Scene3.
月のない夜。外はもうすでに闇だった。
「で、私がおかれてるこの状況を早く説明してもらえますか?」
コーヒーを飲みつつ私は少年に言う。思ったより美味しかった。
「そうだね。約束だし、説明しようか」
そして少年は話し始めた。
「まずは平行世界について説明するね。
ひとつの世界から分岐して、その世界と平行し進行する世界の事を平行世界っていうんだ。
今俺らが生きている世界から見ると君の本来生きているべき世界がそれにあたる
ここで問題なのは、本来平行世界同士が交わることはないんだ
なのに君はこの世界に来た。
何らかの理由でつながるべきでない世界同士がつながっちゃったんだよね。
それが原因で君がこの世界にトリップしたわけ。つまり、平行世界同士がつながった理由が分からない限り君は元の世界には帰れないって事」
とりあえずトリップした事に関しては納得がいった。でも記憶喪失については?
「記憶喪失に関しては……うまく説明がつけれそうにないんだ。トリップした事と何か関連があるのかもしれないけど。トリップの原因が分からない限りどうしようもないかな」
簡単な説明。それだけ単純な事なのだが、事実は重い。
「……じゃあ、どうしたらいいの?」
私に元の世界にいた時の記憶はない。だから正直元の世界に帰りたいわけでもない。
しかし、さっきの説明の通り、私はこの世界にいるべきでない人間だ。
帰りたいんじゃない。帰らなくてはいけないんだ。
「――方法はあるかもしれない。トリップの謎を解く方法」
少年がつぶやいた。
「ど……どんな方法?」
「君のいた世界に魔法ってある?」
唐突な質問に私は戸惑う。
「多分……なかったと思う」
「この世界には魔法って概念があってね。俺、一応魔法使いなわけ」
「やっぱり頭がおかしかったのね。かわいそうに」
私が少年に憐れみの視線を送ると彼は慌てたように言った。
「頭はいたって正常だよ!この世界と君の世界とは色々違うの!学校とかでも魔法が必修科目になってたりするんだ。で、俺のように魔法を使う事に長けた人間は魔法を職業とする」
あ、なるほど。これで彼が私を「待っていた」事も説明がついた。魔法が使えるなら予知くらいたやすい。
「しかし、魔法を職業とする人間でも使えない……使ってはならない魔法が存在する。その魔法は禁止魔法と呼ばれ、魔法使いにとってこの魔法は口にするのもはばかられる程タブー視されたものなんだ」
「それとトリップしたことに何の関係が……?」
「この屋敷のどこかに禁止魔法について書かれた本があったと思うんだ。禁止魔法の使い方とかはさすがに書いてなかった。でも確か―――本当かどうか俺の記憶も怪しいんだけど、『もうひとつの世界をつなぐ魔法』についての記述があった。だから、その本が見つかれば……もしかしたら手掛かりくらいは掴めるかもしれない」
「……本当に?」
こんなに上手くいくとは思ってなかった。本が見つかれば……帰れるかもしれない。
「うん。でもその本どこにあるか分かんないし、題名忘れたから買いなおす事もできないから。……何が言いたいか、分かるよね?」
分かったよ。私そこまでバカじゃないし。
「明日から頑張ってこの屋敷片づけてやるわよ!」
「分かってるねえ!あ、そうそう。自己紹介忘れてたね。俺はナイト=ルーフェン。よろしくね」
「私は……」
言葉に詰まってしまった。名前も年も分からない。どう自分を紹介したらいいのやら。
「そういえば君は記憶喪失だったね……『魔女』じゃダメかな?」
「いいわよ。でもそう呼んだら最後、あんたの命はないわよ」
「うーむ……それは困るねえ。じゃあ『ナナシ』。ほら、名前無いわけだし」
魔女よりかはよっぽどマシだがこいつのネーミングセンスはひどい。
「何も言わないのは肯定って事だから『ナナシ』に決定☆ おめでとうございまーす!」
ナイトが笑いながらパチパチと拍手をする。
めでたくない。全くもってめでたくないから!
「あでもナナシって言いにくいな。呼ぶときははナナででいいか」
彼の言動や行動は少々どころでなくムカつく。
ムカつくけど、何だかんだ私を助けて平行世界とかトリップの事とかを教えてくれた。
記憶はない。なぜトリップしたのかも分からない。知り合いも約一名。
それでも、何とか生きて行けるって思えたんだ。
To Be Continued?