第3話 勇者
第3話 勇者
「王様、お初目にかかります。ご存知の通り、私が勇者でございます。この度、王様が送りくださった手紙を拝読し、ここへと参りました」
片膝をつけ、やや頭を下げながら勇者と名乗った彼は、作ったものを読み上げるかのように言った。
わずかにふるえる声に頼りなさを感じさせるも、身にまとう雰囲気でそれは消し去られてしまう。
そんな勇者にほほえみながら、
「そんなに硬い言葉はいい。気にせずしゃべってくれ」
煌びやかな衣服を着た王様が言った。
ですが、と戸惑いの声を漏らしてしまう勇者。
笑い声をあげ、気にするな、と言う王。
手で勇者の横に置かれた椅子を指す。
「座るといい」
その言葉にうわずった声で応えた勇者。
落ち着かない瞳が、広すぎるこの部屋を見渡した。
ようやく、弾力のある柔らかい椅子に腰をおろす勇者。
それを見て、王がまた口を開いた。
「よく来てくれた。突然の手紙に応じてくれたこと、心から感謝する」
その言葉に目線を下げ、とんでもございません、とやや早口で言った勇者。
「返事を聞いてもよいか?」
その言葉にごくりと勇者がつばを飲み込んだ。
「はい。ぜひ、私の名を歴史にお刻みください」
鋭く光る瞳でそう言った。
その言葉に王は一瞬目を丸くし、また高らかに笑い声をあげた。
「もちろんだ。国の誰もが当たり前に知る勇者として残るだろう」
そう言って後ろにいくつか下がった家臣に目を向けながら、片腕を小さくあげた。
家臣の1人が、小さく頭をさげ音を立てずに勇者が入ってきた扉から出て行く。
なんだろう、と心の中で思いながら小さく首をかしげる勇者。
静かに閉まった扉を見つめる勇者に、王は声をかけた。
「こちらで準備できる物は今すぐにでも集めさせるが、何かよいか?」
その言葉にやや緩めていた背筋を伸ばし、顔を王へと向けた。
「お気遣い大変恐縮です。しかし私は旅をよくする身ですので、ない物に困ってはおりません。ですが、悪の住まう地は存じていますが、なにかの時のため精巧な地図を頂けないでしょうか」
その言葉に、少し言葉をつまらせる王。
「そうだ、確かに必要かもしれない。ここで渋るのはやめにしよう」
なにか吹っ切れた王の態度。しかし、勇者は自分の言ったことがどれほど失礼だったのか、今にして理解しあわてて訂正しだす。
「いえ、申し訳ありません。軽い考えで物を言ってしまい……、その、大事なものですよね――いや、その」
言葉が乱れていく勇者を苦笑しながら王は、右手を小さく振った。
「かまわない。これは歴史に残る偉業をなそうとしている勇者の言葉なのだ。堂々と物を言いなさい。多少のわがままなど、こちらは気にせん」
ぎゅっと目を細め笑みを創る王に対し、勇者は額に脂汗を浮かばせながら縮こまっていた。
王はあごに手を当て少々考えた後、何かひらめいたように勇者に案を提示した。
「そうだ。そういえば彼女は地に詳しいはずだ、それで解決ではないか!」
1人自分でうなずきながらの言葉に、勇者はついていけず、ため息のようなあいまいな相槌をうつだけ。
「実はさきほど呼んだのだが……」
王の言葉が切れるやいな、扉をノックする音が耳へと届いた。
入れという短い言葉で、またも静かに扉が開く。
中へと入ってきた者は、さきほど出て行った男と短髪の若い女性だった。
肩にかからない髪をゆらしながら、女は扉の横で立ち止まった男の脇を通り、勇者のすぐそばへと足を進めとまった。
王へと軽くそして長く頭を下げ、勇者の方へとまっすぐに見た。
勇者が女へと軽く頭をさげると、女も頭をさげた。
きれいな淡い桃色の唇を開き、
「お目にかかれて光栄です、勇者様。私はあなたと供に悪の地へと向かう者です。どうぞよろしくおねがいします」
女の言葉に驚きを隠せず、王へと詳細をたずねた。
王から出た言葉は、
「ああ。君が強いということは知っている。だが、回復役は必要だろうと思ってな。彼女は魔女と呼ばれる者だ。それに自分の身を守れる程度には強い。どうだろうか。それに地図の変わりにもなると思う。なあ、魔女よ」
どういう意味かわからず、眉をひそめる勇者に向かって、魔女は澄んだ声で短く王の言葉を肯定した。
「私は一度、この国の精密な地図を拝見したことがございます。一度ですが、今でも鮮明に思い出すことができます。それでもご不満でしょうか?」
「え、あ、いや、全然。不満なんて……」
「決まりだ。今から旅立つのもあれだろう。こちらで部屋を用意した。今夜はそこに止まるがいい。もちろん何かあったら、家臣たちに遠慮なく言うがよい。あ、あと資金は魔女に荷物と一緒に持たせておく。なにかあるか」
変わらない笑みを創る王に対し、椅子から腰をあげ深く頭をさげ礼を言う勇者。
扉の横に立った男がまたも静かに扉をあけ、廊下を手で指し示す。
魔女が王に失礼しますと一言、言葉にしてから扉に向かった。
勇者もその後ろに続く。
勇者が扉の前で向きを変え、
「必ずや、王の耳に素敵な報せを届けに参ります」
少し和らいだ表情でそんなことを言って、小さく礼をした。
廊下に足を踏み入れ勇者の背中が遠くなる。
扉を開いた男自身も部屋から出て行く。
扉は静かに閉まった。
太陽が沈むまであとわずかという時刻。
町に設置されたスピーカーから、王の声が町中に響いた。
誰もが聞いていた。
「忘れ物はないな?」
王の言葉を、迷いないしっかりとした瞳でうなずきながら肯定する勇者。
その隣には、昨日会ったばかりの魔女。
「では、くれぐれも気をつけてな」
2人が頭をさげた。
門から去る2つの影。
騎士団が行った時とは違い、門の近くに来て一目見ようとする人間はいなかった。
王は、2人の背中が見えなくなるまでその場にいた。
その周りには家臣たち。
王が目をつぶり、一息はいた。
「あの……勇者様」
王のいる町から出て少し経った頃、魔女が勇者に声をかけた。
実は勇者の心の中では、声をかけられる数分前から、魔女との無言の時間を地獄のように感じており、せめて何か話しかけようと思っていたところである。
しかし、何を話したら良いのかと悩みに悩み、天気が良くてよかったですね、などという言葉を口から出すか出さないかと、頭の中で壮大なバトルが繰り広げられていた。
しかし、勇者から話しかけるより先に魔女が口を開いてしまった。
が、情けないことに、この無言状態が解けたことに素直に喜んでしまう勇者。
戦うこと以外はホントダメダメだな!
「勇者様とかいいから。呼び捨てでお願いします。ほら、一応仲間だし、敬称はその……あれっていうか……」
言葉を選びながらそんなことを言った。
そんな勇者の顔を不思議そうに見つめる魔女。
背の低い彼女に見上げられて、不自然に顔を赤くする。
コホンとわざとらしく咳払いし、顔を目の前に広がる大地にへと向ける勇者。
「だから、仲間だし敬語とかはやめよう。……というか俺、敬語とかさっぱりでさ。普通にしゃべっていいかな?」
頼りなさそうな、力ない笑顔を魔女に見せる勇者。
そんな勇者をきょとんとした顔でみつめた後、くすりと笑った。
笑われたことに、また顔を赤くしながら空を見上げ髪を掻いた。
魔女は硬かった表情を消し去り、さきほどの笑顔のまま、変わらず勇者の隣を歩き続ける。
「わかりました――あ、えっと……、わかった。仲間ですから、ね」
律儀に訂正し、仲間という単語を可憐に強調する魔女。
そんな彼女に勇者も笑顔を見せ、ほっと息をはく。
「よかった、魔女がこんなに話しやすくて。王様のお部屋でお会いしたときは、近づき難い印象だったからちょっと不安だったんだ。てか、俺。あのとき本当自分でもわけわかんなくてさ。敬語とかめちゃくちゃだったと思うんだ。こんなことなら、まじめに勉強しておけばよかった……」
ため息をはく勇者に大丈夫と声をかける魔女。
「王様はそんなことでお怒りになるお方ではありませんから」
そうかな……と、まだ不安そうなまったく勇者らしくない顔つきで魔女の方へと顔をまた向けた。
笑顔で肯定した彼女に魅せられ、心が軽くなるのを感じる勇者。
ぐちゃぐちゃの頭をリセットするかのように、深呼吸をした。
そして動き続けていた足を、本当に何も無いところで止め、体ごと魔女に向けた。
それにつられ、魔女も首をかしげつつも足をとめた。
「魔女って呼ぶけど良いかな? ……これからよろしく。必ず悪に勝とう」
右手を差し出した。
魔女はほほえみながら、握手を交わした。