第2話 小都市(リーヴェル市)もらっちゃったよ、どうしよう? 僕じゃ守れないし……【女騎士をつけてもらった件】
法廷での勝利から数日後。
ヴァルムシュタット家の屋敷は、いつになく活気づいていた。
その中心にいるのは、もちろん父ギルベルトだ。彼は上機嫌でワイングラスを片手に、執務室で高笑いを上げている。
「ガハハハハ! グランデルのやつめ、裁判で負けたカネを払えないからと、小さいが都市を物納してきおったわ!」
父の前の机には、一枚の地図が広げられていた。
グランデル領の端、川沿いにある小さな区画が、赤く塗りつぶされている。
「へえ、父上、良かったじゃないですか。領地が増えたんですね」
僕は他人事のように頷いた。
あのルーファス伯爵のことだ、金貨五百枚なんて大金、すぐに用意できるわけがないとは思っていた。だが、まさか土地で払うとは。
「うむ! ルーファス・フォン・グランデルのやつにな、『法ではこちらに正義がある。何なら支払いの決闘を王に申請しても良いのだぞ?』と脅したら、ソッコーで物納しよったわ!」
父は楽しそうに髭を撫でる。
『決闘』。その単語を出された瞬間、あのひ弱なルーファス男爵がどんな顔をしたか想像に難くない。父のような『歩く武勲』みたいな男と決闘になれば、向こうは命がいくつあっても足りないだろう。
法で殴って追い詰め、最後は暴力のチラ見せでトドメを刺す。我が父ながら、えげつない。
「それで、僕に何か用ですか? またもめごとでも?」
呼び出された理由を尋ねると、父はニヤリと笑った。
「ああ。手に入れたこの『リーヴェル市』のことだ」
リーヴェル市。
地図を見る限り、川沿いにある小さな交易都市だ。規模は大きくないが、物流の拠点になりうる場所である。
「あっ、先に言っておきますけど、僕は戦は無理ですよ」
僕は予防線を張った。
新しい領地といえば、隣接する他の貴族との小競り合いがつきものだ。
「オマエが弱いのは知っておるわ! だがの、その小都市だがアレイン。オマエにやろうかと思っている」
「……はい?」
思考が停止した。
父が何を言っているのか、一瞬理解できなかった。
「へっ!? な、なんでですか? 仮に僕の都市になったとしても、戦になったら足手まといですよ! 兄貴たちにやってください!」
僕は必死で手を振った。
うちには頼れる二人の兄がいる。
長男のレオン・フォン・ヴァルムシュタットは、父譲りの武勇を持ち、次期当主として申し分のない器だ。
次男のディートリヒ・フォン・ヴァルムシュタットだって、堅実な剣技と指揮能力を持つ、頼れる副将タイプだ。
どう考えても、彼らが治めるべきだ。
(つい、変な声でちゃったよ!)
裏返った僕の声など意に介さず、父は真剣な眼差しで頷いた。
「うむ! 戦においては信賞必罰こそが正義! 論功行賞は正しく行わなければならん!」
父はドン、と机を叩く。
「今回の勝利は、誰の手柄だ? レオンか? ディートリヒか? 違う、アレイン、お前だ。お前が紙切れ一枚で敵を降伏させ、この都市を奪い取ったのだ。ならば、この都市はお前のものだ」
「それは……そう、ですが……」
「あの都市はオマエの手柄だ。オマエにやろう。しかし、口先でとってくるとは思わなかったがな! ガハハハハ!」
父はワインをあおり、機嫌よさそうに笑う。
ああ、駄目だ。父はこうなったらテコでも動かない。
『功績を上げた者に報酬を与えない』ということは、武人である父のプライドが許さないのだ。それは組織を統率する上で、もっとも重要なルールでもある。
(……うん、あきらめて都市をもらおう。でも、僕一人では絶対に守れない……そうだ!)
僕は覚悟を決めて、父を見上げた。
「パッパ……いえ、父上」
「なんだ、アレイン?」
「わかりました、リーヴェル市はいただきます。でも、僕の腕っ節では都市を守るどころか、野盗一匹追い払えません。誰か武の才能のある人をつけてください」
これは切実な願いだ。
統治するには、武力という後ろ盾が不可欠なのだ。
「ふむ、それもそうだな。お前が剣を持っても、自分の足すら切りかねん」
「……否定はしません」
「分かった、数日待てい! とびきりのやつを用意してやる!」
◇◆◇
それから数日後。
再び父の執務室に呼び出された僕は、そこに見知らぬ人物が立っているのを見た。
燃えるような赤い髪をショートカットにした、凛とした佇まいの女性だ。
身体のラインに合わせた革鎧をまとい、腰には使い込まれた長剣を帯びている。その瞳は、晴れ渡った空のように澄んだ青色をしていた。
「アレイン、喜べ! オマエにピッタリの武人が見つかったぞ!」
父が自慢げに彼女を紹介する。
「彼女の名は、クラリス・フォン・ハルトマン。剣も槍も弓も、軍の指揮もイケてる騎士だ。さあ、クラリス、アレインに挨拶しろ!」
促された彼女――クラリスは、流れるような動作で僕の前へと進み出ると、片膝をついて頭を垂れた。
「初めまして、騎士のクラリス・フォン・ハルトマンと申します」
よく通る、涼やかな声だった。
「何なりとお申し付けください。本日、この時より、アレイン様が我が主君です。主殿は法にお詳しいと聞き及んでおります。剣を持たぬ主殿の盾となり、このクラリスが、御身をお守りいたします!」
その姿は、騎士物語から抜け出してきたかのように美しく、そして勇ましかった。
僕のような本の虫にはもったいないほどの人物だ。
「えっ、えええええ~っ! 女騎士だなんて聞いてないよぉ~っ!?」
てっきり、髭面のごついおっさんが来ると思っていた僕は、素っ頓狂な声を上げてしまった。
すると、父がニヤニヤしながら僕の耳元に顔を近づけてくる。
大きな手で口元を隠し、ヒソヒソと話し出した。
「なかなかの美人さんだろう? オマエは本ばかり読んでいて女っ気がないからな。……手を出しても構わんぞ? 本人も承諾済みだ」
「は……?」
父の言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
そして理解した瞬間、顔から火が出るかと思った。
「えっ、ええええ~っ!? 聞いてないよぉぉぉぉぉ~っ!!」
僕の絶叫が、執務室に響き渡る。
父は「ガハハ!」と笑い、クラリスは涼しい顔で、しかしどこか期待に満ちたような熱い眼差しで、僕をまっすぐに見つめていた。
こうして、僕の『本だけを読む平穏な日々』は終わりを告げた。
いや、本は好きだからこれからも読むけどさ……。
まさか、領主になり、専属の女騎士までつくなんて。
僕の『法廷無双』は、どうやらまだ始まったばかりのようだった。
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