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011:コジマくんの歴史講座 二

 事の起こりは一昨々日(さきおととい)の深夜──

 つまりあたしたちが現代日本からこの世界へトリップしてきた時刻の、少し後になる。

 いつになく神妙な面持ちで、コジマくんはその日のことを語り始めた。


「……その夜お師匠様がアンパンを買って帰ってきて、僕にわけてくれなかったことは以前お話した通りです」


 マーロウさんがうちのアンパンを一人で平らげたちょうどその時、魔法使いの家にエード城の早馬が到着した。

 珍しいなと思いながら様子を伺っていると、まだアンパンを頬張ったままのマーロウさんに、使者はこう告げたという。

 ──コズサ姫の御身に一大事あり、典医どのは大至急ご登城なされよ──

 そこでマーロウさんが大急ぎでお城に向かってみると、そりゃもう上を下への大騒ぎ。兵隊さんたちは松明を焚いて、戦でも始まるような物々しさだったそうだ。


「何があったのじゃ」


 兵隊さんたちに指示を出していたアルゴさんを捕まえて訊ねてみると、彼はたった一言、こう答えた。


「曲者だ」


 そんなばかな、とマーロウさんは首を傾げた。

 エード城の守りは堅い。

 アルゴさん率いる近衛士たち、そしてマーロウさんの守りの魔法、二重の防衛策で怪しい人物の侵入は許さないはずなのだ。


「それにお師匠様は大魔法使いですからね。自分の魔法が破られればすぐにわかります」


 しかし、マーロウさんの魔法が破られた形跡は無かったという。

 同様に、近衛士たちがどんなに調べても、城内及び城外に侵入者の形跡は発見できなかった。

 しかし『誰かが何かをしていった』ことは明白だった。

 コズサ姫の寝所に向かったマーロウさんが目にしたのは、静かに座した主の姿。

 お姫様は小さく笑い、マーロウさんとアルゴさんにこう言ったという──


「皆なにを騒いでおるのじゃ。わらわはこの通りぴんぴんしておる。

 ただ少し……ほんの少し、縮んでしまっただけのことよ」


 そう。

 コズサ姫が子どもになってしまったのは、あの日あの夜。

 あたしたちがここにトリップしたあの日、三人で紅茶を楽しんだあの夜だったのだ。


「のんびりお茶してる場合じゃ無かったかねえ」


 と呟いて、母はずずーと珈琲を啜った。それからプチトマトのへたを取って、口の中に放り込む。

 あたしたちは焼きあがった食パンで朝食を取りながら、まるでワイドショーが伝える事件の詳細を聞いて「こわいこわい」と言うように──つまり興味はあるんだけどどこか他人事って様子で、コジマくんの話を聞いていた。


「それでコジマくん、犯人は見つかったの?」


 食パンをもぐもぐしていたコジマくんはそれを牛乳でごっくんすると、これまたちょっと他人事な様子でこう答えた。


「それが見つかってないんですよぉ」

「えー、じゃあどうするの?」

「どうするんでしょうねえ。なにしろお師匠様はあれ以来お城に詰めっぱなしなんです。

 僕も一回鳩を出して様子を聞いたんですけどね、特に進展はないみたいで」

「鳩って?」

「ああはい、これです」


 コジマくんはひょいと袖の内側から一羽の鳩を出した。

 翼をたたんで休む白い鳩。

 魔法なんだろうけど……どうなってんの? これ。


「こらっ、厨房はペット連れ込み禁止だよ!」

「わー、店長ごめんなさい! でもこの子ペットじゃないんですよう、言ってみれば兄弟みたいなもんです。寝食を共にし、時に助け合い、時に語り合い、互いに強い信頼関係で結ばれた」

「ねえ、名前とかあるの?」

「ポッポちゃんです」


 いいからしまいなさいと母に言われ、コジマくんはポッポちゃんをまた袖に入れた。とても鳩が入ってるようには見えないんだけどなあ。

 あたしは付け合せのレタスをぱりぱり齧りながら、コズサ姫の姿を思い返した。

 きりっとして、意思が強そうで、凛と美しいあの姿。

 胆もしっかり据わっているに違いない。

 お城中が大騒ぎになっても本人は平然としてたっていうのがまた、あのお姫様らしいというか。


「大人のままだったら、すっごい美人なんだろうなあ……」

「ええそりゃ、もう! 絵姿に描かれるほどの大美人ですよ」

「絵姿とかあんの?」

「見ますか?」

「持ち歩いてんの!?」

「もちろーん! 僕ね、コズサ姫の大ファンなんです!」


 ポッポちゃんを出したのとは別の袖から、コジマくんはくるくる丸めたポスターみたいなものを取り出した。

 ……これも、どう考えても袖に納まる長さじゃないんだけど。

 成長したコズサ姫の姿に、母もどれどれと顔を寄せる。


「ほれ、もったいぶってないで早く広げなさいよ」

「まーまー。それじゃあ御覧に入れますよー、我がエードの誇る大輪の花! コズサ姫の御姿です!」


 語尾に星がつきそうなテンションで、コジマくんはポスターを広げた。

 作業台に広げ、四隅をマグカップで押さえる。

 あたしと母は両側から覗き込み──


「……わかる?」

「……わからん」

「あたしも……」


 ──二人して、顔を見合わせた。


「どーです? 輝いてるでしょー?」


 コジマくんは誇らしげな笑顔で言うけれど……なんと表現すればいいのやら。たぶん上手なんだと思うけど。

 うーん、申し訳ないけどテンション上がらない。


「こりゃルネサンス以前だね」


 母はしげしげと絵姿を眺め、「ふーん」くらいの薄いリアクションでまた元通り食事に戻ってしまった。

 ……たしかに、輝いていることは輝いているのだ。背景が金色だから。

 でもなんだかのっぺりしちゃって陰影もないし、モデルの魅力を伝える絵じゃないのは確か。

 あっ、そうだ。あれに似てる。

 世界史の資料集で見た、教会のモザイク画!


「よくこんな絵で満足できるね、コジマくん」

「こんなとは何ですかこんなとは。見て下さい、この荘厳なお顔立ちといい、気高い佇まいといい、神々しいまでの美しさとはまさにコズサ姫のことですよ!」

「ちょっとサトコ、あんたの部屋の漫画でも一つ見せてやんなさいよ……」

「なんです? まんがって」

「えーやめとこうよ……コレで満たされてる人に漫画なんか見せたら気絶しちゃうでしょ……」


 母は絵姿ポスターの隅のマグカップをどかすと、くるくる巻いてホイ、とコジマくんに渡した。

 それをまた袖にしまいながら、魔法使いの弟子は不服そうに口をとがらせている。姫様の魅力がわからないなんてーとかなんとか、ぶーたれながら。

 わかんないのはお姫様の魅力じゃなくて、その絵なんだけどね。

 ──けどまあ、これで合点がいった。

 ほんの数日前にそんな大事件があったんじゃ、アルゴさんがぴりぴりするのも無理はない。マーロウさんが暢気に見えたのは……性格、プラス年の功ってところだろう。


「しかしどうするんだろうねえ……」


 珈琲をずずずと啜りながら、母はまたぶつぶつと一人で喋っている。

 コジマくんは食パンと牛乳をおかわり。あたしは残ったパンにジャムを一匙のせて、ぱくり。


「中身は大人でも、体が子どもじゃねえ……お輿入れは延期ってことになるのかね」

「あっサトコさん、僕にもジャムください」

「うん、イチゴとピーナツどっちがいい?」

「また大人に戻るまで、お相手が待っててくれりゃいいんだけどねえ。戻らなかったらどうすんだろ。待ってるうちに歳を追い越されたりして」

「ピーナツって何です?」

「落花生のことよ。美味しいから塗ってみたら」

「ご結婚したら赤ちゃん産まなきゃいけないんだろうし、子どもの身体じゃそれもできないし」

「わーほんとだ、おいしー! ちょっと独特なコクがあって、牛乳との相性もバッチリですね。この甘くとろけるハーモニーったら、サクサクのトーストと相まってお互いがお互いを引き立てる、まさに三位一体ならぬ三味一体……」

「ちょっと! あんたたち少しは聞きなさいよ」


 あ、と母の方を見れば腕を組んでおかんむりだ。

 話しかけられてるなんてちっとも思わなかった。だって今の口調ったら、ワイドショーを見てお菓子食べながら独り言を言うおばちゃんそのものなんだもん。


「コジマ、大ファンならもうちょっと気に掛けなさいよ。サトコ、あんたも大得意様の一大事なんだよ。ぼやーっとしててどうすんの」

「別にぼやーっとは」

「あんたは同い年なんだからさ、今日も行くんでしょ? お姫様も嫁入り前にこんなことになっちゃって、色々思うこともおありでしょうよ。行ったら聞いて差し上げなさいよっ!」

「えー! そんなフランクな……」

「えー! サトコさん、姫様に会うんですか? 僕も! 行き! たい!」

「だーめっ、コジマは店番!」

「ぶー」

「ぶーじゃないっ!」


 話を聞け、って母は言うけれど。

 昨日会った限りの印象では、子どもになってしまった本人はちっともそのことを気にしていない御様子だ。

 むしろ、ちょっと楽しんでるくらいに見える。

 子どもになっちゃったら結婚できないじゃない、って母は言うけど、もしかしたらお姫様は──


「お嫁に行きたくないんじゃないかなあ……」


 すると母とコジマくんが同時にあたしを見た。

 えっ、みたいな顔をして。


「……なんでそう思うんです?」

「だって……だってさ、元気だったもんコズサ姫。ぜんぜん堪えてないですって感じで」


 ふむ、と母は足を組んで珈琲を啜る。


「昨日の兵隊さん……レオニさんに聞いたんだけどさ、姫君のご結婚を快く思わない向きもあるんだって。

 だからアルゴさんもぴりぴりしてるんだって」

「誰、アルゴさんて」

「わー僕あの人苦手なんですよねえ、近衛士の隊長さんでしょ? いっつもこわーい感じで姫様に張り付いてる」

「サトコを斬ろうとしたって奴かッ」

「えー! そんなことあったんですか!?」

「……うん、あったんだけど。ちょっと聞いてよ」


 コジマくんは膝をそろえてこちらを向き、母はもう一度珈琲を啜った。

 時計をチラッと見ると、まだ六時半。開店まではもう少し余裕がある。

 昨日のレオニさんの話を思い出しつつ、あたしはカフェオレで喉をうるおした。


「だってさ、せっかく結婚するのにそれを良く思わない人がいるんだよ。しかも政略結婚でしょきっと。お姫様自身が乗り気じゃないなら、子どもになっちゃって万々歳なんじゃない?

 ……って思うんだけど」


 ふん、と母がひとつ鼻をならす。同意でも否定でもなく「なるほど」くらいの意味だろう。

 はっきりとしたリアクションは、コジマくんの方から返ってきた。


「ちょっとサトコさん。だめですよ、コズサ姫にそんなこと言ったら」

「なんで?」

「姫様は天下泰平のためにご結婚なさるんですから。長く続いた戦が終わったといっても、いつまた戦乱の世に逆戻りするかわかりません。それを終わらせるための縁組なんです。西の大王(おおきみ)とエードの絆を盤石にするために、コズサ姫はお嫁に行かれるんです」


 レオニさんに聞いた話をコジマくんは繰り返す。

 こうして真面目な顔をしてると、すごくマトモに見えてくるから不思議だ。

 袖から鳩出してた子と同一人物とは思えない。


「エードが西の大王(おおきみ)としっかり絆を作ること、これが必要なんです。

 姫様がお嫁に行かないなんてことになったら、各地の王がまた戦を仕掛けてきます。西の大王とのつながりがなければ、エードは他の王を下しただけの、ただの王ですから。

 だめですよサトコさん。姫様のお気持ちを乱すようなこと、言ったら絶対だめですからね」


 あんまり真剣なので、あたしは勢いに押されて「うん」と頷いた。約束ですからね、とコジマくんが念を押す。

 ふん、とまたしても鼻を鳴らすと、母は珈琲から口を離して一つ訊ねた。


「そんなにすごいもんなの? 西の大王(おおきみ)ってのは」

「もちろん! 西の大王のご先祖はね、天の龍だと言われてるんです」

「龍?」

「この龍の(しま)を造った龍神の一柱です。本当かどうかはわかりませんけれどね、伝説ですから。ただ凄いのはですね、西の大王の御血統は千年以上、一度たりとも途切れたことが無いんです。千年以上の家系図が残っているなんて、どこの王家にも無いことですよ。

 王の中の王たるゆえんです。他の王家は下剋上を繰り返してますからね、歴史なんて浅いもんです。エードだってそうです。戦に勝ちはしましたけど、西の大王から領土をお預かりして統治しているだけにすぎないんです」

「……ねえサトコ、私は大河ドラマの解説聞いてるみたいな気分だよ」


 ほんとほんと、そんな感じ。

 戦乱の世とか、下剋上とか、神の子孫の“王の中の王”とか。

 まあでも、日本に限らずヨーロッパ世界でも『神から権力を授かった』とか『もっと偉い誰かから預かった土地を統治する』とかいう考え方はあった……ような気がする。

 うーん、うろ覚え。

 やっぱり受験を経験しなかったせいか、あやふやだ。こればっかりはしかたない、知識は卒業証書のお礼に学校にお返ししてきたのだ。


「ですから、エードの姫が子どもになっちゃって西の大王に嫁げない──なんて他国に知られてはいけないんです。エードと西の大王(おおきみ)に姻戚関係ができることは、諸国の王にとっちゃ受け入れがたいことですからね。こんなことが知れたら、ここぞとばかりに攻め込まれちゃいます。西の大王の権威があればこその平和ですから」

「へえー」

「それを誰よりもよくわかってらっしゃるのが、コズサ姫です。

 ご自身の役割をしっかりわかっていらっしゃる。姫様はとても聡い御方です。ご自身の幸せと民草の幸せを天秤にかけて、戦に翻弄されない民草の幸せを取れる御方なんです。

 やっぱね、何が素晴らしいってそういうところですよ! お綺麗なだけじゃなく、上に立つ者としての資質っていうんですか? 覚悟っていうんですか? それがほんとかっこいいし頭が下がるし、ほんとにほんとに僕大好きで……」

「ふうーん」

「それにですね、コズサ姫は姫君でありながら庶民的な感覚もお持ちでしてね、例えばこのエプロンですよ。これはもともと先代の上様が姫様にプレゼントなさったものなんですけど、ほとんどお使いにならないのを『箪笥の肥やしにするのは勿体ない』と仰って僕にお下がり」

「わかったわかった。ほら、そろそろ店を開ける時間だよ!」

「あっはーい」


 時計を見ると、針は七時を指そうとしていた。

 母は焼きあがったパンをトレイに並べ、コジマくんは食器のお片付け。

 マーロウさんは魔法で片付けてたよ、というと「昨日店長に怒られて、厨房では魔法禁止なんです」と舌をぺろりと出した。

 はあー、あたしがもうちょっと歴史に詳しかったらなあ。

 もしかしたらかつての日本にも、コズサ姫と似た境遇のお姫様がいたかもしれない──きっと、子どもの姿にはならなかっただろうけど。

 だって日本は魔法の世界じゃないんだから。


 コジマくんがガラガラとシャッターを開け、ブーランジェリー松尾は今日も開店。

 あたしも午後の焼き上げに向けて、次の作業開始。

 仮にお国の一大事だとしても、結局、パン屋はパン屋をやるしかないのである。




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