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【完結】1000年後に目覚めた転生勇者が、もふもふ毛玉になって少年と旅をするお話  作者: すくらった


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第7話 湖の幻影

 夜中。

 明かりを落とした家の中で、一人の少女が鏡の前に立っていた。

 寝間着姿のまま、肩が小刻みに震えている。窓の外から射す月光が、鏡の中の少女の顔を淡く照らした。


「本当に……あなたは、私なの?」


 鏡の中の『自分』は何も言わない。ただ、同じ表情でこちらを見返している。

 少女は唇を噛んだ。

 ……やっぱり、ただの噂だよね。

 そう思った瞬間、鏡の中の彼女が、にやりと笑った。


「え……?」


 次の瞬間、鏡の表面が波のように揺らぐ。

 冷たい腕が、そこから伸び出してきた。

「ひっ!」

 少女は逃げようとするが、腕が首に絡みつく。

 力が、あまりにも強い。足が床を引っかく。

「た、助け……て……」

 鏡の中へ、体が引きずり込まれていく。

 指先、腕、胴、そして最後に……声が消えた。


 残ったのは、月光に照らされた鏡と、静寂だけだった。


 湖のほとりの街・ラマルゴは、朝になってもどこか薄暗かった。

 風はなく、湖面はまるで巨大な鏡のように空を映している。

 木々の葉がわずかに色づき、秋の名残を漂わせていた。


 ヴィーノとトレセルは、旅の途中でこの街に立ち寄った。

 街道沿いの宿に荷を下ろすと、出迎えた宿の主人はどこか怯えたような目をしていた。入り口にある鏡には、なぜか大きな布がかぶせてある。


「いらっしゃいませ……遠くからですね」

 主人の声は、乾いていた。

 ヴィーノが尋ねる。

「ご主人、疲れてるみたいですけど、何かあったんですか?」


 主人は一度あたりを見回し、声を潜めた。

「ええ……実は最近この街では、夜になると『鏡像』が動くんです」

「キョウゾウ?」

「ええ。鏡や湖に映った自分が、勝手に笑ったり、歩いたりする。そして、本人を鏡に引きずり込んで捕らえる。

 最初は子供同士の噂かと思いましたが、もう何人も、いなくなっているんです」

 主人は苦く笑いながら、頭を振った。

「誰も夜に鏡を見ようとしませんよ。おかげで観光客も来なくてねぇ……」


 トレセルが小さくつぶやいた。

(……フェイドゥーラの影、かもしれんな)

「えっ、今のが……」

(調べるぞ。ヴィーノ、もしフェイドゥーラの残滓があるなら放っておけねぇ)


 ヴィーノの胸の奥がざわめいた。また、あの戦いと同じなのか。ホリーの姿が一瞬、脳裏をよぎる。

 彼は深く息を吐き、うなずいた。

「うん。行こう」


 夜。

 宿の灯が落ち、街は沈黙の中にあった。

 ヴィーノは外套を羽織り、湖へと向かう。

 トレセルが肩の上で、淡い光を放っていた。

「悪ぃな、俺の勘が外れてりゃいいが……」

「いいんだ。確かめなきゃ、前に進めないから」


 月は静かに湖面を照らしていた。風は止まり、空気が張り詰める。

 ヴィーノが湖をのぞき込むと、静かな水面に自分の顔が映る。

 と、その鏡像が一瞬、口角を上げた。


「……湖の僕が、笑った?」

 ヴィーノが後ずさる。

 水しぶきが上がる。湖面が盛り上がり、『彼』が、ゆっくりと姿を現した。ヴィーノそっくりの少年が。


「下がれヴィーノ!そいつは、フェイドゥーラの影だ!」

「どうして……僕の姿を……?」

 

 目の前にいるもう一人のヴィーノ。だがその瞳には、深い憎しみと嘲りが宿っている。


「やあ、偽物の僕」

「なっ……偽物はそっちだろ!」

「違うよ。君が偽物。ボクこそ本当の『ヴィーノ』さ」

 幻影が、にやりと笑う。

「本当は怖いんだろ?戦うのも、人を傷つけるのも。

 なのに、勇気あるふりをしてる――滑稽だね」


 その言葉に、ヴィーノの胸が痛んだ。

 否定したいのに、言葉が出てこない。


 幻影は姿を変えた。白髪紅眼の少年――トレセル。

「お前に、俺が斬れるのか?」

 声まで同じだった。

 ヴィーノは息を呑む。トレセルの姿をした影が、指先で湖面をなぞる。

 瞬間、水が刃のように跳ね上がった。

「危ないっ!」

 ヴィーノは身をかわしたが、腕をかすめ血がにじむ。


「冷静になれヴィーノ!幻に心を食われるな!」

「分かってる!でも!」


 偽トレセルが再び形を変える。

 今度は、赤いドレスをまとったホリー。

「私を逃がしたこと、後悔してるんじゃない?」

 その甘い声が、湖面を震わせる。

 やがて湖から、無数の“ヴィーノ”が現れた。

 彼らは皆、暗い魔力のオーラを纏い、紫に光る冷たい目で少年を見つめている。


「あれは……フェイドゥーラに取り込まれた僕の姿……」

 体が震える。心が飲み込まれそうになる。

『ヴィーノ!目を逸らすな! 幻を恐れるな!』

「でも、もし本当に……僕が、ああなるなら……」

「なら確かめろ!道を切り開いて、自分で、自分の生き方の結末を見ろ!」


 ヴィーノは歯を食いしばり、湖面を見据えた。

「……そうだね。僕は今も怖い。

 誰かを傷つけるのも、自分が変わるのも。

 でも、怖いまま進むこと、それが、僕の勇気なんだ!」


 腕輪が強く光を放つ。

 トレセルの霊体が白銀の剣の姿へと変わった。

「行くぞ、ヴィーノ!」

「うん!」


 湖から幻影たちが襲いかかってくる。少年は剣を構え、次々と幻影を切り裂く。斬るたびに水しぶきが飛び散り、闇が晴れていく。そのたびに、心の迷いも消えていく気がした。


 そして、最後に残ったひとつの影。

 それは少女の姿をしていた。

 首飾りのように、鏡を胸にさげている。

 透けるような白い肌、銀糸のような髪。

 瞳の奥に、微かな哀しみがあった。


「お前がフェイドゥーラの影……」

「御名答、勇者さん。私はフィーラ、『鏡』のフィーラ」

「姿を持たない、何者でもない哀れな魔物……その姿も、取り込んだ女の姿だろ?」

 彼女は微笑む。

「……壊さないの?」

「壊さない。君は、誰かに、何者かになりたかっただけなんだろ。僕も、同じだからさ」

 静かな声に、フィーラは一瞬驚き、そして小さく笑った。


「鏡に映るのはね、真実だけじゃないの。願いも、恐れも、過去も――」

 彼女は、ヴィーノの剣の刃を優しく持つと、一気にそれを鏡に突き刺した。

「な、何してるんだ!」

「私は、あなたが斬ったものの影となる。こうしてあなたの心に、いつまでも残ってあげる」

 その言葉とともに、彼女の体は光となって崩れた。


 湖は静まり返り、月が再び鏡のように映る。

 ヴィーノはその水面を見つめ、呟いた。

「……本当に、他に、なりたかったものはなかったのかな。そして、僕は……」


 翌朝。

 ヴィーノは宿で、行方不明だったものが、みな帰ってきたらしいということを聞いた。

 少年は外に出て湖のほとりに立ち、朝日に照らされる水面を見つめていた。

「ねぇトレセル。僕、少しは変われたかな」

「ああ。自分と向き合えるようになった。それだけで十分だ」

「……うん。怖くても、いつか変わってしまっても、それも僕なんだ」

「ああ」

二人の間を、風が吹き抜ける。



「しっかし、湖に映る俺の顔がちょっと良すぎるな。さすが元勇者の風格だ」

「はいはい」

 ヴィーノは笑った。

 湖面がわずかに揺れ、ふたりの姿を柔らかく映し出す。


 僕は、これからどうなっていくんだろう。

 ヴィーノは青空を仰ぎながら、光の中で静かに思った。

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