014:ただいま会議中 一
重たげな木の扉の前で、あたしとコズサ姫はチャンスを待っていた。
……本当に待ってるのは姫様だけで、あたしはというと溜息まじり。乗りかかった船から下りられない。
「来たっ」
とコズサ姫。声がわくわくしちゃってる。
何が来たのかと廊下の向こうを見れば、お茶汲みと思しき女性が一人。お盆にお茶道具一式を乗せてやってきた。ああ、あの人が扉を開けたら潜り込もうっていうわけね……
女性は扉をコンコンとノックし「失礼致します」と入室する。
「行こうぞ、サトコどの」
ああぁ、嫌だぁぁ。
抵抗したって仕方がないので、引き摺られるようにしてあたしも入室。ささっと壁沿いに並んで、そっと体育座り。
──そこは、どうやら書斎のようだった。
背の高い本棚は上から下までぎっしり詰まっている。壁には地図。コジマくんが小麦粉で描いたのと同じ、日本列島そっくりの龍の洲。
窓を背にした部屋の奥には、どっしりと大きな木の机。書斎の主は椅子にはかけず、窓際に立って外を眺めている。
言われなくてもわかる。
こちらからは顔が見えないけれど、強烈な威圧感。灰色の蓬髪、ごつい肩幅、太い首筋……
あの人がエード城の上様だ。
「揃ったようだな!」
お茶汲みの女性が退室し、上様の一声で会議が始まった。
面子は上様、マーロウさん、アルゴさん。
マーロウさんは机の隣の椅子に腰かけ、いつものように魔法の杖を握っている。頭にはお馴染みのとんがり帽子。いつもと違うのは、肩に一羽の白い鳩を乗せていること。
鳩はこちらに首を向け、くるっぽーと一声鳴いた。
「アルゴ、まずはそちからじゃ!!」
銅鑼を鳴らしたようなその声に、あたしはびくっとした。
な、なんちゅー声なの……よく響くし、とにかく大きい。それこそ窓ガラスが震えるんじゃないかってくらい。
指名を受けたアルゴさんは立ったまま報告を始めた。昨日といい今日といい、この人いつも立ちっぱだ。
「近衛隊長アルゴよりご報告仕る」
椅子でも用意してあげたくなってくる。主君と家臣、これが当たり前なんだろうけど。
「ひいさまのご様子について、今のところ漏れている様子は御座いませぬ。西の都におきましては、お輿入れに備えての御仕度が着々と進んでいるとのこと。
諸王の動きは平常通りにて、手を組んで謀をする様子は見られぬとのことで御座います」
「大いに結構!!」
謀、という言葉にあたしは胸中で「わあ……」と息を飲んだ。
まじで大事な会議の真っ最中だ。議題はコズサ姫のこととか国防についてとか、そんな感じだろう。
いいの? 姫様。
あたしは一般人、いやそれ以前に異世界人なんだけど……こんな重要な話聞いちゃって。
「マーロウよ、鳩の方は如何であった!」
上様に問われて、マーロウさんはよっこらせ、と体を起こした。
「アルゴ隊長の報告と同じで御座います、上様。
洲中の鳩が戻って参りましたが、諸王、諸貴族、怪しい動きは見られませなんだ。ただ……」
「ただ?」
「ワシの肩におります、この鳩ですじゃ。コレが申すことには、西の方にて次元の歪みを見たとのこと、一昨々日の夜分だそうに御座います」
次元の歪みだって。一昨々日だって。西の方だって。
あたしは隣のコズサ姫を横目で盗み見た。お姫様は腕を組み、静かに座している。その表情からは何も読み取れない。
「そして、その歪みのあった場所というのがこちらで御座います」
マーロウさんは杖を一振り。
壁の地図の一点が赤く光った。魔法なんだろうけれど、まるでレーザーポインターを使ったみたいだ。
光った場所は──日本で言う、京都のあたり。
「西の都か。大王の御膝元ではないか!!」
上様は地図に吠え、椅子にどかっと腰を下ろす。
その時になってようやく、あたしはそのお顔をはっきり見た。
こ、これは……!
あたしの地元にある大きなお寺、その山門の両脇に立つ、仁王像そのものだ。大きな目、大きな声、大きな身体。ちっちゃい子どもなんか一睨みで泣いてしまうだろう。
「この鳩は昨日、その歪みを通ってエード城に戻って参りましたのじゃ。入口は狭かったものの、三歩ほど歩いただけでここまで着いたそうに御座います」
「鳩のくせに歩いて移動すると申すか!!」
「羽ばたくほどの距離もなかったということで御座いましょう。
……鳩のおかげでわかったことがいくつか御座います。一つには、次元の歪みが通路として使えること。次元の通路は閉じずに残っていること」
「ふむ、続けよ!!」
「そしてもう一つには──その次元の通路の出口の一つが、このエード城の中に開いていることで御座います」
へえー……と、あたしはただただ感心して聞いていた。
ブーランジェリー松尾は次元の歪みからやってきた。エード城と西の都に通路ができてしまったのも、あの大きな地震のせいかしら。
「ただ、その出口の開いている場所が問題で御座いまして」
マーロウさんの声が急にトーンダウンした。
言いたくないなあ、という様子でちょっと視線を落とす。
「苦しゅうない、申してみよ!」
「それでは申しあげますが──ひいさまの御寝所の、衣装箪笥の内側だったそうに御座います」
コズサ姫はそこで、ニタァーッと笑った。
……うわあ。
これは「当然知っておる」という顔だ。しかも黙ってたでしょ、姫様。
顔色が変わったのは上様だ。「なぬーッ!?」と言わんばかりのお顔でクワッと目を見開き、マーロウさんを睨みつける。
マーロウさんはススー……と視線を外してこちらを見──そんなわけないか。きっと気のせいだ。
「コズサの箪笥の中とな……!」
「然様に御座います、上様」
「燃やせ!!!!」
とどろいたのは雷のような轟音だ。あたしは思わずひっくり返りそうになる。
「アルゴ、今すぐコズサの寝所に向かえ、箪笥の中を検めよ! その箪笥から賊が入ったのであろう。ならば燃やせ、灰にせよ、欠片も残すなッ!!!!」
な、な、なんという剣幕……
娘の箪笥燃やせとか言っちゃうの、上様。いやいやそれはマズイでしょう。
親が無断で子どもの持ち物処分するのは絶対にNGだ。思春期も終盤とは言えまだまだデリケートなお年頃、いっぺん嫌われたが最後口を聞くことも出来なくなってしまう。
──と、あたしが一人で親子関係の心配をしていた時。
それまで黙っていたアルゴさんが口を開いた。
「お言葉ですが上様。ひいさまは御存知かと思われます」
おっさすが、よくわかってらっしゃる。十年のキャリアは伊達ではない。
「あのひいさまのことです。ご自分の箪笥がそのような“おもしろい”ことになっているのを喜ばぬはずがありますまい。上様が『箪笥を燃やせ』と仰せになるのも、折込済みに御座いましょう」
「む、なるほど……ありそうな話よ!」
「わたくしめも隊長の言う通りかと存じまする。あのひいさまのこと、箪笥から曲者が出て大喜び、目を輝かせて『そちはわらわを何とするつもりじゃ?』とお尋ねになったに相違ありません」
知らぬは親ばかりなり。隣を見れば、コズサ姫がニヤニヤ笑いを噛み殺している。
うう、なんて人の悪い笑顔なんだろう。この人がこんなキャラだとは……
「ではどう致せと申すのじゃ! あの箪笥をそのままコズサの寝所に置いておけと!? いつまた賊が現れ何をしていくか、わかったものではないのだぞ!!」
そう言うと上様は勢いよくお茶を飲み干し、湯呑を「だん!」と机に戻した。
「問題はコズサじゃ。マーロウよ、あの身体は元に戻るのか? 輿入れまでもう日がない、身代わりを立てるわけにもいかぬ!」
ぞくぞくっと背筋を寒気が走り、あたしは思わず身震いした。
迷い込んだ異世界で当地のお姫様の身代わりにされて──っていう本だか漫画だかを読んだことがある。
うわー、うわー、ぜったい嫌だ。シンデレラストーリーとか夢見てないし、だいいち日本に戻りたいし、「普通が一番」って信じて生きてきたし、十代、二十代を満喫したいし、結婚相手は自分で選びたい。
つまり本当に、パン屋でいい。
今までもこれからも、あたし心の底からパン屋でいい!
「婚礼の延期ならば多少はできるやもしれぬ、しかし破談にするわけにはいかぬのだ! コズサには必ずや西の大王の世継ぎを生んでもらわねばならぬ、でなければ戦じゃ!!」
隣をちらりと横目で見れば、コズサ姫の顔からニヤニヤ笑いが消えている。かわりに少し退屈そうな「またか」といった感じの御顔。
しかもあくびまでしている。
こんな感じの重ーい話を、小っちゃい頃から聞かされてきたのは想像に難くない。
「泰平の世を成すとあらば血のつながりに依る他ない! 兵士の血では成せぬ、王の娘でなければ成せぬのだ!!」
上様が語勢を強める一方で、アルゴさんの表情はさっきからまったく変わらない。何か考えてるっぽいことだけはわかるけど、何を考えてるのかはちっともさっぱり読み取れない。
そんな中マーロウさんが口を開いた。
「上様、ご心配めされるな。ひいさまの御身体は必ずやこのマーロウが元通りにして見せましょう」
「手立てはあるのか!」
「まず──ひいさまが子どもの御姿に成られたのは、魔法のせいに御座います」
悪い魔法で姿を変えられたお姫様──やっぱりそうなんだ、とあたしは心の中で頷いた。
どうするのかな。
おとぎ話なら王子様のキスで元に戻ったりするけれど。
「魔法である以上、それをかけた魔法使いがおりましょう。その者に魔法を解かせるのです」
「其は何奴じゃ!」
「あらかたの目星はついておりまする。次元の歪みを即座に知る力のある魔法使いは、龍の洲広しと言えどもそう沢山はおりませぬ。西の都にゆかりのある魔法使いで、それができる者と申しますと……」
「ふむ」
「このマーロウの、兄に御座います」
「なぬッ!!!!」
「典医どのの、兄君か……」
アルゴさんが喋った。
すなわち、事が重大なのだろう。だってこの人よほどのことがない限り喋らなそうだから。
「マーロウよ、そなたの兄は都を出たのではなかったかッ!」
「出たフリなのか、呼び戻されたのか、そのあたりはわかりませぬ。
兄とは長いこと没交渉でしたゆえ……それに弟であるわたくしめにも、解せぬことが御座いますのじゃ」
「何ぞ、申せ!!」
マーロウさんはしばし目を閉じて──それから言葉を選ぶようにしてこう答えた。
「……なぜ我が兄は、ひいさまを亡き者にしなかったのか。
兄ほどの魔法使いであれば、ひいさまのお命を頂戴するなど赤子の手を捻るよりも容易いこと。それに魔法に依らずとも、別の者を次元の通路に通して御身を傷つけるという手段もあったはず」
エードとしては、なんとしてでもコズサ姫を西の都に嫁がせたい。王の中の王と結びつき、平和な世の中を維持するために。
──でも、そんなこと思ってるのはエードの人だけ。
抑え込まれた他の王たちから見ればこの結婚話は迷惑千万、いっそのことコズサ姫のお命を頂戴し、エードを倒して天下の覇権を……そういう考えが出たってなんの不思議もない。
お国の一大事どころか、これは天下の一大事なのだ。
「これまでひいさまを狙ってきた者たちと同様、その目的はご婚礼の邪魔立てで間違いありますまい。なればこそ、わたくしめは不思議なので御座います。“子どもにする”などという中途半端なことを何故したのか──どうにも解せぬのです」
マーロウさんのお兄さん。
きっと同じように背が高くて、同じような杖を持ち、同じようなとんがり帽子を被った大魔法使いなんだろう。
次元の歪みがわかるってそんなに凄いことなのかしら。コジマくんもわかったようなこと言ってたけれど……いや、大魔法使いの弟子だから、あれで案外すごいのかもしれないけれど。
あたしよりずっと年下っぽいのに。
でも本当にすごい魔法使いなら“鬼の眼”で何もかも筒抜けなことくらい気付いてたっていいだろう。うっかりしてるのか何なのか、そういうところも“らしい”というか──
そこまで考え、ハッと気がついた。
……鬼の眼!
今、あたしが持ってた!
「なるほど、そちの申す通り解せぬことが多い!」
額から脇から背中から、変な汗がにじみ出る。
どうしよう、鬼の眼。
これがあたしの首から下がってるってことは、何もかもマーロウさんには筒抜けってことで。
姫様とのやり取りも筒抜けってことで。
当然、あたしたち二人がここに侵入したのもばれてるってわけで……
うわああ、どうしよう。
まずいまずい、非常にまずい。
「そこで上様。わたくしめよりお願いが御座います。アルゴ隊長とも先ほど話合うていたことに御座います」
ねえ姫様、どうしよう。
あたしたちがここにいることマーロウさんにバレてるよ。
大丈夫なの?
姫様ものすごく怒られるだろうし、あたし今度こそ斬られちゃうんじゃない?
斬られなくても「身代わりになれ」とか言われちゃうんじゃない?
「数日のひまを頂きとう御座います。わたくしめがひいさまの箪笥に入り、西の都の兄のもとへ出向こうと思いますのじゃ」
あたしは内心めちゃめちゃ焦っていた。
隣のコズサ姫はまったく気づいていないのか、じっと腕を組んで目を閉じている。その頭がかくっと前に動き──
……ってえええ寝てるよこの人! なんで!? 上様の話が耳タコだったから?
うそでしょー!?
魔法は? 目隠し魔法はどうするの?
解けちゃうんじゃないの!?
あたしはバクバクする胸を押さえながら、居眠りするコズサ姫にぴたっと引っついた。ポンポン、ポンポン、と肩を叩いてもお姫様は目を覚まさない。
あーどうしよう、どうしよう……と狼狽えていたその時、
「くるっぽー」
と鳩が鳴いた。
あたしはびくっとする。額からは流れる脂汗。首から下げた鬼の眼を、思わずぎゅっと握りしめる。
するとマーロウさんがこちらを向いて──小さく笑って片目を瞑り、そっと杖を動かした。
えっ、なに。
なになに、大丈夫だよってこと……?
コズサ姫はすっかりお休みになられている。
アルゴさんは相変わらず無駄口を叩かず、じっと立ちっぱで何か考えている。
上様は憤怒の形相でまたお茶をあおり、「だん!」と湯呑を机に戻した。
そして、あたしの心臓は破鐘を叩くかのごとく動悸している。
あと何分耐えられるだろう。
早くここを出たい。パンをお渡しして、代金を回収して、自転車漕いで帰りたい。
しかし無情にも、会議はまだまだ続くのだった……




