第6話 セレブ猫捕獲作戦
「ちょっとあなた」
次の旅の準備のために入った道具屋で、ヴィーノはでっぷりと太った50代くらいの貴婦人に声をかけられた。
特注と思われる、フリルのついたビール樽のような派手な紫のドレスが目に痛い。
「はい?」
「もしかしてあなたじゃない?街道の旅人を襲っていた賊を捕らえて、さらに橋の前でたむろしていたコボルトの集団を片付けたっていう子」
「ああ……そうです。よく分かりましたね」
「この街で見かけない子だから逆にね。あたしたちセ・レ・ブの中でも話題よ。若いのに有能な冒険者の子が街に来てるって」
(有能だって)
ヴィーノがトレセルに囁く。
(いいねえ、俺たちゃ最高のバディだぜ)
(えへへ)
「誰と話してらっしゃるの?」
「いえ、別に。それで、何かご用ですか?」
「ああ、そうそう」
婦人は思い出したかのように悲痛な表情を浮かべた。
「お願いですの!うちの可愛いミミちゃんを見つけてちょうだい!」
「ミ、ミミちゃん……ですか?」
ヴィーノが恐る恐る尋ねると、婦人は潤んだ瞳で頷いた。
「そう!私の天使であり、癒し系ナンバーワンの可愛い猫ちゃん!昨夜お屋敷の柵を飛び越えて逃げてしまって……。いくら探しても見つからないの!」
「それは大変ですね」
「見つけてくださったら、金貨二百枚を差し上げますわ!」
(たかが猫一匹で二十万クロンだと?裕福な国の王様でも出さねぇ額だぞ)
「では、他の方にもお願いいたしますのでこれで。早いもの勝ちですわよ、ほほほ」
婦人は依頼書をヴィーノに手渡すと、去っていった。
紙の隅には手書きと思われる可愛い猫のイラスト、そしてその下に小さく妙な注意書きが書いてあった。
「※牙と爪注意」
「※雷注意」
「牙と爪……雷……?」
ヴィーノが首を傾げる。
トレセルは眉をひそめた。
「嫌な予感がするぜ」
二人が街で聞き込みを始めると、すぐに目撃談が集まった。
「見た見た! 昨日の夜、馬ぐらいのデカい猫が市場の店の屋根を走ってた!」
「尾っぽから火花が散ってたぞ!」
「目が金色で、うっかり目が合っちゃった時は心臓止まるかと思ったわ!」
ヴィーノは凍りついた。
「トレセル……それって」
「ふむ、おそらく“クァール”だ。山岳地帯に住む、爪で軽々と鋼鉄を裂くと言われる雷獣。熟練の冒険者でも手を焼く相手だな」
「……猫じゃないよね」
「あのおばさんの脳内基準では猫なんだろうよ」
「うーん、思ったよりヤバそうな依頼だね」
それでも高報酬の魅力には勝てず、二人は『ミミちゃん』を探し続けて、夕暮れ、街外れの倉庫街にたどり着いた。
「いた!」
ヴィーノが指をさす。
そこには半壊した倉庫、焼け焦げた屋根。
その頂に、青白い光を放つ巨獣が座っていた。
「……あれが、ミミちゃん?」
「ミャオォォォォン!」
轟音とともに雷が落ち、目の前の石畳が焦げた。
トレセルが叫ぶ。
「間違いねぇ、クァールだ!」
「ど、どうするの!?」
「そうだな……まず逃げる!腕輪を外せ!」
ヴィーノが腕輪を外すと、トレセルが体の中に飛び込む。少年の瞳が紅く燃え、髪が真っ白に染まっていく。
(ここからどうするの?)
頭の中にヴィーノの声が響く。
「逃げながら……考える!」
トレセルは駆け出し、夜の倉庫街を逃げ回る。背後では、電撃を帯びた巨大な『猫』が軽やかに跳ね回りながら二人を追いかけ、屋根を粉砕していく。
「ミャオォォン!!」
「こいつ、遊んでやがるな!」
(た、楽しくないよぉ!)
「そうだ!」
トレセルは作戦をひねり出す。
「眠らせる効果のある魚を餌にしよう。あいつの食欲は旺盛だ。すぐに食いつくぜ」
(どこでそんなの手に入れるの?)
「ヴィーノ、お前缶詰持ってたな?アレに眠りの魔法を仕込んで食わせる」
(や、やってみよう!)
建物の影に隠れ、少年は袋から缶詰を取り出す。
蓋を開けると、魚の臭いがむわっと広がる。
「早くしねぇと奴がきちまう。睡魔(スリープ!)」
トレセルが呪文を唱えると、手の先から紫の煙が広がり、魚にかかる。
「よし、これで」
トレセルは缶詰を通りに置くと、素早く身を隠した。
「……クァールちゃん、お魚だよ〜」
「ミャオォォ!」
次の瞬間、クァールが表れて缶詰を貪り、食べるとすぐにドテンと横になった。
(やったか?)
「……ヴィーノ、この状況でそのセリフはやめとけ」
トレセルが眉をひそめた瞬間、雷獣が起き上がり、二人の近くで稲妻が炸裂した。
「ミャオォォォォン!」
「うわああ!効いてねぇぇ!」
だが、ヴィーノはミミちゃんの目がとろんとしてきているのを見逃さなかった。
「待って!もう一押しのはず。僕に任せて」
トレセルが体から飛び出す。
ヴィーノはミミちゃんの首筋に
手を回し、優しい声で歌い始めた。
♪おいで、眠りのやさしい風よ
夜の星をひとつ、抱いてゆけ♪
風が静まり、稲妻の光が弱まる。
クァールのまぶたがとろんと垂れ、やがて大きな体が再びごろんと横倒しになった。
「や、やった……寝たよ!」
「大成功だ!よくやったな、ヴィーノ!」
トレセルは満足げに毛を逆立てる。
「これで依頼達成だ。……二十万クロン、ありがたく頂こうぜ」
翌朝、マダムの屋敷。
広大な庭園を臨むバルコニーに置かれた、ガーデンテーブルとチェア。マダムは紅茶を片手に微笑む。傍らでは巨大なクァールが優雅に昼寝をしていた。
マダムは懐から金貨袋を出して、ヴィーノに手渡した。
「さあ、これが約束の報酬ですわ。あなたたち、本当に頼もしいわねぇ」
ヴィーノは袋を受け取り、深々と頭を下げる。
「ありがとうございました」
「本当によかったわ。ね、ミミちゃ〜ん♡」
マダムはクァールに抱きつく。
「ママ心配したんですのよぉ〜!」
直後。青白い電撃が炸裂し、マダムは焦げた髪を逆立てて地面に転がった。
「ひゃぽぉぉぉ!」
「わぁっ!大丈夫ですか?」
「……おばさん、い、生きてるか!?」
「……ミミちゃん……今日も元気ねぇ……♡」
「タフだな、この人……」
屋敷を出るとき、背後で「ミャオォン」と可愛げな鳴き声がした。
振り向くと、屋敷の塀の上にミミちゃんが座り、ヴィーノを見下ろしている。
ヴィーノは手を振った。腕輪がキラリと光る。
ミミちゃんも尻尾を振り返した。
二人は街を出て、次の旅への一歩を踏み出した。




