第4話 僕アレイン、女騎士クラリスに手を出される【二人のゴニョゴニョな夜】
井戸の一件を解決し、リーヴェル市の領主館に落ち着いてから数日後のこと。
結局、井戸周辺の土地は、市が適正価格で買い取ることで合意に至った。
僕は深夜まで、執務室で積み上がった書類と格闘していた。
この街には、解決すべき細かな問題が山積みだ。だが、不思議と苦ではなかった。本で得た知識が、現実の問題を解き明かしていく感覚は悪くない。
「……ふぅ。今夜はこれくらいにしておくか」
僕はペンを置き、凝り固まった肩を回した。
時計の針は深夜二時を回っている。
寝室に戻ろうと椅子から立ち上がった、その時だ。
コン、コン。
控えめな、しかしどこか切羽詰まったようなノックの音が響いた。
「……はい? 誰だい?」
「アレイン様。……クラリスです」
「クラリス? こんな時間にどうしたの?」
扉が開く。
そこには、いつもの革鎧姿ではないクラリスが立っていた。
薄手のシルクの寝間着。燃えるような赤髪は少し乱れ、濡れたような瞳が、月明かりの中で怪しく光っている。
鎧を脱いだ彼女は、驚くほど華奢で、そして無防備に見えた。
「眠れないのです……」
「えっ、そ、それは大変だね。ハーブティーでも淹れようか?」
「いいえ、必要ありません。……熱いのです、身体が」
クラリスがふらりと部屋に入ってくる。
そして、カチャリと背手で扉の鍵を閉めた。
「え、ちょっと、クラリスさん?」
彼女が一歩近づくごとに、僕は一歩下がる。
やがて背中が壁に当たった。逃げ場がない。
「アレイン様。私、ずっと悩みがあったのです」
クラリスは潤んだ瞳で僕を見上げる。距離が近い。甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「私、剣を持てば誰よりも強く、男たちをなぎ倒してきました。……だから、誰も私を『女』として見てくれなかった。私より強い男なんて、どこにもいなかったから」
「あー、うん。君、めちゃくちゃ強いもんね」
「ですが、あなたは違いました」
ドン!
壁ドンされた。しかも、壁に少しヒビが入った気がする。
「剣など抜かず、言葉と知略だけで悪をねじ伏せたあのお姿……。私、身体の芯が痺れました。強さとは腕力だけではないと、初めて教えてくれたのがあなたです」
「そ、それは光栄だけど、顔が近いよ!?」
「もう、我慢できないのです」
クラリスの手が、僕の胸元に這う。
彼女の頬は朱に染まり、吐息は熱を帯びている。
これは、マズい。非常にマズい。
「いくら、パッパ公認だからって、マズいですよクラリスさん! 僕は君の主君で――」
「主君だからこそ、全てを捧げたいのです」
彼女は僕の抗議など聞こえていないかのように、寝間着の紐に手をかけた。
ハラリ、と薄布が床に落ちる。
月光に照らされたその肢体は、鍛え上げられながらも、女性らしい柔らかな曲線を――。
「ああっ、やめっ、やめるんだクラリスさんっ!」
「問答無用です、我が主殿!」
僕は抵抗しようとしたが、悲しいかな、膂力において彼女に勝てるはずもなかった。
ベッドへと押し倒され、視界が彼女の赤い髪で埋め尽くされる。
「覚悟してくださいね……♥」
そして、夜の帳が二人を包み込んだ。
◇◆◇
チュン、チュン、チュン。
小鳥のさえずりが、朝の訪れを告げていた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、容赦なく僕の顔を照らす。
全身が重い。まるで、激しい訓練……いや、違う意味での激戦を経た後のような疲労感だ。
「……あ~、やっちまった」
僕は天井を見上げながら、深い深いため息をついた。
既成事実。
その四文字が、頭の中でグルグルと回っている。
「んぅ……アレイン様、おはよぉございますぅ……♥」
隣から、とろけるような甘い声が聞こえた。
恐る恐る視線を向けると、そこにはシーツにくるまったクラリスがいた。
いつもの凛々しい騎士の顔はどこへやら。そこにあるのは、完全に恋する乙女の顔だ。目がハートマークになっているんじゃないかと思うほど、デレデレにとろけている。
(こ、この女騎士、完全に堕ちてる……!)
彼女は僕の腕にぎゅっとしがみつき、幸せそうに頬を擦り寄せてくる。
その力強さは相変わらずで、僕の二の腕が悲鳴を上げているが、振りほどくことは不可能だ。
脳裏に、あの豪快な父の笑い顔が浮かんだ。
『手を出しても構わんぞ?』
……父上、あなたの読み通りになりましたよ。まさか、手を出される側になるとは思いませんでしたが。
こうして、見事にパッパの作戦にハマったアレインであった。
これから先、彼女の過剰な愛情(と物理的な強さ)に、僕は耐えられるのだろうか。
リーヴェル市の夜明けは、僕にとって新たな試練の幕開けでもあった。
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