九月のザンショ
一応恋愛もののつもりですが、恋愛ものとして読むと物足りないかもしれません;
コメディー小説ということでここはひとつ……。
ある中学生の修学旅行のお話です。
オレの左斜め前を、真夏の元気な太陽とも秋の寂しげなな太陽ともつかない笑顔で歩く彼女。その笑顔には気品があるが、おとなし過ぎることもない。それはさながら、九月の空の残暑のようであった。
時刻は午前十時。
制服姿のオレとその他五人の生徒のグループは『ディティニーワールド』の入場門辺りにいた。すでに入場は済ましてある。
やっと入って来たぜっ。
オレは目の前にそびえる『Welcome』と書かれた巨大なアーチを見て、ますますテンションが上がった。
そして、それを押さえきれずにこう言葉が漏れる。
「おおぉぉぉ……」
ディティニーワールドとは国内でも最大級のテーマパークで「夢の世界」がコンセプトの可愛らしい雰囲気である。まさに夢の世界という言葉がしっくりくる。一見子ども向けに思えるがそんなことはなく、若いカップルから家族連れまで幅広い層の客を集めている。親がファンになってしまったということも少なくない。
凄いな。平日というのにどこを見ても人、人、人だ。しかもその顔はどれも笑顔でよほど幸せなんだな、と思わせる。
それを見るとこっちも自然に笑顔になっちまう。
「おっしゃぁぁあ! 来たぜディティニーワールドォ!」
そう叫んでしまうオレ。だって、楽しんだもん。しゃーねーじゃん。
しかし、そんなオレをキチガイかとでも思ったらしく、トシが冷たい目で見てきた。
「え……、何テンション上がってんの。はずいからやめてくんね?」
と言ってきょろきょろと周りを確認するトシ。
それと同時に言葉の刃が自分の胸に刺さったのを確認するオレ。
す、すまない。あまりにもテンション上がって自制心がきかんかった。
は、恥ずかしい。自分で叫んどいてなんだけど、オレはバカか。この歳になってこんなに大はしゃぎする人間て客観的に見ておかし過ぎるわ。
だってオレ、そんなやつ見たらマジで引くもん。トシの気持ちがよーく分かったよ。そりゃあんな言葉の一つでも吐きたくなるわ。
にしてもあの一言は傷ついたぞ……。こいつマジで毒舌なんだよなー。
オレは前を歩くトシをまじまじと見る。
本名は野中俊雪。もちろん男だ。
髪の毛は短いが量が多く、ワックスかなんかでふんわりとさせている。悔しいがこの毒舌、オレと違ってなかなかいいルックスをしてやがる。どっちかというとかわいい系だな。
こいつとは中学三年間通してずっとつるんでいて、親友と言ってもいいほどだと自分で勝手に思っている。トシはどう思ってるかは知らないが、仲がいい事に変わりはないと思う。
「なにはしゃいでんの?」
そう言い放ってから、まさに猛暑日の太陽のように元気に爆笑する彼女。
彼女の名前は菜月。川原菜月だ。第一印象はとにかく『明るい』だ。
まあ、なんだ……胸は……うん。体育の時なんかは目のやり場に困るもんだ。だって、別にっ、見たいわけじゃないよっ? 見たいわけじゃ、ないけどっ油断すると目が勝手にそっちにいっちゃうんだよっ! ホントに見たいわけじゃ、ないんだからねっ。
それにオレは適度にあった方が好きだ。
……って何のカミングアウトだよ
自分で自分につっこみを入れてしまうオレ。
その時、ふとピンク色のあまったるい声が聞こえたので反射的にそちらを向く。
ああ、やっぱりあんたらか。
「ねぇー。キスしよっかぁ」
マ、マジか……。こんな公共の場でしかも真っ昼間から? ないない。オレの中にはそんな文化ないぞ。ありえねぇ。
そんなオレから見て特殊な文化を持った女は、小林紗希。肩の辺りまで伸びた髪の毛をブラウンに染めている。そんで彼女ががっちりと手をつなぐ相手が矢木沼準。そして準はみんな制服だというのに堂々と派手派手なジャージをきている。黒をベースに白いラインが入っていて、背中には白い大きな羽が描かれている。
でき物一つない綺麗な顔。そして長めの金色の髪を一部つんつんと立てている。
一見すると不良っぽい。っていうか不良だ。たびたび警察のお世話にもなっている。学校で呼出しを食らうのも日常茶飯事だ。
だが友達思いのいいやつで、オレは準のことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。大好きだ! 友達的な意味でな。
小林と準。
この二人はいうまでもなく付き合っている。そしてそのことは学校中で知らない者はいないほど有名な話だ。
それに隠すつもりも無いようだしな。そういうとこは良いと思うが、人前で「キスしよっか」が出るのはさすがにやりすぎだと思う。
そんなオレの気持ちを察したかのように準が言う。
「バカか。そんなん、こんなとこでできねぇよ」
やっぱりしっかりやつだ。
不良だからって悪いやつばかりじゃない。見た目がいかついだけで、内面はすごくしっかりしているのだ。
「だからあとでゆっくーり、なっ」
前言撤回。
その「ゆっくーり」っていうのが意味ありげで、なんかエロいんですけど。
訂正。内面は凄くエッチなやつでした。まあ今に始まった事じゃないんだけどね。学校でも女子の前で普通に下ネタ言うし。
そんなオレ達は「Welcome」と書かれた可愛らしい大きなアーチをくぐった。ちょうど真下から見るとどれだけ大きいかがよくわかる。たぶん普通の一軒家ぐらいの高さはあるだろう。
そのアーチをくぐると、そこはまさにファンタジーの世界にでも迷いこんだと錯覚するほどだった。
両サイドにはヨーロッパ風のレンガ造りの建物が建ち並び、百メートルほど先まで続いていた。
赤や茶色や肌色のレンガで造られた一軒一軒が「夢の世界」を醸し出している。
いいなぁ……。こういう雰囲気。
オレはこういうヨーロッパみたいな雰囲気がめちゃくちゃ好きだ。自分でも理由はよくわかんないけど、知らぬまに好きになってた。
オレはしばしの間、建ち並ぶレンガの家々に見とれていた。
これならずっと見てても飽きないな。
そうだ、学校もヨーロッパ風の造りにしたら飽きずに勉強がはかどるんじゃねーか? ねえ、みんなもそう思うよね?
そんなばかばかしい考えに更けっていると、もうみんなは歩きだしていた。
オレも小走りで追い付く。
おっと。そういや、まだオレの名前を言ってなかったな。
オレは五十嵐和優。仲のいいやつははオレのことを「カズ」って呼んでる。半袖のカッターシャツに学校の制服のズボンというごく普通の中学三年生。
特にこれといった趣味もない。ただ、もう引退してしまったが一応陸上部には入ってた。だからって特別足が速いってわけでもねーけどな。
……ただ今日は大切なことが一つある。まあいずれ分かるさ。
九月下旬。
夏休みが終わってからしばらくたって、二学期にもなれてきたころ。当然オレ達には受検が控えている。
この行事が終われば、受検に向かって勉強するだけ。つまらなく、退屈な日々。
でも今日だけは、学校も勉強も受検もみんな忘れていいんだ。
昨日で「修学」の部分は終わった。あとは「旅行」の部分をおもいっきり楽しむだけだ。
「修学旅行ばんざーい!!」
「へ?」
目を点にする菜月。
次いでトシが冷たく言い放つ。
「何? おまえ頭いかれた?」
し、しまった。心の声が漏れてしまった。
それにしてもトシの一言にはグサッとくるぜ……。
オレは無意識に上がってしまっていた両腕を居心地悪くゆっくりと下ろした。
まったく酷いやつだよ。あのバカップルはこちらに見向きもしないでやんの。
そんな中、オレの左斜め前を歩く彼女だけは違う反応を見せた。
口元をちょこんとかわいく押さえ、真夏の元気な太陽とも秋の寂しげなな太陽ともつかない笑顔でこちらを半分振り向いて見ていた。
か、かわいい……。
肩甲骨の辺りまで伸ばしたつややかな黒髪。整った顔立ち。比較的白いはだ。オレを流し見るその綺麗な瞳。すらっと高い背。
思わず見とれてしまう。いつもは髪を結んでいるせいか、おろした髪が実に綺麗で似合っていた。
オレはこっちの方が好きだ。
その時になってやっと目が合っていることに気づいた。オレは瞬時に目を伏せる。顔面がほのかに熱くなるのを感じた。
もしかして数秒見つめてた? やべっ。すっげー恥ずかしい。
再び顔を上げると、もう向こうを向き菜月としゃべっていた。
オレは斜め後ろから見えるわずかな笑顔に見とれていた。
オレが彼女の存在を知ったのは中学に上がって初めての期末テストが終わったあとの事だった。
彼女の名前は水野真夏といった。
「今回もまた水野だってよ学年一位」
「へぇ。頭いんだそいつ」
「家がすっげー金持ちらしいぜ」
近くの席からそんな会話が聞こえた。
へぇ、水野ねぇ。知らん名だな。少なくともオレと同じ小学校じゃねーな。
そんなことをどうでもいいように考える。
さらに会話は続いた。
「その人って何組?」
「ええとね……、あっ、そこにいるじゃん。ほら」
そう言って廊下を指さす。
学年一位ってどんなやつがなるんだろうな。インキャラで眼鏡かけてて、角刈りか? ぷっ。自分の想像に吹き出した。
どんなやつなのかなっと。
オレはなんともなしに廊下に目をやる。そして指さした先には……。
オレの想像した姿とは全く異なるものだった。
見たかんじインキャラではない。眼鏡もかけてない。角刈りでもない。……ってかまず男じゃない。
友達と楽しそうにしゃべる彼女の笑顔は夏の元気な太陽とも秋の寂しげなな太陽ともつかない笑顔で、金持ちの嬢ちゃんを全く感じさせない。
後ろで一つに縛ったつややかな黒髪。整った顔立ち。比較的白いはだ。その綺麗な瞳。すらっと高い背。おそらくオレより高い。
か、かわいい。
顔自体はかわいいというより綺麗なのだが、その笑顔や仕草からかわいいという印象を受ける。
その時オレは故郷を懐かしむようなよく分からん思いが胸でうずまいていた。一言で表すならキュンとした。胸が一瞬だけ締めつけられるようなそんな感じ。
やばいなこれ。なんだこれ。オレはどうしたの。
この胸にぐっとくる感じ。うまく言い表せない。
簡単に言うとやはり「キュン」というありきたりなものになってしまう。
これはどこから来るものなのか。
さっきの笑顔なのか彼女の仕草なのかそれとも容姿なのか。それもよくわからない。彼女を見た瞬間に感じた、それだけ。
その後もテストがあるたび彼女の話が所々で聞こえた。
そしてオレは最高学年になった。
そして彼女と同じクラスになった。
素直に嬉しかった。そりゃあ一言交わすたびに胸が「キュン」という感覚に襲われるけど、別に嫌ではなかったから。
そして同じクラスで顔をあわせるようになってしばらくたつと、あの「キュン」という感覚の正体が分かった。
しかも、あっさりと受け入れることができた。
それは「好き」だから。
話すようになってからはっきり分かった。
オレは水野真夏のことが好きなんだって。
いつから好きだったのかは分からない。どうして好きになったのかも分からない。たぶん探しても探しても見つからないだろう。
もし見つかったとすれば、それはただ理由がほしかっただけに過ぎない。
本当の理由なんて分からない。
ただただ好き。うまく話そうとするほど言葉が出てこなくて、緊張して、「好き」と伝えることなんかできなくて。
……せっかく築いた関係を崩したくなくて。
だから今まで告白なんかできなかった。できるわけがなかった。
このままでもいいか、とも思った。別に話せるし。
でも我慢できなかった。この思いを伝えなきゃ、伝えたい。
だから今日オレは絶対に告白する。手紙やメールなんかには頼らない。自分の口でちゃんと伝える。
しっかりと。
よければ、作者に駄目だしをしてやってください♪