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100:サトコ救出大作戦 二

 金色の龍の背の上で、小さな人影が声を上げた。


「左目じゃ!」


 凛と響いた声に合わせてファタルの龍が大きく回りこむ。


「サトコどのは鬼の左目の裏側じゃ、ぴかぴか光るあのあたり!」


 ヒビだらけの(スクリーン)にかじりつき、あたしは感動に打ち震えていた。

 みんながいる。ファタルの龍の背に乗って。

 紫色のとんがり帽子はコジマくん。杖を両手に目を閉じて、その唇はなにかを唱えている。

 その後ろにはコズサ姫。龍のたてがみをぎゅっと掴んで、飛ばされないように身を低くして、大きな瞳でこちらを見据えて。

 なんと驚いたことに隣に控えるのはアルゴさんだ。体を動かすのもやっとのはずなのに。


「そこにおられるか、サトコどの!」


 だけど思った以上に張りのあるその声に、あたしはホッとしながら全身で叫び返した。


「います! いますーーー!!」

「もう少しの辛抱だ! レオニがそちらに向かったぞ!」


 ──荒ぶる御魂よ 聞し召せ──


 風の唸る音に、飛び交う声に、コジマくんの呪文が混じる。同時にどこからか「サトコさぁぁーーん!!」と絶叫が聞こえた。

 あああ、嬉しい。どうしよう。

 レオニさんがあたしを呼んでいる。あたしを助けに来てくれる。確認したい。姿が見たい!


 ──魔法使いマーロウの弟子 名はコジマ 怒れる御魂よ聞し召せ──


 レオニさん、ここです。ここに居ます。

 あたしは外に向かって叫ぼうとした。瓦礫の亀裂に手をかけて、そこを崩して叫ぼうとした。

 だけど身動きできない。

 声が出ない。

 サーチライトに射抜かれて、ぎらつく目玉に睨まれて、眩しさに顔をそむけながら薄目を開く。


『腹立たしやなあ、人の子よ』


 吐き捨てたのは、真っ黒な鬼。


『楔はおまえの味方ばかりじゃ。呪詛のかけ方を間違うたか』


 ──汝飲み込みし小さきもの 姓は松尾 名はサトコ──


「あ……あんたの呪いなんかなくたって、レオニさんは来てくれるわよっ」

『そうして何もかもを手にせんとてか……腹立たしやなあ、人の子よ』


 カチンときて、あたしは鬼を睨みつけた。


「な……なによそれ、どーゆー意味よっ。何でもかんでも手に入れようとか、そんなの考えたこともないですけどっ!」


 ──小さきもの ひとの娘 異界より参りしパン屋の子──


『考えたこともない……ほ、ほ、ほ、まっこと幸せな言いざまよ。

 考えるまでもなく、手にしてきたのであろうが。

 思うたことを思うたとおりに為したとて、誰ぞに責められるわけでもない、何かを失うわけでもない、それが当たり前じゃと思うておる! 腹立たしやッ!』


 ──返したまえ 吐き出したまえ 戻りたまえ 還りたまえ──


『おまえもそうじゃ。あの姫もそうじゃ。おまえには楔、姫には守役、命があり、明日があり、親があり、友がある。“そういうもの”だと思い込み生きておる! 腹立たしやッ!!』

「そ……そんなこと言われたって、どうしてそれが」

『充分以上を手にするならば、それ相応に失うのではないのか。帳尻が合うようにできているのではないのか。ここも、あちら側も、人も、獣も、何もかも!』


 ──鎮まりたまえ 鎮まりたまえ 疾く疾く天へと還らせたまえ──


『因果とはそういうものではないのか人の子よ。たった一夜と引き換えに、吾子がすべてを失うたのも!』

「待って、待ってよ! あんた、何を……言っているの?」


 ぎらつく鬼の眼があたしを睨む。

 瓦礫の隙間から吹きこむ風がヒュウヒュウと唸りを上げる。コジマくんは呪文を唱え終わったのだろうか、その声は聞こえない。


「あの子が死んだのは因果応報って……あんた、そう言うの?」


 金色の目玉に睨まれながら、あたしは問い質した。


「仕方なかったみたいな、そんな言い方……なんで、どうしてそんなこと言うのよ、あんたの娘でしょ。

 ぜんぶ手放しても構わないなんて、あの子思ってなかったわよ。生きて行こうとしてたに決まってるじゃない……!」


 それを一番わかってたのは──(ととさま)、あんたでしょうに。


「一度だけ思い出ができたらそれで終わりにしようって……西の大王とのことは誰にも言わずに過ごそうって」

『……大王め、あの小僧めが』

「心の中にしまって、ずっと生きて行こうって」

『あの小僧めが吾子を誑かしたのよ』

「誑かされたとか……そんなんじゃなくって、あの子はきっと」

『あの小僧めが吾が娘を!』

「サトコさぁーんっ、聞こえますー!?」


 鬼の怒声と妙にマイペースな呼び声が、あたしの耳を同時に打った。

 コジマくんだ。

 ど、どっちに答えよう──鬼を宥める? それとも味方に返事する?


『あの小僧めが!!』


 一瞬迷う側で鬼が叫んだ。鼓膜がビリリと震え、あたしは身をすくめる。


『あな憎らしや、憎らしや……あの小僧めがすべての大もとじゃ!』

「あのね! もうすぐレオニさんがそっち着きますから! そしたらすぐに飛び降りて!」

『つまみあげ、捻り潰してくれようぞ! 吾子の苦しみ思い知らせてくれようぞ!!』

「龍が乗っけてくれるから! 鬼が瓦礫に戻る前に大急ぎで!!」

「ちょ……え、ぜんぜん聞こえないんだけど……!?」


 あたしは聖徳太子じゃないのだ、一度に一人の言葉しか聞き取れない。

 足並みそろえて喋るのは、ちょっと勘弁してくれないと──


「ですからーっ、瓦礫の鬼はもうすぐ崩れるんです! お師匠様とそのお兄さんがいるんです、そいつはこれ以上進めません!!」


 西の都(すぐちかく)にハーロウさんが──あたしは小さく息を飲んだ。


『ハーロウ……あやつ、来よったか。今更なにを』


 血を吐くように鬼が呻く。

 そうよね。今さらよね。

 もっと早く来てくれたらよかったのにって、あたしも思う。

 だけどあのとき「出ていけ」と叫んだのは、奪うように赤ん坊を抱いたのは、あんたでしょうが……


『ハーロウ、あやつわかっておりながら。あやつが御所におれば、大王と吾が娘の間に間違いなど起こらなんだものを!』

「ねえ……でもそれって逆恨み」

「はぁ!? 大王が誰となに間違えたって? ちょっとサトコさんそこ誰かいるんですー!?」


 うわー声が!

 声が大きい!!

 慌てて(スクリーン)に目をやれば、思った通りだ。

 魔法使いの弟子の後ろで、エードの姫が表情をこわばらせる。「なにごとじゃ」と不安げに振り返り、顔を見合わせたその守役にいたっては……だめだ。恐ろしくて確認できない。


『ハーロウ、あの老いぼれが! あやつが吾が娘を見殺しにしたのだ!』

「あーっそっか! サトコさんさっきの鬼と一緒にいるんですねっ! 大丈夫!? なんか嫌なことされてない!?」

『この恨み晴らさでおくべきか。必ずや! 必ずや! 必ずやこの手で息の根を』

「まーもしされててもセフセフです! 瓦礫が崩れればその荒御魂も天へと還ります! 天の龍の和御魂と一緒に、きちんとお祀りすればこれ以上の祟りは」

『止めてくりょうぞ! 苦しみ抜いて死に晒せ!!』


 何がどうしてこうなったのか、姫様は何も知らない──知るわけない。

 鬼の抱えた恨みの中身なんて何一つわからない。

 わからないまま襲われて、散々な目に遭って、その鬼の怒りの矛先は西の大王(許嫁)とハーロウさんに向いていて──その理由だってまったくサッパリわからないわけで。


「え、待って……ちょっと待ってよ。それならあんた、どうしてコズサ姫にこだわってたの?」


 違和感を口にすると、鬼が一瞬動きを止めた。


「に、西の大王が憎いのは当然だし、ハーロウさんに文句言いたいのもわかるけど……えーと、でもほら、コズサ姫は関係なくない?」


 般若の面がこちらを向き、その迫力に「ウッ」と息が詰まる。

 ぎらり、ぎらり。

 石でできた金色の目玉に照らされる。


「だからえーっと……う、恨みを晴らしたいんなら、姫様にちょっかい出してないでサッサとこっち来りゃよかったのに……って、あたしはそう思うんだけど」


 引いちゃダメ──がんばれサトコ、押し負けるな。

 こうしてる間にも巨大瓦礫鬼の体当たりは続いている。もしかしたら本当に突破してしまうかもしれない。

 もういちど「なんでなの」って訊ねなきゃ。

 時間稼ぎにしかならないだろうし、それだって効果のほどは疑問だけれど──黙ってたって本当の“祟り神”ができあがるだけなんだから。


「お、お、おじいちゃんたちの鬼退治のことで何か言われるんなら、まだわかるわよ。でもあたしたちとあの子のことは、何の関係もないじゃない。

 なのにどうして無関係の姫様に手ぇ出すの? それであんたにどんな得があるの?……あんた、本当は何がしたくて」



 ──ふにゃあ、ふにゃあ、ふにゃあ──



 何か聞こえた。


 小さな生きものが泣いてる声。刹那、背筋にぶるっと震えが走り──


 時が止まったように喧騒が止んだ。




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