第2話:屈折する現実と、終焉の記録者
魔法庁の最深部にて
九条刹那は、意識を失った巫女装束の少女・美遊を抱え、リナと共に新生魔法庁の本部へと急行した。かつては敵地であったこの場所も、今や世界の「法」と「法則」が交差する、唯一の防衛拠点となっている。
最深部の機密会議室。そこには、監査部長となった神崎零司が、無数のホログラムモニターに囲まれて待っていた。
「連れてきたか、刹那」
零司の視線が美遊に注がれる。傍らでは、魔法庁の顧問となった風見と、刹那の師匠である霧島冴子が、複雑な表情で解析装置を操作していた。
「彼女を装置へ。……信じられん。彼女の魔力波形は、この世界のどの記録にも該当しない。それどころか、『存在の確定』が絶えず揺らいでいる」
風見が唸る。
刹那は美遊を医療用カプセルに預け、零司に向き直った。
「零司、さっきの通信の続きを。並行世界の融合……何が起きている」
零司は一つのモニターを拡大した。そこには、東京上空に発生した漆黒の亀裂――『次元の断層』から、ノイズのような影が染み出している様子が映し出されていた。
「現在、複数の並行世界がこの『基点世界』に向かって収束を始めている。これを我々は『屈折現象』と呼称した。異なる歴史を辿った世界同士が衝突し、互いの存在を上書きし合っているんだ。このままでは、全ての可能性が共倒れになり、最後には何も残らない『白紙化』が訪れる」
美遊の目覚めと「終焉の書」
その時、カプセルの中で美遊がゆっくりと目を開けた。 彼女は周囲を警戒するように見回したが、刹那の姿を認めると、縋るようにその袖を掴んだ。
「……よかった。裁定者のいる世界に、辿り着けた……」
「君は何者だ。なぜ僕を裁定者と呼ぶ」
刹那の問いに、美遊は震える手で抱えていた白い本――『終焉の聖典』を差し出した。
「私は美遊。滅びゆく世界を渡り、その最期を書き留める……『終焉の記録者』です。この本は、確定した滅びを綴るもの。でも、この世界に入った瞬間、ページが……」
美遊が本を開くと、白紙だったページに黒い文字が刻まれていく。
【警告:第一の番人、現世に降臨す。裁定の重さを問うための試練。】
「何……!?」
リナが声を上げた瞬間、魔法庁全体を激しい振動が襲った。
虚無の尖兵
「零司部長! 第一、第二防壁を突破! 侵入者は……『影』です! 物理干渉が通用しません!」
オペレーターの悲鳴に近い報告が響く。
会議室の壁が、音もなく溶け落ちた。そこから現れたのは、中世の甲冑を纏った騎士のような姿をした、だが全身が煤けた影で構成された異形の存在だった。
「あれは……」
冴子が目を見開く。
「別の並行世界で、英雄として死んだはずの魔導騎士!? なぜあんな姿に……」
『……可能性を……一つに……。選ばれぬ世界を……無に還せ……』
影の騎士が大剣を振り上げる。その一振りは、空間そのものを腐食させるような、不気味な魔力を帯びていた。
「下がっていろ」
刹那が前に出る。彼の瞳には、一切の迷いがない。
「零司、空間の固定を頼む。残波が外に漏れないようにな」
「ふん、命令するなと言ったはずだ。――『広域空間絶対監獄』!」
零司が空間の檻を展開し、影の騎士を隔離する。その中心で、刹那は『一秒の破片』を指先で弄んだ。
裁定の力
影の騎士が、超高速の突進を見せる。並行世界の英雄としての技術と、虚無の力が合わさった、回避不能の一撃。
だが、刹那は動かない。
「……一秒もいらないな」
刹那の周囲に、蒼い粒子が霧のように広がる。それは、時間停止をさらに高次元へと昇華させた『法則の裁定領域』。
「――『時空超越:存在抹消』」
騎士の大剣が刹那の喉元に届く寸前、世界から音が消えた。 刹那が指を鳴らす。 次の瞬間、影の騎士の体が、足元から「存在しなかったこと」として砂のように崩れ始めた。
時間停止でも、破壊でもない。 その個体が持つ「この世界における存在の権利」を、刹那が『否定』したのだ。
「……あ、ああっ……」
騎士の影は、悲鳴を上げることさえ許されず、次元の彼方へと消滅していった。
静寂が戻る。刹那は肩をすくめ、背後の美遊を振り返った。
「これが僕の役割だというなら、受けて立つ。……だが美遊、君のその本には、僕の死も書かれているのか?」
美遊は、自分を助けてくれた少年の横顔を、畏怖と希望が混ざった瞳で見つめ、小さく首を振った。
「いいえ。……あなたのページだけは、まだ真っ白です。あなたが何を選び、何を裁定するかで、全ての並行世界の運命が書き換えられるから」
「面白い。……なら、ハッピーエンドを書き込めるように努力するさ」
刹那の言葉に、リナと零司は顔を見合わせた。 未曾有の危機に直面しているというのに、この少年の冷徹な自信は、周囲に不思議な安堵感を与えていた。
しかし、美遊の本には、新たな文字が刻まれつつあった。
【理の番人、全三柱。一柱目の消失を確認。……『王』の覚醒まで、あと一節。】
本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。
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