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【完結】1000年後に目覚めた転生勇者が、もふもふ毛玉になって少年と旅をするお話  作者: すくらった


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第8話 風の止まった街

 風の谷ヴェンティア。

 そこは、風と共に生きる街として知られ、青々とした丘陵に風車がゆっくりと回っていた。


心地よい風が草を揺らし、色とりどりの花が咲き乱れ、街は白い石造りの建物が連なり、深緑の屋根が陽を受けてキラキラと輝いていた。


風の流れが街全体を包み、まるで街が生きているかのように軽やかな調和を生み出していた。


そう、数日前までは。


今、街には奇妙な静寂があった。風が、吹かなくなったのだ。まるで谷全体が息を止めているようだった。


 今夜の宿を求めて立ち寄ったヴィーノとトレセルの二人に、宿屋の主人が、顔を曇らせて語った。

「ようこそ、私がいうのもなんですが、よくこんなときにいらっしゃいましたね」

「異変は、いつから?」

「三日前からです。風が急に止まりましてね……。空気が重くて、胸が苦しくてしかたないんでさぁ。村人の中には、倒れたまま目を覚まさない者もいましてね」


「……それは、ただの気候異変じゃないな」

 トレセルが呟いた。


「風が止まるなんて、谷の命を奪われているのと同じことだよ」

 ヴィーノは窓の外を見つめた。

 高原の草が、まったく揺れていない。


 フェイドゥーラの影――その言葉がトレセルの脳裏をかすめる。奴らは、大魔女フェイドゥーラの復活を早めるため、各地の『命の流れ』を歪めていく。

 ならば、この風の停止も……。


「行こう、トレセル。フェイドゥーラの影の仕業なのか、調べなきゃ」

心が通じ合っているかのように、ヴィーノが言う。

「ったく、またあいつらだったら今度こそ容赦しねぇぞ」


 二人は谷の奥へ向かった。

 草はしおれていて、鳥のさえずりも聞こえない。谷に架かる橋を越える途中、ヴィーノは胸の奥に奇妙な圧迫感を覚えた。


「うっ……息が、苦しい」

ヴィーノのこめかみに汗が流れる。

『風は止まってるんじゃない。何かに奪われているんだ。魔法か呪法か、その類いの呪いだな……ヴィーノ、大丈夫か』

「僕は、大丈夫」

 ヴィーノはそう言うが、大分顔色が悪い。

 早く何とかしねぇと。

 トレセルは毛を逆立てた。


 やがて、二人は古い祭壇跡に辿り着いた。石像の前で、ひとりの男が祈りを捧げている。

 僧侶のように剃髪し、白い法衣をまとっている。手には、古びた杖を握っている。


「……あなたが、この谷の風を止めたの?」

 ヴィーノの問いに、男は振り返って微笑んだ。


「いかにも。我が名は『風』のガイラス。フェイドゥーラ様の忠実なる影。

 この谷に満ちる“命の息吹”を集め、主の復活を早めるのが、我が務めだ」

 男の周りには、つむじ風が舞い続けている。

 (あの風が、ガイラスの本体だ) 

 トレセルが囁く。

「フェイドゥーラの復活……やっぱり」

「どこまでもしぶといな!影ってやつは」

「ふん、君たちもフェイドゥーラ様の命の一部となりなさい」


 ガイラスが杖を掲げると、透明な風が一瞬きらめき、周囲の空気が完全に止まった。葉も砂も、重力に引かれて一瞬で落ちる。


「息が……!」

 ヴィーノは喉を押さえた。空気が動かず、肺が詰まったように苦しい。


「この谷の風は、すべて私の杖の中にある。命も、魂も、静寂の中で美しく眠るのだ」

 ガイラスの瞳が、淡く碧色に光った。

「ヴィーノ、腕輪を外せ。俺が助ける!」

 ヴィーノが腕輪を外し、地面に放り投げる。トレセルが身体に入り込むと、目が紅く燃え、髪の毛が白く変わっていく。


「話は聞いているぞ。勇者トレセル。いざ尋常に勝負」

「人の相方の息を奪っておいて、何が尋常に、だ!」


 ヴィーノは手を地面に触れさせ、魔力を地面へ流し込んだ。熱を帯びた赤光が、足元の石を走る。


「フレア・パルス!」

 立ち上る炎が風の空間を押し広げ、空気の流れを無理やり生み出す。

 その一瞬に、トレセルが跳びかかる。


『いくぞ!風を裂け、拳の軌跡ッ!エンチャント・フレイムブロー!』

 炎をまとった拳が、ガイラスに直撃する。

 が、手応えはない。

 ガイラスの姿は幻影のように揺らめき、すぐに再生した。


「風のように掴めぬ者を、どう殴るつもりか」

 ガイラスの嘲笑が響く。


 空気の渦の中から、無数の風の腕が伸び、ヴィーノたちを絡め取る。

「くっ……!」

 ヴィーノは必死に抵抗したが、力が奪われていく。


「風も命も、やがて止まる。主の復活のために。お前たちも、静寂へ沈め」


 ガイラスが杖を高く掲げた瞬間、トレセルの声が響く。

 「ヴィーノ、覚悟を決めろ!『覚醒形態ブレイドフォーム』だ!』


 白光が弾け、トレセルが少年の体から抜ける。

 ヴィーノの瞳と髪の毛が茶色に戻る。

 トレセルが白刃の剣へと変わり、刃に炎の筋が走る。


 ヴィーノが、剣を掴んだ。


「僕の剣は……風なんかじゃ止まらない!」


 ヴィーノが一歩踏み込む。

 その瞬間、風が再び動いた。

 彼の周囲だけに、かすかな空気の流れが生まれ、剣先を押し上げる。


 ガイラスが目を見開いた。

「風が……動く?バカな!」

「あなたの杖が風を閉じ込めたって、何度でも風を生めばいい!」


 ヴィーノが剣を振り抜く。

 炎と風が混ざり合い、炎の渦がガイラスの周囲に発生する。


「ガイラス!上昇気流になって!飛んでけぇ!」

 男が悲鳴を上げる。杖がひび割れ、粉々に砕け散る。

「ぎゃあああ!」

 ガイラス本体の風は熱風によって吹き飛び、『ヒトの器』も粒子になって消えていった。


「フェイドゥーラ様……我らの命は……主の息吹となり……」

 その言葉を最後に、影は霧散した。


 風が、戻った。

 谷を渡る風が鈴を鳴らし、草を揺らす。


 ヴィーノは剣を下ろし、息を整えた。剣が変化し、いつものもふもふの毛玉に戻る。

「ふぅ、やっと……自由に息ができる」

「よくやった、ヴィーノ。谷が生き返ったぜ」


 ヴィーノは空を見上げた。

 高く、透き通った風が吹いている。

「空気って、ありがたいね」

 二人は笑った。

 一陣の風が吹き抜ける。風は、まるで彼らの旅路を祝福するように、静かに頬を撫でた。

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