第44話 彼方より来たりて
白い毛が、地面に落ちた。
その一本を見た瞬間、ヴィーノの胸の奥で、何かが壊れた。
「……ふざけるな」
声が低く、震えている。
「ふざけるな!」
ヴィーノが踏み込み、魔力を解放する。
術式も詠唱もない、衝動そのものの魔力弾が、バージェへと叩き込まれた。
同時に、ホリーも動く。
「返してよ!トレセルを返して!」
怒りを帯びた叫びとともに、影の刃が幾重にも展開される。一直線ではない。逃げ道を潰す、包囲攻撃。
だが、バージェは、退かなかった。
「その攻撃……」
彼女が、くすりと笑う。
「もう見たよ」
次の瞬間、彼女の姿がゆらぎ、ヴィーノの魔力弾は空を撃ち抜き、ホリーの刃は何もない場所を裂いた。
「な……っ?」
「遅いよ。まぁどれだけ速い攻撃だろうと、あたしに当たることはないけれど」
正確には避けたのではない。
攻撃が当たる未来そのものが、過去として潰されていた。
「未来を過去に戻すだけ。だから……」
拳が、振るわれる。
時間そのものを圧縮した一撃が、
ヴィーノとホリーを同時に吹き飛ばした。
「ぐっ……!!」
「きゃ……!!」
身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
息が、できない。
「ほらほら。次はどうする?」
バージェは、追撃に入った。
彼女が両手を広げると、時空が収束し、異常な速さで時間が進む領域を生み出す。
時間が悲鳴をあげ、空間が軋む。
「これはね……」
その瞳が、無邪気に輝く。
「最大最高に時間を進めるやつ。数千万年かな?数億年かな?どっちにしろ骨も消え去っちゃう」
ただ劣化させるだけではない。
肉も血も意味を失い、存在を因果の彼方まで送り飛ばす、時間エネルギーの奔流。
ヴィーノは、理解した。
「受けたら終わりだ」と。
ホリーは歯を食いしばる。
身体が動かない。間に合わない。
「さよなら。『超・時空撃』」
終わりだ。
二人がそう思った、その瞬間。
ひとつの影が、前に踊り出た。
人の形をした、影。
青白い時間の奔流が、その体に直撃する。
だが。
消えない。
砕けない。
老いない。
「……効くかよ」
低く、落ち着いた声。
光の中から現れたのは、
銀髪に、紅い眼をした男だった。
その背はまっすぐで、時間の重さを嘲笑うように立っている。
バージェが、目を見開く。
「……え?」
男は振り返り、ヴィーノたちを見る。
その顔は――
成長したヴィーノを彷彿とさせた。
「勇者がなぜ勇者と呼ばれるか……」
彼は、淡々と告げる。
「生まれ変わってもなお、勇者として立つからだ。永遠に」
バージェの時間エネルギーが霧散した。
彼女が、息を呑む。
「時空攻撃が、効かない?な、何者よあんた」
男は、白銀の剣を構える。
「今の俺はな――」
一歩、踏み出す。
「時間の矢印の外側にいる」
そして名乗った。
「俺は勇者。
来世の姿を借りて現れた――」
紅い眼が、バージェを射抜く。
「勇者トレセルだ」




