだって、悪党ではないわけで」


 なんだかもう、何が本当で何が本当じゃないのか、さっぱりわからない。


「あっ、そういえば“あの日”のことも嘘だったんですよね。『コズサ姫の箪笥から悪い魔法使いがやって来た』っていうアレ。

 本当は『姫様が箪笥に入った』んだって、あたしそう聞きました。アルゴさんもそのこと知ってて」

「サトコちゃんや」


 あたしは口をつぐんだ。お喋りを遮ったマーロウさんの声は溜息まじりだ。


「ワシはのう、サトコちゃんや……何もかもが明らかにならなくても良いと思っとるんじゃよ。

 秘密にしておきたいことの一つや二つ、誰にだってあるじゃろう?“あの日”のこととて、ひいさまが仰らないならソッとしておくのが一番。そう考えておる。

 ま、早く大人に戻って頂かねばならんのは間違いないがのう」


 頷くかどうか、あたしは一瞬ためらった。その間にもマーロウさんの言葉は続く。


「それでもう七日も前になるか。

 ファタルへ向かうサトコちゃんたちを見送った後、ひいさまの箪笥から“龍の通路(みち)”に入り、西の都まで行ったんじゃよ。兄に会って、ひいさまの御姿を何とかしてもらおうと思うての」

「……」

「しかし兄は都にはおらんかった。

 知己を訪ねても皆居どころがわからぬと言うし、ここに着いたあとも一悶着も二悶着もあってのう。さっきの(カラス)と延々押し問答の我慢比べじゃ。今もほれ、そこに」


 マーロウさんが指さす方を見て、あたしは「げっ」と小さく呻いた。

 橙の光が当たらないわずかな暗がり。

 そこにあいつがいる。あたしたちを出迎えた大きな鴉。


「ああしてワシらを見張っておる。何ぞ余計な手出しをするとでも思うとるんじゃろ」

『……何度も言わせるなマーロウよ。これはおまえではなく、あの姫の問題だ。いらぬ口出しをすると』

「とまあ始終こんな調子での。

 だから正直なところ、“あの日何があったのか”ワシにもようわからんのじゃ。ひいさまにかけられた魔法のことも、ひいさまと兄の間にあったやりとりも、ひいさまの一生(まこと)の願いも、本当のことを仰らない理由も、何も」


 あたしは鴉から少し離れるように、お尻を浮かせて座り直した。小さな龍なんか大慌てであたしの肩まで這い上がり、首元でマフラーになりきっている。


「しかし兄と鴉の口ぶりからすると、“実際のところ”がわからねば解けん魔法なんじゃろ。

 勿論あの壁を破ってサトコちゃんや皆の無事をお知らせし、御安心頂くだけなら簡単じゃ……しかしそれでは何も変わるまい」


 そこでマーロウさんは、今度こそ大きく息をついた。「ふうー」と長く。

 疲れたように深々と。


「ワシの前では、ひいさまは肝心なことは仰って下さらぬ。魔法を解く鍵は見つからず終いじゃ」


 だからといって黙って座っていても、(それ)は見つかるはずもなく──となれば頭を下げて頼むしかないわけで。


「のう使い鴉(カラス)よ、聞かせてはくれんかね。“あの日”本当は何があったのか」

『聞いてどうする。姫にかかった魔法を無理矢理解くのかね』


 ガアガア耳障りな鴉に向かって、マーロウさんはひょいと肩をすくめてみせる。


「バーン!! とならぬようなら是非ともそうしたいところじゃのう」

『そして大王に輿入れさせると言うのだろ? ふん、そう簡単に話してたまるものか』

「ならサトコちゃん相手ならどうじゃ」


 へっ?


 あたしはマーロウさんを二度見した。

 すげなく答え暗がりに引っ込もうとしていた鴉へと、大魔法使いは畳み掛ける。


「ワシには内緒のことでもサトコちゃんなら良かろうて。

 魔法使いではなくパン屋さんじゃからのう、魔法を無理に解くも何もない。ひいさまも同じ歳のよしみで、ワシには秘密のことでもサトコちゃん相手ならお気を許されることもある。

 どうじゃ“使い鴉(カラス)”よ。ワシではなくサトコちゃんになら、話してもいいんでないかのう?」

『……』

「ほほおーその目つきはアレじゃな、『そんなことを言って隣でしっかり聞くつもりであろうが』と、そう思っとるんじゃろ」

『実際その通りじゃないか。おまえがそこにいては話せるものも』

「話せぬとな? ならばワシは出て行こう。ひいさまのことも気にかかるが、不肖の弟子がファタルで困っとるからの……ちょいと様子を見てくるよ」

「え──ちょ、え、マーロウさんっ!?」


 帽子を抱えて立ち上がったマーロウさんに、あたしは慌てふためいて取りすがった。

 待って、ちょっと待って。

 あたしここに置いてかれるの?

 そんでこの鴉から“あの日の話”を聞き出すの?

 魔法の壁の向こうにいる姫様のことはどうすんの? 迎えに来たはずなのに、いいの? 本当に? それ大丈夫なの!?


「う、うそでしょマーロウさん、あたし一人で話を聞いたって……それはやっぱりマーロウさんが聞かなくちゃ意味が」

「心配いらぬよ、サトコちゃん」


 マーロウさんは「とん」と胸にこぶしを当て、あたしだけに見えるよう片目を瞑る。

 “鬼の眼”越しに聞くから大丈夫──そう言うことなんだろうけど。


「それに小さな龍もついておる。どうじゃ鴉よ、意地を張ったところで龍神の意向は無下にできんじゃろ」

『なんだそのチビ、蛇じゃなかったのか』

「鴉のくせに夜目が利かぬか。なりは小さくとも立派な龍じゃよ、竜巻山の古龍にとっては玄孫(やしゃご)にあたろうかの」


 すると精いっぱいの勇気を振り絞ったのか、小さな龍が「きゅっ!」と鋭く声を上げる。それから大慌てでニョロニョロと、あたしの背中に隠れてしまった。


『なるほど、古龍(じいさん)がもぞもぞしてたのは玄孫(そいつ)が来たからか……ふん、気に食わん』


 ガア、ガアア、ガア──


『しかし龍が話せというんなら仕方あるまい』


 不本意そうに鴉はぶんぶん首を振る。

 それを見てマーロウさんは小さく微笑み立ち上がった。「使い鴉とはいっても所詮は鳥じゃの」と、ヒソヒソ声で囁いて。


「さあ話がまとまったところで、ワシはちょいとコジマの様子を見てこよう──それではサトコちゃん、またあとで」


 と同時に、その姿が「ふっ」と消えた。一筋の光をあとに残して。


 うそでしょ……ホントに行っちゃった。

 小さな庵に残されたのは、あたしと“使い鴉(カラス)”と小さな龍。そして見えない壁の向こうには、大魔法使いハーロウさんとコズサ姫。

 あたしは体育座りを崩せぬまま、鴉とご歓談する運びとなり──


 そして時間は『あの日あの夜』へと遡る。




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