第1話:世界に刻まれる「見覚えのない傷跡」
静寂を切り裂く違和感
新生魔法庁による秩序の回復から数年。 近未来魔導都市として再開発が進む東京の夜景は、かつてない平和を謳歌しているように見えた。
高層ビルの屋上で、冷たい夜風を浴びながら、九条刹那は眼下の街を眺めていた。 漆黒のコートをなびかせ、その瞳は相変わらず冷徹で、鋭い。かつての「復讐者」の荒々しさは影を潜め、今は「世界の理」を見守る管理者の風格が漂っている。
「……刹那、またあの『ノイズ』が聞こえるの?」
背後から、砂時計の形をした通信機を持つ少女、リナが声をかけた。彼女もまた、数々の死線を共に越え、今や刹那の不可欠なパートナーとなっていた。
「ああ。空間の密度が場所によって狂っている。……リナ、あの時計塔を見ろ」
刹那が指差した先、街のシンボルである大時計塔の針が、一瞬だけ逆回転し、次の瞬間には三時間も先を指していた。
だが、街を行く人々は誰もそれに気づかない。彼らの認識そのものが、何らかの力によって書き換えられているようだった。
「認識干渉を伴う時間異常……。協会の残党の仕業にしては、術式の規模が大きすぎるわ」
リナが魔導具を展開し、数値を読み取る。その顔がみるみる青ざめていった。
「……嘘。これ、時間軸のズレじゃないわ。『別の世界』の座標が、この東京に重なろうとしている」
法の番人からの召集
刹那の『空間干渉増幅器』が、聞き慣れた特殊な周波数の信号をキャッチした。 ホログラムとして現れたのは、魔法庁監査部長の椅子に座る神崎零司だった。
『九条刹那……。やはり君も気づいているようだな』
零司の表情は、かつての敵対心を超え、一人の「秩序の守護者」としての焦燥に満ちていた。
「零司。魔法庁の『時間監視網』に何が映っている」
『最悪の結果だ。観測不能な次元の亀裂が、現在、都内だけで三千箇所。……驚くなよ。その亀裂の向こう側に映っているのは、「私が魔法庁を解体し、君を処刑した世界」の風景だ』
刹那の眉がわずかに動いた。 「並行世界か。空想科学の理論だと思っていたが」
『もはや理論ではない。現実だ。……君の持つ「時間法則」の特異性が、この事態を食い止める唯一の鍵になるかもしれない。本部へ来い。これは「法」の命令ではない。――友としての、頼みだ』
通信が切れる。刹那はふっと自嘲気味に笑った。
「友、か。……随分と遠いところまで来たな」
白紙の預言と少女の出現
刹那とリナが魔法庁本部へ向かおうとしたその瞬間、二人の目の前の空間が、まるで鏡が割れるような音を立てて砕け散った。
そこから溢れ出したのは、眩いばかりの純白の光。 その光の中から、一人の少女が倒れ込んでくる。
彼女は古風な巫女装束を纏い、手には一枚の真っ白な書物を抱えていた。
「助けて……。もうすぐ……全てが『無』に……塗り潰される……」
刹那は反射的に彼女を抱きとめる。その瞬間、彼の『時間法則のノイズ』が激しく共鳴した。 彼女の魔力特性は、刹那が持つ「停止」でも「跳躍」でもない。 あえて呼ぶならば、『存在の定義』そのものを司る、未知の法則。
「リナ、こいつは……」
「わからない。でも、彼女の時間は、どこにも繋がっていない。まるで、『消滅した世界』から逃げてきたみたい」
少女の抱える白紙の本に、文字が浮かび上がる。
【裁定者、現る。されど世界、三つに裂け、無へと還る。】
「裁定者……。それが、僕の新しい呼び名か」
刹那は少女を抱え直し、夜の闇を見つめた。 空を見上げれば、満月の真ん中に、巨大な漆黒の亀裂が走っている。 それはまるで、世界を飲み込もうとする巨大な怪物の口のようだった。
法則の再起動
刹那は右手を構え、静かに魔力を練り上げる。 彼の手元には、数々の激戦を経て進化した『一秒の破片』が、深淵のような蒼い光を放っていた。
「法が壊れ、秩序が消えるというのなら。……僕がこの手で、世界の理を裁定するまでだ」
刹那の周囲に、『時間法則のノイズ』が螺旋を描いて展開される。 それはもはや単なる復讐の道具ではない。世界を繋ぎ止めるための、冷徹なる絶対の楔。
「――『時空超越・第一段階』。……行くぞ、リナ」
青い閃光が夜の帳を切り裂き、彼らは光の中に消えた。 三部作の完結編、その幕が、今、静かに、そして激しく上がった。
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