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第2話 王

 第2話 王



 大きな事件が起きた。

 町の消滅。

 それを知った誰もが、恐怖というものを味わった。

 月日が流れてまだ浅い。それでも十分すぎるほど、心は侵食されていた。

 不安は怒りとなった。

 そしてその矛先は、城へと、国を守る騎士団へと向けられた。

 城の周りへ押し寄せる人の塊。

 あちらこちらで嘆きの声があがった。

 それに答えたのは、騎士団を統べる隊長ではなかった。

 バルコニーからの登場。

 その姿に誰もが驚きの声をあげた。


「王様だ」


 誰の声か。人の塊の中からあがった。

 そしてその言葉がいくつもいくつもあがった。

 怒りを含んだ訴えの声は、あがらなかった。

 この国の紋を胸にしたその姿の傍らには、家来かと思われる者がいくつか下がって立っていた。

 その者が王の隣へと移動しマイクを渡す。

 マイクを片手にし、住民を見下ろすかたちのまま、王は口を開いた。


「聞いて欲しい」


 短いながらも、王の声に人々は息を飲んだ。

 なんだとの疑問の声があがるも、さきほどまでの騒がしい音はこの町から消えていた。

 王の硬かった表情が和らいだ。

 そして息をすってもう一度言った。


「聞いて欲しい」


 熱のこもったそれ。

 王は続けた。


「みなが望むことはなんだ」


 言い聞かせるように、静かな声で。


「確かに不安を持たず、このまま今までどおり過ごせ、などと言うわけではない。しかし、考えて欲しい。なぜあの町が消滅したのか」


 やや早口ぎみで長い言葉を一気にはきだした。

 鋭い瞳ですべてを見渡す王。

 静かに聴いていた塊の中から、響く赤子の泣き声。

 誰の耳にもそれは届いた。

 突き刺さるかのようにそれは止まない。

 王は、心を落ち着かすためか、一息はいた。そして続ける。


「あの町は、警察……守る組織が存在していないとても小さな町であった。しかし、この町はどうだ。ここにはどれほどの人間が存在する? いや、あなたがたが立ち上がらずとも、たくさんの警察にこの町は守られている。それに、この国を守る騎士団の本部がここには存在している。だから皆はここに集まったのだろう? 大丈夫なのかと聞きたくて」


 ほほえむ王。


「大丈夫だ。安心しなさい」


 赤子の声が止んた。

 誰もが王の言葉に耳を傾け、息を呑み、言葉を飲みほした。

 誰もが思ったことだろう。

 なぜ、不安に思ったのだろうか。

 なぜ、この感情が、怒りが、こみ上げたのだろうか。

 なぜ、王はここまで落ち着いているのか。

 なぜ、王はここまで格好良いのだろうか。

 なぜ、王はここまで優しいお方なのだろうか。

 怒りを持った我々下々に対し、お声をかけてくださるなんて。

 静まりかえるこの場に、王の言葉が降る。


「騎士団本部の人間は、決して私以外を守ってはいけない……、などというルールはない。この町を守るということは、この国を守るということでもある。騎士団はとても強い組織だ。安心して帰りなさい」


 その言葉で、塊が崩れた。

 誰もが柔らかい表情で、この場を去り始めた。

 王に向かい、深く深く頭を下げて。

 地に手をつく者もいた。

 誰もが頭をさげ、静かに静かに。

 最初の騒がしさは欠片もなかった。

 だが、よく通る声がひとつあがった。

 まだ幼さが残る若い男の声だった。


「あの町はどうなったんですか?」


 誰もが声のほうへと目をむけた。

 すぐに叱る女の声も聞こえた。

 やや小さなざわめきがまたうまれた。

 王は少し迷った後、男の方へと顔を向け答えた。


「あまり情報がないが、それでよければ」


 ざわめきが消えた。


「あの町の近くにも騎士団がある。そこの遠征部隊を向かわせ、調査してもらった結果、生き残りはいないことが判明した。よって、記事の通り……町は消滅したも同然だ」


 先ほどの皆の表情がなくなり、不安をまた抱えだす。

 王が目を一度伏せ、男の方ではなく見渡すように前へと向けた。


「分かったことは、これも記事の通り爆弾が使われたこと。しかし強力な物ではない。音がものすごく大きいだけで殺傷能力は極めて低いものだ。住民たちは先に殺され、爆弾で音を出して周りに聞かせ、恐怖を身近かに感じさせた。爆弾はそんなことのために使われたんだ」


 皆の頭に蘇る打ち上げ花火のような音。

 音が遠く、綺麗な大輪を見なかったことで、どこかの遠い町でやっているのだろう、みながそう思った。

 次の日に広場で小さな少年が大声をあげて、鞄からぶちまけるかのようにあたりに散らした大量の新聞の一ページ目を見るまでは。

 仕事場に向かうため急いでいるはずの大人たちや、広場の周りで店を開いていた人たちが、少年にコインを渡しながら記事に手を出した。

 誰もが床に手を伸ばし、詳細を欲した。

 『町、消滅。』『昨夜の音は爆弾だった!!』と目立つように太文字で書かれた記事の詳細を。

 書かれていたのは、この町から遠くの森に囲まれた小さな町について。

 崩れた建物を森に狩りをしに行っていた、近くの町に住む男たち数人が目撃したということ。

 みながそれを知り、驚愕した。

 遠い町の爆発音がここまで届き、町を消滅するほどの爆弾。

 涙を流す人、家に帰ろうと足を動かす人、事実に固まり立ち尽くす人。

 それはほんの少しの時間で、人々に伝染した。

 わずか3日でその限界がきて、今に至る。


「この町は他とは違い、厳重な警備もと審査してようやく入ることができる。爆弾をもった怪しい人間は入れない。安心しなさい」


 はっきりと威容ある姿のまま言った。

 王の言葉にまた散らばる人々。

 だが、またもひとつ声があがり止める足。

 右腕を天にあげ、可愛らしくハキハキした声で問うた少女の声。


「誰がやったの?」


 誰もが疑問に思っていたが、口にしなかった言葉。

 少女は右腕を一生懸命にあげて、もう一度同じ言葉を繰りかえした。

 その言葉に王は目を見開き、後ろに目をやった。

 後ろにはマイクを渡した家臣が直立不動の姿勢のまま首を小さくふった。

 だが、少女の言葉と王の迷いある態度に誰なんですかという声が次々とあがった。

 王は目を一度つぶり、決心したまっすぐの目で言った。


「悪だ」


 どよめきがうまれた。

 悪、との単語に。

 そしてどよめきはざわめきに変わった。


「悪?」「悪ってなんだ?」「馬鹿野郎」「んなこともしらんのか」「学校に何しに行っておった!」「悪ってあれ?」「もしかしてあれ?」「悪ってあれか!」「この前習ったよ」「まだいるの……」「そういえば、この前の隣町で起きた騒ぎも――」「――で、――が」「国外に――」「死刑――――」「それができたらとっくの昔にやってるよ」「?」「だって昔の」「前の王様」「悪滅びろ!」「どうか来ませんように」「これねえって。厳重だって王様が――」「――言葉が――――」「だから――」


 ひとつ、またひとつ声と言葉は増え、重なり出す。

 ものすごい数の声が重なり、ものすごい音となった。

 マイクを使用した、浮いた声がそれに混じった。


「知っている人は多いだろう。悪とはなんなのか、なぜこの国にいるのか」


 王様が口を開き言葉を出したとたん、気味が悪くなるほどの静寂がすぐにうまれた。

 王は続ける。


「悪とは、昔この城を自己の欲のために襲った集団だ。悪というのはこちらでつけたらしい。今よりも数の少ない騎士団――騎士軍という名だったが――王を守る騎士軍を皆殺しにし、先代の王にまで手をかけた……組織だ。もちろん、皆の知っているとおり王は勝った。昔の王は私よりはるかに強かったからな」


 笑いをこぼしながらそんなことを言った。


「しかし、先代の王は悪の仲間も一緒に見逃したらしい。国外にも出さず、手を出してはいけないといった言葉を残して。それからはおとなしくなったと記録が残っている。私は何か取引をしたのではないかと思っているが、それは定かではない。そして、悪という組織は月日と共に自然消滅したかと思っていたが、そうではなかった。どうやら練っていたようだ。私の首を取る計画を」


 女の小さな悲鳴がひとつ。


「これは推測だが……、今回の件は、不安を広げ恐怖を植え付けさせ、騎士団以外の戦いを避け、そしてあわよくば私や騎士団の不信を抱かせ、仲間を増やそうと思ったのだろう」


 小さなざわめき。

 それでも王は続ける。


「私は皆に謝らなければならない」


 ざわめきは大きくなった。

 王の声も大きくなる。


「私は、この国の王だ。選択を誤ってはいけない位置にいる。いや、これは言い訳だ。人を殺す命令を下すのが怖かったのだ。王なのに恥ずかしい。先代の王は、守るために剣を振るい、できるかぎりの手を差し伸べ続けた素晴らしい人間なのに。私はそれに泥を塗るような人間だ。先代の言葉があるから、などと自分に言い訳し皆の不安をそのままにしようとした。本当に申し訳ない」


 王は一歩下がり、深く頭をさげた。

 その行動に、人々から控えめな声がもれる。


「とんでもない」「そんなことはない」「われわれが――」「――もうしわけない」


 そして言葉はひとつになった。

 頭をお上げください、と。

 その声にゆっくりと頭をあげ、


「ありがとう」


 皆に言った。

 そして、大きく息を吸った。

 そして、王らしく、大きくはっきりと。


「宣言しよう」


 その威厳ある、皆が知る王の姿がここに。

 その声は人々にどっしりと届く。

 誰一人声をあげる者はいない。


「先代の言葉は大切だ。しかし、このままにして皆が不安を持ったまま過ごすのは、私にはもうできない。ここにいる皆に誓おう」


 誰もが息をのんだ。


「準備が整い次第、騎士団本部遠征部隊を悪が住まう地に向かわせる」


 感情にのまれた言葉、熱のこもった声に人々は腕をあげ、声をあげた。









 そして4日が経った。

 まだ朝日が顔を出して間もない刻。

 あっとうされるほどの多くの人間が町の門の前に整列していた。

 見送る者も少し離れたところにいた。

 綺麗に整列された塊から外れたところに、周りとやや異なった衣服をまとった人間がいた。隊長だろうか。

 体の向きを変えて、一言。声を張り上げたそれは士気をあげるもの。

 りの目が見つめる中、町から塊が流れるように出た。


「かっこいい……」


 小さな誰にも届かなかった少年の声。

 そして――。

 帰ってきた。皆が待ちに待った騎士団の帰り。

 行くのにどれほど掛かるか知らない者たちが、不安も持ち始めていた頃。

 帰ってきた。

 血まみれで。誰もが血まみれで、そして……、数える程度しかいなかった。


「もうしわけありません」


 誰かが言った。









「これからどうすれば――」「あれだけいたのに――」「――悪――」「なんで――」


 皆が皆この事実に、さらに恐怖を植えつけられた。

 城の周りに集まる者はいなかった。

 それどころか家から出るもの、店を開ける者はあまりに少なかった。

 そしてまたも王の声が皆に届いた。町に設置されたスピーカーから。


「騎士団が敗れた。圧倒的にだ。私たちはこの事実を受け止めらければならない。しかし、私はこの首を渡す気も、住民たちをこのままにしておく気もない。この国の宝である勇者に託す!!」


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