第7話 僕が男爵!? え~っ、リーヴェル市って預かっているだけかと思っていた【王都へ】
季節は巡り、空が高くなってきた初秋の頃。
僕、アレイン・フォン・ヴァルムシュタットは、久しぶりに実家であるヴァルムシュタット伯爵邸へと戻ってきていた。
馬車の窓から見える領地の景色は、実りの秋を迎えて黄金色に輝いている。
かつて母上は、僕を生むと同時にこの世を去ったと聞いている。
だからこそ、父上や二人の兄上は、剣の才能がまったくない僕を疎むどころか、過保護なまでに可愛がってくれたのだ。
「……懐かしいな。数ヶ月ぶりなだけなのに」
僕が呟くと、隣に座る赤髪の騎士――クラリスが、優しく微笑んだ。
「アレイン様、故郷への凱旋ですね。胸を張ってください」
「凱旋ってほどじゃないよ。父上に呼び出されただけだからね」
屋敷に到着すると、使用人たちが総出で出迎えてくれた。
そして、その中央から、ひときわ大きな影が飛び出してくる。
「ぶはははは! アレイン! よく帰ってきたなぁ!」
熊のような巨体。豪快な笑顔。
我が父、ギルベルト・フォン・ヴァルムシュタット伯爵だ。
「……ただいま戻りました、父上。お元気そうで何よりです」
「おうとも! だが、オマエの活躍には驚かされたぞ。リーヴェル市をよく治めているようだな。感心、感心!」
父は僕の背中をバシバシと叩く。相変わらず痛い。
どうやら、井戸の一件や、コーン村での『根菜隔離法』、それに時計の件などの報告は届いているらしい。
「すべては、本で得た知識の応用です。それに、クラリスが守ってくれましたから」
「うむ! その謙虚さが良い! だがなアレイン、今日は大事な話があるのだ」
父は急に真面目な顔つきになり、僕を執務室へと招き入れた。
◇◆◇
重厚な執務机を挟んで、父と向かい合う。
父は腕組みをして、真剣な眼差しで僕を見据えた。
「アレインよ。俺もそろそろ、隠居を考えていてな」
「えっ? まだ早いのでは?」
「いや、レオンもディートリヒも立派に育った。俺がいつまでもでしゃばるより、若い世代に任せるべきだろう」
父はそこで言葉を切り、ニヤリと笑った。
「そこでだ。これから王都へ挨拶に行くぞ」
「王都へ? 僕もですか?」
「ああ。国王陛下に奏上し、オマエを『男爵』に叙任してもらうよう頼むつもりだ」
「――はい?」
思考が停止した。
男爵? 僕が?
「え、えええっ!? ちょ、ちょっと待ってください父上! 男爵って、つまり僕はヴァルムシュタット家から独立して、分家になるってことですか!?」
「その通りだ! リーヴェル市を基盤とした、新しい貴族家の当主となるのだ!」
僕はてっきり、リーヴェル市は父の領地の一部として、管理人(代官)のような立場で預かっているだけだと思っていた。
まさか、独立した領主になるとは夢にも思っていなかったのだ。
「無理です無理です! 僕みたいなひ弱な人間が、一国一城の主なんて!」
「何を言うか! オマエはすでに立派な実績を上げている。剣がなくとも、オマエには『法』という武器があるではないか」
父は力強く頷く。その目には、息子への信頼が満ちていた。
「それに……心配せずとも、強力な『守り刀』がいるだろう?」
父の視線が、僕の斜め後ろに控えているクラリスに向けられる。
すると、父は急に表情を崩し、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。
「おい、アレイン。クラリスとはうまくやっているか? んん?」
「うっ……!」
「もう『夜の太刀筋』も見切ったか? 孫の顔を見るのも、そう遠くないかな?」
直球すぎる質問に、僕は顔から火が出るかと思った。
「パッパ……じゃなくて父上! な、何を公の場で!」
慌てて否定しようとする僕の横で、クラリスがもじもじと身をくねらせた。
頬を赤く染め、恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに俯いている。
「もう、ギルベルト様ったら……。アレイン様は、その……とても、お優しいのです……」
「ぶはははは! そうかそうか! アレイン、隅に置けんやつめ!」
「勘弁してください……」
僕は両手で顔を覆った。
この屋敷にいると、僕の精神的平穏は著しく削られる。
けれど、父が僕の将来を本気で考えてくれていることだけは、痛いほど伝わってきた。
「よし! そうと決まれば王都へ行くぞ! 善は急げだ!」
◇◆◇
父の決断は早かった。
その日のうちに準備が整えられ、僕たちは王都へ向かう馬車に乗り込んだ。
護衛にはクラリスはもちろん、父の親衛隊も同行する。
ゴトゴトと車輪が回り出し、住み慣れた屋敷が遠ざかっていく。
窓枠の端に、一匹の赤トンボが止まっていた。
僕たちの出発に驚いたのか、慌てたように空へと飛び去っていく。
(男爵、か……)
その響きは重い。
けれど、隣でクラリスが僕の手をギュッと握ってくれた。
「どこへでもお供します、アレイン様」
その温もりに勇気をもらい、僕は未知なる王都への旅路に思いを馳せるのだった。
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