第6話 盗賊よ再び
第6話 盗賊よ再び
茜色の空が藍色に変わろうとし始めた頃には、町に着いていた。
宿にまで乗せてってもらい、礼とともに別れた。
紹介してもらった宿はとても立派なところで、タダ同然のお金で泊まれることになった。
サービスで夕飯もつき、目の前に広がる、輝くようなごちそうを2人で楽しそうにたいらげていく。
皿をさげてもらい、休憩する2人。
勇者は満足そうに笑った。
「よかったな。おかげで早く着けた」
魔女がそうだね、と言いながらほほえむ。
「それより、剣の手入れは? いくら当てただけでも」
「そうだね」
そう言って、鞄から取り出した布で磨きはじめる。
「今何時だろう?」
魔女がそんなことを言ったとき、声もなくいきなり扉が音を立てて開いた。
2人が驚いた表情でそちらに目をやる。
そこには、ミアがいた。
「……同部屋ですか」
小さな声でミアがつぶやいた。
それは魔女しか聞こえなかったらしく、勇者は何? と聞き返した。
「なんでもないです!」
と、赤くなりながら首を左右に振るミア。
壁にもたれる形で座っていた魔女が、ミアを無表情で一言。
「声もかけず、いきなり戸を開けるのは失礼ですよ」
正論を口に出され、言葉につまるミア。
魔女の棘のあるように聞こえる言葉に、少々首を傾ける勇者。
勇者は、優しそうな笑みで尋ねる。
「何かな? こんな遅くに」
「え? あ、その……。すみません、いきなり……。どうしても言いたいことがあって」
どもりつつも、言葉を続ける。
決して顔を下げないミアの真剣な表情に、少し勇者も面をくらう。
「あの……私たちと一緒に旅をしましょう!」
その言葉に、出かけた勇者の声をさげぎるかのように、魔女がやや大きな声で重ねる。
「残念ですが、我々には目的あります。昼の時、あなたたちご家族のお言葉でうやむやにしましたが、はっきり言います」
息を呑むような迫力で声をあげる魔女。
勇者は魔女の態度に眉をひそめる。
魔女は一言。
「お断りさせていただきます」
ミアの悔しそうな顔。
しかし、そこで折れない彼女。
「私たちと一緒にいろんな国をまわればいいです。そしたら、歩き旅なんてしなくていいです。そ、それに、た、楽しいです。お金は食べ物代……いえ、お望みなら少ないですが払います! あの……」
「お断りです」
「あなたじゃなくて!」
「私は勇者と一緒に旅をする者です。口を挟む権利があります」
「えーと、お2人さん? もう少し声の大きさをだな……」
「勇者様! 歩き旅なんて疲れるでしょう? ね? 一緒に……」
「だから、我々にも――」
「ごめん。俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ」
今度は、勇者が魔女の言葉に重ねる。
勇者の言葉に、ミアの表情ががらりと変わる。
「でも、歩き旅じゃ大変で……」
「うん。でも、あなたたちご家族を巻き込むわけにはいかない。ごめん」
無言。
それをやぶるかのように、魔女が声をあげた。
「もう暗いですし、ミアさんを送ってきます」
「え、ああ。でも魔女も女だし」
「何度も言うけど、私は強いから。それにここは外じゃなくて、町だよ」
「そ、そうか。本当に大丈夫か?」
「うん」
そんな2人のやりとりを、悔しそうな表情でミアは見ていた。
この部屋から出るとき、ミアが勇者に頭をさげた。
「無理を言って困らせてごめんなさい」
そんな彼女にほほえみながら、
「いいよ、それに俺も気が利いた言葉をいえなくてごめんね。……おやすみ。ミアのお父さんとお母さんに、こんな素敵なところを紹介してくれてありがとう、と伝えてくれ」
笑顔でうなずくミア。
魔女が行ってくる、と片手をあげた。
勇者もそれに片手をあげた。
それをまた、ミアは見ていた。
「なんで同部屋なんですか?」
「資金の節約」
「安いんですから分けても問題ないかと」
「国のお金なんです。あんまり贅沢はしたくありません」
「……付き合ってるんですか?」
「違うよ」
「好きなんですか?」
「違うよ」
「なんで邪魔をするんですか?」
「それは言いがかりです。勇者も言ったでしょう? やることがあるって」
「だから、私たちと……」
「巻き込めない、と勇者は言ったと思いますが」
「一緒に旅をするのに、なんで巻き込むとか……」
「事情があるんです」
「なんですか」
「機密です」
「……勇者とはいつ?」
「6日前に会いました」
「まだそんなけしか経っていないのに、なんであんなに仲が良さそうなんですか!」
「一緒に旅をしているから、ですかね」
「…………。本当に魔女さんは勇者様のこと好きではないんですね?」
「そうだよ」
「本当ですね?」
「本当」
「私、勇者様のことが好きです」
「見てればわかります。なぜ勇者は気付かないのか分かりませんが。絵本と同じですね」
「気付いていたのなら、協力してくれても!」
「協力?」
「た、たとえば、今隣にいるのが魔女さんではなくて勇者様だったら、私はとってもとっても、とーっても幸せでした」
「そうですか。気が利かなくて悪かったですね」
「本当です」
「……道、どっちです?」
「ここでいいです」
「だめです。きちんと送り届けなければ勇者も心配します。いいのですか?」
「う……。右です」
「素直でよろしい」
「着きました。ありがとうございました。おやすみなさい」
「部屋まで送る」
「え、いいです!」
「だめです」
「……」
「ハ、ハクション!」
でかいくしゃみをする勇者。
風邪引いてないよな……とつぶやく。
「なんで魔女、あんな言い方。でも、ああいう場合は仕方ないのか。それになんで旅の目的を隠したんだ?」
うなり声をあげ考える勇者。
答えであろうものを見つける。
「そうか。不安にさせちゃいけないもんな。王都以外じゃ広まっていないし。たぶん、伝わってるのは警察と騎士団だけ。いや、警察すら伝わってないかもしれないな」
ぶつぶつとつぶやく。
その時、勇者の頭にびりっと電気が走るような感覚に襲われる。
殺気。
経験から、感じたそれ。
深呼吸をひとつ。
床に置いた、まったく磨き終わってない剣に触れる。
鞘を腰からはずし、剣をしまう。
だいぶ距離があるのを感じ、早足で逆にその者たちに近づく。
廊下。
その隅に人の塊をみつける。
そのなかの1人は鍛え上げられた体を持ち、普通の人間だったらそれだけで恐怖に陥れるような図体をしていた。
相手。
それは、昼間の盗賊たちだった。
最初から緊張などしておらず、鞘に入れたまま剣を持つ。
が、その手をとめた。
盗賊たちは、勇者が近くにいることにまったく気付かない。
ひそひそというか、隠す気のないしゃべり声が廊下に響く。
「どうだ? あいつらが泊まった部屋」
「兄貴、かたっぱしから見てけば」
「馬鹿野郎! そしたら気付かれるかもしれないだろう!」
「すいやせん!」
すでに気付かれてるのも知らず、だらだらと会話は続く。
勇者は、ため息をついた。
剣を見つめ、心の中で君の登場はないよ、と言った。
「兄貴! 女と一緒みたいっす」
「まじかそれ。うらやましすぎる!!!」
「くそ、殺す。絶対殺す」
「八つ裂き決定」
「イエエエーイ」
頭が痛くなってきた勇者。
本当に風邪だろうか、と遠い目でつぶやいた。
「あの男殺す。女見つけたらどうする?」
「どうしよっか」
「へー、どうすんの?」
凍った声。
しかし、混ざった声に盗賊たちは素直に答える。
「そりゃ、一緒に遊ぶ外ありえないっすよ」
「盛り上がってキター」
「イエエエエーイ」
「ふーん」
ひとつだけ、空気の読めてない声にさすがに気付いた盗賊たち。
そして、それは自分たちの後ろから聞こえることに気付く。
振り返る。
そこにいたのは、怖い笑顔を振りまくあの男だった。
「ぎゃー」
いきなり相手がどろんと出てきたことにより、心の準備のできてない盗賊は、図体に似合わない声をあげ、可愛そうになってくる姿をさらして逃げ出す。
しかし、逃げ切る前に、勇者が優美なすばやい動きで盗賊の前へと出る。
またもあがる情けない声。
幸いにも、この階に止まっている客は勇者たちだけのようで、扉が開くことはなかった。
「盗賊から足を洗え」
「う、うるせい! 盗賊の何が悪い!」
「人から物を盗むんだ、悪い以外の何ものでもない。素直に聞かないと……」
鋭い顔を盗賊たちに見せつけ、ひつのまにか腰につけた鞘から銀に輝く剣を抜く。
盗賊全員の顔色がまたも変わる。
「おまえらも、命は惜しいだろ?」
「は、はい。す、すみませんでした! もうしません。な? おまえら」
「え? ええ。そうっす。しません。絶対!」
「絶対だな?」
「はい!」
「そうか。実は俺はよく旅をするんだ。もし今度お前たちが悪さしているのを見かけたら……」
盗賊たちがごくりと息をのんだ。
「容赦はしない。……肉塊にはなりたくないよな。あ?」
盗賊たちは、その言葉で逃げるように去っていった。
勇者はその後姿をみて、またためいきをついた。
「なんで、みんな平和に生きようとしないんだよ」
剣を振るい、そしてたくさんの血を見てきた勇者がぽつり言った。
1人1人事情があるのは知っている。
勇者だって、殺した人間はいる。
決してお綺麗に生きているわけではない。
それでも、勇者は理解できなかった。
あのあと、ずいぶん経ってから魔女が帰ってきた。
「心配したよ!!」
「遠かったのもあるけど……その。恥ずかしながら道を間違えまして……」
魔女が勇者の心配顔に、申し訳なさそうに謝った。
「まあ、よかった。なにかあったかと思った」
胸をなでおろす勇者。
「寝よう。もう遅い。明日も朝に出発するんだろ?」
「ええ」
暖かい布団で、今日は眠りについた。
魔女は、ミアの最後の言葉を何度も頭の中でめぐらせていた。
ミアの泊まるところは、お店と部屋が合体した建物。
皆さんも宿じゃなくてこっちに泊まればいいのに、と親の意図を読めずにいたミアがぽつり。
そんなミアに心の中で、ためいきをついた。
そして、さようならと言葉をかわし、扉が閉まるまでのわずか数秒に聞こえた言葉。
魔女は、何度も否定してたが、それは眠りにつくまで頭に残り続けた。
6日目の朝。
出発しよう宿から出ようとしたとき、あることに気付く。
「買い物していない……」
「そういえばそうだね」
本来なら、昨日の夕飯を食べ、少し休憩してから買い物をするはずだった。
しかし、ミアの一件。
そして、魔女が道を間違え帰るのが遅くなり、買い物する時間が失った。
「私のせいだね。ごめん」
「いや、違うから。謝らない! 行こう。すぐにすませて出発すればいいだけだし」
そう言って、2人は次の町の方角に向かいつつ、その間に買い物をすることになった。
朝だと言うのに、町の中は良く言って賑やか。悪く言って騒がしかった。
次々と、安く日持ちするものを買っていく。
時には、無料で味見をさせてくれる店もあった。
日持ちするのを聞いて、買った。安くもしてくれた。
「なかなか楽しい町だね」
「うん。夜とは大違い」
「ここ通ったんだ」
「うん。さすがに夜は静かだった」
「だよな」
笑いあう2人。
それを悲しそうな、そして悔しそうな表情で見てしまったミア。
朝の準備を手伝っていたとき、偶然にも勇者を見かけ、驚きと花が咲くような笑顔の表情は、すぐに塗りつぶされた。
しかし、めげない。
「ごめん、お父さん。勇者様を見つけたの。あいさつしてくる!」
「え、ああ。行っておいで」
父親の言葉を背中で受け止め、走り出す。
「勇者様!」
その声は勇者にも、そして魔女にも届いた。
「おはようございます。」
「え、あれ。ミア! おはよう」
「おはようございます。ミアさん」
あいさつをかわす3人。
ミアは魔女はまるで視界に入っていないとでも言うかのように、勇者に顔をむける。
魔女は、ミアの態度に腹は立てなかった。
「もう行ってしまうのですか?」
「え、ああ。でも買い物してからね」
「じゃあ、私たちのところで何か買いませんか? お安くします!」
「んー。食料しか買わないんだ。物は申し訳ないけど、荷物になるから」
「そ、そうですか」
「ごめんね。……お仕事がんばって」
笑顔を無駄に振りまく勇者。
それにミアも笑顔になる。
魔女は無表情ではないが、ただそれを見ていた。
「じゃあね」
「あ、はい。また会えるといいですね!」
「ああ」
さわやかな笑顔で、手を振りながらミアと別れた。
魔女は、笑顔で歩く勇者の隣に置いていかれない様、ただついているだけだった。
「また会えるといいですね」
「そうだな」
何か考えて口にした魔女と、まったく考えずに返した勇者。
「次も、のじゅくがつづくと思います」
「ずいぶん進んだんだけどな」
「半分ぐらいですよ」
「本当か?」
「ええ」
「そうか……。半分か」
そのつぶやきに重なるように、悲鳴があがった。
2人の顔色が変わった。
悲鳴でも、誰の声か分かってしまった。
一度聞いたことのある悲鳴。
「ミア!」
悲鳴が聞こえた方へと2人は動いた。
人々が今の悲鳴はなんだと足を止め振り向く中、ものすごい速さで走る2人。
そんな2人の横から、聞き覚えの声が飛び込む。
ミアの父親の声。
足に急ブレーキをかけ、前のめりになりつつも足をとめる。
父親が青い顔をして何かをにぎりしめていた。
勇者は父親からそれをうけとる。
そこには汚い字で、
【女を預かった。返して欲しければ、勇者にでも頼むんだな!】
と、書かれていた。
「誰が……」
魔女の声に勇者が頭に浮かんだやつらを口にした。
「昨日の盗賊たちだ」
「報復!?」
「だろうな。実は言ってなかったけど、昨日の夜にも来たんだ。その時は追い返して、足を洗うように、脅す感じで終わらせたんだけど……」
「こんなこと聞くのはあれだけど……、殺すの?」
「……」
「そう。……わかった。行こう」
「行こうって、どこに? どこにも場所が書かれていないから動きようが……」
「悲鳴が聞こえてから、あんまり経っていないよ。あの声の大きさからだと、近くだから見てる人がいる。ゆっくりするだけ、探すのが難しくなる」
「そうだな」
「ミアのお父さん、我々が必ず助けます。ご安心を」
「あ、ああ。どうか……どうかよろしくおねがいします」
力強くうなずく2人。
悲鳴が聞こえたほうへとまた走り出す。
「くそ、どこだ!」
走りながら、そんなことをはき捨てる。
「あの、このへんで馬を貸しているところはありませんか?」
魔女が小物を売っていた若い女性に尋ねる。
「馬? それならずっと向こうに行ったら、でかい看板があるからすぐわかると思うけど」
「ありがとうございます」
勇者! と叫ぶ魔女。
今の会話を聞いていた勇者が何も言わず、わかったと縦に首をふり返事をした。
若い女性の言うとおり、でかく目立つ看板がそこにはあった。
急いでその店へと入った。
しかし、馬は一頭もいなかった。
「え! そんな……」
勇者が驚く。
店のご主人は、絶望しかない表情で言った。
「すまんな、昨日盗難にあっちまって……。すぐに返すと言われたが今日になっても返ってこない……。ごめんな、兄さんたち。ああ、馬がないと店を閉めるしか……」
「ほ、ほかに、馬を貸しているところは?」
ご主人が首をふる。
勇者がすみませんと雑に頭をさげ、店から出ようとする。
「もしかして、馬具はすべて表の看板と同じマークの刺繍がされていますか?」
「おい、魔女! それより……」
「ああ、そうだ。それがどうかしたかね」
「ありがとうございます。もしかしたら、今日帰ってくるかもしれませんよ」
ご主人が魔女の言葉に困惑しながら首を傾ける。
勇者がぽつんと立ち続ける魔女の手をとる。
「いくぞ。……すみませんお騒がせして」
店から出る。
どこに行ったのかわからない。
走り回るしかないと勇者の中で決めたとき、魔女が通行人に話しかける。
「馬の嘶きをききませんでしたか?」
勇者はその質問の意図がさっぱりわからず、どなり声をあげる。
しかし、魔女はそちらへと向かず、通行人の答えを待った。
「え? ……そうだね。今日だろ? さっき聞こえたような気がするんだけどね。気のせいかもしれないし……」
「それ、どっちから聞こえましたか?」
「もっと向こうの……、廃墟の建物が並ぶほうからかな。あっちは静かだから、音が聞こえるのが不思議だなーと思ってね」
「ありがとうございます! 助かりました」
今度は魔女が、勇者の手をひっぱり走り出す。
転びそうになりつつも、体勢を整え一緒に走り出す。
「おい、まさか盗賊たちがあの馬を……」
「盗賊やるような人たちが、貸し馬に高い料金を支払うわけないでしょ」
まだ廃墟が並ぶ通りは見えない。
しかし、2人の耳には小さいながらも馬の嘶きが聞こえた。
馬貸しが他にないのに馬の嘶きが聞こえるわけがない。
確信というものが2人の胸に広がった。
ずいぶんと進むにつれ、人が少なくなってくる。
大通りの賑やかさはなく、本当に静かであった。
「ほんとでかい町だな」
「うん。それにしても、ミアさんを誘拐するなんて……」
「……できるだけ、綺麗に事を済ますよ」
「お願いしますよ!」
「ああ」
魔女の言葉に、勇者は小さくうなずく。
魔女はちいさくぽつりと疑問を口にした。
「なんで廃墟が一箇所に集まってるんだろう……。それよりも廃墟なんて……」
ずいぶんと進んだ。
人気はまるでない。
張り詰めた音が耳へと入る。
2人が囲むのは、廃墟の塊だった。
その塊はものすごい規模で、小さな町ができそうな大きさだった。
荒れたこの空間に、2人は圧倒される。
「すごいところだ」
「探すのがたいへんそう……」
「ああ、でも探さないと」
「うん。手分けしてやろう」
「それは危ないからやめよう。いくら魔女が強いって言ってもあっちは複数の男の集団だ」
「でも……」
「だめだ。もしかしたら、俺らが昨日見た以上の人間がいるかもしれない」
「わかった。立ち止まるのはやめよう。どっち行く?」
「あいつらのことを考えると、でっかい廃墟か、奥のほうにある廃墟のどちらかだと思うけど……」
「じゃあ奥にあるでっかい廃墟を探そう」
「そうだな。行こう」
走り出す。
どこを見ても廃墟の空間。
勇者の顔がさらに暗くなる。
走り続け、息切れが目立ちはじめたとき、2人の目の前に地面の色が広がった。
壁だ。
どでかい壁が存在した。
触ればしっかりとした手触りで、崩れる様子はまったくない。
横を見ても壁は続いており、ここがこの町の端だと告げていた。
「このへんの近く?」
「だろうな」
その時、ずいぶんとはっきりとした馬の嘶きがまた聞こえた。
「あれだ」
勇者が指差す。
その指の先にあった建物は、ずいぶんと立派な家城だった。
勇者と魔女が見合いうなずく。
剣を抜き、銀が2つゆれる。
2人の真剣な顔。
それを崩すかのように、ミアと盗賊は簡単に見つかった。
「ミア!」
「ミアさん」
言葉が重なる。
ミアは笑顔でゆっくりこう言った。
「勇者様、お待ちしていました」
決して誘拐された人間とは思わない表情のミア。
そのあきらかなおかしさに、勇者と魔女が首をかたむける。
「どうして魔女さんがいらっしゃるのですか?」
「どういうことですか? ミアさんは誘拐されたのでは……」
「誘拐? なんのことですか」
かみ合わない会話。
その時、ミアの後ろから叫び声。
「す、すいやせん。俺が勘違いしてそれっぽいことを書きやした! 本当すみやせん」
見覚えのある顔。
盗賊の1人だった。
しかし手には武器ひとつもっていなかった。
なにより、昨夜の殺気をまとっていなかった。
事態についていけない勇者と魔女。
剣を落としそうになり、あわてて握りなおした勇者がミアに素直に言った。
「どういうことかいまいちよくわからないんだ。よければ全部教えてくれないかな?」
「え……。その……」
「あなたのご両親が心配してます。ここで話すより、あなたのお店で話してください」
「わ、わかりました……」
ミアがうつむきながら、悲しそうな顔で言った。
廃墟をでようと、3人が入ってきたところから出ようとする。
しかし、ミアが突然止まった。
それを不思議そうに振り返り立ち止まる勇者と魔女。
ミアが、向きを変え深く頭をさげる。
「ありがとうございました」
とても大きな声で礼を言ったミア。
それに返す複数の声が聞こえた。
勇者と魔女が目を見開き驚く。
そして、また歩き出す。
今度は魔女が何かを思い出し立ち止まる。
魔女が大声をあげ言った。
「いるのでしょう? あなた方を捕らえて警察につきだすなんてことは、今後あなた方が悪さをしたときにします。あなた方は馬を、馬貸しの店からお借りしたのでしょう? こちらが謝っておきますので、馬をすべてお返しください」
魔女が言い終わった時、お店の看板と同じマークが刺繍された馬具をつけた馬たちが、奥からのっそりと出てきた。
人影がいくつか。
全員見覚えるある人間だった。
「申し訳なかった」
頭領らしき人間が、そう頭をさげた。
それに合わせ、他の人間も頭をさげた。
魔女も勇者も、何もしなかった。
「では」
魔女がすべての馬の垂れた手綱を、持った。
廃墟から出た。
水色にかぎりなく近い青が、はるか高くから3人を見下ろしていた。
3人は何もしゃべろうとしなかった。
魔女はそれを破り、2人の背中に言った。
「馬に乗りましょう。疲れますから」
自分の近くにいた馬に、なれたように乗る魔女。
「そうだな」
そう言って勇者も馬に乗った。
勇者の馬の手綱を、魔女が手放す。
「あ、あの。私、乗れなくて……」
「では、勇者と一緒に乗ってください」
「え、……え!?」
「ああ、そうだな。ほら」
勇者がミアの方へ手を差し出す。
ミアが赤い顔でその手に触れる。
勇者がその手をしっかりと握り返し、軽々とひっぱる。
勇者の前に、体を小さくしてちょこんと座るミア。
さらに赤くなった。
だが、勇者はなぜか気付かなかった。
ミアがちらりと魔女の方を見た。
魔女が不自然にそらした。
「よかった。心配したんだぞ!」
「もう、仕事どころじゃなかったのよ! 怪我してない? なにか――」
「うん。大丈夫。心配かけてごめん。えっと、私、勇者様と魔女さんとお話があるから……」
「い、今どこにいらっしゃるんだ? お、お礼を」
「私から言っとくから、仕事して」
「だがね……」
「いいから!」
ミアが両親の元を、強引に離れ勇者と魔女がいるところへ行った。
最初は、ミアの家で話し合うことになっていたが、ミアの願いで勇者と魔女が泊まった宿でとなった。
勇者と魔女は、馬貸しのご主人に馬を返していた。
何度も涙を流し、頭をさげるご主人の元を早々と立ち去った2人。
待ち合わせ場所にしていた十字路で、3人はまた再会した。
「行こっか」
勇者がうつむいたままのミアにそう言った。
「本当にすみませんでした。すみませんでした。すみませんでした――」
宿に着くなり、土下座同然の謝罪を繰り返すミア。
勇者があわてる。
「どうしたの急に。いいから頭あげる。謝らない!」
「本当にすみませんでした」
すみませんと繰り返し続けるミア。
しかし、真相は明かさなかった。
勇者は、ミアに本当のことを聞けなかった。
「送ってきます。明るいですけど、また何かあったらあれですから」
「そうだね。……えっと、今度は――」
「同じことを繰り返す程、私は間抜けではありません。あ、それと買い物もしてきますから、相当遅くなると思います」
そう言って、鞄をもった。
「え、じゃあ俺も……」
「勇者は疲れた体を休めてください。あなたは大事な使命があるのをお忘れですか?」
「そ、そうか……。よろしく」
「はい」
「さて、勇者にも言えない真相はなんですか?」
「……」
「安心してください。私は口がとても堅い人間です」
「……」
「……では、勝手な空想を聞いてください」
「……」
「ミアさんは、勇者様と2人っきりでお話したかったのでしょう?」
「……」
「勇者といることを、どうしても諦め切れなかった」
「…………ど、どうして」
「貴女はとてもわかりやすい人間ですから、と答えておきます。私はいろんな……、本当にいろんな人間を見てきましたから」
「いつから気付いていたの?」
「私も馬鹿ですから、廃墟で貴女の表情を見るまで気付きませんでした」
「……盗賊さんたち。いえ、元盗賊さんたちは、朝に町の中で勇者様と別れたすぐに会ったんです。謝りにきてくれたんです。一生懸命に頭を下げるあの人たちを見て、ひとつお願いしたんです。勇者を廃墟に呼び出してほしいって」
「それをどう勘違いしたのか、場所も勇者だけとも書かれていない、誘拐という形の文を残り、あなたの計画は失敗に終わった」
「はい」
「誰かに心配をかけるのは、決して褒められたことではないですよ」
「それは、誘拐文だったからです」
「確かに」
「わ、私は、勇者様と……旅がしたかった。それだけなんです」
「今日のことは、勇者には言いません。ですから、今から私が言うことは、誰にも言わないでください。誰にもです。きちんと墓場まで。できますか?」
「? 勇者様のことですか?」
「はい」
「わかりました。誰にも言いません」
「約束ですよ」
「はい」
「……勇者には使命があります。それは旅してあちこちをまわり手を差し伸べるものではありません。もちろん、今後は知りませんが。……今、旅をしている理由は、王様の命令なんです」
「え? ど、どんな」
「言えません。ですが、もうひとつ。貴女に知ってもらいたいことが……。誰にも、誰にも言いませんね?」
「はい」
「アネット」
「え?」
「私の名前です。覚えといてください。……本当は名乗らないつもりだったんですけど」
「?」
「着きました。私は買い物しなければならないので、これで」
「待って」
「すみません。遅くなりました」
「また迷子……」
「怒っていい?」
「ごめんごめん」
笑い声をあげる勇者。
それにつられ、魔女を笑う。
「荷物、俺の方に入れかえて」
「でも……」
「いいから!」
しぶしぶといった顔で鞄を下ろす。
「ずいぶん買ったな……」
「ええ。安かったのもあるけど、のじゅくがどれだけ続くかわからないから」
「そうか」
「距離から考えると、4日か5日」
「次の町はどんな町?」
「ここよりは、だいぶ小さな町。でも負けないくらい賑やかだよ。髪飾りとか小物とか……小さな物が特産物だったと記憶してる」
「へー。欲しい?」
「まさか!」
笑い声は続いた。