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058:役立たず 一

 近衛士たちが詰所として使う部屋は、『狩りの城』の二階にある。


 暖炉のある居間から階段を上がり、湖に面した南の角部屋がコズサ姫の居室。その斜向かいの、森に面した東側の部屋が近衛士たちの詰所。

 姫様のお部屋には何度か入ったことがある。

 洗濯物を届けたり、お食事を届けたり。内装はシンプルかつ上質、ってかんじ。ゴージャスではないのが意外でもあり、らしくもあり……


 では近衛士部屋はどうかというと、これまたシンプルを極めたような室内で。シンプルを通り越して寂しいくらい。

 なんせあるのは寝台が二つと、洗濯物を入れるカゴ、それから小さなサイドテーブルに乗った水差しと二つの杯。あとは入ってすぐの壁にそれぞれのマントや剣が掛けてあるくらい。

 詰所というより、仮眠スペースという方がしっくりくる。

 起きてる時はコズサ姫に貼りついてるか、城の内外を警備するか、でなきゃ体を鍛えるか、といったところだから、部屋の中なんてこんなもんでいいんだろう。

 あたしとしては部屋が殺風景なことよりも、近衛士二人の自由時間の無さの方が気にかかったりして……


 さて、その近衛士部屋の前であたしは逡巡していた。

 ノックしようと手を上げて、やっぱやめよう、とすぐに下ろす。

 そんなことをもう三回は繰り返していた。


 だって、ねえ。


 窓から廊下を照らす、この日差し──これ見たらレオニさんはどう思うだろう。

 いつも通り任務にあたってたハズなのに、気づいたら記憶が飛んで朝になってて、しかもそれについての説明もフォローも一切なく、上司が姿を消している。

 せめてもの救いは、あたしに襲いかかったことを「あれは夢ーぜんぶ夢ー」ってコジマくんが誤魔化してくれたことくらいで……


「はあー……」


 ああ、考えると溜息出ちゃう。

 だけど、ここでぐずぐずしてたってしょうがない。

 目覚めたレオニさんを上手いことフォローするのが、今のあたしに課せられた使命(ミッション)なのだから。

 勇気を出す、ってコジマくんにも言っちゃったし──がんばらないと。


 コンコン


 意を決して扉をノックし、あたしは返事を待った。


「レオニさん」


 返事は無し。もう一度。


 コンコン


「あたしです、サトコです」


 やはり返事は無し。

 どうしようかしら、と一瞬ためらって──あたしは静かに、扉の取っ手に手をかけた。

 静かにまわして細く開ける。

 ……あ、いた。レオニさん。

 開いた窓から風と光が入り込んで、カーテンがかすかに揺れている。その先に簡素な寝台があって、レオニさんはそこに寝かされていた。

 あたしはそーっと中に入り、なるべく音が出ないように扉を閉めた。


「レオニさん……」


 寝台の側に寄り、傍らに屈んで両膝をつく。

 レオニさんは目を閉じて、唇も閉じて、ただ規則正しく胸を上下させている。

 静かに。


 そういえば、お店のお客さんとして来てくれたのが最初だったんだよね。

 あたしは御釣りがわかんなくて手間取っちゃって、レオニさんも「すいません」とか言ってなぜかお互い謝ったりして。次の日は次の日で、エード城からお店まで馬で送ってもらって、その時初めてたくさん話をしたんだった。

 そしたらあれよあれよという間にコズサ姫の御忍び旅行に同伴することになって、また色んなことがあって……


 まだほんの何日かしか一緒にいないのに、その間にあたしたちはたくさん話して、笑って、どきどきして……普通に暮らしてたらありえないような濃い時間を、過ごしたんだ。

 そう思ったら、閉じた目蓋や何も言わない唇に、なんだか胸のあたりがきゅーっと締めつけられるような感じがして。


「ふ」


 と、あたしは短く息をついた。


 見ている方は堪らない、かあ……

 猿にやられてアルゴさんが寝込んだ時の、コズサ姫の気持ちがよくわかる。「よくわかる」が言いすぎだとしても、かなり近い気持ちじゃないかしら。

 そのアルゴさんの寝台は当然ながら空っぽで、普段ならぐしゃっと置かれてる毛布もきちんとたたんであって、壁の剣もマントも無くて。

 やるせない。

 切ない。

 そんな気持ちでいっぱいになって、あたしは俯き──


「…………ん……」


 ──声をかけられた。そんな気がして、すぐに顔を上げた。

 今レオニさんが何か言った。

 寝言のような、うわごとのような感じで。

 あたしは息をひそめ注意深くその口元を見つめた。


「……サ……さん……」


 ほら、やっぱりそうだ。

 呼んでる。

 うぬぼれだろうか──いやいや、仮にそうだとしても。


「……サトコさん……」


 例えそうでも、今は間違いなくあたしを呼んでいる。

 その掠れた声を聞いて、僅かに開いた唇を見て、あたしは喉に塊がつっかえたように苦しくなって──気づけば、


「ここです」


 と返事をしていた。


「ここにいます、レオニさん」


 声をかけたら起きるかしら。

 自然に起きるのを待った方がいいのかな。

 だけど──だけどあたし、話したいことがあるの。

 聞いてほしいことがあるの。

 自分ひとりで抱えているには、ちょっと重すぎることがあって……あたしはそれを、一人じゃ上手く持てそうになくて……だから。

 だから、ねえ──


「ねえ……レオニさ」

「うわあぁぁぁーーー!!」


 なっ!?


 ずざざ、とあたしはその場から飛び退いた。窓枠にどん、と背中がぶつかる。

 な、な──なにごと!? なにが起きたの!?

 パニック状態でとっさにカーテンを掴み、あたしはぐるぐるとそれにくるまった。いや、もちろんそんなことする必要まったく無いし、なんでそうしたのかサッパリわかんないけど──

 でも!

 でも!

 とにかくそのくらい驚いたのよ!!


「うわぁぁ。うわぁぁーーッッ!!」


 だって驚かない方が無理ってもんでしょ、今まで大人しく寝てた人が突然「うわー!」って叫んで頭抱えてゴロゴロのたうち回ってるんだもん!

 異常事態だわよ!!

 容体が急変したのかしら、コジマくん呼んだ方がいいのかしら、どこか痛いのかしら、これも鴉のせいかしら、仰天して隅っこに逃げちゃったけど隠れてる場合じゃないよねコレ、ああーどうしよう、どうしよう!?


 ──と、カーテンにくるまったまま心臓バクバクで慄いていると──


 レオニさんは左右に転げるのをやめてムクッと体を起こした。

 非っ常ーーーに暗い顔で。

 そしてぎこちなく、それこそ「ぎぎぎー」と軋む音が聞こえそうなくらいのぎこちない動きで、寝台の上に正座した。


「なんという……」


 お……起きれるんだ。だいじょうぶなのかしら。なんで正座なんだろう。

 震えながら様子を伺っていると、寝台に正座したレオニさんは両手で自分の顔を隠し、うつむいてしまった。

 そして消え入りそうな声で一言、のたまった。


「なんという淫らな夢を……!」


 その姿勢のまま「あぁぁぁ」と呻き、弱々しく頭を左右に振る。もちろん、顔を両手で覆ったまま。


 ははあ──なるほど。


 これはあれだ。

 厨房であたしに無理やり迫った時の夢を見て飛び起きたと、そーゆーことに違いない。

 うんわかる。わかります。

 だってあんなの夢に見ちゃったら、そりゃ平静でいろってほうが無理だもの。

 なるほど、なるほど、そうでしたか。

 コジマくんが言ってたとおり「あれは夢ーぜんぶ夢ー」って、なるほど本当にその通り。うんうん、そうしてもらえて助かった。あれを現実だと覚えてるより、よっぽど良いもの。

 ありがたいことです本当に。うん、心の底からそう思う。

 でもさあ。

 でもさあ……

 なにも今、このタイミングでそんな夢見なくたっていーじゃないのよーーー!!


 レオニさんは「消えてしまいたい……!」と正座で嘆き、あたしはにじむ冷や汗を気にしながら、忍者のごとくカーテンの中で息を殺していた。

 ──あたしは壁。

 近衛士部屋の壁になったのだ。

 壁だから動かないし喋らないし、レオニさんの方は見ない見ない、決して見ない。

 そう、窓の外でも眺めて心を無にしてやりすごすのだ──


 ──って!


 自己暗示とともに窓の方を向いたあたしは、そのまま心臓まで凍りついた。

 窓枠にいつのまにか、鳥がとまっている。

 鳩だ。

 白い鳩。

 美しい朝の光に照らされて、翼がつやつやと輝いている。

 その鳩ポッポちゃんは、窓枠に止まったまま首を傾げたり頭を前後に動かしたり──あたしは脇から背中から冷や汗ダラダラで、それを凝視していた。


 お願いポッポちゃん。頼むから。

 今は絶対、鳴かないでね……




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