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021:例大祭

 お団子をぱくりと頬張ると、お米の甘みが口中にふんわり広がった。

 んー、これ美味しい。

 コジマくんならきっと、このお団子を上手いこと褒め称えるんだろう。だけど語彙の貧困なあたしの頭には「甘くてもちもちで美味しい」くらいしか思い浮かばない。


「んー。これ美味しいですねえ。甘くてもちもちで」


 語彙が貧困なりに感想を伝えると、レオニさんは振り返ってにっこり笑った。

 見た目は普通の焼き団子。みたらしじゃなくて、お醤油を塗って焼いただけ。

 それでも充分甘いのは、やっぱり出来立てだからだろう。それもスーパーで売ってるようなべったりした感じじゃなくて、なんともささやかで優しい甘さなのだ。


「以前ファタルへ赴いた時、先輩の近衛士が教えてくれた店なんです」

「さっき言ってた、流鏑馬のときの?」

「ええ」

「レオニさん、その三年前の例大祭ってどんな感じだったんですか?」


 そう、お団子を食べたら聞こうと思ってたのだ。

 レオニさんが流鏑馬奉納の射手を務めたという、三年前の例大祭。


「そうですねえ……」


 いまひとつ歯切れがよくない、そんな感じがする。

 何をどう話そうか躊躇するような。前を向いて御者台に座ったまま、その表情はよく見えない。


「つつがなく終わった、とは言えませんでしたね……例大祭もあれ以来、執り行われていないんです」

「何か、事故でも……」


 もぐもぐとお団子を噛みしめながら、あたしは訊ねた。

 いろいろあった──務めた流鏑馬で事故でもあったのだろうか。お祭りをやらなくなるくらいなんだから、そこそこ大変なことが起きたんだろうけど。

 するとレオニさん、首を横に振った。


「事故ではないんです」


 そして言い直した。


「あれは事件でした」


 あたしはお団子を噛むのをやめ、そちらを見た。

 なに。なになに。

 にわかに漂った、この穏やかじゃない空気は。


「事件て……誰かが何か、悪いことをしたってことですか?」

「ええ。不運な事故を装うつもりだったのかも知れません。その舞台に例大祭、仕掛けに流鏑馬が選ばれた、ということです」

「誰が、何を……」


 車輪の音がガタゴトと、いやに大きい──そんな気さえしてくる。

 レオニさんは一呼吸置くと、呟くように答えた。


「狙われたのは、お嬢様です」


 春の日差しはぽかぽかと、高いところから降り注ぐ。

 暖かい馬車に揺られる街道沿いの田舎道。のどかな景色のその中で、わりとイケメンの近衛士レオニさんが語る──コズサ姫暗殺未遂事件。

 その顛末。

 ……これはお団子食べながら聞くような話じゃないのでは。

 食べかけの串を包みに置き、あたしは膝をそろえて座り直した。


「……その時、お嬢様はお父上様と御一緒に、一段高い位置から流鏑馬奉納をご覧になっていました。その後ろには神職の方々や、重臣の方々。警護の近衛士は低い位置で控えていたんですけどね。

 ただひとり隊長だけは、お嬢様の後ろで守役を務めました。それがお役目ですから」


 ああ、とあたしは妙にホッとした。

 アルゴさんがすぐ近くにいれば確かに大丈夫だろう。なんたって、訓練されたプロなんだし。だから未遂で済んだんだ。

 きっとそうに違いない。


「ただ、霊廟の大門の内側は、武器の携帯が許されていないのです。近衛士がいるとはいっても皆丸腰でした。もちろん、隊長も例外ではありません」

「え、丸腰って」

「例大祭の間中、霊廟の大門より内側は守りの魔法がかけられています。城にかけられていたものと同じ魔法が。

 そして外側は兵士が警護しています。つまり霊廟の内側にある武器は、流鏑馬の射手が持つ弓矢だけなんです」

「……」

「だから、曲者は『例大祭の流鏑馬神事』を事件の舞台に選んだんでしょう」


 レオニさんはそこで一息つくと、串に残った最後のお団子をぱくっと頬張った。食べてもいいんですよ、と言われた気がしたので、あたしも一口、控え目に。

 食べ終わった串を受け取り、代わりに家から持参した水筒のお茶を渡す。それをごくんと飲み干すと、レオニさんは話の続きを始めた。


「流鏑馬は二騎で行われます。

 一騎は自分、もう一騎は仲間の近衛士が務めました。自分と同じ宿舎にいた、先輩にあたる人でした」

「……その先輩が、悪いやつだったってことですか?」

「そういうことになりますね。

 一騎目が自分、先輩は二騎目でした。交代に三回ずつ馬を馳せ出し、的を射るんです。

 一回目、二回目は何の問題もありませんでした。事件があったのは、三回目です」

「……」

「一騎目の自分が的を射抜き、先輩も矢をつがえてすぐに馳せ出でました。こう、弓を引き絞って的に向けるはずの矢を──」


 そこでレオニさんは左手人差し指を矢に見立て、右手は手綱を掴んだままぐいと弓を引くように動かした。

 日差しが影を作り、弓矢のシルエットが浮かび上がる。

 その左手の矢を──


「先輩は、お嬢様に向けたんです」


 ──レオニさんはあたしに向けた。


 ばちっと目が合い、まるで時が止まったように──実際にはほんの数秒なんだろうけど──あたしの目線はレオニさんに釘づけだった。

 口なんか、うっすら開いていたと思う。

 ぽかんと呆けた表情のあたしに気付いたのか、「あっ」という顔でレオニさんは左手の矢を引っ込めた。


「すみません、びっくりさせちゃいましたか」

「いえ、あ、あ、あた、あたしは……だっ、大丈夫です」


 うわあああ、めっちゃ噛んだ!

 思わず下を向くと、なんだか顔が熱い。耳も熱い。汗まで出てきた!

 挙動不審なあたしをよそに、レオニさんはふっと笑う。そしてまた前を向いた。


「変だ、と思った時には矢は放たれていました。声を上げる間もなく。

 誰も動けませんでした。

 ただ一人、隊長だけです。動いたのは」


 あたしの胸はなぜだか激しく動悸していた。

 どきどき。

 どきどき。

 ちょっとうるさいくらい。


「お嬢様をその場に引き倒し、隊長は自分の装束の袖で飛んできた矢を受け、払い落しました。

 目にも止まらぬ早さで」


 全力で走った時とも、大人数の前で指名された時とも違う。

 この鼓動の正体が、あたしにはわからない。

 どきどき。

 どきどき。


「全て一瞬のことでした。

 何が起きたか、正直自分もよくわかりませんでした。わかっていたのは隊長と先輩……いえ、曲者ですね。その二人だけだったようです。お嬢様のお父上なんて『アルゴよ、乱心したか』と吠えるように叫ばれましたから。

 現に近衛士の何名かは、隊長を捕縛しようとしたほどです」

「そ、それで、レオニさんは……」

「何もできませんでしたよ」


 レオニさんの声に、ほんの少し苦さが混じる。


「どのくらいの時間かわかりません。ほんの一瞬だったのかもしれないし、数分だったのかもしれない。

 近衛士に囲まれた隊長が、自分に向けて大きく叫んだんです──『追え!』と」

「……」

「それでようやく我に返り、馬で曲者を追いました」


 あたしは言葉を挟めない。

 きっと、後悔があるのだろう。事件を目の当たりにして、ただ凍り付いていた自分と、役目を果たしたアルゴさんと。

 自身のふがいなさを悔いている。

 そんな口調だった。


「霊廟の大門を抜けて、弓を射かけ……もう追いつくというところで、曲者の身体はどうと馬から落ちました。

 自害したんです。残っていた矢じりで、喉を突いて。

 尋問を恐れたか、己の周辺に累が及ぶのを恐れたか、それとも裏で手を引いた者への忠誠がそれほど厚かったか──今となっては、もうわかりません。

 ただ自分にとっては良い先輩だったんです。その時までは」


 あたしがじっと黙っていると、レオニさんは振り返って微笑んだ。


「すいません、つまらない話でしたね」

「いえそんな! そんなことないですよっ」


 けれど、楽しい話でした、なんてハズもなく。

 ──聞かなければ良かったかな。

 思い出したくないことを、思い出させちゃったかな。


「先輩の身体と二頭の馬を連れて霊廟に戻った時、隊長は典医どのの治療を受けていました。

 矢には毒が塗ってあり、袖で払った時に腕をかすったようでした。皮膚が爛れ焼けるように痛む──そういう毒です」

「アルゴさん、凄いんですね……」

「ええ。時に鬼神の様です」


 毒が皮膚を溶かし肉を焼いても、きっと唸り声一つ洩らさなかったに違いない。

 ちょっと火傷しただけでも痛い痛いと騒ぐあたしには、とてもじゃないけど想像がつかない。


「ひめ……お嬢様、良かったですね。矢が当たらなくて。アルゴさんがいて」

「そうですね。治療の傍らで『アルゴは忠義者じゃ』と仰っていました」

「アルゴさんは……」

「『もったいのう御座います』とだけ」


 胸のどきどきはいつのまにか静まっていて、あたしはそれにホッとした。

 そして「はあー」と感嘆の溜息をひとつ。

 ──凄いなあ。

 飛んできた矢からお姫様を守るなんて映画の世界でも見たことがない。そんなこと、できる気がしない。

 その上コズサ姫への返事のストイックなことったら。もったいのう御座いますなんてサラっと言える人、現代日本にはいやしないもの。


「三年経った今でも近衛士の間では語り草です。きっと先代様の御霊が、お嬢様を守護せしめたもうたのだと」

「アルゴさんて、ほんと凄いんですねえ……」

「ええ。お役目を仰せつかって以来、昼も夜も公私の別なく、まさに影のように付き従っているんです。並大抵のことじゃありません」

「ひめ……お嬢様は、『初めて会ったときは遊び相手だと思ってたのに』なーんて言ってましたよ」


 ははは、と白い歯を見せてレオニさんは笑う。

 あたしの心臓は、またどきんと跳ねた──ような、気がした。


「遊び相手? 隊長をですか」

「え、あ、はい。遊んでくれそうにないですよねえ」

「ははは。いや、そうですねえ。遊ばないでしょうね。それはそれは……お嬢様、そのように仰せでしたか」

「ええ。『つまらないから困らせてやるのじゃ』ですって」

「ははは」

「笑えないですよぉ。だってあたし、その思いつきのおかげでこうして馬車に揺られてるんですから」

「でも、自分は楽しいですよ」


 どきどき。


「こうしてサトコさんと沢山お話できて。お嬢様のおかげですね」


 どきどき。

 どきどき。


 あたしはどんな顔をすればいいのかわからず、下を向いた。食べかけのお団子を手に持ったままなのに気づき、ぱくっとかじりつく。

 なんだろ。

 これ、なんなんだろ。

 あたし、やっぱりうぶなのかな。

 おかーさんがこの場にいたら「社交辞令でしょ」ってばっさりやられるに違いない。いや実際、社交辞令で間違いない。

 でもこうやって近くに座って、おしゃべりして、おやつ食べて、笑ったりして……


 デートっぽくない?


 脳裏によぎった『デート』という単語に、ぎゃー、と心の中で悲鳴を上げる。

 わー、わー、なに考えてんのあたし。

 こんな重い話を聞いたばっかりで不謹慎にも程がある。だいたい本当のデートじゃないんだから!

 だってほら、本当のデートってもっとオシャレして、待ち合わせとかして、カフェに入ったり映画館に行ったりするものじゃない。なのに今のあたしはジーンズにスニーカーだし、ここにはカフェも映画館もないし、そもそも異世界だし、デートじゃない、全然デートじゃない、まったくもってデートじゃない。

 そう、それに……別に恋とかしてないし。


 きゅーっと胸のあたりが苦しい感じになって、あたしは元彼の山野くんを思い出した。


 あれは恋だった──と、思う。

 たぶん。

 きっと、そう思う。




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