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032:無慈悲な尋問

「いけません、ここにいらして下さい!」

「なんじゃ若いの。おぬし近衛士であろう、ならばその主は上官ではない、わらわじゃ。わらわが行くというのをおぬしは留めるか。ん? ん?」


 夕暮れ間際の貴賓室──あたしはコズサ姫とレオニさんに挟まれて、小っちゃくなって大人しく座っていた。

 二人の主張は交わらない。

 すなわち、アルゴさんのところに行こうとする姫様と、それを断固阻止しようとするレオニさん。


「あやつに常日頃どう聞かされておるかは知らぬが、わらわとて考えなしに言うておるわけではない。

 大方、先ほどの曲者を懲らしめてあれこれ吐かせようとしておるのじゃろう。

 なぜコジマまで一緒なのかは知らぬが、あれとて仮にもおじじの弟子じゃ。魔法が絡んでいる以上、いれば役に立つこともあろう」

「しかし姫様ッ」

「わらわは先ほど、ひどく悔しい思いをした。サトコどのが一矢報いてくれたとはいえ、あれほど情けない思いをしたのは初めてじゃ。このままでは腹の虫がおさまらぬ。あの者がどのような言い訳をするか、ちっとばかり覗いてくれるのに何の不都合があろうものか」


 そこで姫様、ぱくっとおにぎりにかぶりつく。あのそれ、あたしの食べかけなんですけど……いいのかな。

 近衛士の説教どこ吹く風、といったふうの姫様にレオニさんはなおも食い下がる。

 がんばれがんばれ、レオニさん。

 心の中で声援を送ってみたけれど──実のところ、この後の展開について正直あたしは諦め気味だった。


「いえ、問題です! 尋問などお目の穢れ、気分の良いものではありません」

「気分が悪いと思えば見るのをやめる。簡単な話じゃ」

「それだけではありません。あの曲者からさんざん無礼な発言があったとのこと、姫様が尋問の場にいらしたら今度こそどんな暴言を投げつけるか──」

「ならば姿を隠していく。こういう時のために練習したのじゃ、今使わずにいつ使う」


 おにぎりを食べ終えたコズサ姫、指先についたご飯粒をペロッと舐めると、お茶を一口飲んだ。

 そして「近衛士は頭が固くて困るのう」と言いながら──パッ、と姿を隠してしまった。

 ほら出た、目隠し魔法!


「では行こうぞ、サトコどの。若いのもついて参れ」

「えっちょっと姫様……やっぱりあたしも?」


 ぐいっと引っ張られ、あたしは無理やり席から立たされた。

 見えない姫様に腕を引っ張られ貴賓室の扉をくぐり抜けると、レオニさんも「あぁー……」と困った顔で後を追う。


 もう、嫌な予感しかしない。


 この人の「ついて参れ」は地雷に決まってる。何日か前は秘密の会議室、今度は尋問の現場、いったいどんな恐ろしいものを見せられるんだろう。

 どうにかなりませんか、とレオニさんに目で訴えると、どうにもなりません、と諦めたように首を横に振る。まあ、そうだよね……一兵卒とお姫様じゃ、これ以上強く物を言うのは難しいんだろう。

 しょうがないよね。うん、しょうがない。

 ううー。


 こうしてあたしたち三人は大破した大浴堂へと向かった。

 今まさに行われている“無慈悲な尋問”、その目撃者となるために。










「さーさー素直に喋った方が身のためですよぉ!」


 ばしゃーん!


「話さないとやめてあげませんからねぇ!」


 ざぶーん!


「どうです? どうなんです?」


 ばしゃーん!


「そろそろツラくなってきたんじゃないですかあ!?」


 ざぶーん!


「……そのくらいにしておけ。殺しても仕方あるまい」

「なーに言ってるんですかっ!」


 あたしたちは大浴堂の扉を細く開け、縦一列に頭を並べて中をそーっと伺っていた。

 下から順に、コズサ姫、あたし、レオニさんの順で。

 日が傾いて宵闇が迫り、魔法で灯した明かりだけがポワンと大浴堂の中を照らしている。

 そこでは今まさに、おばさんへの尋問が行われていた。


「殺すだなんて、そんなことするわけないじゃないですか!」

「その割には容赦ない責め方だが」


 アルゴさんは腕組みしてあたしたちに背を向けて立っている。

 その向かいでは袖をたすき掛けしてローブの裾を絡げたコジマくんが、手桶を握って何やらわーわー言っている。

 さらにその奥の湯船には、手足をぐるぐる巻きにされたおばさんがプカーと浮いていた。

 うーん。

 これが「無慈悲で」「容赦のない」「いわゆる尋問」なのか、あたしにはわからない。もっと血みどろで悲鳴とか呻き声とか聞こえる阿鼻叫喚地獄を想像してたんだけど……


「たしかに僕は、いざって時には冷静かつ冷徹かつ冷酷に行動できる男ですよ。でもね隊長さん、僕はこれでも魔法医の端くれなんです。無益な殺生は好むところではありません!」


 そう言いながらもコジマくん、手桶でお湯を汲むとおばさんに勢いよくぶっかけた。


 ばしゃーん!!


「それに水じゃなくてお湯ですよ、それも温泉です!」


 ざぶーん!!


「ちょっと湯あたりするでしょうけどね、健康になりこそすれ死ぬなんてことは……」


 ばしゃーん!!


「ないはずです!」

「……気を失っているようだな。ここまでだ」


 あたしの下で「コジマのやつめ、おそろしいのう……」と姫様の声。

 アルゴさんは袖を捲るとおばさんを湯船から引っ張り上げた──その腕に、ケロイド状の傷の跡。

 きっと三年前の例大祭で、毒矢を受けた時の。


「起こして続けるのも、こちらがもたぬ。戻るぞ」

「いーえっ、ここからが本番ですよ!」

「……」


 姫様は身じろぎもせず、尋問の様子を見つめている。今のところ大人しいけど、絶対何か考えてるはずで──ああ、つくづく嫌な予感しかしない。

 レオニさんもきっと同じように考えているのだろう。さっきから、ちょっと目が死んでる。


「僕は起きてる状態のこの人から何か聞き出せるとは最初から思ってません。気絶するのを待ってたんです!」

「失神させるだけなら、首筋でも押さえてやれば……」

「僕がいかに冷酷無慈悲な男かアピールするのも、重要なことですっ!」

「……」


 誰に何をアピールしてんのよ、あの子は……

 気合たっぷりのコジマくん、ずれたとんがり帽子を被り直し、両手に杖を握り直す。どうするつもりだと問うアルゴさんに、魔法使いの弟子はキリッと答えた。


「このおばさんの魂に問います」


 それだけ聞くと、ちょっとカッコイイけれど。

 魂に問うったって気絶してる人にどうするんだろう──と思っていたら、コジマくんはおばさんの頭を杖で押さえ、何やらむにゃむにゃ唱え始めた。


「魔法使いマーロウの弟子コジマが、刹那の海に(かしこ)み申す。流離い揺蕩う小さき魂、我らが前に現したまえ──」


 するとホワンという音とともに何かがおばさんの口から抜けて出た。白くてモヤモヤしてるそれはやがて人の形を取る。

 非常に漫画チックで目を疑ってしまうのも無理はない。だって、口から魂が抜けたんだもん!


「ほら隊長さん、これがこのおばさんの魂です。魂は嘘()きませんからねっ、聞いたことには全部答えますし」

「……なるほど」

「ねっ、どうです? 僕がいて良かったでしょー? 魂取り出すなんて普通はやらないんですけどね、お師匠様に怒られちゃいますから。でも今回は緊急事態ですし、僕だって姫様のお役に立ちたいですし、それにすぐ戻ったらサトコさんたちの邪魔になるかもしれな」

「では問おう──誰の命でエードの姫を狙う。答えよ」


 白い綿雲みたいなそれは、よくよく見ると頭の部分にちゃんと目鼻があった。もちろん口も。

 その口がもやもや動き、聞こえた声は確かにあのおばさんのもの。


『それがですねぇ……アタシにもよくわからないんですよ……』


 おばさんの魂は空中にふよふよ浮きながら、正座の姿勢になった。

 背中を丸めて、ハァー……と溜息をつく。


『アタシはもともと、この辺りの人間じゃございません……もちろんお姫様に恨みもございません……』


 まさに意気消沈、という感じでおばさんはまた溜息をついた。

 ぐるぐる巻きでびしょ濡れの自分の体に気づいているのかいないのか、ふよふよと浮かんだままポツリポツリと証言する。


『……なんてこたぁない話ですよ、お金で雇われたんです……初めはね、お姫様の生死を確かめてほしいとのことで……』


 変ですね、とレオニさんが呟いた。

 ──たしかに、なんか変。

 襲いに来るっていうのは、狙う相手が生きてるからこそ襲いに来るわけで。

 そもそも「コズサ姫が死んでるかもしれない」なんて噂が立ったわけでもないのに、どうして生死を確認したい、なんて思ったんだろう。

 同じところにアルゴさんも引っかかったようだった。


「雇い主は、姫が生きておられぬとでも?」

『……アタシは雇われですから、詳しいことは存じません……でも、お亡くなりなら色々考え直さにゃならんようなこと、言ってましたけどね……』


 姫様が生きてるか死んでるかわからないってことは──当然、子どもの姿になっちゃった、なんてことも知らないはずだ。だったら、あのおばさんが同い年のあたしをエードの姫と勘違いするのも有りそうな話。

 ……そうすると、姫様を子どもに変えちゃったマーロウさんのお兄さんは何なんだろう。このおばさんの背後にいる魔法使いは、また別の誰かってこと?

 あたしの頭は、だんだんごっちゃになってきた。当の姫様はというと、いまだ沈黙を守っている。


「それで、生きておられれば御命頂戴しろということか」


 アルゴさんの問いにおばさんの魂は首を横に振った。


『いいえ……生きているようなら……御子を産めぬお体にと……』


 あたしは首を傾げた。

 子どもを産めないように、というのが実に中途半端に聞こえたのだ。

 狙いが龍の(しま)の覇権を握ることなら、西の大王とエードの姫が結婚する時点でチャンスはない。姫様が将来子どもを産もうが産むまいが、関係ない。

 だったら一思いにグサッと刺してしまえば済むことだ。今まさに尋問を受けているこのおばさんだって、手桶で殴るんじゃなくて刃物で切り付けれていれば──そこまで考えて思わずゾッと身震いする。


「なるほど。つまり姫には御存命であってほしいが、いずれ御子がお生まれになっては困」

「はい! はいはーい! 僕も質問!!」


 確認するようなアルゴさんの言葉に丸被りで、コジマくんがぴょんぴょん跳ねながら高々と手を挙げた。

 おばさんの魂はコジマくんの方に顔を向ける。


「僕が聞きたいのはですね、単刀直入に言いますよ。あなたに掛けられた魔法と、それを掛けた魔法使いのことです!」

『……』

「さっきここに踏み込んだ時にですね、けっこうな規模の誤魔化し魔法を解きました。この宿全体を覆って僕らから本物の大浴堂を隠したり、宿の人たちからあなた自身を隠してましたよね。あの規模で魔法をかけて、しかもこう見えて優秀な僕が解くのにちょっと手こずりました。

 ってことは、そこそこできる魔法使いがついてるんでしょ? 違います?」


 おばさんの魂はうつろな目でコジマくんを見つめている。

 いや、見つめているというよりは眺めている。


「それにあなた、お金で雇われたんでしょ? 何か弱みを握られてるとか、人質を取られてるとか、そーゆーのっぴきならない事情はないんでしょ?

 おかしいと思うんですよね。お金で雇われただけの人が、あんな敵意むき出しにしていろいろ喋ります? 普通サッサと終わらせるはずですよ、だって近衛士二人がついてるし、仮にも大魔法使いの弟子である僕も控えてるんですから。時間をかければかけるほど、自分が成敗される可能性の方が高くなるじゃないですか」


 コジマくんが真面目に喋ってる。いや、基本的にいつだって大真面目なんだけど──なんというか、この場面で出すべき話題をきちんと出したことに、ちょっと感動すら覚えてしまうのは何故なんだろう。

 ほう、と感心したような姫様の声。

 感心した人物は他にもいて──大浴堂の中では意外なものを見たような面持ちのアルゴさんが、魔法使いの弟子に目を向けていた。


「そりゃあね、世間には人の心を言葉で抉るのが大好き! って趣味の人もいるかもしれませんよ。でもあなた、そーゆーわけじゃないみたいだし。おーっと何でわかるのかなんて愚問はよしてくださいよ。魔法ですよ、ま・ほ・う。僕これでも優秀なんですからねっ、なんたって僕のお師匠様はこの龍の洲でも一、二を争うほどの」

「雇われた時の状況が知りたい。話せ」


 感心したのも束の間、コジマくんの話はすぐに脇道へ。

 それを遮ったアルゴさんの声に、おばさんはふっとまた視線をそちらに向けた。視線を、といってもモヤモヤしてるから「あっち向いたな」程度にしかわからないけれど。


『アタシに声をかけたのは……人じゃあございませんでした』


 ぼそっと呟いたおばさんの声に、一旦その場が静かになる。


『アタシに声をかけたのはね……(カラス)でした』

「あーっそれ使い鴉ですよ、やっぱり魔法使いだ! ほら隊長さん僕がいて良かったでしょ? 役に立つでしょ? それでそれで、どんな鴉でした?」


 モヤモヤしたおばさんの魂が、そのときゆらっと揺れた。

 風に吹かれた蝋燭の灯のように。


『……黒くて、大きくて、ツヤツヤしててねぇ……目をクリクリさせてこっちを見るんですよ。始めは、近くにその鴉の巣でもあって、アタシを威嚇してるのかと思ったんですけどねぇ……

 そいつがね、喋ったんですよ……鴉の声で』


 ゆらっ。

 ゆらっ。

 おばさんの魂が揺れる。吹けば飛びそうな、心もとない動きで。


『ガアガア言いながらね。エードの姫の生死や如何に──』


 白いもやのようなおばさんの魂に、ふっと影がさす。

 まるで雨が降り出す直前の、暗い空──


『そりゃもう驚きましたがねぇ……その鴉の声を聞いた途端、なんだか頭ン中がウワーッとなりましてね……

 あの姫をどうにかせにゃならん、大王(おおきみ)様のところへ輿入れする前に手を打たねばならん、よしんば后の座につこうとも、御世継がエードの子であってはまかりならん、大王様の御子は、正統の御世継は、必ずや……』


 おばさんの声音が変化する。ハッ、とコジマくんの顔色が変わった。

 それは誰だかわからないけれど──男の人の声。魂は揺れる。揺らめきながら翳っていく。

 白から灰色へ。灰色から黒へ。


『なればあの姫を如何にする、命を取れば戦、顔を潰したとて何となろう、なれど子の出来ぬ体にすれば……』

「隊長さん、こいつもう祓います!」


 杖を構えたコジマくんを、アルゴさんは片手で制した。険しい目つきで、どす黒い魂を正面から見据えている。


『一番良いのは、姫自らが大王様を受け入れぬようになれば宜しかろう……子の出来ぬ我が身を恥じて御褥(おしとね)に上がれなければそれもよし……』


 ひどい、とレオニさんが呟いた。

 姫様は隙間から覗く体勢のまま、動かない。

 あたしはというと現代日本ではありえない無茶苦茶な言いようの数々に、ひたすら呆然とするばかり。


『穢れのある身としてしまえば、大王様もお近づきになられぬ……あるいは姫に懸想人(おもいびと)でもあれば、尚良かろう……』


 何言ってるの、この人。穢れって。懸想人って。

 ──なんておぞましい。

 その言葉が脳裏をよぎった途端、あたしの全身はぞっと粟立った。


『……そうであった、その手があった。男じゃ。見目麗しき若き男じゃ。姫の元に遣わしてくれようぞ。輿入れの前に身も心も虜にしてしまえば』


「黙れ!!」


 大浴堂全体が、ビリッと震えた。

 一喝したのはアルゴさんだった。

 ふよふよ動いていた真っ黒な魂は、宙に浮いたままピタリと静止する。


「我が姫への侮辱、これ以上は許さぬ」


 魂ではなく生身であったら。アルゴさんが帯剣していたら。

 ──間違いなく、一刀のもとに切り捨てられていただろう。

 全身から怒気が立ち上り、目がぎらぎらと光る。

 ごくり、と誰かが息を飲む。あたしだったかもしれない。あるいはコジマくんか、レオニさんだったかもしれない。

 誰もが口をつぐみ身を凍らせる中、やおら立ちあがったのはコズサ姫だった。

 反射的にレオニさんが(ひざまず)く。

 あたしも空気に飲まれ、思わず正座した。


「アルゴ、コジマ、そこまでじゃ」


 目隠し魔法はとっくに解いたのだろう。大浴堂の扉に手をかけ、コズサ姫はぐいと引いた。

 アルゴさんがさっと片膝をつく。

 姫様、と声を上げそうになったコジマくんが慌てて自分の口を手で押えた。

 大浴堂に足を踏み入れたエードの姫は、どす黒く染まったおばさんの魂に一瞥をくれた。


「其の方、面白い話をしておったな。わらわに男をあてがおうとは──見くびられたものよ」


 そして中ほどまで進み出て、正面から黒い魂を睨みつけた。


「王の娘たるもの、己が慕うた相手と添えぬことなど百も承知。もとより覚悟はできておる」


 コズサ姫は激昂するでもなく、嘆くでもなく、凛と背筋を伸ばして其処に立つ。

 アルゴさんは跪き、(こうべ)を垂れている。

 ──自分の恋愛も人生も投げ打って。背負ったものの重さも、覚悟の深さも知らないで。

 言ったのはあたしだけど。

 確かに、あたしが言ったのだけど。


「心して聞くがよい。その方が如何なる策を弄するとも」


 ぐらり、ぐらりと黒い魂が揺れる。コジマくんが杖の先をそれに向けると、抵抗するように黒いもやもやは小刻みに震えた。


「わらわの心は動かせぬ! 子を抱く幸せも、奪えはせぬ!」


 堂々と言い放ち、コズサ姫はさっと衣装の裾を翻す。

 そしてアルゴさんに向き直り、告げた。


「出立じゃ。馬ひけい!」






 姫様の鶴の一声で、あたしたちは日も暮れきった温泉の町を後にした。


 コジマくんは真っ黒な魂を“祓い”、おばさん本人を近衛士たちがどうしたのか、あたしは知らない。

 知らないほうが、幸せな気がして。


 星明りの下、二頭立ての馬車はガタガタ揺れる。

 御者台にはレオニさん。

 あたしは毛布に体を包み、横になった。目の前にはバッタリ倒れてるコジマくん。荷台に乗り込んで「僕、今日はくたびれました……」と言ったきり、気絶するように眠ってしまった。

 あたしも疲れたなぁ……

 まぶたがだんだん重くなる。完全に閉じてしまう前にあたしはもう一度だけ視線を巡らせた。

 荷台の一番後方で、アルゴさんはこちらに背を向けて座っている。視線はかなた後ろ、辿ってきた道の向こう。少し離れたところであたしのカバンを枕にコズサ姫が丸まっている。

 さっきめちゃめちゃ怒ってたなあ、アルゴさん……

 普段はさらっとしてるのに……

 ……姫様……

 守ってもらえて……幸せだね……


 ちらっとそう思ったのを最後に、あたしの意識は眠りの世界に沈んでいった。

 命懸けで守ってもらえて、幸せ──それがてんで見当違いってことに、気づくことなく。




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