第9話 声ひとつあがらない町
第9話 声ひとつあがらない町
「ここは……」
目を覚ました。
重たい瞼を持ち上げた先にあったのは、空だった。
しかし、視界に映るのはそれだけではなく、薄い灰色の何かも一緒だった。
何かと頭が判断する前に、聞こえた声。
ひどくひさしぶりに感じた。
旅を供にする、魔女の声。
「やっと起きましたか」
今日の朝と同じ言葉を言った。
勇者は起き上がろうと体に命令するも、言うことを聞いてくれなかった。
うめき声があがる。
それに反応し、魔女が泣きそうな顔で声をあげる。
「横になっててください!」
大きく張り上げた声。
その言葉に驚き、あっけにとられる。
「聞いてください、勇者」
怒ったようにも聞こえる声。
勇者がとまどいつつも、動く首をひとつ上下させた。
「体に大きな負担がかかっています。それを完全に治癒させるのに、時間がかかっています。それまで絶対に安静にしてなさい!」
「は、はい」
魔女の迫力に、素直に従う勇者。
肩の力を抜き、天井をみつめる。
「どこだここ」
「あなたが倒れていたところからすぐです。意識の落ちた成人男性を、負担が掛からないように背負い、崩れていない場所まで運ぶほどの力は持ち合わせていませんから」
「そ、そうか。悪かったな。大変だったよな」
「……」
「どうした? 黙って」
「なぜこんな無茶を?」
「え?」
「目立つような傷はまったくありません。なのに、どうしてこんなにも……」
「あ、あ……。たぶん……あれかな? あれのせいだろうな」
思い出すように、勇者は言葉をつなげる。
「剣から光が出たんだ。魔法は使えないはずなのに……。信じる?」
「信じます。遠くからですが、この目で見ましたから。…………そうですか、あなたの……」
「ああ。なんか正気なくして、いくら相手が悪だとしても、結構むごいやり方で息の根を止めてた」
「自分の身を守るためです」
「でも、でもだよ? あんな姿、全然勇者らしくないよ。悪と何にも変わらない……」
「殺す事に勇者らしいも、らしくないもありませんよ」
「……そうだな」
「あるのは、心だけ」
勇者がその言葉で、天井から魔女の顔を見る。
とても、泣きそうな顔をしていた。
「心だけ。正義に満ち溢れた心か、悪に支配された心か。守るべきものができたときの強き心か、己のためだけに動く心か……。いろんな心がありますよ」
「……」
「あなたはなんのために、剣を振るいましたか?」
「わからない。ぶち切れて、その後はもうあんまし覚えてない」
「暴走する力は、凶器以外の何物でもないよ」
「わかってる」
「守るべきものができたとき、その人すら巻き込みますよ」
「ああ」
「次は、気をつけてください」
「ああ」
「……。まだ痛みはひきませんか? ……正直に答えてくださいね」
「体中が痛い……これでいいか?」
はなまる、と笑いながら言った。
可憐な笑顔を見せ勇者の頬を触れた。
とても冷たく、優しい手だった。
魔女がぽつり。
「ごめんね。私があの場にいても役立たずだったろうけど、治癒すら役にたたずだね。ごめんね。もっと私が――」
涙を流すことはなかった。
それでも、必死にこらえてる姿が勇者の目にうつった。
ぼろぼろの右腕とは違い、まだマシな左腕。
それでも、動かすことは苦以外の何物でもないだろう。
だが、勇者はそんな痛みを微塵も感じさせず、笑った。
ゆっくりと持ち上げられた左腕は、魔女の方へと。
左手が魔女の頬にふれた。
魔女が眉をひそめ、その手をとる。
「謝らなくていい。むしろ俺が謝らないと。置いていってごめん。心配かけてごめん。無理させてごめん。本当にごめん」
魔女が首をふる。
「ごめんね。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
勇者が、優しくほほえんだ。
そして、目をつぶった。
左腕が、力を失ったように下がる。
魔女の顔が一瞬強張るも、遅れて聞こえた寝息に、息をはいた。
「早く悪を倒さないと――」
勇者の口から出た言葉。
魔女は、握った左手をそっとベッドの脇にもどした。