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034:猿

 ギャッ ギャッ ギャッ


 馬にのった猿が牙をむき出しにして、あたしを威嚇する。

 即座にアルゴさんが鞭を振るった。

 びしーっ! と音を立てて猿を馬からはたき落す。


「あの、アルゴさんこれ……刺客って」

「群れを一つ操っているのだろう。ファタルの神域に入るまで、今しばらくの辛抱だ」


 あたしはようやく、馬車を走らせまくっていたワケを理解した。

 両側の猿たちからの視線が怖い。薄闇の中で、金色の目がぎらぎら光っている。

 よくニュースなんかで「観光地が猿の被害に……」とかやってるけれど、それとは違う異常な感じ!

 何匹か馬車に並走してるけど、猿ってこんなに足速いものだっけ!?


「あの……レオニさん起こしますか!?」

「寝かせておけ。相手が猿では、人に勝ち目はない」

「じゃあコジマくんは!?」

「うむ、そやつは起こそうか。群れを散らせるかもしれん」


 あたしは早速コジマくんを揺すった。

 いや、あたしが揺すらなくても馬車の振動で充分以上に揺れてるけれど。


「コジマくん、コジマくん」

「……むにゃむにゃ……」

「起きて起きて、外が大変なのよ」

「……あと五分……むにゃ……」

「五分も待ってたら猿が飛び移ってきちゃう。ねえ頼むから起きてよー!」

「幌を閉じろ、サトコどのッ」


 振り返ると馬の背に新たな猿が飛び移り、牙をむき出しにしてこちらを見ていた。

 ひえぇぇ。

 慌てて幌を閉めて紐を止め、必死でコジマくんに声をかける。


「コジマくんったらぁぁ。起きてよ起きて、猿が来てるの! すぐそこに!!」


 魔法使いの弟子は幸せそうに眠っている。んもーなによ、びろーんと伸びちゃって!

 あたしは腹立ちまぎれに、コジマくんのオデコをひっぱたいた。ばちーんと叩けば上からもドサッと音がする。

 ま、まさか。こわごわ頭上に目をやると──


「あぁぁアルゴさーん! 猿っ、猿が上にぃぃ」

「耐えろ! とにかく絶対に中に入れてはならん!」


 ががが、ががが、と馬車は疾走する。猿の声と鞭の音が時々響く。

 ど、どうしよう。

 あたしはもう一発コジマくんをひっぱたいた。


「起きてったら! コジマくん!!」

「……サトコさん……?」


 聞こえた声はコジマくんではなく。

 そちらを振り返ると、馬車がまた大きく跳ねた。荷台の枠に「ごつんっ」と頭をぶつけ、そこを手で押さえて少し唸り、レオニさんはあたしに訊ねた。


「外、どうしたんですか? ずいぶん飛ばしてますが隊長は……」

「猿っ、猿が来てるんです。物凄い数で、ほら上にも!」


 見上げれば幌が不自然に沈み、もぞもぞ動いている。

 ハッ、とレオニさんは片方の膝を立てた。上を睨み、今度は御者台に声をかける。


「隊長!」

「このまま神域に突っ込む! ひいさまをお守りせよッ」

「承知しました!」


 そう言うとレオニさん、コジマくんがくるまっていた毛布に手をかけ、ぶわー! と引っぺがした。

 中からゴロンゴロンと転がり出るコジマくん。「きゃー!」とか聞こえたので、今度こそ起きてくれると思う。思いたい。


「サトコさん、これ被って姫様と一緒にいてください。顔を出さないで」

「レオニさんは……」

「自分は近衛士ですから。相手が猿でも、為すべきことは一つです」


 か、かっこいい。

 ──なんて言ってる場合じゃない。あたしは馬車のすみっこでスヤスヤ眠るコズサ姫に寄り添い、頭っから毛布を被った。

 隙間から様子を伺うと、毛布を奪われたコジマくんが寝ぼけ眼で帽子を被り、手探りで杖を探しながら大きなあくびをしたところだった。


「ふぁー……なになに、何の騒ぎですー? あっレオニさん、ひどいじゃないですか。もぉー」


 ががが、がごんっ!


 馬車が跳ね、外ではびしっと鞭の音。

 コジマくんは後ろにひっくり返り、「痛ァい!」と文句を言っている。そこに御者台から鋭く声が飛んだ。


「おい、弟子ッ!」

「あ、はいはい。何です?」

「猿にかかった魔法、解けるか!?」


 コジマくんは一瞬「はっ?」って顔をして──それから「ハッ!」とした顔になり──鼻をくんくんさせ始めた。

 しかめっつらで。


「においますか、コジマさん」

「……においます……」

「やはり魔法のニオイですか?」

「んっと、これは……猿です! 猿のニオイ!!」

「そんなんわかってるわよ、もー!」


 思わず毛布の中から声を上げると、「だってすっごいクサイんですよ!」だって。

 上からはバフバフと猿の動き回る音。幌の上で暴れている。


「コジマさん、杖お借りします!」


 叫んだ瞬間「ギャッ!」とケモノの声。一瞬の出来事でよくわからなかったんだけど──どうやらレオニさんがコジマくんの手から杖をもぎ取って、下から猿を突いたらしい。

 空っぽになった両手を見つめ、コジマくんは愕然としている。


「あああー、レオニさんなんてことをっ。杖は魔法使いの命なのに!」

「えっ、そうなんですか? すみませ」

「そのわりにお店に忘れたりしてるじゃないのよっ!」


 コジマくんが何やら抗議してくるけれど、あたしの耳にはあまり入ってこなかった。

 だって、コジマくんの杖をもぎ取ったってことは、他に何も無いってことでしょ。

 二人の近衛士は本当の本当に丸腰、何一つ武器を携帯してないってことでしょ。

 普通、ナイフの一本くらい隠し持ってるんじゃないの?

 なんで、どうして、どんな理由があるっていうのよ!


「隊長! 神域までは!?」


 幌の隙間から外を覗き見て、レオニさんが叫んだ。声に緊張がみなぎっている。

 だんだんと闇が薄れ、あたりは薄い群青色。きっと馬車を取り囲んで並走する猿の群れも、ばっちり目視で確認できるにちがいない。


「半刻ほどだ、なんとか持ちこたえろ!」


 アルゴさんの言う半刻がはたしてどのくらいの長さなのか、あたしにはわからない。けれど外からは威嚇する猿の声、それを追い払う鞭の音ばかりが聞こえてくる。

 先ほどよりも間断なく。


「おい弟子、この群れ散らせるかッ!?」


 あまり余裕の無い声だった。あたしは横目で御者台を見て、息を飲んだ。

 幌にうっすら映るアルゴさんの影。その影にはどう見ても、猿が取りついている。その数──三匹。

 アルゴさんはそいつを掴んだ。無理やり引き剥がし、腕を振って払い落す!


「散らせますよ! 僕、こう見えて優秀な」

「如何にする!?」

「ボス猿を呼びます! そいつと話をつけるか、やっつけるか、神域に突っ込んで魔法を帳消しにするか、三択です!!」

「急げ! ひいさまに万が一があってみろ、八つ裂きにしてくれる!!」


 猿に向かって叫んだのか、コジマくんに向かって叫んだのかはわからないけれど。

 んもーわかってますようと言いながら、魔法使いの弟子は荷台の中央に陣取った。

 そして目を閉じ、低く訥々と唱え出す。


 ──山深き峰におわします 大いなる(ましら)の長よ──


 あたしは一生懸命考えていた。

 猿がくる。

 猿がくる、その前に。

 何か、何か武器になるものは──そうだ、あれがあった!

 あたしは馬車の隅に積んであった旅行カバンに手をかけた。そこにはコズサ姫の頭が乗っかっていたけれど、遠慮してるような余裕はない。

 姫様の頭とカバンをどけて、あたしは“それ”を掴みレオニさんに放った。


 ──おもて紅き 毛並白き 美しき猿の長よ──

 

「使ってください、レオニさん!」

「これは……?」

「傘です、柄のボタン押せば開きます!」


 レオニさんの手に、あたしが家から持参したコンビニ傘。百均のじゃないから長さもあるし、しかもジャンプ式。

 猿を相手に傘が役立つのか不明だけれど、手ぶらよりは絶対いいはず。そう信じたい。


「なんじゃ騒がしいのう……」


 人の声、ケモノの声、様々な声が交錯する中。

 大きく伸びをしようとした姫様ごと毛布を被り、あたしは荷台の隅で息をひそめた。腕の中で「ん? ん?」と訝しげな声、そして。


 ──神域に住まう猿の長よ あらわしたまえ 其のすがた──


 喧騒が止んだ。

 猿の声も、鞭の音も。


 どすっ どすんっ


 頭上の幌に何かが落ちて、メリメリと木の枠が歪んでいく。

 景色がだんだん白んできた。

 レオニさんは長剣を持つように傘を構え、上を睨む。呪文を終えたコジマくんも、杖を持ち直して端に避けた。

 ただならぬ事態と理解したのだろう。コズサ姫が細い腕であたしにしがみつき、あたしも姫様の体に腕を回した。

 ビリビリ、布の裂ける音がする。


 ダンッ


 幌を引き裂き、荷台の中央に「それ」が着地した。

 紅い顔。

 白い毛並。

 歳経た立派なボス猿──(ましら)の長!


「話し合えるかッ」


 御者台からアルゴさんの声。問われたコジマくんはごくりと息を飲み、居住まいを正した。

 金色の目を炯々と光らせ、大猿はそちらへ首を向ける。


 ──魔法使いコジマが汝に言問う ここにおわすはエードの一の姫──


 内容がわかるのだろうか。猿は視線を巡らせる。

 レオニさんはあたしたちを背に、片膝ついて傘に手をかける。


 ──その牙もちて姫に仇なす その(よし)如何に──


 猿はある一点で視線を止めた。

 そこにはレオニさん。その後ろには毛布の塊。その中にはあたし。あたしの腕の中には、コズサ姫。


 ──その爪もちて姫に仇なす こたえよ 如何に──


 ギャァァァァアァァ!!! 


 空気をつんざくような咆哮に、鼓膜が震える。

 ボス猿の声に応えるように、外の猿も一斉に吠えた。


 ギャァァアァーッ!! ギャァァァアアァーーーッッ!!!


 白みかけた空が一瞬暗くなり──どさ、どさっと天井に猿が飛びついた。

 何匹も。

 何匹も。

 何匹も。

 ──交渉は、決裂したのだ!!


「入ってきます、隊長!」

「耐えろッ! 神域に入るまで!!」


 ががが、ががが、と馬車は疾走する。

 幌の裂け目を広げて猿たちが侵入してくる。

 きゃー、いやー、と叫びながら杖を振り回すコジマくん。

 レオニさんは跳びかかる猿を傘で突き、あるいは広げて攪乱する。

 あたしにしがみついたコズサ姫の手に、ぎゅっと力がこもった。


「……案ずるな、サトコどの。きっと大丈夫」


 ハッとして腕の中を見ると、毛布の中で姫様の目がきらりと光った。

 ああ、この人。

 不安や恐怖で抱きついてきたんじゃない。

 あたしを守ろうとして、あたしをかばおうとして、腕を伸ばしたんだ!


 キャーッ キャッ ギャァァーッッ


 毛布の隙間から褐色の毛の塊が見える。

 げぇっ、と唸ってよく見ると、それは何匹もの猿に集られたコジマくんだった。

 視線を転じるとレオニさんの腕や脚にも猿が組みついている。

 ぞぞぞっ、と全身が総毛立った。

 中がこれじゃあ、外にいるアルゴさんは──


「隠れてて、サトコさん!」


 レオニさんの声と同時に、猿が勢いよくあたしの背中にぶち当たった。それはけっこうな衝撃で、一瞬息が止まるほど。

 毛布の端をしっかり握るも、猿が容赦なく剥がしにかかってくる。

 すごい力。

 剥がされちゃう。

 だめ、もうだめ、もうだめ──


「神域に入るぞ!」


 ──その時、杉並木の向こうに朝日が昇った。

 あたしは眩しさに目を瞑る。

 その瞬間、体が何かに包まれた。


 透明で、粘度のある何か。この感覚、あたしは知っている。

 そうだ、これは……エード城の城門とおなじ……?


 毛布を引っ張る猿たちの手から力が抜けた。聞こえていたケモノの声も嘘のように静まり返る。

 馬車はスピードを緩め、やがて止まった。

 あたしは恐る恐る瞼を開けた。

 目の前にはコズサ姫がいて、幼い手のひらであたしの手をそっと包む。


「ようこそ、ファタルへ。サトコどの」


 あ、はい。どうも──モゴモゴ返事をして毛布から顔を出し、目に飛び込んだ惨憺たる光景にあたしは息を飲んだ。

 幌はボロボロに引き裂かれ、垂れ下がっている。

 荷台には、あたしの旅行カバンの中身がぶちまかれている。

 その奥では杖と帽子を奪われたコジマくんがシクシク泣いており、あたしたちの前ではボロボロになった傘を杖にレオニさんが肩で息をしていた。

 そして、御者台では──


「アルゴ!」


 名を呼ばれ、アルゴさんは振り向いた。口元にかすかな安堵の笑みが浮かぶ。


「ひいさま。御無事で……何、より……」


 そう呟くと、傷だらけのアルゴさんはぐらりと傾いた。そして御者台から落ち、そのまま昏倒した。

 うわぁぁぁーっと姫様が叫び、荷台から飛び降りる。

 駆け寄り、抱き起こし、名を叫んだ。

 アルゴ、アルゴ、目を開けよ、猿ごときにやられてどうするのじゃ──


 あたしは呆然と座り込んでいた。

 ……こ、怖かったぁ……

 馬車を混乱のるつぼに叩き込み、近衛士の精鋭を血祭りに上げ、意外と頼りになる優秀な魔法使いを泣かせた、怖ろしい猿の群れ。

 その猿の群れは一様に憑き物の落ちた顔つきで、キラキラ光る朝日を浴びていた。


 ギャッ ギャッ ギャッ


 ボス猿が啼く。

 すると他の猿たちは、コジマくんから奪った杖やら帽子やら、あたしのカバンから引っ張り出した着替えやらをポイポイっと放り捨てた。

 そしてピョンピョン馬車から飛び下り、杉の木立に消えていく。

 最後に残ったのは、あの白くて大きい猿の長。

 あたしを見るとボス猿は一声長めに啼いた。そして荷台から飛び降り、悠々と去って行く。

 光射す、美しい杉の並木道へ。


 こうしてボロボロのあたしたちは、旅の目的地──『ファタルの神域』に足を踏み入れた。




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