第9話(最終話) アレイン、世継ぎを決める法を提案する【王国の安定】
王都での騒動から一夜明け、僕たちはいよいよ王城の謁見の間へと通された。
高い天井、磨き抜かれた床、そして左右に並ぶ屈強な近衛兵たち。
その最奥の玉座に座っていたのは、この国の王、レガルド国王陛下だ。
白髪交じりの髪に威厳ある髭を蓄えているが、その眼光は鋭く、かつて戦場を駆け抜けた武人の名残を感じさせる。
「面を上げよ」
重厚な声が響く。
僕と父、そして護衛として特例で同席を許されたクラリスが顔を上げる。
「やあ、レガルド! 久しぶりだな! 息災そうで何よりだ!」
「父上、言葉遣い!」
いきなり友人に話しかけるような父の態度に、僕は慌てて小声で注意した。
しかし、国王陛下は不快になるどころか、口元を緩めて笑った。
「よいよい。ギルベルトとは、泥水をすすりながら戦場を共にした仲だ。堅苦しいのは無しにしよう」
陛下は懐かしむように父を見る。
二人の間には、僕には計り知れない絆があるようだ。
書物によれば、三十年前の『双龍の戦役』。当時第一王子だった現国王陛下と、当時の第二王子による泥沼の後継者争いがあった。
その際、圧倒的不利だった陛下を武勇で支え、勝利に導いた英雄こそが、若き日の父ギルベルトなのだ。
「それにしてもアレイン殿。そなたの噂は聞いておるぞ」
不意に陛下が僕を見た。
「昨日の検問での一件だ。『王冠税』なる詐欺を見破り、我が名を汚す不届き者を成敗したそうだな?」
「は、はい。成敗というか、法を説いただけですが……」
「それが良いのだ。武力ではなく、知恵で王の権威を守った。見事であった」
「恐縮です」
僕は深々と頭を下げた。隣でクラリスが「ふふん」と自分のことのように鼻を高くしている気配がする。
ひとしきり和やかな空気が流れた後、陛下はふと表情を曇らせた。
「……だが、ギルベルトよ。お主が引退するとなると、少々心もとないのう」
「陛下、何か懸念でも?」
「うむ。実はな……今のワシにも、第一王子と第二王子がおるのだ」
陛下の言葉に、謁見の間の空気が張り詰める。
それは、三十年前の悲劇の再来を予感させる言葉だった。
「二人とも優秀だ。優秀すぎるがゆえに、派閥ができつつある。ワシが死んだ後、国が二つに割れて殺し合いになるのではないか……それが心配でならん」
王国の歴史は、血塗られた継承争いの歴史でもある。
兄弟で殺し合う悲劇を、陛下は誰よりも知っているのだ。
「陛下……」
父が難しい顔をして腕を組む。
剣で敵を倒すことはできても、身内の争いを止めるのは武人の領分ではない。
重苦しい沈黙が流れる中、父がポンと僕の背中を叩いた。
「そうだ、陛下。我が息子アレインは法に詳しいのです。こいつに話を聞いてみてはどうでしょう?」
「……ほう?」
陛下の視線が僕に刺さる。
(ええっ、そんなこといきなり聞かれても困るんだけどなぁ!)
僕は冷や汗をかいた。国家の存亡に関わる問題を、ただの男爵叙任に来た若造に振るなんて。
だが、陛下の目は真剣そのものだった。
すがるような、けれど希望を見出そうとする瞳。
「アレイン殿。国を割らないための方策……何か知恵はないかのう?」
僕は一度、目を閉じて思考を巡らせた。
歴史書、法典、判例集。頭の中にある知識の図書館を検索する。
争いの原因はいつも『曖昧さ』だ。
どちらも正当性を主張できるから、争いが起きる。ならば――。
「……陛下。僭越ながら申し上げます」
「うむ。申してみよ」
「法を作ればよいかと存じます。これまでは『王が指名した者が継ぐ』あるいは『実力がある者が継ぐ』という慣習でしたが、これを明文化するのです」
「明文化、とな?」
「はい。例えば、『王位継承権は長子(第一子)が最優先で継承する』という『長子相続法』を制定するのです」
陛下が髭を撫でながら頷く。
「ほうほう。確かに長男が継ぐのは理に適っているな。だが、優秀な次男を推す声もあるぞ?」
「そこが落とし穴です。『優秀さ』は主観で変わりますが、『生まれた順番』は誰にも変えられぬ絶対の事実です」
僕は一歩前に進み出た。
「法とは、誰が見ても明らかな基準を作るためにあります。これを法制化することで、『王位は長子が継ぐもの』というルールを絶対のものとします。そうすれば、第二王子を担ぎ上げようとする貴族は『法の破壊者』となり、大義名分を失います」
「なるほどのぉ……」
「慣習を固定化し、法とすることで、争いの火種を事前に消すのです」
シン、と静まり返った謁見の間に、陛下の感嘆の息が漏れた。
やがて、陛下は玉座の肘掛けをバンと叩いた。
「素晴らしい! まさに目から鱗だ! 剣ではなく、紙とペンで国の安寧を守るとはな!」
陛下は身を乗り出し、僕を指さした。
「なあアレイン。お主、王都に残れ」
「へっ?」
「その法を作ろうではないか。王国の未来のために、お主の知恵が必要だ。法務大臣……いや、まずは法典編纂室の長として、ワシの側で働いてくれ!」
まさかのスカウトだった。
リーヴェル市へ帰るつもりだったのに、いきなり国の中枢だなんて。
「あ、あの、父上!?」
助けを求めると、父は豪快に笑っていた。
「ガハハハ! 良かったなアレイン! 陛下、剣も使えぬ愚息ですが、どうぞお役立てください!」
「うむ! 借りるぞ、ギルベルト!」
父と陛下だけで話が進んでいく。
僕は呆然としていると、横からそっと手が握られた。
「おめでとうございます、アレイン様」
クラリスだ。彼女はどこか誇らしげに、そして熱っぽい瞳で僕を見つめていた。
「アレイン様が王都に残るなら、私もお供します。近衛騎士の試験でも受けて、必ずやお傍におりますから」
「え、クラリスまで?」
「当然です。王都の悪い虫がつかないよう、昼も夜も、私が守り抜いてみせます……♥」
彼女の瞳の奥で、怪しい炎が揺らめいた気がする。
どうやら、王国の法を作るという大仕事に加え、彼女からの愛の逃走劇も、まだまだ続くことになりそうだ。
「はぁ……。わかりました。微力ながら、尽くさせていただきます」
僕は覚悟を決めて、国王陛下に頭を下げた。
◇◆◇
こうして、僕は王都に残り、法典を編纂することになった。
後に完成したこの法典は、制定者の名を冠して『アレイン法典』と呼ばれることになる。
明確な継承順位と、公正な裁判手続きを記したその法典は、一千年近くにわたり、王国のみならず周辺諸国の模範として、平和な時代の礎となったのだった。
剣も槍もダメな領主三男による『法廷無双』。
その名は、歴史書の中に永遠に刻まれることとなった。
(完)
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




