平民魔法使いと第五王女、多分惚れた方が負けってやつです。
「……触らないでっ!」
非常に残念なことだったが、思いを寄せている女に拒絶されたのだった。
「……ここが、あなたの研究室なの?」
「綺麗な場所だとでも思ったのか」
「……いえ、それは期待していないわ」
「あっそ」
『魔法塔の魔窟』と揶揄されている俺の研究室に、第五王女がどうしても行ってみたいと言って聞かないので、仕方なく部屋に通した。
ごちゃついていた床は、さすがに足の踏み場くらいは掃除したが、これ以上は無理だ。
何がどこ行ったかわからなくなる。
「……ふーん、本当に研究しているのね」
第五王女のアデルさん、…いや、『様』をつけなきゃいけないんだっけか。
あと、敬語…、は俺には無理だな、どうにもそっちには頭が回らない。
そのアデル様が来るような場所でもないが、棚や机を不思議そうに眺めているから、退屈はさせていないようだ。
だけれど、普段人のいない研究室に誰かがいるのは落ち着かない。
しかも、好いている女がいるのは、どうにもそわそわする。
……あー、らしくねえぇ。
早く帰ってくれねえかな、どうしていいかわっかんねぇ。
「満足か?」
「まだ何も見てないわ」
「お姫さんが見ていて楽しいようなものはなんもねえと思うけど」
「その言い方やめてって前にも言ったわ。ちゃんと、名前で呼んで」
「……そもそも、俺はあんたと気安く話していい身分じゃ──」
「な・ま・え・で・よ・ん・で」
「……アデル、様」
たどたどしく名前を呼ぶと、アデル様は満足げに頷いた。
…その顔はやめてほしい、可愛いから。
「大体、護衛もなしに来るなんて」
「ちゃんとお父様に許可は取ったわ」
「あんたの父ちゃん、そこらへんネジ飛んでるだろうが」
まあ、だから助かっているところばかりなのだが。
身分の高い未婚の女は、男と二人っきりになっちゃいけねえんじゃなかったのか?
ひょいひょいついてくるから、危なっかしくてヒヤヒヤする。
俺がそう言うと、「あなたにしかついて行かないわよ、バカ」と言われるので、本当に勘弁してほしい。
しかも、この状況を国王並びに王太子、そして宰相までもが楽しんでニヤニヤしてくるから始末に負えない。
素直じゃない第五王女が、俺と魔法の訓練をしている時だけは生き生きしているからと言って、ただ末の妹を甘やかしているだけのようにも見える。
たかが、ちょっとばかし魔法使いよりも魔法が使えるだけで、俺はただの一般人だというのに。
それ以上先を望むのなら、俺が頑張るしかないのだが…。
「あなたは私の授業以外は、ここに引きこもっているのよね?」
「そうだな、今やっている研究をちゃっちゃと進めちゃいたいしな」
「それ、できたらどうなるの?」
「民の暮らしがもうちょいマシになるんじゃねえの、知らねえけど」
「なんで、自分の研究なのに知らないのよ」
「研究結果が出たとしても、お姫さんの父ちゃんが使うことを決めなければタダのガラクタになるからだ」
「だから、アデルだってっば!」
「あー…、アデル様の父ちゃん次第だからな」
魔法使いも、所詮は国の道具の一つだ。
だからこそ魔法塔という魔法使いを雇用する機関があって、俺は好きなだけ研究ができるわけで。
一部の人間にしか使えない魔法だからこそ、俺みたいな村育ちのそこらへんにいそうな人間でも仕事があって、大層な給料を貰えているわけだ。
魔法が使えたこと自体、運がよかったと言わざるを得ないし、この国では魔法使いはかなり重宝されるし優遇されるのも恵まれていると言える。
そんなこともあって、魔法研究が国王の一存で使われないとしても、そこまで不満はない。
使ってもらえるような研究結果を出すことも、俺の仕事だと言えるのだし。
「そう、そういうものなのね…」
俺の回答では不満があったのか、浮かない顔に変わった。
…答え、間違えたか?
アデル様がそのまま棚の上の方を見ながら歩いていきそうになったので、思わず手が伸びた。
「そこは荷物が積んであるから危ない」
「えっ?」
ガチャン。
言うのが遅かったか、言ったから動きが変わったか、結局は机の上に置いてあったマグカップに肘が当たって床に落ちた。
ついでに、書類も雪崩のごとく流れていった。
「あ〜あ、割れちまったか。おい、お姫さん。そこ危ないからこっちに…」
そう言って、腕を掴んでこっち側に避難させようとしたら、アデル様は形相を変えて思いっきり俺の手を払った。
「……触らないでっ!」
シーン…。
アデル様は俺から逃げるように自分の腕を抱えて、俺は俺で拒絶されたことで頭がフリーズして、しばらく沈黙が続いた。
やっぱり、何か間違えた。
気を許されているからといって、簡単に触れてはいけなかったんだ。
俺は自分はまだその身分じゃないと思いながらも、アデル様に詰められた距離に甘えていたんだと実感する。
………恥ず。
カアアッと熱くなって、でも自分の腕をさするアデル様が視界に映って、今度はサアアッっと冷えていく。
失敗した。
だから、ここには連れてきたくなかったんだ。
いつもの授業と違って、自分のテリトリーだ。
気が緩んで、ガッカリされたくなかったから。
研究しかしてこなかった俺に、第五王女の魔法授業の話が回ってきたのは、正直迷惑な話だと思った。
魔法なんて、万人が使えるものではない。
たまたま王族の中でアデル様には魔法の才があって、学ばせるなら一番魔法ができる奴だろというだけで選出されただけだった。
その時間を捻出すれば、研究の時間が削がれる。
けれど、王命には逆らえるわけもなく仕方なく引き受けたことだったが、俺にとってはかけがえのない時間に変わったのだった。
彼女が笑うだけで嬉しいなんて、こんな感情にははじめて出会った。
魔法と違って、研究すればわかるようなものでもなくて、ひどく持て余した。
それなのに、それに対しては居心地が悪いのに、嫌じゃない自分がいて、滑稽だなと自分を笑ったりもした。
アデル様の「なんでこれは魔法でできないの?」という視線は、研究する者としても興味深かったし、すぐに意義のある時間になった。
その間に勝手にアデル様を好ましく思うようになっていったのだが、それが同じように自分に返ってくるとは思ってもみなくて。
だから、俺の踏ん張りどころはここだと思っていた。
今までは地位や名誉なんてもの面倒でしかなかったが、それが役に立つなら手にしようと思った。
俺の動きが変わったら、国王も王太子も俺の変化に乗ってきたのだ。
あの人らは、国のトップとは思えないほどノリがいい連中だから、俺もやる気になったというのもあるけど。
でも、本人にそれを拒絶されるなら、話は別だ。
「……すんません、お姫さん。もう、ここには来ない方がいいと思う」
「何が…?」
「俺と一緒にいるのが苦痛なら、研究室を出ていった方が…」
「そんなこと一言も言ってないじゃない」
「でも、俺に触られるの嫌なんだよな?」
「…………………………………………………………がう」
何を言ったか、まるで聞こえなかった。
「今、なんて言ったんだ?」
「……だからっ、違うって言ってるじゃないっ!あなたに触られたら、もっと好きになって困っちゃうでしょ…っ!?」
今度は、俺の耳がおかしくなったらしい。
「え、っと〜〜、お姫さん…?」
「だからっ!アデル!」
「はいっ、アデル様…っ!」
「最近、あなた研究頑張ってるんでしょ?ずっとこの研究室にいるんでしょ?私の授業以外はずっと引きこもってるんでしょ?」
「……アデル様?」
次から次へと返事をさせてくれない問いが、息継ぎもなく続いていくから、俺の方が首を傾げた。
「そんなのっ、他に誰か女の人でも連れ込んでいるのかなって、勘繰っちゃうじゃないっ!」
「は」
「だから、無理言ってここに連れてきてもらったのに、全然そんな形跡ないしっ!じゃあ、最近のそっけなさはなんだったの!授業が終わったらすぐにどっか行っちゃって、全然音沙汰なくて……。あなた、私に思わせぶりな態度をとっておいて、本当は私のこと好きじゃないんでしょっ!?」
アデル様は矢継ぎ早に言い切ると、はあはあと肩で息をしながら、キッとこっちを睨んだ。
「そうなんでしょ!?」
「なんの話だよ!?」
声が裏返るほど驚きながら、両手を振りかざして否だと主張する。
「なんで、そんな話になったんだ!俺に浮いた話がないのは、あんたが一番よく知ってるじゃねえか!」
「そうよっ!でも最近ますます活躍しているから、とうとういい女に目をつけられて、そっちに乗り換えたんじゃないのっ!?」
「あんたしか好きじゃねえのに、んなわけねえわ!つーか、研究のしすぎでそんな時間はないっ!」
「…………本当に?」
アデル様は俺の白衣をちまっと指先で摘んで、くいくいと引っ張ってくる。
うん、だから、可愛いからやめてほしいってあれほど…、いや思っているだけで本人には伝えてねえや…。
「俺が好きなのは、お姫さんだけだよ」
「…最近忙しそうなのは、なんでよ。あと、アデルだって」
「貴族位を賜りたいからな、結果を出さないといけない時期なんだよ」
「あなたが、貴族…?そういうの興味なさそうだったのに?……ハッ、やっぱりどこかの女にモテるために!?」
「なんでそうなる。あんたを嫁にもらいたいからだろ」
「へっ」
俺の言葉に一言言葉にならない音を漏らして、アデル様は目をパチパチさせた。
その上目遣い瞬きに、全然理解が追い付いていないのが見て取れて、無性に湧いてくる愛おしさと気づかれてなかった悲しさと複雑な気持ちにがしてくる。
「……私?」
「他に誰がいるんだよ」
「私と結婚したいの…?」
「そうだよ」
後頭部をガシガシ掻きながら、いつになく真剣な目で目の前の惚れている女を見る。
こんなのやっぱりらしくないけれど、今言わなきゃダメなのもわかる。
「俺はただの平民だからな、本来ならあんたの顔すら見られない人間だ。だけど、この国は魔法使いの待遇がいい。今度の研究がうまくいったら、お姫さんを降嫁させてやってもいいと国王と王太子からも許可を得てる」
「お父様とお兄様も知っているの!?」
「ああ。すげえ楽しそうに、『反発が起きない程度の身分とそれなり財力があったらいいよー!』って国王に言われてる。あと、『研究結果次第では貴族位をあげちゃうから、頑張ってね〜』って王太子にも言われてる」
「お父様、お兄様……」
「だから、なんの誤解かわかんねえが、俺は最初からあんたしか見えてない。あんたがいなければ、貴族位なんて面倒くせえもの欲しくもないし」
ぶっきらぼうな言い方になってしまったが、アデル様の表情が明らかに変わっていくのが見えて、内心ホッとした。
「そう、なのねぇ…?」
今度はちょっとだけ不安そうに上目遣いをしながら俺を見てくるアデル様は、さっきよりも白衣を引っ張った。
「……だって、私魔法がちょっとできるだけの、第五王女なんだもの。お兄様やお姉様たちみたいに使い道があんまりないし」
「魔法はまだこれからだから、比べる段階でもないだろ」
「公爵令嬢とか、他にもあなたのこといいなって思っている人、何人かいるって私知ってるんだから」
「あんた、自分のことみそっかすの王女だと思っているけど、フツウにえらいただの王族なんだからな?あんたの言う、俺なんかが手の届かないところにいるいい女は、あんたが筆頭だからな?」
呆れたような物言いになったが、言いたいことは全部言えた気がする。
このお姫さんの自己評価が低いのはいつものことだが、それで俺がもう眼中にないと思われるのは面白くない。
他の令嬢がなんだ、それこそ興味がない。
俺の関心は、魔法の研究とアデル様だけ、それで全部だ。
俺をよく思う女が増えたのは、お姫さんが見た目を整えるように言ったからだし、言われても何もしなかった俺にアデル様が上達した魔法で勝手に整えてきたからだし。
俺の評価が上がっているとしたら、それはこの人のおかげでしかないのだ。
「俺はあんたがいいんだけど、あんたは俺じゃ嫌なのか?」
そう問いかけると、アデル様は反射的に首を振った。
それにハッと自分で気づいたように一回止まって、またすぐに首を振った。
今度はもっと強く、自分の意思で『そうじゃない』と俺に伝えるように、首が動いていた。
「じゃあ、問題ないな。…………はーーー、焦ったぁ」
「……絶対、綺麗でグラマラスな女の人を連れ込んでいるんだと思った。だから、お父様に突撃の許可を得たのに」
「なんだその具体的な怖い決めつけは。こっちはあんたしか好きになったことがないから、他の女なんてわかんねえよ。顔の見分けもつかないっつーの」
はああ、と深く息を吐いて、前髪を掻き上げた。
アデル様はそれを見ながら、少しだけ目を輝かせて、一歩半ほど俺に近づいてきた。
ぐっ…、近いって。
あ、いや、嫌って意味じゃないし、というかマグカップの破片が飛び散ってるから、むしろもっとこっちにきてくれた方がいいだが。
「本当に私だけ?」
「はあ?そうだよ」
「本当に本当に、本当に、私だけ?」
「ほんとにほんとにほんとにほんとに、ほんとにお姫さんだけ。あっ…、アデル様だけだって」
「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜んっ」
急にニヤニヤとしはじめたアデル様は、さらに俺に近づいてきて満足そうに笑った。
その笑顔は、俺の好きな笑い方だった。
「ねえねえ、さっきの前言撤回するわ」
「なんの話だ」
「私にはどれだけ触ってもいいよ?もっと好きになってもいいみたいだし」
「…………やめとく。結婚できてからな」
「なんで?」
「あんた、いい身分のお嬢さんだろうが。もっと節度を持て、バカヤロウ!」
「ええぇ〜、今時の貴族だってもうちょっと親密よ?」
「そういうのは、夫婦になってからでいいからっ!」
俺が抵抗するから、俺が必死に逃げ惑うというおかしな図が展開されることとなったのだった。
とりあえず、早く成果を出して、この人を嫁にもらわないとだな。
了
お読みくださりありがとうございました!!
267日目。




