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【時空超越の裁定者】崩壊する多層世界を救済する少年と、運命を綴る巫女のクロニクル  作者: ねこあし
第2部『並行世界の邂逅編』

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第18話:喝采の檻、極彩色の虚像

ネオン・パニック

 次元航行艦『アレテイア』が跳躍ジャンプを終えた瞬間、艦内に響いたのはアラートではなく、耳を劈くようなアップテンポのダンスミュージックだった。


「な、何これ!? 計器が……バグってるわけじゃないわよね?」


 リナが困惑しながらモニターを見つめる。


 窓の外に広がっていたのは、夜空を埋め尽くす巨大なホログラム広告と、絶え間なく打ち上がる魔法の花火。かつての新宿は、街全体が巨大なテーマパークと化した「世界線シグマ・09」へと変貌していた。


「……エーテル濃度は安定している。いや、安定しすぎているな」


 刹那は艦橋から街を見下ろした。ここには悲壮な戦いの気配も、滅びの予兆もない。だが、モニターに映し出される数値は異常だった。人々の「感情エネルギー」が、特定の周波数に強制的に同調させられている。


「刹那、見て! あそこの特大スクリーン!」


 リナが指差した先。空中を浮遊する巨大なモニターには、華やかな衣装に身を包んだ少女たちが、魔法をエフェクト代わりに歌い踊る姿が映し出されていた。


『さあ、今夜も最高のマナを注いで! あなたの「推し」が、世界のルールを書き換える――魔法少女総選挙、中間発表です!』


「……魔法が、娯楽になっているのか」


 刹那は『一秒の破片』の柄を握り直した。平和に見えるこの光景の裏側に、これまでで最も質の悪い「虚無」の匂いを感じ取っていた。


ランク外の「迷子」

 地上に降り立った刹那とリナを待っていたのは、熱狂的な観衆の声援だった。だが、その視線は二人には向けられていない。人々は手元の端末を狂ったように操作し、空中に浮かぶ「いいね」の粒子を推しキャラに捧げている。


「すみません、ここは何という場所ですか?」


 リナが通りがかりの青年に声をかけるが、彼はリナを一瞥し、鼻で笑った。


「なんだ、お前ら。……『ファン・ランク』がゼロかよ。底辺の一般人は、あっちの配給所に並んでな。ここは『スター魔導師』様のパレードルートだ」


 見れば、街中のいたる所に「ランク」が表示されている。魔法の威力ではなく、どれだけ大衆に愛されているかが、この世界の唯一の法。ランクの低い者は発言権すら与えられず、背景バックグラウンドとして処理される。


「……九条刹那。……エラー。該当データなし。……廃棄対象の『モブ』と認定します」


 突如、路地裏のスピーカーから冷徹なアナウンスが響いた。


 同時に、周囲を歩いていた「ファン」たちの瞳が、一斉に無機質な銀色へと染まる。


「『いいね』を奪う不純物を排除せよ。……エンゲージ!」


「来るわよ、刹那! こいつら、人間じゃない……感情を吸い出された『観客オーディエンス』という名の怪物だわ!」


プロデューサーの影

 襲いかかる群衆。彼らは洗練された魔術ではなく、物理的な質量を持った「文字の暴力(バッシング)」を魔法として放ってくる。


「――『一秒の遮断』」


 刹那が破片を振ると、空中に浮かんだ無数の罵倒の文字が静止し、砕け散った。


「……やめなさい。彼らはただ、この世界の『脚本』に従っているだけよ」


 喧騒を切り裂いて現れたのは、黄金の燕尾服に身を包み、シルクハットを被った一人の男だった。その顔には、不気味な笑い顔の仮面が張り付いている。


「ようこそ、私の最高傑作へ。時空の旅人、九条刹那君。……いや、『元・英雄』と呼ぶべきかな?」


「……お前が、この世界の主か」


「私はただの『プロデューサー』。世界を救うなんて、もう流行らない。今はね、いかに美しく、残酷に消費されるかが全てなんだ」


 男が杖を振ると、街のネオンが一層輝きを増し、巨大なドーム状の結界が刹那たちを閉じ込めた。


「虚無の王は、もう破壊など望んでいない。……彼は気づいたのだよ。『無関心』よりも『消費』こそが、最も効率的に魂を消し去るということにね」


 仮面の男が指を鳴らすと、ステージの中央に一人の少女が召喚された。


 その姿を見て、刹那の呼吸が止まる。


「……美遊?」


 そこにいたのは、聖典の中に消えたはずの巫女、美遊だった。


 だが、彼女の瞳に光はない。フリルの付いた豪華な衣装を着せられ、ただの人形のように、空虚な微笑を浮かべて歌い続けている。


魂のオーディション

「美遊を返せ……!」


 刹那の魔力が、怒りに呼応して蒼く燃え上がる。


「おっと、暴力は厳禁だ。ここはステージの上。ルールは一つ……『観客の支持』を集めた方が勝ちだ」


 プロデューサーは楽しげに腕を広げた。


「君がどれほど正論を吐こうと、この世界の観衆が望まなければ、君の一秒は一ミリも動かない。……さあ、オーディションの始まりだ! 敗者は、永遠に消えない『黒歴史』として消去される!」


 美遊が歌い始めると、彼女の周囲から黒い「虚無の音符」が放たれ、刹那の因果を少しずつ削り取っていく。


 それは物理的なダメージではなく、刹那という存在の「価値」を否定する精神的な浸食。


「刹那、ダメよ! 感情をぶつけちゃ! あいつは私たちの心を『燃料』にしようとしてる!」


 リナが叫ぶが、刹那の『一秒の破片』が、かつてないほど重く、光を失っていく。


 信じていた仲間が、思い出が、ただの「コンテンツ」として上書きされていく恐怖。


裁定者の反撃:ノイズの定義

「……なるほど。これが、あんたのやり方か」


 刹那は、あえて『一秒の破片』を鞘に収めた。


 彼の瞳から怒りが消え、深い、静かな『無』が宿る。


「美遊を人形にしたのは、最大の計算違いだ。……彼女は、物語を『綴る』者。……誰かに消費されるための文字じゃない」


 刹那は静かに歩き出し、美遊が歌うステージへと詰め寄った。


 プロデューサーが嘲笑う。


「何をする? 歌うのかい? 踊るのかい?」


「……いいや。『放送事故』を起こしに来たんだ」


 刹那が指先を鳴らした瞬間、街中のネオン、ホログラム、そして全てのBGMが、一斉に停止した。


 静寂。


 これまで一度も途切れたことのない、強制的な幸福の音が消えた。


「――第零法則:『沈黙の再定義(サイレント・リテラル)』」


「なっ……!? 全世界の配信が止まった……!? 視聴率がゼロに……!」


 プロデューサーの仮面が、驚愕でひび割れる。


「あんたの世界は、誰かに見られていないと成立しない。……なら、一秒だけ、誰の目も届かない『空白』を作ってやった」


 刹那は、動きの止まった美遊の前に立ち、その冷たい頬に手を触れた。


「……美遊。もう、歌わなくていい。……僕と一緒に、このクソみたいな舞台をぶち壊そう」


 美遊の瞳の奥で、小さな虹色の火が灯る。


 それと同時に、街全体の「虚像」がガラガラと崩れ落ち始め、その下から禍々しい『虚無の王』の本体が姿を現そうとしていた。

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