第47話 『剛』の極致
青紫に揺らめく炎へと足を踏み入れた瞬間、地面から伝わる感触が変わった。土ではない。岩でもない。もっと冷たく、もっと無機質で、もっと『重いもの』だった。
ヴィーノ、トレセル、ホリーの三人が目を凝らすと、それが果てしなく続く金属の荒野だと気づく。
ホリーが具足で地面を軽く蹴った。巨大な鉄塊を殴ったような音が空間に反響する。
「この感じ、間違いねぇ。物質系のテリトリーだ」
「物質系……じゃあここにいるんだね、あいつが」
ヴィーノの声に緊張が走る。
と、彼の言葉が終わるか終わらないかのうち、『それ』は現れた。
地鳴りではない、地そのものの軋み。空間に亀裂が走り、金属質の巨体がせり出してくる。目も口もない。ただ、山岳を削り出したような、見上げるほどに巨大な直方体の物体だけが、そこに存在していた。
「メタ……!」
ホリーが呟いたその瞬間、空気が震えた。
メタは一切の予備動作なく、目の前から消えた。
轟音。山脈が真上から落ちてくるような圧。自らの上に急速に広がる黒い影。上空からの轟音に三人は反射的に飛び退いた。巨大質量によるボディ・プレス。彼らのいた場所は地盤ごと沈み込み、地面が押しつぶされ、波打つ。
「くっ、な、何あれ……!?」
「質量が……大きすぎる!」
それは物質系の極致、『存在すること』による圧力そのものであった。メタの巨体は、動きこそ鈍い。だが少し動くだけで『圧殺の衝撃波』が奔り、天が裂け地が爆発する。
「もう一度来るぞ!回避!」
メタによるボディ・プレスに、三人は散開して避け続けるだけで精一杯だった。
「こんのぉ!」
ホリーが回り込み、ヴォーパルトゥースを突き立てる。
ガキィィィン!
影の軌跡がメタの背に走ったが、
「……無傷……?」
ホリーの目が見開かれる。
(いや、傷は『ついた』。でも……)
ヴィーノは見ていた。ついた傷は、瞬時に金属が溶けて再び固まるように塞がった。
(こいつも再生スピードが常軌を逸してる……これじゃダメージにならない!)
「見た目通り物理には強い、だったら!」
ヴィーノは腕輪を外し、トレセルを取り込むと跳躍する。
「エンチャント!ファイヤー・トルネード!」
炎の竜巻がメタを直撃した。
だが、炎がやんだとき、メタは赤熱していたが、やはり傷はなかった。
「くっ、無敵か……!」
と、次の瞬間、メタが浮いた。
巨体が飛翔するなどありえない。しかし現実に、数十トンはあるはずのメタが先ほどとは比べものにならないくらいの高高度へと浮かび、
「うそ、でしょ……ッ!」
ホリーが絶句した。
影が落ちる。風を切る轟音。
大地が悲鳴をあげ、地平線までひび割れが走った。
二人は風圧に吹き飛ばされ、硬質の床に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
「くそ、あれが本気ってわけかよ!」
メタはじりじりと近づいてくる。進むごとに大地が砕け、爆音が耳をつんざく。
逃げ場はない。
反撃手段も、ない。
このままでは、ジリ貧で全滅する。
(考えろ、トレセル)
トレセルは歯を食いしばった。
(物理は効かない……炎は表面を赤熱させただけ……再生が速い……じゃあ……)
メタ本体の横にオベリスクが出現した。以前見たものより、ずっと巨大な塔。それが勢いに任せて倒れかかってくる。
絶望的な状況の中、トレセルの脳裏にひとつの理屈が閃いた。
「……熱して、冷やす……!」
(トレセル?)
脳内にヴィーノの声が響く。
「ホリー、援護を!一瞬でいい、足を止めてくれ!」
ホリーが飛び上がり、全力の蹴りでメタの上部を打つ。
メタの動きがわずかに揺らいだ。
「エンチャント……フルチャージ……!!」
魔力が右腕に集まり、熱で空気が揺らめく。
「ファイヤー・ランスッッ!!」
トレセルの投げた灼炎の柱がメタの中心を貫き、装甲を真紅に染めた。
その熱量は常識外れで、周囲の地面が溶岩のように赤くなる。
トレセルはすぐ左手を掲げた。
「つづけて、これだ!フリーズ・ランス!!」
同じ場所に今度は氷柱を打ち込む。白煙が広がり、灼熱の装甲が急激に冷えた。
「うおりゃあ!」
トレセルは炎と氷の槍を、高速で交互に打ち込む。
メタの巨体が鳴る。熱で伸び、氷で収縮されることが何度も繰り返され、やがて……
ピシ……ッ
初めて、メタの体にひび割れが入った。
「いける……今なら……!」
「ホリー! お前の出番だ!」
「任せて!!」
ホリーが駆ける。
ひび割れを狙い、手甲剣を打ち込んだ。
「ヴォーパルトゥース!!」
刃がメタに深々と入り込んだ。メタの巨体に比べると、あまりにも小さな一撃。だが逆に言うと巨体である分、その小さなヒビは全身へ、クモの巣状に加速度的に広がっていった。
「やった!確実にダメージを与えてる!いいぞホリー!」
ヴィーノが快哉を叫ぶ。
だが――
砕けた破片が宙で「逆再生」し、形を取り戻し始めた。
「ま、まだ再生するの……!?」
「破壊と再生が互角……! こいつ、壊れながら治ってやがる!」
メタはバキバキと砕けながら、同じ速度で自らを修復し続ける。
それは壮絶なせめぎ合いだった。
破壊が一瞬遅れれば、完全体に戻ってしまう。
「ホリー! もう一撃だ!」
「行くよ!」
二人は走って、さらに近づく。
メタは再生が追いつかず、動きが鈍っていた。
トレセルが最後の魔力を込めた。
「ウィンド・バーストッ!」
風の爆発がメタをぐらつかせ、再生プロセスがコンマ数秒、遅れる。
「とどめぇぇぇッ!!」
ホリーのヴォーパルトゥースが、最後のひびを深く、深く切り裂いた。
その瞬間、再生が止まった。
メタの巨体が光の結晶になり、静かに砕け散っていく。
金属の原野を渡る風が、三人の汗と焦げた匂いを運んだ。
「……勝ったの?」
「ああ……どうやら、な」
トレセルがヴィーノの体から出てくる。
「やれやれ、今回はマジで死ぬかと思ったぜ」
残響のように、メタの粒子が空へ消えていく。
物質系の頂点、撃破。
「行こう」
三人は次の七災禍に向け、物質空間を脱出した。




