第5話 盗賊
第5話 盗賊
3日目の朝。
宿の女将さんに挨拶し、出発した。
優しい人で、行きがけにたくさんの果物をくれた。
勇者の心はとても軽くなっており、足取りは王の住む町を出たとき以上にしっかりとしていた。
遠くなっていく町を、背中で感じたまま足を進める。
「そんなに急いでも、疲れるだけ」
急に魔女がぽつりと言った。
勇者は、自分で気付かないうちに早足になっていたようだ。
声をかけられたことで振り向き、魔女との間が少し広がっているのをみて、ようやく気付いた。
「ごめん。早く倒さないと……って思ったら、つい無意識のうちに……」
立ち止まり、魔女との距離を縮める。
「うん。悪がなにか動きを見せる前に倒したほうがいいけど、そのまえに私たちが倒れたら、もっとだめ。ね?」
最後の首を傾ける仕草に、ドキッとする勇者。
「そ、そうだな」
そんな自分の中の感情を隠すかのように、木が生い茂る魔女とは反対方向へと顔を向けた。
魔女は勇者から視線をやや下にさげ、考えながらの言葉をあげた。
「次の町はちょっと遠いから、のじゅくが続くよ」
勇者はそうか、と言った。
綺麗な小さい湖を見つけ、暗くなってきたこともあり、今日はここで終了になった。
前の町で買った、聞いたことのない味のジャムと乾燥したパンを鞄から取り出す。
またも慣れた手つきで火をおこす。
その灯りにあたり、キラキラと光るジャム。
パンの上にちょっとのせ、味を確かめなるように口の中で租借する。
食べたことのない変わった味に驚きつつも、おいしいと魔女と言い合いながら食べた。
貰った果実のひとつを魔女と分け、食べた。
とてもすっぱく元気が沸くような、そんな味だった。
勇者は心の中で、女将さんの顔を思い出しながら、改めて礼を言った。
火を消し、またも地面に転がり瞼を閉じる2人。
4日目の朝。
湖は、顔を見せた太陽に照らされ、見事な美しさを持っていた。
魔女は、まだ小さな寝息を立てている勇者を起こさないよう、そっと動き湖に近寄る。
ひんやりと冷たい透明な水を、両手ですくい顔を洗う。
できるだけ音を立てないように静かに。
両手にのる水を見つめる。
飲んでも大丈夫かと頭でめぐり、すぐさま何かあったら良くないと飲むのを諦める。
水面を鏡に見立て、自分を見た。
「よし、髪の毛はハネてない」
映った自分に、小さくガッツポーズ。
そんな彼女の背を、暖かい日差しが照らした。
魔女は、後ろに眠る勇者を起こすか迷い、剣を磨いてからにしようと剣をぬいた。
差す光を剣が反射し、魔女の顔を歪ませた。
剣を目の前に広がる水の塊に刺す。
すぐにゆっくりひきあげ、顔を洗った布とは別の布で綺麗に、そして丁寧に磨いてゆく。
優しい風が少し吹いた。
短い髪を風に任せ、ゆらす。
音は風の音と、勇者の寝息だけ。
平穏な空気がこの場を包み込み続けた。
あの後、剣を完璧なまでに磨きあげた魔女が、まだ目を覚まさない勇者を起こした。
目をあけ、飛び起きる形で体を起こした勇者。
すでに準備された朝食を見て、ごめんとありがとうを口にする。
決して悪を倒しにいくような緊張はなく、和やかな光景が続いた。
あまり変わらない景色を、今日も見続ける形となった。
「まだまだか?」
「まだまだ」
似たような会話が、今日は特に交わされた。
さすがに言い過ぎていると自分の中で感じた勇者は、開いた口を閉じ、別の言葉を口にした。
「魔女は、怖くないのか?」
軽い気持ちで聞いた勇者。
「また弱気?」
魔女はまったく真剣でない勇者の顔を見て、少しからかうように言った。
魔女の言葉に、すぐさま反応し否定をした勇者。
クスクスと笑う魔女は、言葉を続けた。
「怖いよ」
短い言葉。
しかし勇者はそれに息をのみこんだ。
それは、たくさんの感情が含まれているのが、勇者にはわかった。
とまりそうな会話を、魔女が繋げる。
「でも、やらないと」
その言葉に勇者はまた、勇気をもらった。
そのことにわかってしまった勇者は、情けないと心の中で自分を叱った。
「勇者が倒れたら、次の手はないよ。私は見捨てていいから勝って」
そんなことできない、頭に言葉は浮かんだ。口は動いてくれなかった。
真剣な瞳をゆらす魔女の顔を見たら、口が固まってしまった。
口をあけ、困ったような表情に魔女は吹き出し、固まった勇者がそれによって解かれる。
魔女は勇者の肩を軽く叩きながら、
「私も強いよ」
自分にか、勇者にか、言い聞かすような口調で言った。
景色はほとんど変わらず、今日もまた夜がきた。
魔女の言葉で足は止まり、今日もまたのじゅくとなった。
同じ食べ物にも、何も言わずおいしそうに腹の中へと入れた。
昼を少し過ぎたときに交わした会話を、ずっと頭の中で繰り返していた勇者。
ずっとひっかかっていた。
何も言えなかった自分に。
今から何か言うのも気が引けたし、なにより自分に納得のできる言葉が見つからなかった。
ぐるぐると頭でめぐらせているうちに、いつのまにか眠った。
「……怖い、か」
5日目の朝。
今日は勇者が先に起きた。
魔女は恥ずかしそうにおはよう、と言った。
昨日とは逆の状況。
勇者が魔女の鞄から取り出したパンを魔女に手渡す。
魔女は強張った顔でそれを受け取った。
「どうした?」
魔女の表情に気付いた勇者が、自分の分を食べながら聞いた。
「え、いや、なんでもない」
魔女はあわてて首をふり、パンをかじった。
そんな魔女に首を傾げつつ、勇者は思いついたように口に食べ物を入れたまま言った。
「あのさ、魔女は荷物持ちすぎだと思うんだよ。食べ物ぐらい俺が持つから!」
そう言って、魔女の鞄から食べ物を取り出す。
あ、と声を出し、手を伸ばす魔女。
「いいから! 勇者が必要以上に疲れないように、荷物持ちになるのも私の役目のひとつだから!」
叫びにも似た声をあげる魔女。
勇者は聞く耳をもたず自分の荷物へと放り込む。
魔女は鞄をひっぱり自分の手にへと取り戻そうとするが、それより先に勇者がある物を見つけた。
疑問の声をあげ、手の中を見た。
手の中にあったのは淡い橙色の小箱だった。
魔女の目が、それが勇者の手にあると判断した瞬間、ものすごい速さで強引にも勇者の手から抜き取った。
驚く勇者。
それに乗じ、鞄も取り返す。
威嚇するような表情で、鞄を腕でガートする。
小箱は鞄の中に入れられたのだろう。
勇者は、意外な一面の魔女に面をくらうも、さっきの物はなんなのかと尋ねた。
魔女は目をそらし、低く小さな声で一言。
「なんでもない」
「いや、なんでもないって」
「……だ、大事なもの!」
「そ、そうか。悪かったな、触って」
「い、いや。私も取り乱して……ごめんなさい」
微妙な空気。
それを消すように勇者がわざとらしく咳払いをした。
しかし、この無言の間は消えない。
どうしよう、と勇者が困りだす。
魔女は一息、ため息のようなものをはき、
「食べよう」
苦笑いのような笑顔で言った。
さきほどの状態はなくなり、楽しそうに会話を続けていた。
目に入る景色はずいぶんと変わり、木々に挟まれた道を2人は歩いていた。
道は前よりもさらに良くなり、次の町まですぐか? と思った勇者。
しかし、そんな気持ちをばっさり切り裂く現実。
「ずいぶん近づいてるけど、この道はものすごい距離があるよ」
魔女は思い出すように、しゃべる続ける。
「ずいぶん昔に、次に行く町から城へと依頼が届いたの。この林の影響で道がひどくて、商人の人が困ってるって。王様はすぐさま人手を集めて、依頼どおり通りやすく整備したの。もちろんそのままだとだめだから、時々その町のボランティア団体が道を綺麗にしてるって話」
「へー。てかこれ林なんだ」
「うん。もう自然に任せ放題だから、森って言っても間違いではないかもしれないけど。すごいよね。こんなにも立派になるんだから」
「ああ、すごいな本当。……なんでその話、魔女が知ってるんだ?」
「私、一応事務の仕事してるから」
「魔女なのに?」
「魔女なのに」
景色は変わらない。
歩き続ける。
「旅はするけど、こっちの方には実は行ったことないんだ。次ってどんな町?」
「んー。どんな町か……。前の町みたいに活気あふれる町だよ。このへんはまだ王都から近いから、そんなに変わらないよ。しいてあげるなら祭り好きってとこかな」
「へー」
「よく祭りをするんだ。王都の次ぐらいに観光の多い町とも言われてる」
「じゃあ、道が綺麗になってよかったな」
魔女がそうだね、とうなずいたその時、つんざく悲鳴が2人の耳へと届く。
「近くだ!」
顔色を変え、叫ぶ勇者。
魔女が何か言う前に、勇者は走っていた。
魔女もその後姿を見て、何も言わずその後につづいた。
走ってすぐ、勇者の目に飛び込んできた光景は、ひとつの荷馬車がたくさんの馬に囲まれている光景だった。
馬具をつけられたたくさんの馬たちの上に乗っていた人たちは、似たような格好をしていた。
勇者が旅をしていた記憶から、逆の方角に存在するやや小さめの町のものだと判断する。
明らかに、平和な空気をまとわない人たち。
囲まれた荷馬車を操る男が怯えていることでそれは明らかだった。
「盗賊!?」
勇者はこんなところに? と驚きの声をあげる。
「どうする?」
魔女が答えが分かりつつも、尋ねた。
「助ける以外の選択肢はなし!」
そう言って、飛び掛った。無謀以外の何ものでもない。
しかし彼は、強き勇者。
すでに全員が地に足をつけていたのを好都合に、ものすごい早業で盗賊たちに剣を振るう。
不意の攻撃。
対応する間もなく、盗賊は圧倒的に地べたに転がされた。
うめき声すらあげない、意識を失った盗賊たち。
魔女が助力する間もなく、それは終わった。
「かっこいい……」
荷物の方から、幼さが窺える声が聞こえた。
2人は、荷馬車――ではなく荷物を乗せた馬車にのり、ゆらりゆらりゆれていた。
「本当にありがとうございました。勇者様が通りかからなければ、どうなっていたことか……」
中年ぐらいの女性の声。
「いやいや、当然ですって。それにこちらこそ馬車にのっけてもらい、ありがとうございます。助かりました」
「助けてくれた方を、礼だけ残して道におきざりなんてできませんよ!」
勇者の後ろから、今度は中年ぐらい男性の高らかな笑い声と供に聞こえた。
「お2人は旅をしてるって言ったけど、なんでかい?」
女性が尋ねる。
勇者が答える前に、魔女が答えた。
「騎士団や警察だけでは、今回みたいに手の回らない時があります。そんな人たちを助けるために、いろいろ旅をしているんです。旅をする傭兵ですよ」
勇者が魔女のことを眉をひそめて見つめたが、何も言わなかった。
「まあ、なんてすばらしい。ねえ、ミア」
ミアと呼ばれた女性の隣に座る少女は、突然ふられた言葉にどもりながらも、笑顔でうなずいた。
勇者が後ろで馬を操縦する男に、上半身をねじり尋ねる。
「どれくらいで着きます?」
「お? 今日中には必ず着くさ」
「そうですか。ありがとうございます」
男の言葉に勇者が笑う。
そして、その笑顔にミアの頬が染まった。
魔女はそれを見たが、見なかったことにして目をそらした。
「それにしても歩き旅なんてすごいな。まあ、馬の世話は大変だし、金がかかるからな」
男が言った。
「皆さんもいろんな国を回るなんて大変ですよね?」
「家族一緒だから毎日楽しいさ。今回のことは、あれだったがな」
「そうね。またのことを考えると、誰か雇った方がいいのかしら」
その言葉に、ミアが叫ぶ。
「あ、あの! 勇者様。もしよかったら一緒に旅をしませんか?」
突然の誘いに勇者が変な声をあげ驚く。
困ったように魔女を見るが、魔女も困った顔をしていた。
それを助けるかのように、女性――ミアの母親が声をあげる。
「何をおバカなことを言ってるの。いろんな人を助けるために旅をしてる方たちなのよ。私たちだけが助かるなんて。ほら、お2人に謝りなさい」
奥さんはミアを叱り、勇者と魔女にすみません、と頭をさげながら言った。
ミアも消えそうな声ですみません、と言った。
「そうだぞ。お2方はお忙しいんだ。我々で縛り付けるのはよくない。すまんな、うちの娘がいきなり」
「いえ、こっちこそすみません」
「なんで勇者様が謝るんだい?」
「え、あ、いや……。それより、様ははずしてください。呼び捨てで……」
「助けてくれた方を呼び捨てになんてできないさ。それに商人が名前に様をつけるのは当たり前」
「でも、お客じゃないし」
「……じゃあ知り合いの宿を紹介しよう。それでお2人は我々のお客。な?」
男――ミアの父親がまた笑った。
勇者は苦笑いをして、心の中で諦めのため息をはく。
魔女は少しほほえむだけで、黙り続けていた。
ミアは不満そうに下げていた顔を少し上げ、ちらりと魔女を見た。
すぐにそらした。