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039:神域の日々 一

 あたしが小学生だった頃──つまり、体のサイズがコズサ姫くらいだったころ。

 母とケンカしたり怒られたりした時、負けるのは大抵あたしだった。いや、今でもそうなんだけどね。口ではとても敵わない。

 今では年相応にスルースキルも身について「あーまた始まった」なんて受け流せるけれど……子どもの頃はいちいち真に受けてシクシク泣いたりしたものだ。


「あーいたいたサトコ、あんたまたそんな所に潜り込んで」


 あたしが一人でシクシク泣いた定番の場所。

 それは自分の部屋の、学習机の下。そこに潜り込んで見つからないようにシクシクやるのが、お決まりのパターンだった。


「そんな狭いところで泣いてんじゃないわよ。ほらおいで、夕御飯作るんだから手伝ってちょーだいよ」


 仲直りのパターンも、いっつも同じ。

 見つからないようにって言っても定番の場所だから結局見つかるんだけど、実はあたしもそれを待ってたりして……素直に「ごめんなさい」すれば早いのに、お互い言いだせないあたり似たもの親子なんだろう。

 で、なんでまたそんなことを思い出したかというと──


「サトコどの。ひいさまの御様子、如何であった」


 ──コズサ姫がご機嫌を損ねて、自室にお籠りになっているのだ。

 それももう二日目。

 食事はいちおう運んでいるし、食器が空になってるから食べてはいる様子。なんだけど、いかんせん姿が見当たらない。

 今もちょうど朝御飯の食器を下げてきたところ。あたしが行けば少しは気分がまぎれるんじゃないか、ということで様子を見てきたんだけど……


「だめです。どこにもいません」

「然様か」


 と、アルゴさんは手にした斧を丸太へと振り下ろした。

 かん! かん! と音が響いて、丸太は真っ二つに割れる。


「ベッドの下とかも見たんですけどね。隠れてるんじゃないかと思って」

「目隠し魔法をお使いになったのだろう」

「あ、そっか……日光のガイドブック、とりあえず置いてきました」

「がいどぶっく?」

「本です。このまえ見たいって仰ってたから、暇つぶしにと思って」


 かたじけない、と言うとアルゴさんは二つにした丸太をさらに半分に割った。

 昨日まで昏睡状態だったのに、なんだかすごい回復っぷりだ。こんなに働いちゃって大丈夫かしら。


「……しかしひいさまにも困ったものだ」


 かん! かん!


斯様(かよう)にお籠りになられては、お体に障る」


 かん! かん!


「そろそろお出ましになって頂かねば……」


 かん! かん!


「って言いますけどねぇー隊長さん。僕やっぱりね、隊長さんが全面的に悪いと思います!」

「うん、あたしもアルゴさんがいけないと思う」

「隊長らしくないですね、姫様をないがしろにするなんて」

「……」


 あたしたち四人は厨房の裏、城の裏庭でそれぞれに仕事をしていた。

 アルゴさんは薪割り。レオニさんは馬の世話。コジマくんは納屋をひっくり返して古い道具をあれこれ引っ張り出し、メンテナンス。

 あたしはというとお昼に向けて本日二回目のパンを焼いているところ。焼き上がりまであと少し。


「まったくもー呆れちゃいますよ、いったい何年お仕えしてるんですか!

 ほとんど寝ずにお付添い下すったんですよ? それも姫様が直々にですよ? 本来だったら目覚めた瞬間に飛び上がって額を床にこすり付け、謝罪と感謝の意を述べて足元に口づけし、生涯に渡る忠誠を誓って念書に血判押した上、僕ら全員を証人に剣の鍔で金打(きんちょう)して然るべきことなんですよ? それをですねぇー」


 コジマくんは「ハァー」と溜息ついて、頭を左右に振った。

 手には六角レンチ。それをぐいぐい回してネジを締め──なんのネジかというと、自転車の。『狩りの城』の納屋から発見された、おじいちゃんのものと思われる古ーいママチャリの。狩りの道具やら何やらと一緒に、今朝がた発掘されたのだ。

 ……一生懸命やってるけど、動くのかなーあれ。

 あたしの心配をよそにサドルの位置を調整しながら、コジマくんは「嘆かわしい!」と言わんばかりの口調でこう言った。


「どーしてよりにもよって僕をまっ先に呼ぶんですか!」


 するとアルゴさん、薪をどんどん割りながら「うむ」と頷いて──


「頭がな、冴えてしまったのだ」


 ──と呟いた。

 厨房に戻ろうとしていたあたしは、馬にあげる野菜やなんかを運んでいたレオニさんと顔を見合わせた。

 それってあれだろうか。マーロウさん直伝の、薬の副作用?


「目を覚まし、ひいさまの御顔を拝したときにな。雨上がりの雲がさーっとわかれ、光が射すかのように思考が冴え渡ったのだ」

「なんかずいぶん詩的じゃないですか」

「うむ」


 アルゴさんは次の丸太を縦に置き、手斧を振るう。


「曇っていた(まなこ)が晴れるようにな。次に為すべきことが見えてきたのだ」

「為すべきことって、僕のポッポちゃんを借りること?」

「然様」


 そう。

 昨日の昼、目覚めた途端コジマくんを呼びつけたアルゴさんは、駆けつけた魔法使いの弟子にポッポちゃんを出すよう指示をした。そして袖から出てきた白い鳩に何ごとか言い聞かせた後、空へと放ったのだ。

 そのあとは驚くべき早さで回復し、今じゃご覧のとおり平常運転。さっきなんてレオニさんと剣だか槍だかの稽古をしてたし、頑丈にもほどがあるというか……コジマくんは「僕の調合した薬が素晴らしいからですよっ」と胸を張っていたけれど。


「じつに賢いな、あの鳩は。人語をよく解し、とっさの機転もきく。残念ながら私は彼の言葉はわからぬが……」

「ちょっとーポッポちゃんは女の子ですよっ。それで結局、何を頼んだんです? まさかとは思いますけど諜報活動とか命じたんじゃないでしょーねっ。姫様を狙う奴らの黒幕の正体を探らせようとか、計画の裏にある本当の目的を暴こうとか、そーゆー危ないことにポッポちゃんを使おうなんて」

「その通りだ」

「えーっ!?」


 あたしはアルゴさんの周りにちらばる薪を拾い、脇に抱えた。後でまた沢山使うのだ、今のうちに持って行こう。

 コジマくんは自転車のブレーキを握ったり離したりしながら「なんてことをー隊長さんひどい!」と騒いでいる。

 するとアルゴさん、かすかに笑ってこう言った。


「気にはならぬのか? 我々が不在の間、エードの城内がどうなっているか」

「……はっ? どういうことです?」

「自分の師匠がどうしているか、そなた気にはならぬか」


 薪ってけっこう重い。拾った薪をポロポロ取りこぼしたりしていると、厩舎から出てきたレオニさんが横から手伝ってくれた。

 馬のお世話は一段落したようだ。


「お師匠様ですか? そりゃまあ気にならないってことはないですけど」

「サトコどのも母君のことが心配であろう」

「えっ、あたし? まー何とかやってるんじゃないですかね、うちのおかーさんなら」

「レオニも一人くらいは気になる相手がいるだろう」

「故郷に老母がおりますが……」

「それは休暇の際にでも自分で確認してくれ。

 ……ともかく、我々不在のエードの様子を見てくるよう命じたのだ。何もなければそれでよし、何かあれば報告せよとな」


 ふぅーん。

 と納得しながら、あたしとレオニさんは薪を抱えて厨房に戻った。

 たしかに、マーロウさんがどうしているのかは若干気になるところ。コズサ姫の箪笥に入ると言ってたけれど──そしてそれを知っているのは、この場ではあたしとアルゴさんだけだけど──その後どうしたのか、そろそろ続報があってもいい頃だ。


「サトコさん、これどこに置きましょうか」

「あっすいません、じゃあ石窯の脇にお願いします」


 目が合うと、レオニさんはにこっと笑った。

 傷、もうすっかりいいみたい。まだ跡が痛々しいけれど包帯も外れたし。さっきアルゴさんの頑丈さに驚いたけど、レオニさんも同じくらいには頑丈なのかも。

 なんにせよ男手があるのはありがたい。

 薪を割るのも運ぶのも重労働。もしブーランジェリー松尾が薪で燃やす石窯を使っていたら、あたしとおかーさんだけじゃチョット厳しいだろう。こういう風に一緒にお店をやってくれる男の人がいたら……うん、きっとすごく心強いだろうなぁ……

 ──ハッ。

 おぉ危ない危ない、雑念に心を捉われるところだった!


「いい匂いですね」

「え!? あ、はい! えっと、そろそろ開けますね、ちょっと下がっててください」


 ミトンを嵌めて石窯の扉を開けると、小麦の香りの熱い空気が頬を包んだ。

 長い柄の大きなヘラ──この道具、パンピールというようだ──を使って、焼き上がったパンを取り出す。

 手のひらサイズのプチフランス。本当は長いバゲットとか、どっしりしたカンパーニュとか焼きたいけれど……どういうわけかパン切包丁が無いんじゃ仕方がない。

 ──さあ、今回の焼き上がりはどうだろう。

 匂いは文句無し。

 焼き色は……ちょっと濃すぎたかな。

 発酵はかなり時間をかけたし、そこそこ上手くいってたから、中は問題なく食べれると思うんだけど。

 やっぱりお店みたいに安定した品質、とは中々いかないものだ。

 とはいえ今回はこれにて完成、よーしできたできたプチフランス! 一人二つで合計十個──十個、あれっ?


「……やだ、九個しかない」


 奥の方に転がってるのかしら。

 真っ暗で広い石窯の中を、パンピールで探ってみる。でも何かに触った感じもないし、覗き込んでも何も見当たらない。ということは、やはり初めから九個だったんだろう。

 うーん、こんな凡ミスするだろうか……しっかり数えたはずなのに。

 まあ無いものはしょうがない、あたしは一個でも足りるし、大丈夫。


「どうしました?」

「いえ、なんでも……作る数、間違えちゃったみたい」


 気を取り直して人数分のコップを出し、ミルクピッチャーから牛乳を注ぐ。さっきファタルの神職さんが、牛一頭曳いてきて目の前で絞ってくれたのだ。

 バターや生クリームが無くても、この絞りたて牛乳があればあたしは充分に幸せだ。

 ──さて、続き続き。

 さっき焼いといた燻製のお肉がちょっとでしょー、葉物の野菜がちょっとでしょー、あと昨日漬けといたピクルスに……軽いお昼ならこんなもんだろう。男の人たちには少し足りないかもしれないけれど、コジマくんが握っといたおにぎりもあるし。


「レオニさん、外の二人呼んできてください。お昼ですよ、って」


 はい、とレオニさんは微笑んで勝手口を出て行った。

 あたしはその背中を見送って……ああ、ちょっとイイかもこーゆーの。ささやかな食事があって、一緒に食べる人がいて、なんかこの微笑みを交わすかんじとか……

 ──ハッ。 

 やだ、あたしったら今すっごくニヤけてたんですけど!

 危ない危ない気を引き締めなくては、仮にも仕事中なんだから。あたしにとってこの厨房は、まさしく職場なんだから。

 それにほら……コズサ姫のことを思えば、浮かれるような気にもなれないじゃない。


「わぁーい美味しそうイイ香りー! あっそうだサトコさん、自転車直りましたよ! タイヤも大丈夫だし、サビも落としたし、チェーンの具合もバッチリです。あとで乗り方教えてくださいねっ」

「えっ、あれ直ったの? 異世界の乗り物なのに」

「そりゃーねぇ道具の声に耳を傾けて謙虚な気持ちで『直させて下さい』ってお願いしたからですよ。喜んでましたよーウン十年前にエードからここまで漕いだ後、誰も乗ってくれずに寂しく過ごしてたようですから!」


 おじいちゃん、あの道のりを自転車でついて行ったとは……うわぁ、よくやるわ。

 作業台の上にお皿を並べ、あたしは勝手口の方を振り返った。柄杓に水を汲んで手を洗っていたアルゴさんと目が合う。

 さあ、みんな揃った。


「いただきまーす」


 と手を合わせる。

 厨房で取るささやかなお昼ご飯。ちゃんとした食事の場が『狩りの城』にはあるけれど、あたしたちだけならここで充分。

 それに、ここの方が身の丈に合っている。

 あんまりゴージャスだったり、きちんとした場所だったりすると、どうもそわそわして落ち着かない。たとえば姫様と一緒に忍び込んだ、エード城の上様の執務室とか──あの会議の間じゅう、生きた心地がしなかったっけ。


 ……と、ホッとした気分でいたのも束の間、厨房の食卓は会議の場となってしまった。

 議題はずばり『ご機嫌斜めのコズサ姫を、どうやってお部屋から連れ出すか』。

 ──この案件を巡り、あたしたちは喧々諤々の議論を交わすこととなったのだ。




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