第19話:真実の残響、解き放たれた聖典
舞台裏の闇
刹那が引き起こした「放送事故」――一秒の沈黙は、世界線シグマ・09の住人たちにとって、生まれて初めて経験する「空白」だった。
煌びやかなホログラムが消失し、剥き出しになった新宿の街は、至る所が虚無の霧に侵食され、ボロボロに朽ち果てていた。
「……バカな。私の完璧なシナリオが、たった一人の『ノイズ』に汚されるなど!」
プロデューサーの仮面が完全に砕け散り、その下から現れたのは、無数の「瞳」が蠢くどろりとした影の異形だった。彼は周囲の「観客」たちの魂を強引に吸い込み、巨大な「虚飾の魔王」へと膨れ上がる。
「美遊、今助ける!」
刹那が手を伸ばすが、美遊の足元から漆黒の鎖が伸び、彼女をステージの深淵へと引きずり込もうとする。
「無駄だよ、九条刹那! 彼女はこの世界の全ユーザーと『契約』している! 彼女がここを去ることは、この世界の全人類の『楽しみ』を奪う大罪……! その因果の重さに、君が耐えられるかな!?」
相棒のアンコール
「因果の重さなら、私が半分持ってあげるわよ!」
上空から、次元航行艦アレテイアが雲を裂いて急降下してきた。
デッキに立つリナが、魔導杖をマイクのように構え、艦の拡声魔導システムを全開にする。
「リナ!?」
「刹那、あいつの言う『契約』なんて、ただの押し付けよ! 観客が本当に求めているのは、偽物の笑顔じゃない……心に響く『本当の音』なんだから!」
リナはアレテイアの全エネルギーを自身の魔力回路に直結させた。
「――『共鳴魔術:真実の残響』!!」
リナが放ったのは、攻撃魔法ではない。人々の脳内に直接響く、純粋で、どこか懐かしい「静かな鼓動」の音。
熱狂という名の毒に冒されていた観客たちが、一人、また一人と我に返り、空虚な応援棒を地面に落としていく。
「契約」の源泉であった「盲目的な支持」が、リナの音によって急速に解体されていった。
巫女の目覚め
「……せつ……な……さん……」
鎖に縛られていた美遊の瞳に、虹色の光が戻った。
彼女は自分の意志で、自分を縛る漆黒の鎖を強く握りしめた。
「私は……誰かのために綴られた物語じゃない。……私が、私の手で、刹那さんと共に明日を綴るんです!」
美遊の胸元で、『終焉の聖典』が爆発的な光を放った。
それはアイドルとしての魔力ではない。数多の世界の滅びを見届け、それでも「希望」を記録し続けてきた、巫女としての誇りの光。
聖典から溢れ出した無数の文字が、物理的な圧力となって虚飾の魔王を押し返していく。
「おのれ……! モブの分際で、私のステージを汚すなぁぁっ!!」
魔王が絶叫し、最後の「虚無」を凝縮した一撃を放とうとする。
裁定:真実の音
「……幕引きだ。プロデューサー」
刹那は、美遊が解き放った聖典の文字を、『一秒の破片』へと収束させた。
これまで蒼、虹、白と変化してきた彼の魔力は、今、すべての色を内包した「深淵の黒」へと至る。それは光を飲み込む闇ではなく、すべての真実を書き込むための「インク」の色。
「――第零法則・究極定義:『真実の叙事詩』!!」
刹那が振り下ろした刃は、魔王の巨体を切り裂くのではなく、この世界を覆っていた「虚偽の法則」そのものを断ち切った。
光る文字の奔流が魔王を飲み込み、彼が奪い取ってきた人々の魂を、あるべき場所へと還していく。
「あ、ああ……! 私の……私の視聴率が……ゼロに……!!」
断魔の音と共に、プロデューサーは光の塵となって消滅した。
同時に、空に浮かんでいた逆さの城も、不自然なネオンも、すべてが夏の夜の夢のように静かに消えていった。
再会、そして……
静まり返った新宿の広場。
そこにあるのは、瓦礫こそ多いものの、確かに自分たちの意志で呼吸を始めた人々の姿だった。
刹那は、ステージだった場所の中央に立つ少女へと歩み寄った。
美遊は、もうアイドルの衣装ではない、いつもの清楚な巫女装束を纏い、そこですすり泣いていた。
「……刹那さん。……ごめんなさい、私……」
「謝るな。……よく、戻ってきてくれた。美遊」
刹那が手を差し出すと、美遊はその手を強く、二度と離さないと言わんばかりに握りしめた。
聖典の巫女が、真の意味で刹那の隣に帰還した瞬間だった。
だが、感動の再会に浸る間もなく、美遊の表情が凍りついた。
彼女が持つ『終焉の聖典』が、これまでにないほど激しく赤黒く脈動を始めたのだ。
「刹那さん、危ない!! 虚無の王の『本体』が……すぐそこまで……!」
空を見上げると、そこにはもう並行世界の風景はなかった。
すべての並行世界を飲み込み、一つの巨大な「無」へと統合しようとする、巨大な漆黒の太陽が昇り始めていた。
「……ついに、お出ましか」
刹那は美遊を引き寄せ、『一秒の破片』を構えた。
いよいよ、すべての世界線を賭けた最終決戦へと突入する。
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