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062:ファタルの霊廟

 ファタルの霊廟とは何なのか──それは、先代の上様の御霊をお祀りした祈りの場。

 つまりコズサ姫のおじいさんのお墓である。

 先代様は御存命の頃から、『死んだらここに祀りなさい』と仰ってらしたそうだけど……それは、あたしにとっては疑問の一つだった。


「なんでファタル(ここ)なのかしら。だって先代様の住んでたお城って、全然別の所にあるんですよね」


 このファタルという土地、先代様が生まれたところでもなきゃ育ったところでもない。狩りの城に幾日か滞在したことはあったそうだけど、そもそも先代様のお城は富士山──もとい竜巻山の近くにあったという。

 なのに何故、ここに霊廟を構えたのか。


「おじい様がまだ『若』と呼ばれてらした時分のことじゃ。この地で大掛かりな狩りをなさったことがあったそうでの」

「あー知ってる、僕その話知ってます! お師匠様にちょろっと聞いてきたんですけどね、サトコさんのおじいさんも一緒だったみたいですよ」


 某月八日 狩りへ。山中泊。


 おじいちゃんの日記にはそれしか記述がない。だから細かいことはよくわからないんだけど、どうやらそのあたりの思い出がこの地を特別なものにしたらしく。


「へー、おじいちゃんたら狩りにもついて行ったのね」

「なんでも麓の集落が山の主にやられたとかで、先代様がじきじきに討伐に向かわれたそうですよ。それが狩りっていうより山中行軍って感じですんごいキツかったんですって!」

「山にも主がいるの? それも神様なのかしら」


 某月九日 何もなし、山中泊。


 某月十日 何もなし、山中泊。


 その後も「何もなし、山中泊」という記述が続いたので、さぞかしキツかったことだろう。

 とはいえ“山の主”を退治しなければ帰れない先代様御一行、このあたりの山々をひたすら彷徨ったそうな。


「神といえるかどうかはチョット謎ですね、人に討伐されるくらいですから。

 行軍中は沢の水で乾きを癒し、木の実や草の根で飢えをしのぎ、寝るときは地べたに(むしろ)を敷いて、まーそりゃあしんどい思いをしたそうですよ」

「隊長が先代様にお仕えしていた頃、着の身着のまま一本の鉈のみを持ち、山中で過ごす訓練をさせられたそうですが……お若い時の経験に基づいてのご命令だったんでしょうね」

「うわぁー僕だったらやってらんないな! サトコさんのおじいさん、よく文句も言わずについて行きましたよねぇ」


 いや、間違いなく文句は言ったはず。アルゴさんはきっと涼しい顔でこなすだろうけれど、うちのおじいちゃんはただのパン屋なのだから。


 ──何もなし。山中泊。


 さて、つらさの象徴のようなその記述がついに姿を消したのは、彷徨いはじめて五日後のこと。


「その山中行軍、しんどい反面ひじょーーーに得るものが多かったようでしてね! お師匠様が目をキラッキラさせて言うんですよねぇ。『山の中を何日も歩き回り、やっとの思いで山の主をやっつけてのぉ、ついにファタルの主峰に登りつめたその時じゃ。広がる雲海の向こうにパァァと朝日が昇ってのぉ、その場にいた者は皆あまりのありがたさに手を合わせたものじゃよ、ふぉっふぉっふぉっ』って」

「おじい様が御健在でいらした頃、わらわも繰り返し聞かされたものじゃ。あの御来光を見せてやりたいと、それはもう幾度も、幾度も」


 某月十三日 夜、滝壺近くにて山の主を討伐。明けてのち御来光、山頂より富士を望む。


 ──おじいちゃん、それは富士山じゃなくて『竜巻山』っていうんだよ。

 そんな指摘をした人がいたかどうかは知らないけれど、日記に書くってことはよっぽど印象的な一日だったんだろう。珍しく、記述が二文にわたっているのがその証拠。


「なるほど……サトコさんのおじいさんも、さぞかし安堵されたことでしょうね。目的を果たさなければ山を下りることはできないわけですから」

「おじいちゃん、狩りどころか山登りだって初めてだったと思うんですよね。結局何をやっつけたのかしら」


 この幾日かの経験に心を揺さぶられた人物は、魔法使いとパン職人だけではなかった。

 言わずもがな先代の上様である。

 無事に目的を達成し、山頂からの景色にいたく感動された先代様は、次のように宣言なさったそうだ。


『この地を我が魂の住まいとし、死して後は此処より龍の(しま)を見守らん』


「ファタルに霊廟を構えることになっただいたいの経緯は、こんな感じなんですって!

 ただその後が大変でしてね、まず先代様は候補地についてあれこれ条件をつけたそうなんです。それとゆーのが『道を広く取れる南向き斜面で』から始まって、『例の滝壺の近くで、湖を望めて、ちゃんとした参道を整備して云々(あーだこーだ)』とまあ細かいのなんの!」


 お墓探しは住まい探し──と言ったかどうかは知らないが、上様のこだわりに基づいて場所の選定をしたのはマーロウさん。

 時間を見つけては『例の滝壺』周辺を歩き回り、いい感じの場所を見定めた。そして「ここに参道、ここに山門、ここに社殿をおいて」と、大まかな建設予定を立てるに至ったそう。


「でもね、そっからがまた大変だったんです! そもそもがよそ様の土地なわけですから、きちっと筋を通さないといけないでしょ?」


 すなわち土地の神様である湖の龍に、御許しを得ること。

 なにしろただのお墓とはわけが違う。その地の龍神を差し置いて、別のものの魂を祀るわけにはいかないのだ。


「それに、先代様の譲れない条件の一つに『自分が討伐した山の主の魂を慰めるため、小さな祠を造るべし』ってのがありましたからね」

「なにそれ、祠を作らなきゃ祟るような、そんな凄いものを退治したの?」

「おじい様は『山の鬼を討伐した』と仰ってらしたがの」


 鬼、と聞いた瞬間あたしが絶句したのは言うまでもないだろう。


 そりゃ魔法使いがいて龍がいるようなこの世界なら、山に鬼が住んでたっておかしくはないだろう。

 でも、おじいちゃんの日記に『鬼』なんて単語は出てこなかった。

 ……ということは、あたしが想像するような「頭に角のある赤鬼、青鬼」ではないのだろう。きっと。少なくとも外観は。


「山の主ってゆーからには、なんかおっきい動物かと思ったんだけど……」

「自分もそのつもりで聞いていたのですが──鬼退治ですか。てっきり熊や猪や狼のたぐいかと」

「えっ狼いるんですかここ!?」

「お師匠様は“山の主”としか言ってませんでしたけどね。ただ、そういった歳経た獣が化生となり鬼と化すことは充分ありえます。湖に流れ落ちる滝壺のあたりをねぐらにしていたんなら、龍神の霊気に晒されてそうなることもあるでしょうしね」


 マーロウさんのファタル通いはなかなか終わらない。『きちっと筋を通す』ため、年に一度か二度はあの湖の畔で祈りをささげ、供物をささげ──

 そんなことをン十年続けたそう。


「さすが、おじじは気が長い。おじい様はさぞや待ちくたびれたであろうな」

「でもさーすーがーにー我慢できなくなったようでしてね!

 だって供物を湖に浮かべても手つかずで岸辺に戻ってくるし、直接お許しをもらおうと語りかけたところで、ウンともスンとも言わないんですから。怒りに嵐を巻き起こされた方がまだわかりやすいってもんですよ!

 それですっかり参っちゃったんでしょうね。ある年、伝言だけ残して帰ったそうなんです」


 それがおよそ十八年前のこと。

 先代様はとっくに天下を統一し、隠居していた。そして現在の上様が国王として政を執るようになっていたという。

 マーロウさんは湖の龍にこう告げた。


『もうすぐお生まれになる先代様の御孫君が姫であれば、この地に霊廟を構えてよいとの思し召しと考えますからのぉー。ふぉっふぉっふぉっ』


 そうして月が満ちお生まれになったのは、世にも美しい女の赤ちゃん──コズサ姫。


 先代の上様は、きっとずっと待っていたのだ。自分の血を引く女の子が生まれるのを、待っていたのだ。

 次の『西の大王』に、はじめっから(めあわ)せる気満々で。


「それがおじい様の夢だったのであろう。

 龍の洲の覇権を握り、天下泰平を実現する。自分の代だけで終わらず、それこそ子や孫の代まで続くような泰平の世を」


 某月十四日 バカ、夢を語る。


 鬼退治を終えて『狩りの城』に戻り、先代様はおじいちゃんに熱く語ったのだろう。

 先代様の夢。

 野望と言ってもいいだろう。

 その実現は自分の人生だけでは成せず、一人の女の子の人生をも費やさなければならなくて。

 おじいちゃんはなんて答えただろう。


 あたしは、なんて答えればいいんだろう。




 そんな話をしながら、あたしたちは『ファタルの霊廟』に向かった。

 湖沿いの杉並木を、自転車と馬で並走する。波が弾き返す日の光に、目を細めながら。




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