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041:天地の龍

「別に詳しいわけじゃないんだけどね」


 と前置きして、あたしは話しはじめた。


「あたしのいたところの太陽の神様、天照大御神っていう女神さまなの。兄弟が二人いて……勿論どちらも神様よ。でね、その中の一人がとんでもない乱暴者だったんですって」


 話しながらヤカンに直接、茶葉を入れる。蒸らしてる間に人数分の湯呑を準備。

 家でもそうだったけど、くつろぐ時間が多いほどコップの洗い物が増えていく。

 朝飲んで、昼飲んで、休憩時間に飲んで、夕飯時にまた飲んで……洗わないで溜め込んでると、あっという間に数が足りなくなってしまう。


「あるときその乱暴者の弟がやって来て、大暴れしたんですって。それがホント酷くって、天照大御神はショックのあまり深ーい洞窟の奥へ引き篭もっちゃったのよ。入り口におっきな岩で蓋をして。おかげでありとあらゆる災いが起きたそうよ」

「へー!」


 と感嘆の声を上げたのはコジマくん。


「どこの世界にも荒ぶる神ってのはいるんですねぇ。いやー迷惑ですねぇ、押し込み強盗みたいなことしても神様は神様ですもんね! 無碍な扱いはできないでしょうし、しかも身内だってんじゃー引き篭もるのもやむなしですよ」


 ヤカンからお茶を注ぐと、きれいな翠色と澄んだ香り。

 うんうん、美味しそう。

 お盆に乗せた湯呑を作業台に持っていくと、レオニさんがそれぞれに配りながらこれまた感心したように呟いた。


「不思議なものですね……龍の(しま)にも似たような伝説がありますよ。

 光の龍が暗く深い洞窟に潜って、姿を隠すという話です。世界中が暗闇に包まれて、作物は枯れ、病が流行り、家畜も死に絶え、人々は相争い血を流したとか」


 あたしもまた「へえー」と感心しながら、椅子に腰かけた。淹れたてのお茶はまだ熱い。唇を寄せてふーっと息をかける。

 実際、太陽がずーっと出ないとそうなってしまうんだろう。きっと過去には本当にそういうことがあって、今じゃ神話として語られてるのかも。日本の“天岩戸伝説”だって実際はは日食のことらしいって聞いたことがある。

 ……あ、でもこの世界には本当に龍がいるんだった。

 ということは伝説イコール実話で、本物の龍が本当に洞窟に潜ったのかもしれない。


「なんで引き篭もったのかしらね、その光の龍」

「そんなん決まってますよ、悲しいことがあったんです」


 答えたコジマくん、自分で握ったおにぎりに手を伸ばし、一番大きいのをちゃっかり確保している。


「サトコさんとこみたいな兄弟喧嘩じゃないようですけどね。学者さんの間では諸説ささやかれてまして、最新の学説じゃー失恋の痛手が原因だ、なんて言われてるみたいですよ」

「失恋?」

「そ、失恋です」


 オウム返しに答えると、コジマくんはおにぎりにかぶりついた。

 失恋、だって。

 龍神も恋愛とかするんだろうか……するんだろうな。イメージ湧かないけど。


「光の龍が想いを寄せたのは、地の龍だそうです。二つは一つであり、永い時を共に生きてたそうなんですけどね。でもやっぱり、住む世界が違うということで別れなければいけなかったんです。ですが、どうしても別れ難かった光の龍は、悲嘆に暮れて姿を隠してしまった──というわけです」


 そういえば、あれは高二が終わった春休みの時だった。

 山野くんと別れた時──別れようって言ったのあたしだけど──しばらくは外に出ようなんて気にならなかった。あれも失恋の痛手に入るだろうか。

 それとも、あーゆーのはカウントされないのかしら。


「光の龍はわーわー泣き叫び、天地は鳴動し海は荒れ、山は火を噴き星は落ちたとか。とんでもない大災害ですけど、それほど想いが深かったんでしょう。神なればこそ、嘆きのスケールも生半可ではなかったんでしょうねぇ」


 次の春が来れば、あっちは大学生。対するあたしは実家に就職。

 言葉にして誰かに相談したわけじゃないし、はっきり自覚してたわけでもなかったけど……あの頃のあたしはきっと、わかってたんだと思う。

 あるいは決めつけてた。

 いつかは別れなきゃ、って。

 住む世界が違うから、って。

 今は文字通り、異世界(ここ)と日本に離れちゃったわけだけど──


「──地の龍は?」


 あたしを物思いから引き戻したのは、静かな、だけど微塵も揺れない強い声。

 アルゴさんはおにぎりをばくばく胃に収め、ごくりと音を立ててお茶を飲み、改めてコジマくんの方を向いた。まっすぐに。


「相手の地の龍は、そのとき如何したのだ」

「地の龍ですか? これまた諸説あるんですよ。一説には嘆き悲しむ光の龍を説得し、荒ぶるを鎮めたのちに天に還したと言われています。また一説には、地深くへ潜る光の龍を追い、尻尾を掴んで力ずくで引っ張り出したとも伝わっています」


 あたしもおにぎり食べようかな。小っちゃい方でいいや、一つ残った大きめのはレオニさんに食べてもらおう。

 一口かじると、中身は鮭によく似た魚だった。

 うん、塩気がきいて中々に美味だわよ。


「引っ張り出された光の龍は激しく抵抗し、その大暴れの跡は迷宮の如き通路(みち)となって、龍の眷属が棲み処としたそうです。人の身でそこに迷い込むと元いた場所とは全然違うところへ連れてかれるんですって! まー僕は入ったことないんで真偽のほどはわかりませんけどね。

 でも古代の龍神の悲恋の跡がそーやってどこかにあるのかなーなんて思うと、いやーこの世は謎だらけとゆーか、それもまた浪漫とゆーか」

「なるほど──まったく参考にならんな」


 うーんたしかに。コズサ姫を力ずくで引き摺り出すわけにいかないし……

 アルゴさんは指を伸ばし、今度は作業台の真ん中に置いてあったピクルスをつまんだ。そしてそれを口に運び、コリコリ小気味よい音でかじりながら「うむ、良い味だ」と呟いた。


「サトコさん、そちらの太陽神はどうやって外に出たんですか?」


 口の中のおにぎりをお茶と一緒に飲み干して、レオニさんがあたしに訊ねる。

 あたしもちょうど、おにぎりを食べ終わったところ。指先についたご飯粒をぱくっとついばんで、こう答えた。


「楽しいことをして気を引いたんです。お祭り騒ぎが気になって岩の扉をちょっと開けた隙に、力持ちの神様がその扉を取っ払ったんですって」

「平和的でいいですね、力に訴えるよりも」


 レオニさんはそう言って微笑んだ。

 お茶、もう少し飲みたいな。みんなも飲むかしら。

 二煎目を淹れようと席を立つと、コジマくんが神様について講釈を始めたようだ。


「楽しいことして気を引くってゆーのは、意外と賢いかもしれませんよ。もともと神やその眷属というのは楽しいことが好きなもんですからね。踊りも好きですし、歌も好きですし、お酒や美味しいものも大好きですし」

「いつかの例大祭でも、あれこれ奉納しましたよ。神職方の舞、それはそれは見事でした」

「そーゆーお祭りを怠ると神々は祟るんです。それこそ天変地異があったり、病が流行ったり。そーいえばお師匠様が『ファタルの祭事もそろそろ再開せんとマズイのぉー』なんて言ってましたけどねぇ。まっ、それも姫様のお輿入れが無事に相成れば、ですよね。

 それでサトコさん、お祭り騒ぎって何をしたんですか?」

「ああ、それはね」


 作業台に背を向けたまま、あたしは答えた。


「他の女神さまが裸になって踊りまくったんですって」


 そしてヤカンを持ってくるりと振り返り、ビミョーな顔の男性陣の視線にさらされた。

 コジマくんは「うわぁ」って顔してるし。

 レオニさんは「えっ……!?」って顔してるし。

 アルゴさんは「ふむ、なるほど」って顔を──あ、これはいつも通りか。


「うわぁ……サトコさんとこの神様って、ハレンチなんですね」

「え!? ちょ、ちょっとーなんかあたしがハレンチだって言われてるみたいで嫌なんですけど。

 いちおう言っとくけど、あくまで伝説よ? 裸で踊ったとは言われてるけど、本当にそうしたかどうかは」

「なるほど、妙案かもしれないな」

「はっ?」


 コジマくんのジットリした視線を受けながら席に戻ったあたしの発言を、アルゴさんの声が遮った。

 ピクルスをつまんだ指を拭いながら、彼は静かにあたしに向き直った。


「そのような騒ぎがあれば、ひいさまもお出ましになるやもしれぬ──サトコどの」

「はあ」

「このような頼みをするのは大変心苦しいのだが、ここは一つひいさまのために」


 ガタンッ


「隊長!」


 椅子を蹴倒し、レオニさんが立ち上がった。

 作業台に手をついたまま、かぶりをふってアルゴさんの発言を制止する──なにやら、みょーに真剣(マジ)な顔で。

 

「いけません……いけません、その先は!」


 それを聞いたコジマくんも「ハッ!」とした様子で跳ねるように立ち上がった。もちろん派手な音で椅子を蹴っ倒して。


「そーだそーだ、サトコさんに何させよーとしてるんですかっ、この人でなし!」


 あたしはヤカンを持ち上げて二煎目を淹れようとしてたんだけど──妙な雰囲気に、その手も宙ぶらりん。口は半開き。

 ただならぬ様子の二人を見て、アルゴさんは片方の眉をかすかに動かした。そして短く息をつくと、肘をついて顔の前で手を組み、二人の方を横目で見遣った。


「しかし何の策も無いとあっては……ここはやはり、サトコどのの力を」

「うわーっ、わーっ、隊長黙って!! ごめんなさいサトコさん聞かなかったことに!」

「ちょっとちょっと頭冴えちゃったとか言ってたの何だったんですか! 僕これでもお師匠様と店長の二人からサトコさんのこと頼まれてるんですからねっ、いいですか、一度しか言いませんからよく聞いてくださいよ!」


 えっ……えっ?

 話の流れが掴めない。

 眉をひそめてヤカンを掴んだままのあたしをよそに、コジマくんは高々と叫んだ。


「サトコさんに裸踊りをさせるくらいなら! 僕が文字通りひと肌脱いで! 姫様のために! 踊ります!!」


 ……はっ?


 手からヤカンが落ちそうになる。

 えーと。つまり──つまりアルゴさんは、あたしに裸で踊れと、そう言おうとしてたの?

 姫様のために?

 ……

 …………

 えぇー!?


「なんで!?」


 ガターンッ!!


 と椅子を蹴り倒し、あたしは立ちあがった。

 顔はきっと赤かったと思う。

 指先は盛大に震えていたと思う。

 ついでに言うと、声はうわずってひっくり返っていたと思う。


「なんで、なんで、なんで神話の神様が裸で踊ったからって、それをあたしがやるなんて話になるんですか!?」

「サトコどの、いったい何を」

「だいたいそんな、は、は、裸になって踊ったところで、そりゃー騒ぎにはなるかもしれませんけどっ! でも、でも、そんなことしたって姫様がノリノリで出てくるわけないじゃないですか!!」


 叫んでいるうち、どんどん腹が立ってきた。

 走馬灯じゃないけど出会いからこれまでの色んなことが脳裏に浮かんでは消え……ああそうだ、そうだった。あたしこの人とは最初っから合わないんだった。

 だって思い出しても見てよ、初対面で刃物を向けられて、河にぶん投げられて、お風呂場で裸を見られて、コジマくん以上に相性最悪じゃない!

 その上なんなの、言うに事欠いて「裸で踊れ」ですって!?

 とても正気の沙汰とは思えない!

 いったいどーなってんの!!


「さっきアルゴさん言いましたよね『大変心苦しい』って! 本当にそう思ってるんですか? もし思ってるんなら、どーしてあたしが脱ぐんですか? アルゴさんが脱げばいいじゃないですか!」

「私が──脱ぐ?」

「や、そもそもこんな話になったのはアレですよ、姫様が引き篭もりにになっちゃったからですよ! それだって元はと言えばアルゴさんが寝込んでたからで……寝込むような羽目になったのはえーっと……えーっと……」


 あたしは少しの間、視線を彷徨わせ──だん! と作業台に拳を打ちつけた。湯呑が跳ね、しずくが飛び散る。

 皆の視線が集中する中あたしは叫んだ。


「武器! 猿をやっつける武器が一つも無かったからなんじゃないですか!?」


 それはピントのずれた発言だったのか、皆なぜだか一様に沈黙した。

 コジマくんは「んっ?」って顔してるし。

 レオニさんは「えっ?」って顔してるし。

 アルゴさんは「ふむ、なるほど」って顔を──この表情変わらない感じもまた腹立たしい。


「……なるほど、サトコどのは御存知なかったか。神域の“境界”を」


 アルゴさんはちらと視線を投げかけた。あたしではなく、レオニさんの方に。


「案内して差し上げろ。厨房は弟子に任せればよい。

 私はひいさまにお食事をお届けしてこよう……サトコどの、御膳(ごぜ)は何処に」

「え? あ、そこですけど……」

「ふむ。かたじけない」


 そう言うとアルゴさんは湯呑をぐいと傾け、わずかに残っていたお茶を飲み干した。あたしは何だか勢いを削がれて、その場に立ち尽くしたまま。

 するとアルゴさんの茶色い瞳がこちらを向いた。


「心配せずとも、服を脱げなどと言うつもりはない」

「……へっ?」

「ひいさまがお気に召すような“楽しいこと”を考えてもらえれば、それでよい」


 あたしの目は点になる。たぶん、レオニさんとコジマくんも。

 そんなあたしたちをよそにアルゴさんは立ち上がり、コズサ姫の御食事を載せたお盆を手に取った。


「そなたはひいさまの御友人だ。粗略に扱うわけにはいかぬ」

「……」

「それにもし踊らせたところで、ひいさまの御叱りを受ける前にそこの二人に殺されかねんからな」


 そう言ってわずかに微笑み、厨房を出て行った。

 二煎目のお茶……淹れそびれてしまった。

 後に残されたのは中途半端に立ち上がったままの、あたしとレオニさん。それからコジマくん。

 三者三様に怪訝な表情で立ちつくし、アルゴさんが出て行った厨房の入口を、ぽかんと見つめていた。




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