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019:街道を往く 二

 木杓子ですくったお粥をふーふー吹いて、そっと口をつける。

 アツアツを一息にぱくっといったら火傷してしまいそう。

 あたしたちは旅行者に朝粥を提供するというお店で、向かい合って座っていた。


「はふー、おいしーい!」


 とコジマくん。ほっぺがぽわわーんと幸せ色に染まっている。


「いいですよねえ、お粥。いつもはご飯なんですけど、たまーに食べたくなるんですよねえ」


 そう言って、もう一口ぱくり。


「特にこーゆー疲れてるときですよ! やっぱり一晩中馬車に揺られてるなんて、普段無いじゃないですかあ。だからあんまりしっかりした食事ってちょっと重く感じるんですよね。その点お粥ならさらっと食べれるしおなかにも優しいし、まさにおあつらえ向きですよ!」

「……」

「あとこのお漬物ですよね、キュウリと沢庵と鰹梅、彩りもいいですし食感もいいですし……あれ、サトコさん? サトコさんたらー」


 コジマくんが語る朝粥セットの魅力が耳を素通りしていく。

 あたしは何だか頭がぼーっとしちゃって、二、三回名前を呼ばれてようやくハッと我に返った。


「え……あ、ごめん。何?」

「もー、サトコさんたらー。お粥冷めちゃいますよぉ」

「あ、うん……そうだね。いただきます」


 木杓子ですくったままのお粥は表面だけがちょっとぬるくなっている。器の方をかき混ぜてみると、ふわっと湯気が立った。

 だいじょうぶ、まだアツアツのままだ。


「どーしたんです、サトコさん。心ここにあらずってかんじですけど」

「そ……そう見える?」

「見えますよぉ、見りゃわかります」


 やだあ。

 あたしはコジマくんから目線を外し、お粥を啜った。

 心ここにあらず、とまでは言わないけど……たしかに、雑念が頭をチラついている。

 宿場町に入ってすぐ、あたしたちは伝馬所というところに寄った。馬を休ませたり交替させたりする場所なんだって。

 そこに馬を止めて、馬車を外してやって……レオニさんは今ごろ馬車の荷台の中で仮眠を取っているはず。秘伝の塗り薬の、お花畑みたいな匂いに包まれて……

 だめだめ、食事に集中しなきゃ。作った人に失礼だ。


「でもまあ、サトコさんがぼーっとなっちゃうのわかりますけどね」


 コジマくんはそう言うと、お粥を掬う手を止めた。


「だってかっこいいですもの、レオニさん。男の僕だってそう思うんですから。

 顔立ちもいいですし、体つきもいいですし、でもどんな美男子だって肩が凝ったり首筋が張ったりするときはあるんです。背中なんか手が届かないのはしょーがないことです、こればっかりは美醜関係ありません」

「コジマくん……なんの話?」

「そこに薬があって自分以外に誰かいれば、塗ってもらいたくなるのは当然です。なんたって秘伝の薬ですしね! それに首を寝違えた僕とどこも寝違えてないサトコさんなら、そりゃーサトコさんに頼みますよ。だからしょーがないんです、わざとじゃないんです」

「わざとって何よ、誰が、何を、わざと……」


 喋りながら、あたしは頬がかーっと熱くなるのを感じた。

 いやいや、これはお粥がアツアツだったせい。

 決して、決して、コジマくんの話に動揺しているわけではないのだ。


「でーすーかーらー、レオニさんが自分の肉体美でサトコさんをドキドキさせてやろうなんて、思うはずがないってことです! ほんとにもー意識しすぎですよ。ウブにもほどがあるってもんです」

「う……うぶ!?」


 あたしは思わず、バッと顔を上げた。

 お粥を食べる手が止まる。反対に、コジマくんは食事を再開。ふーふーと湯気の立つ器に息を吹きかけている。

 た……たしかに……

 誤解を恐れずに告白すると、たしかにあたしはレオニさんの上半身にドキドキしてしまったかもしれない。なんというか、細マッチョっていうの? 普段から鍛えてなければ、ああいうふうにはならないだろう。

 で、そこに秘伝の薬を塗ってくださいとか言われて物凄くドキドキしてしまって、塗ってる間じゅう真っ赤っ赤だったかもしれない。もっと言うと、ちょっと手が震えてしまったかもしれない。

 たしかにそれは事実なのだ。

 でも、でもそれは──


「それは、別にうぶかどうか関係な」

「いやーウブですって。ウブウブですよ。店長も心配してましたよぉ、あの子今どきの子にしては奥手だから、せっかく彼氏ができたのに手も繋がずに別れちゃって、高卒で実家に就職じゃーこの先新しい出会いも期待できないし、いったいどうするんだかねぇ……って言ってましたよぉ」

「ちょ、手くらい繋いだわよっ」

「ですからサトコさん、レオニさんの引き締まった背中とか、割れた腹筋とか、硬い二の腕とか、たくましい胸板とかでドキドキしてる場合じゃないってことです。だいたいこれで体全体のたった上半分ですよ? もう半分残ってるんですから、もうちょっと耐性つけ」

「も、もういいって! わかったからほんと、もうやめてよぉ」


 あたしは両手をぶんぶん左右に振り、顔を下に向けてお粥を啜った。

 なんだって朝からこんな話を……おかーさんもおかーさんで、どうしてコジマくんに山野くんの話なんかしてんのよお……あーもー顔熱い!

 その後もコジマくんはペラペラとレオニさんの外見的魅力を語り倒し、その間にお粥をおかわりした。

 あたしは何だか味がよくわからなくって、いや美味しいには違いないんだけど、いかんせん気が散ってしまって……はあー疲れた。

 お店を出ると外で何組か待っていたから、ここはきっと繁盛店なんだろう。


「サトコさん、ちょっとお散歩しません?」


 コジマくんがそう言うので、あたしたちは連れだってぷらぷらと歩き出した。

 時刻はもうすぐ朝の九時。

 宿場に着いたときはまだまだ静かだったのに、食事をして出てきたらずいぶんと活気づいている。

 通り沿いの商店も営業を開始して、市場ほどじゃないけれど元気のいい売り込みの声。見たところ八百屋さんが多いのか軒先に野菜が吊るされてたり、カゴにたくさん盛られていたり。

 ああーうちのお店の前の市場、行きそびれちゃったなあー。

 そんなことを思いながら歩いていると、突然ぱっと視界が開けた。

 あたしたちは大きな川に掛けられた、大きな橋のたもとにいた。


「ここに立つと、いよいよエードを離れるんだなあーって思いますよねえ」


 と、コジマくん。

 ここはそんなにシンボリックな橋なのかしら。

 もしかしたら、祖父シゲルもこの橋のたもとから旅立ったのかもしれない。


「ねえコジマくん。ここから日光まで……日光じゃないか。先代の上様ゆかりの霊廟まで、どれくらいかかるの?」

「そうですねぇー。ま、だいたい三日くらいじゃないですかね。馬も使いますし」


 三日かあ。

 バタバタと出発が決まってここまで来たものの、あたしは旅程の細かいことを全然知らない。どこをどう経由して、どこに泊まって、どこを目指しているのか。


「そもそもあたしたちが行く場所って、なんてところなの?」

「ファタルの霊廟ですか?」

「へえ、そういう地名なの」

「よくまあ何も知らない状態で行こうって気になりますよね。いやー僕だったらできないな、そんな大冒険」

「なによぉ、自分だってろくに話も聞かずについてきてるじゃない」

「僕はいいんです、コズ……お嬢様の旅にご一緒できるなんて、これほどの名誉あずかろうと思ってあずかれるもんじゃないですし。あー明日楽しみだなあ、早く合流したいなあ。ネト河の渡し舟に一緒に乗るんですよ。船頭さんが歌ってくれて、それが何とも風情溢れてて、かつてこの橋から旅立った有名な詩人も思わず一篇書きあげちゃったほどなんですって!」


 へえー、と頷きながらあたしは目の前の橋に目をやった。けっこう往来が多いのは、この宿場町がいくつかの街道の起点になってるからだそうで──これは、さっきレオニさんから聞いた話。

 ここから三日間、荷馬車に揺られてのお忍び道中だ。

 明日はコズサ姫と合流して、明後日は日光に到着。

 そしたらいよいよ、おじいちゃんの石窯とご対面だ。

 よしっ。

 がんばろう。


「戻ろっか、コジマくん」

「はい!」


 あたしたちは橋の手前でUターン。

 伝馬所に向けて来た道を戻り始めた。途中、竹の皮に包まれたおにぎりをレオニさんにお買い上げ。

 そうだ、馬車に戻ったらおじいちゃんのノートを見てみよう。

 石窯のこと、この世界のこと、何か参考になるようなことが書いてあるかも。

 ──それはとても良い思いつきのような気がして、あたしは少しわくわくしてきた。

 うーんと腕を高く伸ばして顔を上げると、何一つ遮るもののない空に鳩が一羽パサパサ横切って飛んでいく。

 マーロウさんは今頃どうしているだろう。

 姫様の箪笥に入ったのかな。

 あたしは一つあくびをして、またのんびりと歩き出した。




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