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036:石窯修行ことはじめ 二

 もう何年も前のこと。

 あたしが小学生のとき、林間学校なる行事があった。

 小学校時代なんて遠い昔すぎて、滅多に思い出さないんだけど──なにしろ、ぼんやり生きてきたから記憶があいまいで。

 けれど、おぼろげながら覚えていることもある。その一つが林間学校における『野外でのカレー作り』だ。

 なつかしいなぁー。

 石を組んでかまどを作って、その上に鍋を乗せて……あたしはもともと料理はけっこう任されてたから、カレー作り自体はなんてことなかった。

 大変だったのは、かまどに火を入れること。

 というのも『昔ながらの火熾しを体験しよう』と引率の先生が取り出したのは、火打石やら棒きれと板やら、何ともレトロな道具ばかりだったのだ。


「……で、その棒きれと板をね、ガーッと擦りあわせるのよ。でも全然だめ、手は疲れるし煙だって出てこないし」

「へー! みんなで他所(よそ)に泊まってご飯作るなんて楽しそうじゃないですか。僕もやってみたい!」

「今がまさにそうじゃないのよ。……それで結局どうしたかっていうと、マッチだとかライターだとか、文明の利器を使ったってわけ」


 あたしが語る林間学校の思い出を、コジマくんは身を乗り出して聞き入っている。青い瞳がキラッキラして宝石みたい。

 時刻は朝の五時を回ったところ。窓の外が少し白んできた。

 ひんやり冷たい作業台の上に、あたしは製パンの道具と材料を並べていく。

 ボウル、計量カップ、計量スプーン、小麦粉、砂糖、塩、イースト、バターはさすがに持ってきてない。でも、なければないでパンは作れるから大丈夫。

 そもそもこの世界、バターってあるのかしら。


「新聞紙を丸めてライターで火をつけて……でもすぐに燃えつきちゃってね、薪を燃やすような大きな火になんないの。最後は上手な先生が全部の班をまわって、かまどの面倒見てくれたんだけど」


 次は石窯。

 鉄の扉を開けると中はけっこう広かった。小柄な人なら全身すっぽり入るだろう。ここに薪を入れて、炎で温めてやるんだけど──

 おじいちゃん、何か書いといてくれたかな。

 カバンから引っ張り出したノートを開くと、まず目に入ったのは石窯の設計図。ぐちゃぐちゃの字で色んな注釈が書いてある。『灰ここから落とす』とか『燃焼中、上の焜炉(コンロ)で調理可』とか。

 さらにページをめくると、こんな記述が。


 某月二十日 石窯完成!! 明日火入れ。


 おじいちゃんたら「!」を二つもつけて、よほど嬉しかったのだろう。

 ついつい頬が緩み、そのまま記述を追うと──石窯完成から数日後の記述がこれ。


 某月二十三日 ようやく火、入る。疲れた。


「そんな大変ですかねぇ、火熾し。僕はたいして困ったことないけれど」

「そりゃコジマくんは魔法使いだもの、火をつけるくらい簡単でしょーよ」


 おじいちゃん、火熾しに苦労したと見える。おおかた誰かが「やってあげようか?」って言っても、頑として断ったに違いない。

「窯を使う職人が窯の火ひとつ熾せねぇで人の手借りるなんて、そんなバカな話があってたまるかい!」とか何とか言って。


「火をつけるのは確かに簡単ですけど、僕が優秀かつ将来有望な魔法使いだってことは特にカンケーないですよ」

「そうなの? 魔法でボッて燃やすんじゃないの?」


 すると、おでこのあたりに視線を感じた。

 ノートから顔を上げると、向かいにはコジマくん。「なに言ってんですか」と言わんばかりの顔でこちらを見ている。


「なに言ってんですか」


 あっほんとに言った。

 あたしがムッとしていると、コジマくんは石窯の隣に積んであった薪の束を一つ下ろした。紐をほどいて石窯に一本ずつ入れていく。

 そして懐から二つの小石とガサガサした茶色いワタみたいなものを取り出し──あ、これは知ってる。火打石だ。


「火をつけるのに一々魔法なんか使う人いませんよ。ちょっと見ててください」


 カチッ


 石を打ちあわせる音と同時に、コジマくんの手の中で細い煙が上がる。それをさっきの茶色いワタにくるんでぶんぶん振ると──ボッ、と火が出た。

 おぉー、とあたしの口からも声が出る。


「すごいすごい、こんな一瞬でつくものなの?」


 小さな炎を石窯に放り込み、コジマくんは細い焚き木に火を移している。燃え始めた焚き木の先端を薪の隙間に差し込んで、石窯の扉を閉めると魔法使いの弟子は得意気に振り返った。


「ほら簡単でしょ?」


 石窯に火が入った。

 なんかこう、わくわくする。新しいことに挑戦してるぞーって感じがして。

 さあ、窯を温めてる間にパン生地にとりかかろう。粉を量り、水を量り、他の材料を量り、ぜんぶ大きなボウルの中へ。

 コジマくんはというと、まだ得意顔で石窯のまわりをウロチョロしてる。


「魔法で火をつけるなんて、そっちの方がよほど大変ですよ。火の精に声かけて呼んだりしたら、そこいら中たちまち火の海ですからね」

「へー、そうなの?」


 ボウルの中に手を入れて、小麦粉と水を混ぜ合わせる。べたべたと手にまとわりつくけれど、根気よく、ひとまとまりになるまで。

 まとまったらボウルから出して、いざ作業台へ。


「あーっそれ僕もやりたい! 僕も僕も、僕もやーりーたーい!」


 見るとコジマくんの目が輝きを増している。ま、眩しい……どうしてもやりたいようなので丸ごと生地を渡すと、嬉しそうに両手で捏ねはじめた。 粘土遊びをする子どものような姿を見ながら、あたしは丸椅子に腰かけて呟いた。

 魔法についての、素朴な疑問を。


「何でも自由自在なわけじゃないのねぇ、魔法って」


 コジマくんがちらっとこちらを見た。

 うーん、危なっかしい手つき。

 しょうがないか、初めてだもんねぇ……それにあたしだって手捏ねは久しぶり。偉そうに指導できるほど上手いわけでもない。


「そりゃそーですよ、出来ることと出来ないことがあるんです」

「火の玉とか出さないの?」

「火の玉?」

「ほら、魔法使いって火の玉出して敵を攻撃したりするじゃない」


 コジマくんがまた顔を上げた。そして本日二回目の──


「なに言ってんですか」

「えー、あたしそんなズレたこと言ってる?」

「ズレてるなんてもんじゃないです、ズレッズレですよ!」


 コジマくんの手が止まった。顔にはプンスカ! と書いてある。

 あたしは止まった手から生地を取り戻し、ぐいぐい捏ねはじめた。


「サトコさんたらもー、魔法を何だと思ってるんですか。攻撃なんてとんでもない!」


 久々の手捏ね、しっとりした生地が気持ちいい。

 お店だとミキサーで捏ね上げちゃうけれど、手でやるのもまた乙なもの。なにしろ「自分で作ってる」という感じがする。

 コジマくんはというと、あたしの向かいで魔法の講釈を始めていた。


「魔法っていうのはですねー、サトコさん。まずは万物に語りかけ、自分を受け入れてもらうことから始まるんです。決して使役しようとか、思い通りにしよう、なんて考えちゃいけないんです。そういう思い上がった考えでいると、手痛いしっぺ返しをくらうんですよ。ですから魔法で他人を攻撃しようだなんて」

「でも悪い魔法使いに攻撃されてるわよ、あたしたち」


 この世界で言う“魔法”と、あたしが──というか、あたしみたいな日本の現代っ子が想像する“魔法”にはだいぶ開きがあるようで。

 まあ、あたしが想像する魔法での攻撃って言ったら火の玉(ファイヤーボール)みたいなのだけど。


「ひっどいもんじゃない、ここ何日か。猿をけしかけたり、おばさん操ったり、たぶん河で襲ってきた人も魔法で操られてたんでしょ? あの偽コジマも」


 パチパチと石窯から音がする。薪が順調に燃え、爆ぜる音。

 寒かった厨房の中もだんだん温まってきた。がんばって捏ねてるぶん、少し暑いくらい。

「お湯沸かしてくれる?」と声をかけると、コジマくんは薬缶(ヤカン)に水を入れて石窯の上の焜炉(コンロ)に乗せた。窯を温める熱を料理にも使おうという、おじいちゃんのエコな工夫だ。


「火の玉ぶつけられたわけじゃないけど、あたしたち魔法でさんざん攻撃されてるじゃない。それこそ思い上がった考えで魔法を使ってるってコトなんじゃないの?」

「何言ってんですか。思い上がってるのはサトコさんのほうですよ」


 むかっ!


「なによーヤな言い方するわねー」


 カチンときたついでに、それを生地にぶつけてみる。捏ねて伸ばして持ち上げて叩きつければ、コシのある音が厨房に響いた。

 ばしーんばしーん。

 生地にもコシが出てきたかな。よーし、いい感じ。


「よーするにサトコさん、自分が“正義”の側に属してるって思ってるんでしょ? だったら当然、攻撃してくるのは“悪”の一味。そう考えればこそ“悪い魔法使い”とゆー言葉が出てくるわけで」

「コズサ姫に子どもが出来ないようにしてやる、なんて言ってるのよ。じゅうぶん悪いじゃない」


 さあ、このへんで捏ねるのはおしまい。

 生地を丸めてボウルに戻し、濡れ布巾をかける。お店だったらこのあと発酵室に入れるんだけど──おじいちゃんは発酵室も手作りしたようだ。石窯から少し離れた厨房の壁沿いに、小型冷蔵庫くらいの木の箱を発見。これもノートに設計図が描いてあった。注釈も。

 『上にパン生地、下にお湯。湿度管理は経験ありき』だって。


「まーちょっと考えてもみてくださいよ、『オレさまは悪の権化だー悪いことしてやるぞー』なんて自覚して行動する人なんかいないと思いません? そりゃ中には、人を泣かせたり困らせたりするのが大大大好き、っていう悪党もいるでしょうけど。

 でもそーゆー人が、天下国家を揺るがすようなことに首をつっこみますかね? 日常の中でネチネチ誰かを苛めることはあるでしょうけど」


 つっこんで……こないよねえ。

 と心の中で答えて、あたしは手作り発酵室にパン生地のボウルをつっこんだ。


「天下国家のおおごとに首をつっこむ人ってゆーのは、何か自分の考えがある人ですよ。サトコさんもそう思うでしょ?」

「自分の考えって?」


 振り返れば石窯の上の薬缶からは湯気が立っている。別のボウルにお湯をそそぎ、それも発酵室へ。

 厨房を行ったり来たりするあたしの後ろを、コジマくんはちょろちょろついて回る。


「僕らを、というか姫様を襲うヤツっていうのは、自分なりの大義を持ってると思うんですよ。天下のためにこうするべき、国家の姿はこうあるべき、君主の振る舞いはこうであるべき……とかそーゆーの。

 で、その譲れない大義のためには犠牲を払うのもやむなし、少々荒っぽい手を使うのもやむなし、という……」

「なによ大義って」

「そんなの僕にはわかりませんけど」

「なーんだ」


 発酵室の扉を閉めれば、一段落。

 あたしが丸椅子に腰をおろすとコジマくんも腰掛けた。妙に真面目な顔でおしゃべりを続けながら……あーまだまだ終わらないのね、この話。


「わかりませんけど、(まつりごと)のことであれ、思想的なことであれ、あるいは日々の暮らしのことであれ、何がしか言いたいことがあるんでしょう。

 その中身はともかくとして、相手は自分を“悪の魔法使い”だなんて考えちゃいないだろうってことです。それどころか“正義の魔法使い”だと思ってる可能性の方が高いですよ。だとすれば、サトコさんがこれを“悪”呼ばわりするのは思い上がりと言わずして」

「じゃーなんて呼べばいいわけ?」

「そうですねー。“あちらの魔法使いさん”とか、どうです?」


 知り合いじゃあるまいし、というとコジマくんは「あっほんとだ、可笑しーい」と言って笑った。

 けど、その“悪の魔法使い”がマーロウさんのお兄さんだったら?──コジマくんにとっては、本当の知り合いかもしれない。

 いやいや、これはあたしが考えたって仕方ないことだ。こーゆーのはアルゴさんあたりに任せよう。


 ぶんぶん頭を振って、思考を切り替える。

 窓の外はだいぶ明るくなってきた。小鳥のさえずりなんかも聴こえてくる。ポッポちゃんの姿はいつのまにか消えてるけれど、かしこい鳩だから大丈夫だろう。

 森と湖に囲まれた『狩りの城』──パン作りの修行には、ぴったりの環境かも。


「お茶でも淹れよっか」


 インスタントの珈琲を入れてほっと一息。

 パン生地が膨らむまでにしなきゃいけないことは色々ある。例えば母はこの時間にあたしのお弁当を作ったり、朝ご飯を用意したり、洗濯機を回したり、掃除をしたりしてたっけ。

 コジマくんは厨房の片隅に米櫃を発見し、さっそく鍋にお米を入れて勝手口から出て行った。研ぎに行くようだ。

 その後姿を眺めていると、魔法使いの弟子はくるっと振り向いた。


「ねえサトコさん」

「なーに? 朝ご飯作るんでしょ、手伝おうか」

「いえ、いいんですけどね。いいんですけど……」


 ちょっと困ったような顔で、コジマくん。お鍋を抱えたまま。


「……朝ご飯、皆さん食べられますかねぇ?」




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