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015:ただいま会議中 二

 人生に無駄なことなど一つもない、とは誰の言葉だっただろう。


 これまでに何度か耳にしたその言葉。

 言ったのは先生であり、またある時は母であり、またある時は友人だったかもしれない。

 ああ、あともう一人。元彼の山野くんも言ってたかもしれない。

 けれど、あたし自身は一度も言ったことがない。それは別にポリシー的な部分とはまったく関係なく、ただ単にそんな深い話を自分からしたことが無いからなんだけど。

 ──しかし、今のあたしは破裂しそうな心臓をぎゅーと押さえながら、この言葉を繰り返していた。

 無駄じゃない、無駄じゃない。

 異世界にトリップしたのも、そこのお姫様のいたずらに付き合わされるのも、秘密の会議に潜入してバレそうになって冷や汗かくのも、きっと今後の人生の糧になるはずなのだ。

 だから頑張れ、頑張れあたし──


「西の都へ行くと申すか!!」


 上様の発する轟音に、あたしはまたもびくっとした。

 隣のコズサ姫は慣れっこなのか、座ったままウトウトしている。このひと心臓に毛皮のコートでも着てんじゃなかろうか。


「その間、城の守りはどうするのだ! コズサの身はどう守る!! 相手が魔法使いであればアルゴだけでは役が足りぬ!!」

「それにつきましては上様、まずこちらをご覧くださいませ」


 アルゴさんは剣を使う。剣じゃ魔法にはかなわない。

 魔法使いってやっぱり珍しいのかな……そんな感じはしないけど、それはたまたまうちのお客様やアルバイトが魔法使いだからなんだろう。コズサ姫は目隠し魔法を使うけど、それは一体なんなんだろう。

 そんなことを思っていると、マーロウさんが杖を一振りした。地図にポワンと光が灯る。

 京都の位置じゃない。龍の洲の北から南まで点々と──


「ひいさまにエードを離れて頂きまする。此度のことで一番の気がかりは、魔法をかけられたことにて御身に障りが生じること。

 相手はわたくしめの兄で御座います。次元の通路越しに魔法を使うことも出来ましょう。城内のみならず、エードの城下町全体を魔法で包む、そういったことも出来る兄で御座います」


 マーロウさんがこんなに持ち上げるんだから、きっとそのお兄さんは強敵だ。

 悪の大魔法使いかあ……おかーさんは「ファミコンか!」って言いそうだけど、まさにそんな展開になってきた。もしもゲームの世界なら、このあと上様の命を受けた勇者御一行が討伐に向かうんだろう。

 今のところ、その気配はないけれど。


「なればこそ、わたくしめが留守の間ひいさまにはエードを離れ、霊的な加護のある地へお移りして頂きとう存じます。地図上に光っておりますのが、そのような力を持つ場所ですじゃ」


 光を灯したその地図に、部屋の全員が目を向けた。いくつもの光が日本列島を淡く照らし出す。

 この中のどこかにコズサ姫を移動させるんだろうけど……ちょっと多すぎやしないだろうか。四十七都道府県につき一カ所ずつくらいは光っている。

 すると上様があたしとまったく同じ感想を述べた。


「マーロウよ! ちと多すぎるのではないか!!」

「勿論、この中のどれでもいいというわけでは御座いませぬ。距離、霊力、そしてエードとの(ゆかり)の深さを合わせて考えました時、特にふさわしいと思われるのが──この二カ所に御座います」


 ほとんどの光が消え、二つだけが残る。マーロウさんチョイスで残ったのは、日本で言えば栃木と静岡の位置だ。

 あたしは首を傾げて少し考えた。

 しばらくして、ピカーン、と頭の上で電球が光る。

 わかった。わかってしまった。

 マーロウさんが光らせたのは、あれぜんぶ日本を代表するパワースポットだ。消えた沢山の光の中には、それこそ伊勢神宮や出雲大社、恐山や出羽三山なんかの超有名どころがひしめいていたに違いない。


「なるほど、その二カ所なれば不足はあるまい!」


 なら栃木と静岡のパワースポットってなんだろう。

 あたしはもう一度首を傾げ──ポン、と手を打った。心の中で。

 もう決まり、これしかない。栃木は日光東照宮、静岡ときたら、やはりこれだろう。霊峰“富士山”!


「して、どちらにコズサを移すつもりか。供は何人連れて行く。出立はいつじゃ!」

「それにつきましてはアルゴ隊長とのお話になりましょう」


 先ほどから身じろぎ一つせず控えていたアルゴさんに、上様はぎょろりと視線を向ける。

 アルゴさんは一礼し、静かに口を開いた。


「出立は今宵に御座います」


 えっ。


 あたしは横目で、となりのお姫様の様子を窺った。

 きっと昨日の時点ではそんな予定じゃなかったんだろう。そうと決まってたらパン屋に配達なんて頼まない。

 知ってるの、姫様。今夜お城を出るんだって。寝てる場合じゃないと思うんだけど……


「秘密裏に、城の裏から馬で発ちまする。腕の立つ近衛士をひとり連れて行く所存に御座います」

「近衛士をか。男ではないか!!」


 その時、マーロウさんの肩の鳩が動いた。

 小さく羽ばたいて床に下り、頭を前後に動かしている。そのまましばらく歩き回り──あたしたちの前で立ち止まる。

 首をかくっかくっと傾げると、「くるっぽー」と一声鳴いた。


「人を増やせば目立ちましょう。女官を連れて行けば足手まといにもなりまする。駕籠を出せば駕籠かきが要りますゆえ、此度は馬にて参ります」

「そちの言うことはわかる……だがしかし、コズサの身の回りのことは如何する! あれはかしずかれて育ってきたエードの姫なるぞ! 市井の娘とは違う、何もできぬのじゃ!!」


 鳩はあたしたちの前から動かない。

 にじむ汗を気にしながらも視線を逸らせない。逸らした瞬間突かれるような気がして。

 鳩もあたしをじーっと見つめている。

 お願い鳩さん、頼むからあっち行って……マーロウさんの方に戻ってよ。


「御自分でなさって頂くしかありませぬ。ひいさまは十八歳にお成りです。聡い御方ですから、きっとおわかり頂けるはず」

「しかし……しかし余は心配でならぬ! 箸より重いものを持たせたことのないあの娘が、城を離れて生きていけようか!!」

「御心配召されるな。典医どのが戻られるまでの、わずかの間に御座います」


 鳩がようやく、あたしから目を逸らした。

 ホッと一息。この緊張感はきっと、見つめ合っても感情が読み取れないからに違いない。

 あー良かったあ……

 と、あたしが完全に油断したその時だった。

 鳩が羽ばたき、隣で寝ていたコズサ姫にアタックした!


「ぎゃっ!!」


 お姫様らしくない悲鳴が部屋に響き、あたしは顔を引きつらせる。

 剣の柄に手をやるアルゴさん。

 ガターン! と椅子を倒して立ち上がる上様。

 そして、あちゃーと頭を抱えるマーロウさん。

 ああ、聞こえる……自分の顔から血の気が引く音。ざ、ざ、ざーって。


「コズサ!!!!」


 あたしは見た。

 それはイメージ画像みたいなものだけど……上様の背景に、燃え盛る紅蓮の炎。

 仁王様だ。


「ここで何をしておる!!」


 ああ──目隠し魔法は完全に解けてしまった。

 お姫様は寝ぼけ眼をぱちぱちと瞬いて、鳩にアタックされたおでこを手のひらで押さえている。


「痛たた……」

「痛たたではない、答えよコズサ! ここで何を」

「上様、ここは私が」


 悪鬼を踏みつける仁王様のごとき上様を、静かに制したのはアルゴさん。

 剣の柄から手を離し、主の前に跪く。う、と気まずげな顔をして、姫はぷいっとそっぽを向いてしまった。


「ひいさま。おいたが過ぎまするぞ」

「……」

「このアルゴが気づかぬとでもお思いか。ひいさまがお隠れになっていることくらい、とうにわかっておりました」

「……なんじゃ、ばれておったのか」

「そのパン屋の娘が一緒であることも、お見通しに御座います」


 あたしは誰の顔を見ればいいのかわからずに、ひたすら壁際で縮こまっていた。

 コズサ姫はいたずらがばれて叱られる子どもみたいな顔で──みたいなどころか正にその通りなんだけど──唇を尖らせ、アルゴさんをキッと睨みつける。


「おぬしがいけないのじゃ」


 しかも言うにことかいて逆ギレだ。


「おじじと父上と内緒の話か。わらわのことに相違あるまい。ならば聞かれたとて困るものでもなかろう」

「……」

「それを皆してわらわを仲間はずれにしようとする。自分についての話を、自分抜きでされて気分が良いわけがない!」


 たしかに、言われてみればそれも当然なわけで……

 しかしアルゴさんは動じない。


「ひいさまをお守りするのがアルゴの役目。お望みをすべてかなえることでは御座いませぬ。お耳に入れぬ方が御身のためと思えばこその、内緒の話で御座います」

「まーたそれじゃ、おぬしの腹積もりはわかっておる。わらわが動けば面倒じゃ、籠の中に押し込めておこうと、そういうことであろう。目の届くうち、手の届くうちに、わらわを囲ってしまえば安心じゃ──と、おまえ(・・・)はそう思うておる」

「……ひいさま」

「違うか? 違うなら申してみよ」

「コズサ! 言って良いことと悪いことがあろうッ!!」


 するとコズサ姫、すっくと立ち上がった。

 アルゴさんはまだ跪いたまま。さっきの鳩は素知らぬ顔で、頭を前後に振りながらぽっぽぽっぽと歩き回っている。マーロウさんは──あたしに向けて、そっと手招き。

 ……こっちにおいでってこと?


「父上様におかれましても同じで御座いましょう? わらわのためと仰るが、『何をしでかすかわからぬ』とお思いじゃ。

 わらわは馬鹿ではありませぬ。

 自分のことも、ようわかっておりまする。どのように振る舞えば良いか、話の如何によって考えられまする。何もわがままを通そうなどということではないのじゃ」


 あたしは部屋の壁沿いをそーっと四つん這いで、マーロウさんの方へ移動した。

 跪いたアルゴさんの顔を見ないように、立ち上がったお姫様の後ろをこっそりと。


「ならばコズサよ、何を望むのだ。こそこそ此処へ参ったからには、何か考えがあってのことだろう! 話すがよい、聞いてくれようぞッ!」

「ならば申し上げまする」


 あたしはマーロウさんのところに到着、大魔法使いのおじいさんはそっとあたしに耳打ちする。

 ──すまんのうサトコちゃん、きっと何とかするからの、もうちょっと我慢してくれるかの──


「その地図にある二つの光、どちらにわらわを連れて行こうか、その相談をなさっていたので御座いましょう?

 城を離れることに異存はありませぬ。不自由にも不便にも文句は言いますまい。ただ……行先は、わらわが決めとう存じます」


 コズサ姫は笑わない。あたしの前で何度も見せた悪い笑顔はなりをひそめている。

 真剣そのもの。

 仁王様のような上様の御顔を真っ直ぐ見つめ、ぴんと伸びた背筋は「一歩も引かぬ」と言わんばかりだ。


「アルゴ、そちはどう考える!」


 上様に指名され、アルゴさんは跪いたまま一礼した。


「ひいさまをお守りするのが、アルゴの役目に御座います。命を懸けて全うする覚悟なれば何処なりとも、このアルゴ、御供(おんとも)つかまつる」


 コズサ姫の表情は変わらない。アルゴさんを「困らせてやる」と言ってここまで来たのに、まったくそんな様子がなくて「つまらない」のかもしれない。

 だけど、ほんのわずかに肩の力が抜けたのが、隠れて見ているあたしにも伝わった。


「ただし、ひいさま。お役目なればこそ申し上げます」


 そう言ってアルゴさんは立ち上がる。エードの姫は訝しげに片眉をぴくりと動かした。

 立ち上がったアルゴさんは剣の柄に手をかけた。そしてそのままスラリと抜くと、その切っ先を──


「そこのパン屋の娘、斬らねばなりませぬ」


 あたしに向けた!


「なぜじゃ! サトコどのは関係なかろうッ」

「剣を収めよアルゴ、余の執務室でそれは許さぬぞ!!」


 まただ! またこの展開!!

 コズサ姫と上様がそれぞれ声を上げる中、あたしはマーロウさんの後ろでその衣の端をぎゅっと掴んだ。

 もー、もー、ホントやだ!

 昨日といい今日といい、なんでこうなっちゃうの?


「関係ないと仰せになるなら何故連れていらしたのか。私とて、この娘に何の悪気もなかろうことはわかります。

 なれど、ひいさま。

 サトコどのはすべて聞いて知ってしまわれた。あの箪笥のことも、典医どのが西へ赴くことも、ひいさまが今宵ご出立になることも」

「こ、このッ……石頭!」

「人の口には戸が立てられぬと申します。ひいさまの御姿、城を離れること、漏れるわけには参りませぬ。典医どのが城を空けることもまた同じ。斬るか、あるいは無事にお輿入れがかなうまで牢につないでおくか──さあ、お選びなさいませ」


 鳩は何にも知らぬげに、あちらこちらを歩き回る。

 あたしは汗だらだら。

 アルゴさんを困らせに来たはずの姫様は、困った様子で歯噛みする。


「まあまあアルゴ隊長、ここはワシの顔を立てて剣を収めては下さらんかのう」


 マーロウさんはいつものようにのんびりした口調でアルゴさんを取り成すと、戻ってきた鳩をまた肩に乗せた。

 そして杖を一振り。

 するとこちらを向いた剣の先がふわあと浮き上がり──そっと持ち主の手を離れ、するんと鞘に収まった。

 これにはコズサ姫も上様も、当のアルゴさんもあっけにとられたような顔をする。


「こうしてはどうじゃろうの、アルゴ隊長。サトコちゃんの口から秘密が漏れるのを恐れるならば……」


 後ろに隠れたあたしからは、マーロウさんの表情は確認できない。だけど声音は穏やかだった。あったかい、優しい、包み込むような声。

 その声でマーロウさんは言ったのだ。


「サトコちゃんを、ひいさまの旅に同行させては如何かの?」

「ふぁっ!?」


 奇声を発したのはあたしの口だ。マーロウさんの突飛な発案もそうだけど──あたしは、見てしまったのだ。

 憤怒の形相の上様。

 その御前で眉をひそめるアルゴさん。

 その隣で、小さくガッツポーズをしてニヤリと笑う、コズサ姫の御姿を……




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