第3話:浸食される街と、世界の選択
日常の皮を剥ぐ「違和感」
魔法庁本部での戦闘から数時間。 美遊がもたらした「終焉の預言」と、影の騎士の襲撃は、魔法庁の幹部たちに重い沈黙を強いていた。
「……刹那。外を見て」
リナに促され、刹那は会議室の大型ウィンドウから夜の新宿を見下ろした。
一見すると、いつもの煌びやかなネオン街だ。だが、その光景の中に「異物」が混じっていた。 近代的なビル群の合間に、中世ヨーロッパを思わせる石造りの塔が、地面から直接生えたかのようにそびえ立っている。さらに、その塔を囲むように、空中に浮遊する巨大な蒸気機関の残骸が静止していた。
「あれが『屈折現象』の正体か。並行世界が物理的に混ざり始めている」
刹那は低く呟いた。
「事態は深刻だ。あの塔の周辺では、物理法則そのものが入れ替わっている」
零司が端末を操作し、街の被害状況を表示する。
「住民の半分は、自分がこの街に住んでいる記憶を失い、代わりに『別の世界の記憶』を語り始めた。……『法』が定義する秩序が、根底から崩されようとしている」
美遊の記憶、世界の終わり
カプセルから出た美遊は、温かいココアを手に、震える声で語り始めた。
「私の世界は……最初に『白紙化』されました。ある日突然、空に穴が開き、そこから『理の番人』が現れたんです。彼らは言いました。『この可能性は、全一なる未来に不要である』と」
彼女の言葉によれば、数多存在する並行世界のうち、一つの「正史」を決定するため、他の全ての「分岐世界」を剪定・吸収するプロセスが始まったのだという。
「私はその『剪定』の記録者として選ばれました。でも、逃げてきたんです。この、まだ未来が確定していない『基点世界』へ。……ここでなら、裁定者の力があれば、全ての消滅を止められるかもしれないから」
「全ての消滅を止める……。それは、全ての並行世界を救うという意味か?」
刹那の問いに、美遊は悲しげに目を伏せた。
「……わかりません。でも、もし何も選ばなければ、全ての可能性が共倒れになって消える。それが『白紙化』です。誰かが、何を選び、何を捨てるか……あるいは、全てを繋ぎ止めるか。それを決められるのが、裁定者なんです」
第二の番人、来襲
その時、リナの魔導具が警報を発した。
「刹那、零司! 都庁前広場に、さっきとは比較にならない規模の『時空歪曲』を確認! 空間の密度が臨界点を突破してるわ!」
「早いな……試練というわけか」
刹那はコートを翻し、部屋を出ようとした。
「九条刹那、待て」
零司が呼び止める。
「今度は私も行く。私の『空間法則』でなければ、歪んだ座標の特定は困難だ。……それに、君一人に『世界の重荷』を背負わせておくわけにもいかないからな」
刹那はわずかに口角を上げ、振り返らずに答えた。
「……勝手にしろ。ただし、足は引っ張るなよ。監査部長」
鏡合わせの「自分」
都庁前広場。そこはもはや、東京ではなかった。 地面は巨大なチェス盤のような幾何学模様に変じ、重力は多方向に分散している。 その中心に、一人の男が立っていた。
彼は、漆黒のコートを着て、冷徹な瞳をしていた。 その手には、刹那と同じ――だが赤黒い光を放つ『一秒の破片』が握られている。
「……なっ!?」
リナが絶句した。
そこにいたのは、別の可能性を辿った「九条刹那」だった。 だが、その瞳には守護者の静謐さなど微塵もない。あるのは、全てを焼き尽くさんとする、狂気に近い復讐の炎。
『……見つけたぞ。幸福な未来を選んだ、甘い僕よ』
影のような刹那――『復讐の九条刹那』が、嘲笑を浮かべて剣を構えた。
「理の番人が、僕自身の可能性をぶつけてくるとは。……悪趣味な裁定だ」
刹那は静かに自身の『一秒の破片』を起動させる。
「――『時空超越:第二段階』」
二人の「刹那」が、一瞬でゼロ距離へと肉薄する。 時間と時間が衝突し、火花が散る。それは単なる力比べではなく、どちらの人生が「正解」かを問い直す、残酷な戦いの始まりだった。
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