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023:お疲れサトコの変な夢

 馬車から下りると、目の前には滔々と流れる大河があった。

 春の陽ざしを受けて水面がキラキラ光っている。


「うわあー……これがあれ? 渡し船があるっていう」

「そーそー、ネト河ですよ! 船頭さんの舟歌をひめ……お嬢様と一緒に聴くんです。楽しみだなー!」


 これまたキラキラと目を輝かせ、コジマくんがはしゃいでいる。それを横目に、あたしはあくびをかみ殺した。

 ね、眠い……

 腕時計を見るともう昼過ぎ。

 あたしたちは大河を望む宿場町、その奥にある関所の前に馬車を止め、レオニさんを待っていた。


「ねえコジマくん、あたし中で一眠りしていいかな……」

「何言ってるんですかー、ちょっとお散歩しましょうよ」

「やーよ、昨日から今まで全然寝てないんだもん……あーもうダメ。限界。行くなら一人で行ってきて……」


 フラフラと荷台に上がり込み、あたしはゴロンと横になった。


「えーそんなダメですよう。一人で行動しないでって言われたじゃないですかあ」

「うん、じゃあコジマくんもここで留守番してようよ……」

「ぶー」

「ぶーじゃないわよ……」


 こんなにも眠いのは、あの偽コジマのせいなのだ。

 ポッポちゃんの攻撃を受け、コジマくんに光で目潰しされ、レオニさんが制圧した。

 そのあと「お二人は外してください」と言われてコジマくんと隣室に退避し──ま、一睡もできなかったわけで。


「だいたいあんなことがあった後でスヤスヤ眠れるなんて、神経太いにもほどがあるわ……」


 あたしたちが隣室に引っ込んだ後、レオニさんがあの偽コジマをどうしたのか、あたしは怖くて聞けなかった。

 尋問とか、したんだろうか。

 でも悲鳴も怒鳴り声も聞こえなかったから、そんなにひどいことはしなかったんだと思う……いや、思いたい。

 あたしはレオニさんには紳士のままでいてほしいのだ、きっと。


「僕だってそんなぐっすり寝たわけじゃないですよ。変な夢とか見ましたもん!」

「夢ぇ……?」

「それがおかしな夢だったんですよぉ。僕はどこか洞窟みたいなところにいて、理由はわからないけど何かに追いかけられてるんです。だから一生懸命走るんですよ、こう夢の中で。そしたら地面がぐわーっ! と動いてですね、もう立ってられないくらい。わー大変だ、ってしゃがみこんだら、その地面がごごごごご!って動いて宙に浮いたんです。ねっ、なんかすごいでしょ?」

「……」

「あっサトコさん! 寝ちゃうの? 寝ちゃうんですか?」

「寝る……」

「えー、馬車で寝ておけば良かったのにぃ」


 コジマくんはそう言うけれど。

 あたしは昨日の宿場町からこの大河のほとりの関所の町まで、やはり一睡も出来なかった。

 揺れるから、とかそんなんじゃない。それもこれもぜーんぶあの偽コジマのせい!

 だってさっきまでこの荷台にはアイツも一緒だったのだ。手足をぐるぐる巻きにされ、猿ぐつわを噛まされ、頭にはすっぽりと袋をかぶせられた状態で。

 そんなのがすぐ近くにいて、落ち着いて寝ろと言われても……


「申し訳ないですが、関所に着くまで辛抱してください。あそこなら不審者を捕えておく施設もありますし」


 レオニさんがそう言うので、あたしもがんばって辛抱した。関所についてすぐ、偽コジマはレオニさんに引っ立てられて行ったのがついさっき。

 途端にあたしは気が緩み、強烈な眠気に襲われて……


「……おやすみなさい……」

「あーっサトコさん! 寝ちゃう? 寝ちゃった?……あ、本当に寝ちゃった……」


 すっごく遠いところから、コジマくんの声がぼんやり聞こえる。

 でも、あたしは動けない。

 返事もできない……


「あーあ、サトコさん寝ちゃった。どうしよう、退屈だねえポッポちゃん」


 くるっぽーと鳩の声。ああ……袖からポッポちゃんを出したのね……


「ポッポちゃん昨日よくがんばったね、偉かったよぉ」


 ごそごそ、とコジマくんも結局荷台に上がったようだ。

 ポッポちゃんも一緒に上がって、あたしの顔の周りを歩いている。やめてえ、お願いだから寝かせて……


「さっきレオニさんも言ってたよ、ポッポちゃんのお手柄だって。今度お師匠様にもたーくさん褒めてもらおうねぇ。きっと店長も褒めてくれるよ。ご褒美にお豆くれるかもしれないよ!」


 眠い……眠い……本当に眠いのに。

 なのに、あたしはぼんやりとお店のことを考え始めていた。

 おかーさん、びっくりするだろうなあ……まさかこんなことになってるだなんて思いもしないはず。

 いや、思ってるのかな。

 思いもしなかったのはあたしだけで、他の人はみーんな『襲撃されて当たり前』くらいに考えてたりして……


「ポッポちゃんが教えてくれなかったらきっとわからなかったもん、踏み込むタイミングも。びっくりしたよねえ、あいつ僕そっくりの顔してて。でもさ、いくらなんでも似せすぎじゃない? やりすぎだよね、ほんと……あ、そろそろ戻ってくるよ!」


 そう言うとコジマくん、ガサゴソ動きはじめた──のが、気配でわかった。

 う、眩しい。

 人が寝てるのに幌を開けて、あーもうなんてヒドイことを……


「レーオーニーさーん!!」


 大きく呼んで、手をぶんぶん振って……そしてきっと、レオニさんも手を振り返しているはずだ。

 ……でも砂袋のように体が重くて、とてもじゃないけど動けない。

 せいぜい、開いた幌から差し込む光の眩しさに顔をしかめるくらい。


「すいません、お待たせしちゃって……あ、サトコさん倒れてますね」

「そうなんですよー、お散歩しようって言ったのに!」

「寝かせてあげましょう、昨日は大変だったし」


 そう言うと、戻ってきたレオニさんは馬車の幌を閉めてくれた。優しい……なんて紳士なの。これで安心して眠れそう……


「コジマさん、昨夜の偽物についてどう思いますか?」


 しかし残念ながら──眠りに落ちかけたあたしの意識は、ぎりぎりのところで踏みとどまった。

 聞こえたレオニさんの声が妙に険しくて。


「僕にわかるのは、あいつは魔法使いじゃないぞってことですね」


 答えたコジマくんの声もいつになく真面目な雰囲気で。


「魔法使いなら、ポッポちゃんへのあの態度は無いです。わかるはずですもん、使い鳩だって」

「使い鳩、ですか」

「そうです。捕まえて自分の鳩にしようとするんならわかりますけどね。頭に乗られて成す術なく突かれるなんて魔法使いにしちゃー情けないですよ。だからきっと違います」

「なるほど」

「けど、みょーに魔法クサイ感じもしたんですよ」

「魔法クサイ?」

「そう、におうんです」


 ふーむ、とレオニさんは考え込み──あたしは瞼を持ち上げるのもしんどくて、実際考え込んでるのを見た訳ではないけれど……


「なるほど、魔法だったのかもしれませんね。関所の役人には“髪の薄い小太りの男”に見えたそうですから」


 うぇぇなにそれーとコジマくんが呻く。


「でも自分には、やっぱりコジマさんに見えたんですけどね」

「あーそれ魔法ですよ、完っ全に魔法。誤魔化し魔法ってやつですね。僕を知ってる人にだけ、昨日のアイツが僕に見えるようにしたんですよ。よくある使い方は『扉のあるところに壁を見せる』とか『道のないところに道を見せる』とか、戦をしてた頃なんかは敵兵の目を誤魔化すために使ったそうですけど、いやー容姿を誤魔化すために使ったなんて話は聞いたことがないですね。

 ……てことは、少しはできる魔法使いがついてるのかな」


 まさか、マーロウさんのお兄さん──

 あたしの心配をよそに二人は荷台の上でおにぎりを食べ始めた。どうやらレオニさんが調達してきたらしい。

 サトコさんにも取っといてあげましょう、だって。

 取っといてくれるんなら一安心。今度こそ寝よう。マーロウさんのお兄さんのことは、今はちょっと考えられないし……


「あ、そうそう。コジマさんにお知らせしなければいけないことが」


 コジマくんがもごもごと「お知らせ?」と聞き返す。口の中はおにぎりでいっぱいに違いない。


「お嬢様方、もうこの辺りにいらっしゃいます」

「あ、そうなんですか? わーいやったあ、早くお目にかかって一緒に渡し舟……」

「いらっしゃいますが、お見かけしても声を掛けてはいけませんよ。お忍びですからね。普通の旅人の御恰好をされていますし、もちろん渡し舟にも他の旅人と一緒に乗り込みます」

「えー」

「それが我々と同じ舟とは限りません。本格的に落ち合うのは向こう岸に渡った後ですね。これも御身の御安全を図るためです、退屈でしょうが我慢してください」


 えーとかやだーとかつまんなーいとか、コジマくんがごねている。

 ああ、姫様知ってるのかなあ昨日のこと。知らないんだろうなあ……

 コジマくんはまだぶーたれている。

 それをレオニさんが笑って宥めている。

 ポッポちゃんは歩き回るのをやめたみたい。

 みんなの声や気配がどんどん遠くなって、あたしの意識は暗くて暖かいどこかへと落ちて行った。

 おやすみなさい……

 小一時間もすれば、きっと起きます……






 疲れすぎてたせいだろうか。

 あたしは変な夢を見た。

 最初は夢だと気づかずに、お店でパンを焼いてたんだけど……

 ──そのパンが、オーブンから出てこない。

 そういう夢。

 ふつう天板を引っ張れば出てくるのに、その天板がどうしても出てこないのだ。


「おっかしーなあ……」


 奥で何か引っかかったのかも。そう思って、夢の中のあたしは天板をグイッと押し込んでみた。

 すると──

 天板は音もなく、オーブンの奥のほうへ落っこちてしまったのだ。

 そんな馬鹿な。

 だってオーブンには奥行ってものがある。今のじゃまるで、深い穴にでも落っことしたような感じじゃない。

 業務用の大きなオーブンの中を、あたしは目を凝らして覗いて見た。そして現実にはありえないんだけど──


「よいしょっ」


 と体をねじ込んで、中に入ってしまったのだ。

 するとそこは、真っ暗な洞窟のような空間で──足元には、焼きあがったロールパンが落ちていた。

 真っ暗なのにはっきりとパンは見えて、それがずいぶん奇妙な感じ。

 見ればその洞窟は緩やかに曲がる一本道で、前の方にも点々とパンが落ちていた。


「変なの……」


 あたしはパンを拾いながらその道を辿ってみた。

 これもまた奇妙なことに、道は時々うねったり、振動したり、そのたびにあたしはよろめいてパンを落としそうになる。

 まるで大きな生き物の上を歩いているみたい。

 そしていくつめかのパンを拾った時だった。


 ……ごごごごごごごご……


 あたしは思わずその場にしゃがみこんだ。

 揺れる。

 揺れる。

『道』が揺れる。

 立ってられない!!


「うそ、こないだと同じ……」


 あのトリップした夜の地震をあたしは思い出していた。

 てことは、またトリップするの?

 日本に戻るの?

 でもあたしは旅の途中だし、ここはオーブンの中だし、おかーさんも一緒じゃなきゃ戻るわけにはいかないし……


「だめ……だめだめ、あたしまだ戻れない!!」


 パニック状態で思わず叫び、はたと気づく。

 あ、これ夢だ。

 なーんだ夢かあ、それなら安心……

 ……

 ……

 それが夢の全容。

 あたしは安心してまた眠りの世界に没入していき──


 小一時間どころか二時間眠りこけ、ようやく目を覚ましたのだった。




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