第8話 王様の名を語るな!【王冠税詐欺事件】
王都エルディア。
国の中心であり、最大の都市であるこの街は、地方から来た僕たちを圧倒するような熱気と活気に満ちていた。
巨大な城壁をくぐり、石畳の大通りを馬車が進む。
「おお! 相変わらず人が多いな! 見ろアレイン、あれが王城だ!」
父ギルベルトが窓から身を乗り出し、子供のようにはしゃいでいる。
彼が指さす先には、街を見下ろすようにそびえ立つ白亜の巨城が見えた。
「すごいですね……。あそこに国王陛下がいらっしゃるんですね」
「うむ。明日はいよいよ謁見だ。男爵位の叙任、ビシッと決めてこいよ!」
父の言葉に胃がキリキリと痛む。
そんな僕の様子を見て、向かいの席のクラリスが心配そうに覗き込んできた。
「アレイン様、顔色が優れません。……王城の警備兵が多すぎますか? ご安心を、いざとなれば私が全員なぎ倒して退路を作ります」
「いや、作らなくていいから。僕たちは平和的に来たんだから」
過激な発言をサラリと言う彼女をなだめていると、不意に馬車が停止した。
外から「検問だ!」という威圧的な声が聞こえてくる。
◇◆◇
馬車の扉が開かれ、制服を着た男がヌッと顔を出した。
王都の下級官吏のようだ。痩せぎすで、どこか卑屈な目つきをしている。
「ヴァルムシュタット伯爵一行ですね。入都税の確認です」
「なんだと? 通行手形なら持っているぞ」
父が懐から手形を取り出すが、官吏はそれを鼻で笑って無視した。
「いえいえ、手形のことではありません。最近、王命により『王冠税』が導入されましてね。地方から来た貴族や商人は、入都の際に金貨十枚を納める義務があるのです」
「王冠税だと? 聞いたことがないぞ!」
「つい先日決まったばかりですからな。田舎……いや、地方の方々がご存じないのも無理はありません」
官吏はニヤニヤしながら、一枚の羊皮紙を突きつけてきた。
そこには確かに『王冠税徴収令』と書かれ、もっともらしい文言が並んでいる。
父の顔が怒りで赤くなった。
「金貨十枚だと!? ふざけるな、そんな大金!」
「おや、払えないのですか? 王命に逆らうとは、伯爵家ともあろうものが嘆かわしい。払えないなら、入都は許可できませんな」
官吏の態度は挑発的だ。
父が腰の剣に手をかけそうになる。
だが、僕はその前に手を出し、官吏から羊皮紙を受け取った。
「……父上、待ってください。少し見せていただけますか」
「む、アレイン?」
僕は羊皮紙に目を通す。
紙質は上等。書式も王都の公文書に似せている。金額も、貴族なら「痛いけれど払えなくはない」という絶妙なラインだ。
実によくできている。
――しかし。
(……詰めが甘いな)
僕は小さくため息をつき、馬車を降りた。
「あの、官吏さん。これは本当に『王命』によるものなんですか?」
「なんだ小僧。疑うのか? そこにある王家の紋章が見えんのか!」
官吏が声を荒らげる。
クラリスが殺気立って一歩踏み出すが、僕はそれを手で制して、冷静に官吏を見据えた。
「紋章はありますね。ですが……この徴収令、無効ですよ」
「は、はあ!? 何を言って――」
「エルディア王国法典、第三章『税制』の規定をご存知ですか? 新たな税を導入する場合、必ず満たさなければならない三つの要件があります」
僕は指を三本立てて見せた。
「一つ、『国王陛下の御璽』が押印されていること。これには紋章は印刷されていますが、肝心の印章がありません」
「そ、それは……急な決定だったから後で押すことになっていて……」
「御璽が後日、という前例はありません。もしあるなら、何年の第何号勅令ですか?」
僕は逃げ道を塞ぐように問い詰める。
官吏は言葉に詰まり、視線を泳がせた。
「二つ、『三十日間の公告期間』を設けること。施行の三十日前には、必ず官報や街の掲示板で告知されなければなりません。僕はここに来るまでの宿場町で官報をチェックしていましたが、『王冠税』なんて文字は一行もありませんでしたよ」
官吏の額に脂汗が浮かぶ。
周囲を通行する人々が、何事かと足を止め始めた。
「そして三つ、『公布日』の記載です。この書類、日付が空欄になっていますね? いつ施行されたかもわからない法律で、金を徴収するつもりですか?」
「ぐ、ぐぬぬ……! こ、細かいことをグチグチと! とにかく払え! 払わなければ公務執行妨害で――」
「公務執行妨害? いいえ、違いますね」
僕は一歩、官吏に近づいた。
「手続き不備の税を徴収するのは、ただの『恐喝』です。しかも、あなたは『王命』と偽った」
僕は声を張った。
「存在しない税を、王の名を騙って徴収する行為。……これは単なる詐欺ではありません。『王権冒用罪』、すなわち国家への反逆にも等しい重罪ですよ!」
その言葉に、官吏の顔から血の気が引いた。
周囲の野次馬からも、恐怖混じりのざわめきが起こる。
「王様の名を使ったのか!?」
「おい、それ首が飛ぶやつだぞ……」
王都に住む彼らは知っているのだ。王の権威を傷つけることが、どれほど重い罪になるかを。
「ひっ、ひぃ……!」
「今すぐ衛兵を呼びましょうか? それとも、この場で不正を認めて謝罪しますか?」
官吏はガタガタと震えだし、その場にへたり込んだ。
「も、申し訳ありませんでしたぁぁぁ! 私の独断です! 小遣い稼ぎがしたかっただけで……!」
どうやら、地方貴族の無知につけこんで、小銭を巻き上げようとしていただけらしい。
騒ぎを聞きつけた本物の衛兵たちが駆けつけ、青ざめた官吏を取り押さえて連行していった。
◇◆◇
「ぶはははは! 痛快、痛快! 王都に着いた早々、またしても『口先』で勝ったか!」
再び動き出した馬車の中で、父は上機嫌だった。
「口先ではありません、父上。論理です」
「まあ同じようなもんだ! しかし、よくあんな細かい規定を知っていたな」
「法律は弱者の剣ですから。……それに」
僕は遠ざかる王城を見上げながら、ポツリと言った。
「明日、陛下にお目通りする前に、陛下の名を守る仕事をしてしまいましたね」
父は一瞬きょとんとして、それから今日一番の大爆笑をした。
「違いない! ガハハ、こりゃあ陛下への良い土産話ができたわ!」
隣ではクラリスが、うっとりとした瞳で僕を見つめている。
「アレイン様……。見えざる悪を暴くその知性、まさに王都の闇を切り裂く光です。今夜は、そのご褒美を……」
「いや、明日は早いから寝かせてね!?」
こうして、僕たちの王都での第一歩は、小さな事件と共に幕を開けた。
(王都かぁ、何か珍しい本でも売ってたら買いたいな)
僕は本屋や古書店めぐりができればいいなと思っていた。
王都にもトンボはいる。
つがいになったのか、ケンカしているのかは分からなかったが、二匹のトンボが馬車の横を通り過ぎていった。
ふと、横にいるクラリスを見ると、ニコニコとほほ笑んでいた。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




