第5話 侵略するイモ畑【アレイン初めての法整備】
『エルディア王国歴150年 夏 快晴』
領主としての仕事は、書類仕事だけではない。
時には現地に赴き、揉め事を仲裁するのも重要な務めだ。
僕、アレイン・フォン・ヴァルムシュタットは、リーヴェル市から少し離れた農村地帯、コーン村へとやってきていた。
護衛はもちろん、先日の一件以来、僕との距離がやけに近い(物理的にも心理的にも)女騎士クラリスだ。
「アレイン様、足元にお気をつけください。……ああ、いっそ私が抱えて運びましょうか?」
「いや、歩けるから。大丈夫だから」
過保護なクラリスをなだめつつ、僕は村長に案内された畑の前に立った。
そこでは、二人の農夫が鍬を構えて睨み合っていた。
「だーかーら! オラの畑に侵略してくんじゃねえって言ってんだ!」
「侵略だなんて人聞きが悪い! 野菜が勝手に育つのを、俺がどうこうできるかってんだ!」
怒鳴っているのは、この村で古くから麦を作っている頑固親父のハンス。
困り顔で言い返しているのは、最近新しい作物を始めた若手のボリスだ。
「……話を聞きましょう。ハンスさん、何があったんですか?」
僕が声をかけると、ハンスは鼻息荒く、自分の畑を指さした。
「領主様、見てくだせえ! オラの可愛い『陽光麦』の畑が、ボリスの作った妙なイモに食い荒らされちまってるんだ!」
指さされた先を見て、僕は目を丸くした。
黄金色に実るはずの陽光麦の畝の間に、毒々しいほど緑色のツタが這い回り、地面がボコボコと盛り上がっているのだ。
「これは……」
「『爆食イモ』です」
ボリスが申し訳なさそうに頭をかく。
爆食イモ。最近、大陸の南から入ってきた新品種だ。
味は良く、栄養価も高い。何より、痩せた土地でも育つ上に収穫量が多い『夢の作物』として注目されている。
だが、一つだけ重大な欠点があった。
「繁殖力が強すぎるんです。地下茎が横へ横へと伸びて、隣の畑の養分まで吸い取っちまう」
ハンスが地面を掘り返すと、麦の根を押しのけるようにして、大人の拳二つ分はある巨大なイモがゴロリと出てきた。
まさに『侵略』だ。
「オラは麦を守りたいんだ! ボリスにイモ作りをやめさせてくだせえ!」
「そりゃ困ります! このイモがあれば、村は冬場の食料不足から解放されるんです! 多少、隣にはみ出すくらい、目をつぶってくれたって……」
「テメエの畑だけでやってりゃ文句はねえよ! オラの土地に入ってくるから言ってんだ!」
両者の言い分は、どちらも理解できる。
既存の権利を守りたいハンスと、新しい利益をもたらすボリス。
僕は鞄から判例集を取り出し、パラパラとページをめくった。
(……ないな)
隣の家の木が境界を越えた場合の判例はある。『越境した枝は切ってよい』というものだ。
だが、今回は地下茎だ。切ったところで、地中で腐って麦に悪影響が出るかもしれないし、そもそも全部掘り返すのはハンスにとって重労働すぎる。
かといって、イモの栽培を禁止するのは、領地全体の食糧事情を考えれば損失だ。
「アレイン様。いっそ、このイモ畑をすべて焼き払いましょうか?」
クラリスが物騒な提案をしてくる。
「いや、それは最終手段だ。……法がないなら、作るしかないな」
「作る、のですか?」
「ああ。新しい問題には、新しいルールが必要だ」
僕は二人に向き直り、静かに告げた。
「判決……というより、新しい法令を定めます」
農夫たちが固唾を飲んで僕を見つめる。
「まず、ボリス。爆食イモの栽培は許可します。食糧難への対策として有用だからです」
「よっしゃ!」
「ただし!」
僕は喜ぶボリスを制した。
「条件があります。イモ畑と他者の土地との境界線に、深さ一メートル以上の『遮断溝』を掘りなさい。そして、その溝には石板かレンガを埋め込み、物理的に根が越境できないようにすること」
「えっ、そ、そんな面倒なことを……」
「それを怠った場合、越境したイモによって生じた損害の三倍を賠償することとします。……逆に言えば、溝さえ作れば、堂々とイモを作っていいということです」
ボリスが唸り、やがて覚悟を決めたように頷いた。賠償金を払うよりは、溝を掘るほうがマシだ。
「そしてハンス。もし溝を超えてイモが入ってきた場合、そのイモは『ハンスの所有物』とします。煮て食うなり、売るなり、好きにしなさい」
「……へえ、オラのものにしていいんですか?」
「ええ。土地の権利を侵した『不法侵入物』ですからね。これでどうですか?」
ハンスは少し考え込み、やがてニカっと笑った。
ボリスが溝を掘れば麦は守られる。もしサボって入ってくれば、タダでイモが手に入る。損はない話だ。
「へへっ、わかった。それなら文句はねえだ」
「俺もやります。溝さえ掘れば文句言われないなら、安いもんだ」
二人は顔を見合わせ、最後には握手を交わした。
こうして、『コーン村根菜隔離法』という、僕が初めて作った小さな法律が誕生したのだった。
◇◆◇
帰りの馬車の中。
夕日が差し込む車内で、僕はどっと疲れが出て座席に沈み込んでいた。
「お疲れ様でした、アレイン様」
隣に座っていたクラリスが、優しく声をかけてくる。
彼女はそっと身を寄せ、僕の肩に頭を乗せた。いわゆる、しなだれかかるというやつだ。
柔らかい感触と、甘い香りが伝わってくる。
「……重くない?」
「いいえ。むしろ、心地よいです」
クラリスはうっとりとした表情で僕を見上げ、青い瞳を輝かせた。
「過去の記録に頼るだけでなく、民のために新たな道を作る……。そのお姿、今日も素敵でした」
「そ、そうかな。苦肉の策だったんだけど」
「謙遜なさらないでください。私の見込んだ主君は、やはり最高のお方です」
彼女の顔が近づいてくる。
逃げる間もなかった。
チュッ、と柔らかい唇が、僕の頬に触れた。
「……ご褒美です」
悪戯っぽく微笑む彼女に、僕は顔が熱くなるのを感じた。
法整備よりも、この『距離感』に対する規制法を作る方が、先かもしれない。
もっとも、作ろうとしたところで、この最強の騎士には通用しない気もするけれど。
ギラギラした夏の日差しが、僕たちをからかっているようだった。
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