七人目
魔王を討った英雄は、六人だった。
聖剣を振るった勇者レオン。
神託を受けた聖女ミレイユ。
千の魔物を斬った剣士ガルド。
王都一の魔法使いセラフィナ。
未来を読む賢者アルベルト。
そして、最後まで彼らを支えた第三王子ユリウス。
王都の広場には、六人の像が並んでいる。
子供たちはその足元を走り回り、旅人は像を見上げ、詩人たちは彼らの英雄譚を歌う。
魔王討伐から三十年が経った今でも、六人の名前を知らない者は、この国にはほとんどいない。
だから私は、王立書庫の若い書記官に尋ねられたとき、少しだけ困った。
「先生。本当に、七人いたんですか?」
机の向こうで、彼は古びた遠征記録を抱えている。
私は羽根ペンを置いた。
「いたよ」
「でも、どの年代記にも六人としか書かれていません」
「そうだろうね」
「名前は?」
その問いに、私は少し考えた。
名前くらいなら、すぐに答えられる。
けれど、名前だけを教えてしまえば、また同じことになる気がした。
「君は、英雄たちが魔王城までどうやって行ったか知っているかい?」
「もちろんです。王都を出発して、黒森を抜け、竜骨山脈を越え、亡者の谷を通り――」
「食事は?」
「……はい?」
「彼らは半年以上旅をした。毎日、何を食べた?」
若い書記官は口を閉じた。
「馬は誰が世話をした?」
「それは……」
「夜営地は誰が決めた。破れた靴は誰が直した。毒草と薬草を見分けたのは。川が増水したとき、渡れる浅瀬を探したのは。負傷者が出たとき、血のついた包帯を洗ったのは。戦死した兵を、誰が埋めた?」
彼は答えられなかった。
私は窓の外へ目を向けた。
王立書庫の高い窓から、広場の六つの像が見える。
どれも立派だ。
だからこそ、七人目の場所がないことがよく分かる。
「三十年前、私は彼らと旅をした」
若い書記官の目が大きくなった。
「先生が?」
「私は途中から同行しただけだ。だが、七人目のことはよく覚えている」
彼は慌てて紙を用意した。
「聞かせてください」
「長い話になるよ」
「構いません」
私は笑った。
昔なら、こんな話を誰かにすることはなかった。
けれど、もういいだろう。
三十年も待ったのだから。
彼の名はノアと言った。
英雄たちと同じ村で生まれたわけでも、名門の家に生まれたわけでもない。
王都の外れにある荷運び屋の息子で、十五のときから隊商に混じって各地を歩いていた。
魔王討伐隊に加わった理由も、立派なものではない。
「日当がいいからですよ」
初めて会ったとき、彼はそう言って笑った。
当時の私は王宮から派遣された記録官だった。
討伐隊の功績を記録するため、竜骨山脈の手前にある砦で一行へ合流した。
その時点で、私は彼らをすでに知っているつもりだった。
勇者レオンは正義感にあふれ、誰よりも前に立つ男。
聖女ミレイユは慈悲深く、傷ついた者を見捨てない。
剣士ガルドは無口だが義理堅い。
魔法使いセラフィナは気難しいが、その魔力は国一番。
賢者アルベルトは冷静で、どんな状況でも最善を選ぶ。
王子ユリウスは身分に驕らず、皆をまとめる。
それが王都から渡された人物資料に書かれていた。
そして、その資料にノアの名前はなかった。
「あなたは?」
私が尋ねると、彼は大きな背負い袋を担ぎ直した。
「荷物持ちです」
「討伐隊の?」
「そうです」
「兵士ではないのですか?」
「剣は使えますけど、得意じゃないですね。魔法も使えません。神様の声も聞こえません」
それから少し考え、付け足した。
「でも、鍋なら焦がしません」
私は冗談だと思った。
だが、その日の夜、その言葉が冗談ではなかったことを知った。
彼は野営地に着くと、誰よりも先に火を起こした。
泥だらけの鍋を川で洗い、干し肉を細かく刻み、保存用の豆と山菜を入れて煮込む。
その間に馬へ水を飲ませ、破れた天幕を縫い、セラフィナの杖に巻いてあった革紐まで直していた。
「ノア、塩が薄い」
ガルドが言う。
「昨日、あなたが使いすぎたんですよ」
「知らん」
「知ってます。夜中に干し肉へ振って食べてたでしょう」
ガルドは黙った。
横でミレイユが笑った。
「ノア、私の分は少なめで」
「駄目です。昼もほとんど食べてないでしょう」
「食欲がなくて」
「明日倒れたら、背負うのは私なんですよ」
そう言われ、聖女は渋々器を受け取った。
勇者が笑い、王子まで吹き出した。
私はその様子を見ながら、妙な感覚を覚えていた。
英雄たちは確かに強かった。
だが、その夜、彼らを一つの旅の仲間に見せていたのはノアだった。
竜骨山脈では、三日間吹雪いた。
予定していた道は雪で埋まり、先へ進むことも戻ることもできなくなった。
賢者アルベルトが地図を広げ、代替路を探した。
「東へ迂回すれば、二日で旧坑道に出る」
「そこは崩落している可能性があるわ」
セラフィナが言った。
「しかし、ここに留まれば食料が尽きる」
勇者たちは話し合った。
私は震えながら、その様子を書き留めていた。
そのとき、ノアが雪を握り、鼻先へ近づけた。
「西へ行きましょう」
全員が彼を見る。
「西?」
「風が変わっています。あっちに岩壁があるはずです」
アルベルトが眉を寄せた。
「地図にはない」
「この地図、十五年前のものですよね」
「そうだが」
「山は崩れます。隊商では地図より風を見ることがあります」
「根拠は?」
「雪の積もり方です」
アルベルトはしばらく黙っていた。
最終的に、勇者レオンが言った。
「ノアを信じよう」
三時間後、私たちは巨大な岩棚を見つけた。
風を防げるだけではない。
奥には浅い洞窟まであり、そこで吹雪をやり過ごすことができた。
その夜、私は記録帳にこう書いた。
『一行、賢者アルベルトの機転により安全な洞穴を発見。竜骨山脈の難所を越える。』
そう書けと言われていたからだ。
王宮へ送る公式記録には、身分のない荷物持ちの判断を書く欄などなかった。
私は一度だけノアを見た。
彼は何も知らず、濡れた薪を乾かしていた。
亡者の谷では、ミレイユが倒れた。
呪いを受けた兵士たちを一晩中治療したあとだった。
「休めと言ったでしょう」
ノアは珍しく怒っていた。
「でも、あの人たちを放ってはおけなかったから」
「あなたが倒れたら、次に怪我をした人は誰が治すんです」
「……ごめんなさい」
「謝る相手が違います」
ノアはそう言いながら、彼女の額に濡れ布を置いた。
その日の行軍は中止になった。
ところが夜になると、谷の奥から亡者の群れが現れた。
百を超えていたと思う。
剣士ガルドと勇者レオンが前に出た。
セラフィナが炎を放ち、ユリウスが兵をまとめる。
私は岩陰で震えていた。
その横でノアは、眠ったままのミレイユを背負った。
「逃げるぞ」
「しかし、皆が」
「私たちが残ったところで邪魔です」
「どこへ?」
「昼に見つけた裂け目があります。そこなら亡者は一度に一体しか通れない」
「そんな場所が?」
「水を汲みに行ったときに見ました」
私たちはそこへ逃げ込んだ。
やがて勇者たちも後退してきた。
狭い裂け目を利用し、夜明けまで戦い続けた。
結果として、全員が生き残った。
後日、王都へ送られた記録にはこう記された。
『勇者レオンの卓越した判断により地形を利用し、亡者の大群を退ける。』
実際に最後まで剣を振ったのはレオンだった。
嘘ではない。
ただ、すべてではなかった。
そういうことが、何度もあった。
毒の混じった泉を見抜いたのもノアだった。
敵軍が捨てた食料に罠があると気づいたのもノアだった。
崩れた橋を渡るための縄を編んだのも、足を捻ったガルドに杖を作ったのも、セラフィナが高熱を出した夜に一晩中看病したのもノアだった。
誰かが死ねば、穴を掘った。
名前の分からない兵士でも、必ず石を一つ置いた。
「どうしてそこまでするんだ」
私が尋ねたことがある。
ノアは土のついた手を眺めながら答えた。
「誰かがやらないと、その人がいなかったことになるでしょう」
私はその言葉を忘れなかった。
それなのに私は、ノア自身を記録しなかった。
魔王城へ入ったとき、一行はもう限界だった。
兵士のほとんどを失い、残ったのは英雄六人と私、そしてノアだけだった。
魔王との戦いについては、今さら詳しく話す必要もないだろう。
何百冊もの本に書かれている。
勇者が聖剣で魔王の胸を貫き、聖女が結界を破り、剣士が右腕を斬り落とし、魔法使いが城の魔力炉を破壊し、賢者が魔王の弱点を見抜き、王子が最後まで全員を鼓舞した。
全部、本当だ。
けれど、一つだけ書かれていない。
最後の戦いの直前、勇者レオンの聖剣は折れていた。
魔王城の門番との戦いで刃に亀裂が入り、そのままでは次の一撃に耐えられない状態だった。
「終わりだ」
レオンは初めて、そう呟いた。
セラフィナにも直せなかった。
魔法で生み出された剣ではないため、修復には鍛冶設備が必要だった。
誰も何も言えなかった。
そのときノアが、背負い袋を下ろした。
「一時間ください」
「何をするつもりだ」
「直します」
「無理だ」
ガルドが言った。
「炉も金床もない」
「ありますよ」
ノアは壊れた鎧を拾った。
石を組んで簡易炉を作り、城内から木材を集め、セラフィナに火を頼んだ。
金床の代わりに魔王城の石像の台座を使った。
「鍛冶ができるのか?」
私が聞いた。
「父が荷運び屋になる前、鍛冶屋だったんです」
「初めて聞いた」
「聞かれませんでしたから」
彼は笑った。
一時間後、聖剣は完全ではないながら、もう一度だけ振れる状態になった。
「一回です」
ノアはレオンへ剣を渡した。
「二回振ったら折れます」
レオンはそれを握りしめた。
「十分だ」
その一撃で、魔王は死んだ。
戦いが終わったあと、魔王城は崩れ始めた。
天井が落ち、床が裂ける。
私たちは走った。
出口まで、あと少しだった。
そのとき、背後で石柱が倒れた。
最後尾を走っていたノアが巻き込まれた。
「ノア!」
レオンが戻ろうとした。
「来るな!」
ノアが叫んだ。
腰から下が石に挟まれていた。
どう見ても助け出せる状態ではなかった。
「まだ間に合う!」
レオンが石へ手をかけた。
「無理です!」
「黙れ!」
「勇者!」
ノアが初めて彼をそう呼んだ。
レオンの動きが止まった。
「ここまで来たんですよ」
ノアは笑っていた。
「帰ってください」
ミレイユが泣きながら首を振った。
「嫌です」
「聖女様」
「嫌です!」
「あなたが生きて帰らないと、助けた人たちが困るでしょう」
いつもの言葉だった。
ミレイユは泣き崩れた。
ノアは一人ずつ顔を見た。
「ガルドさん。夜中に塩を使いすぎないでください」
「……うるさい」
「セラフィナさん。杖の革紐は半年に一回替えたほうがいいです」
「自分でやりなさいよ」
「アルベルトさん」
「なんだ」
「地図だけを信じないでください」
アルベルトは目を伏せた。
「ユリウス殿下」
「……聞いている」
「帰ったら、荷運び屋の税金を少し安くしてください」
王子は泣きながら笑った。
「考えておこう」
最後にノアはレオンを見た。
「剣、一回だけですよ」
「分かっている」
「もう使わないでくださいね」
「ああ」
城が大きく揺れた。
私は何も言えなかった。
ノアがこちらを見る。
「記録官さん」
「……はい」
「みんな、格好よく書いてくださいね」
私は頷いた。
それが、彼と交わした最後の言葉だった。
王都へ帰還したとき、国中が沸いた。
鐘が鳴り、花びらが舞い、人々が英雄たちの名を叫んだ。
レオン。
ミレイユ。
ガルド。
セラフィナ。
アルベルト。
ユリウス。
六人。
私は報告書を書いた。
最初の原稿には、ノアの名前も入れた。
竜骨山脈で洞窟を見つけたこと。
亡者の谷で退路を見つけたこと。
数え切れないほど皆を支えたこと。
そして、折れた聖剣を直したこと。
提出した翌日、上官から呼び出された。
「この人物は誰だ?」
「討伐隊の一員です」
「兵籍がない」
「荷物持ちとして雇われていました」
「では、功績者ではない」
「しかし彼がいなければ――」
「記録とは事実を書くものだ」
上官は赤いインクで、ノアの名前に線を引いた。
「国家が任命した討伐隊は六人だ。余計な者を英雄に加えれば、後世が混乱する」
「ですが」
「それに、民衆は分かりやすい物語を求めている」
六人の英雄。
確かに綺麗だった。
勇者、聖女、剣士、魔法使い、賢者、王子。
そこへ荷物持ちを一人加えると、物語の形が悪くなる。
「書き直せ」
私は命令に従った。
ノアの名前を消した。
洞窟を見つけた功績はアルベルトへ。
裂け目を発見した判断はレオンへ。
聖剣の修復については、記録そのものを削った。
魔王は勇者の聖剣によって討たれた。
それだけで十分だと言われた。
私は書き直した。
そして、その記録が正史になった。
「どうして……」
若い書記官は、震える声で言った。
「どうして今まで黙っていたんですか?」
私は答えなかった。
正確には、答えられなかった。
三十年間、何度も自分に同じ質問をした。
命令だったから。
若かったから。
職を失うのが怖かったから。
英雄たち自身も強く反対しなかったから。
理由はいくらでもある。
けれど、どれも言い訳にしかならない。
「六人は、そのことを?」
「覚えているよ」
「なら、なぜ」
「彼らにもそれぞれ事情があった」
勇者レオンは、魔王討伐後すぐに国境戦争へ送られた。
聖女ミレイユは教会の象徴になった。
王子ユリウスは王位継承争いに巻き込まれた。
彼らは何度かノアの名を出そうとした。
だが、「正史と異なる証言は国民を混乱させる」と止められた。
やがて時間が経った。
六人の像が建った。
歌が作られた。
子供向けの絵本まで出版された。
一度出来上がった物語は、あまりにも強かった。
真実よりも強かった。
「先生」
若い書記官が言う。
「その人の墓はどこにあるんですか?」
「ない」
「家族は?」
「両親は彼が旅に出る前に亡くなっていた。兄弟もいない」
「では……」
「ああ」
私は頷いた。
「誰も彼を覚えていない」
その言葉を口にした瞬間、三十年前のノアの声が蘇った。
『誰かがやらないと、その人がいなかったことになるでしょう』
私は目を閉じた。
結局、私は彼をそうしてしまった。
「だから、本を書くことにした」
「本?」
「英雄たちの話ではない」
私は机の引き出しから、分厚い原稿の束を取り出した。
三十年間集め続けた記録だった。
遠征に参加した兵士。
途中の村で食料を分けてくれた農夫。
橋を直した大工。
負傷兵を運んだ馬車乗り。
武器を研いだ鍛冶屋。
雪山で道を教えた猟師。
英雄たちが帰還した陰で、名前も残らず死んでいった人々。
誰も銅像にならなかった。
歌にもならなかった。
「ノアだけじゃないんですね」
「そうだ」
魔王を倒したのは六人だ。
それは間違っていない。
けれど、六人だけで魔王城へたどり着いたわけではない。
歴史というものは、最後に剣を振った人間の名前ばかりを残す。
その剣を作った人間。
運んだ人間。
折れた剣を直した人間。
そこまでの道を作った人間。
そういう名前は、簡単に消える。
「タイトルは決まっているんですか?」
若い書記官が尋ねた。
「ああ」
私は一枚目を彼へ渡した。
そこには、大きな文字で題名を書いてある。
『七人目』
書記官はしばらく、その文字を見つめていた。
「ノアについての本だからですか?」
「最初はそのつもりだった」
「最初は?」
私は窓の外を見た。
広場には、今日も六つの像が立っている。
その周りを掃除する老人がいる。
花を売る少女がいる。
馬車を直す職人がいる。
英雄の像を見上げる子供の手を引く母親がいる。
きっと、歴史には残らない人たちだ。
「英雄の隣にいた七人目だけじゃない」
私は言った。
「どんな物語にも、七人目がいる」
書記官は黙って聞いていた。
「六人の名前しか書かれていないなら、その外側に誰かがいる。食事を作った人間がいる。道を作った人間がいる。傷を洗った人間がいる。帰りを待った人間がいる。墓を掘った人間がいる」
私は原稿を撫でた。
「だから、これはノア一人の話じゃない」
「では、誰の話なんです?」
「名前の残らなかった人たちの話だ」
窓の外から鐘の音が聞こえた。
正午を告げる鐘だ。
三十年前、英雄たちが帰還した日にも、同じ鐘が鳴っていた。
私は立ち上がる。
「先生?」
「広場へ行こう」
「どうしてですか?」
「確かめたいことがある」
六つの像の前には、多くの人がいた。
観光客らしい親子が、像を指差している。
「お父さん、勇者様はどれ?」
「あれだよ。真ん中の剣を持っている人だ」
「じゃあ聖女様は?」
「あっちだ」
子供は六人を順番に見た。
「六人で魔王を倒したの?」
「そうだよ」
私はその会話を聞きながら、像の後ろへ回った。
台座の裏側。
人目につかない場所に、小さな傷がある。
三十年前、像が建てられた夜につけたものだ。
私は指で土埃を払った。
そこには一つだけ、名前が刻んである。
ノア。
上官に記録を消された日の夜、私はここへ来た。
小さな刃物で、名前を刻んだ。
それだけしかできなかった。
たった五文字。
三十年間、誰にも見つからなかった五文字。
「先生……」
書記官が息を呑んだ。
「これをあなたが?」
「ああ」
「最初から忘れるつもりはなかったんですね」
「違うよ」
私は首を振った。
「忘れないことと、残すことは違う」
私一人が覚えていても、私が死ねば終わる。
だからようやく、本を書く。
「出版してください」
若い書記官は言った。
「必ず」
「王立書庫は許可しないかもしれない」
「なら、私が写します」
「君が?」
「十冊でも百冊でも」
私は思わず笑った。
三十年前にも、同じような男がいた。
できない理由より、やる方法を先に考える男だった。
「では頼むよ」
「はい」
広場では、子供たちが英雄の像の周囲を走っている。
誰かが聖女へ花を供えた。
掃除夫が落ちた花びらを拾う。
その花びらを、風が一枚だけ像の裏へ運んできた。
ノアの名前の上に落ちた。
私はそれを拾わなかった。
そのままでいいと思った。
魔王を倒した英雄は、六人だった。
それは、これからも変わらない。
けれど。
その英雄たちが魔王城へたどり着くまでには、名前のない手がいくつもあった。
食事を作る手。
荷物を持つ手。
傷を洗う手。
壊れたものを直す手。
死者を埋める手。
そして、最後に折れた聖剣をつなぎ直した手。
歴史は、そのすべてを書くことはできないのかもしれない。
だからせめて、忘れてはいけない。
六人しか書かれていない物語を見つけたなら。
その隣を探してほしい。
そこにはきっと、七人目がいる。




